1話 誕生日
「亮太!今日は球場に連れてってやる」
「なんだよ、突然?」
「いいから、今夜行くから準備しとけよ」
「えー」
「じゃなきゃ、今日夕飯抜きだからな」
「……」
夕飯を抜きだと……今日はやけに本気だな。俺は珍しく親父が強引に連れてこうとしているのを見て驚く。
「なんか知らんないけど、分かったよ」
「そうか。楽しみにしてろよ」
親父は俺に一言告げると、楽しそうにどこかへ出て行った。親父のあのはしゃぎよう、何か忘れてるような……まぁ、いいか。
俺は特に気にすることなく、テレビをつけた。
時間が過ぎて、夜になると親父が帰って来た。
「亮太、準備出来たか?」
「できてるよ……」
「じゃあ、車に乗ってくれ」
俺は親父に言われると、リュックを背負い家……アパートの一室から出て、下に止めてあった車に乗った。
「乗ったな……それじゃあ、出発だ!」
「おー」
俺は親父のハイテンションに合わせる。
……面倒くさい。
普通の幼稚園児のピュアな心ならこの状況でも平気だろうが、俺は生憎そんな心はとうの昔に置いていってしまった。俺が心の中で溜息を吐いていると、親父が運転しながら、俺に話しかけてきた。
「どうだ最近、保育園は?」
「ぼちぼちかな」
「なんだよ、ぼちぼちって。まぁ、保育園の先生から特に問題起こしてないようだしな、大丈夫か」
「ああ」
「ていうか、いい加減に友達作れ」
「やだ」
「そういうところは頑固だな、お前……」
親父は呆れているが、努力はしてる……少し。しかし、出来るとは言ってない。
「野球をすれば、友達なんて直ぐできるぞ」
「いや普通に考えて、逆だろ」
親父は地味に野球を勧誘してくる。どんだけ、息子に野球をやらせたいんだよ。野球は親父と、一回だけキャッチボールをしたきりだ。こんな感じで親父と会話をしていると、目的地であるブルーオーシャンズのスタジアムに着いた。テレビで見た通りである。
「ここで何するの?」
「来れば分かる」
親父は俺の手を取って、スタジアムの中へ入っていった。
スタジアムの中へ入り、進んでいくと、眩い光が見えくる。そしてその光の先へ進んでいくと、いつもテレビで見ていた光景が広がっていた。白いベースに、試合が始まれば埋まるであろう客席、そして大きなバックスクリーン……そういえば、前世でも球場には来たことがなかったな、地味に感動した。
「ここで、何するんだよ。キャッチボール?」
「それもあるが……バックスクリーンに注目しておけよ」
「バックスクリーン?」
俺は親父の言う通りに、点数板に注目する……すると。
「……あっ」
バックスクリーンが光だし、″亮太誕生日おめでとう″の文字が描かれていた。
「誕生日おめでとう、亮太。どうだすごいだろ」
「……」
「はっはっは、驚いて声もでないか」
確かに驚いて声が出ないよ。ただ驚いてるのはここまでのことするのかというところだけど。
まぁ、でも……。
「ありがとう」
俺は笑顔でお礼を言った。思えばこんなことを言ったのは、この世界に転生して初めてかもしれない。
「仕事が忙しくてお前の誕生日も、まともに祝ってやれなかったからな。五歳の誕生日になっちまったが、喜んでくれたなら良かったよ」
親父は俺からお礼を言われ、喜んで笑っている。余程俺からお礼が聞けて、嬉しいんだろ。
この後少しの間、久しぶりのキャッチボールを親父と共に楽しんだ。
「どうやら、上手くいったようだな」
「おお、サンキューな本田」
突然、後ろから声が聞こえてくる。俺はそのよく聞いたことのある声に振り向いた。
「上の人たちの説得は、俺の後ということもあって、意外と上手くいったよ」
「ああ、本当に助かったぜ」
「なに、俺の時も協力してくれたからな、問題ないさ」
その人物は最近テレビに出てきているブルーオーシャンズのバッター。
「あっ、よくテレビに出てるブルーオーシャンズのバッター」
思わず声を出してしまう。
「おっ、よく分かったね。本田茂治だ、よろしく」
「茂野亮太です。親父がお世話になってます」
「おい、ちょっと待て……」
「はははっ、 良く出来てるね」
俺の礼儀正しい挨拶に親父が突っ込み、本田さんは笑っている。
「唯一野球に興味を持ってくれないのが、欠点だ」
「たく、子供に趣味押し付けるなよな」
「そうだそうだ!」
「コイツら……」
俺は本田さんの言葉に便乗して、親父を責める。
「まぁ、いいか。亮太腹減っただろ?飯食いにいくか」
「腹減った……」
「片付けは任せておけ。こちらがやっておく」
「悪いな」
「だから、大丈夫だって。……あっ、そうだ」
本田さんが、突然何かを思い出したような声を出す。
「亮太くん、俺にも君と同じ年の子がいるんだ。今度ぜひ会って、仲良くしてくれると助かる」
「いいよ」
「ありがとう」
俺は本田さんの頼みに返事をすると、親父とともにスタジアムをあとにした。
これが俺と本田さんの最初で最後の出会いだった。
そしてこの数ヵ月後、本田さんは東京ウォリアーズとの試合中、メジャーからやってきたジョーギブソンの球が頭に当たり、命を落とした。
今回の話は、五郎くんの誕生日の流れみたいな感じです。