「はぁはぁ……」
「よっしゃあ、これで5点差!」
試合が始まり、試合も終盤の6回裏。11対6になり劣勢に追い込まれていた。最初は俺たちがリードしていたが、突然の吾郎のデッドボールにより、吾郎はストライクが入らなくなり相手に大量得点を許してしまった。俺と小森が得点を取って粘ろうにも俺たちも毎回打席が回って来るわけでもない。
気付けば試合が終わっていた。
『ありがとうございました!』
敵のチームと大声で挨拶し、ふと吾郎の方を見ると彼はただ自身の手を見つめていた。
「ありゃ、深いな」
「おいおい、本田は大丈夫なのか?」
「近いうちにこうなるとは思ってたけど……」
まぁ、練習試合中になって良かったと言うところだろうか。大会だったら終わっていたな。
今俺は民宿の部屋で沢村と話していた。他の皆はそれぞれ別行動している。しかし、今の吾郎の状態からこれ以上他のチームとの練習試合は無理だろうな。
「なっ、なぁ何見てるんだ?」
「んっ、ああこれ」
沢村が顔を赤くして興味津々で俺が読んでいる本を覗いてくる。もちろん、俺が持っているのは親父からこっそり拝借してきたエロ本だ。しかし反応がまるで子供だな、面白い。というか小学生か。
「興味があるのか?」
「ばっ、バカ。ちげぇよ……」
「ホントか?」
「ホントだ!」
俺は沢村を横目に外を見ると、吾郎と小森がどこかに向かっていくのが見える。今は夕方でこんな時間に何の用だろうか?
「吾郎と小森がどこかへ行ったみたいだ。俺たちも行くぞ」
「えっ、本田たちが?」
「たく、こういう時こそチームメートを頼れよな」
俺は直ぐに出られるように準備をする。
「ほら、早くしろ。これなら後で見せてやるから!」
「そうじゃねぇーーー!」
こうして俺と沢村は吾郎たちが行った方向に向けて走り出した。
吾郎たちが進んだ方向に走っていくと二人はグラウンドで吾郎はボールを小森はバットを持って向かい合っていた。
その入口では清水が入るタイミングを伺っている。
「おっ、清水も来てたのか。さすがは本田の嫁」
「誰が嫁だ!」
「まぁ、確かに入りづらいがここで立ってても仕方ないだろ。行くぞ!」
「おっ、おう」
俺たちはそのまま吾郎のトラウマの克服に協力するがしかし……
「おっそ」
「うるせぇ!」
何度、挑戦してもあのいつもの生きた球すら投げられず。かつ、沢村にすら球をぶつけることも出来ない。
これはあら療治が必要か……。
そんな考えが俺の頭を過った時、吾郎が突然走りだした。こいつの考えは極端な野球バカだがそのアイデアはあなどれない。何か解決策でも浮かんだのか。
俺たちは先に走っていった吾郎を追い掛けた。
「お願いだおじさん。明日、俺たちと試合をしてくれよ」
おいおい、一体どんな状況だ?
俺たちが吾郎に追い付くと、そこではなんか吾郎がグラサンのおっさんに試合を申し込んでいた。
あれは確か横浜リトルの……
横浜リトルはこの辺のチームでかならずというほど全国大会に出場するほどの猛者だ。俺たちはそんな猛者を倒して上に上がらなきゃいけないわけだが。
俺も見学に行ったがどーもあのチーム色には合いそうになかった。それに家から遠かったし。
なにより、美少女監督じゃないのがでかい。
俺はとりあえず吾郎の方に歩いていく。
「吾郎どうした?」
「おい、亮太からも言ってくれ」
うむ、分からん。
吾郎は止まらず横浜リトルの面々に向き、自身の球を受けてみないかといい始めた。そういえば昨日、彼らは吾郎が不調じゃない球を見てたな。しかし、彼らは今の吾郎の様子に戸惑っている様子。
そして俺はふと横浜リトルの監督を見るが、恐ろしいほどの鉄仮面。これはとても試合を受けてくれるムードではない。というか、吾郎はチームの練習を邪魔して、この態度で練習試合を頼むなど本当に試合を受けて貰えると思っているのだろうか。
まぁ何にせよ、このチームと戦ってあいつ自身のトラウマがなんとかなるというのなら挑戦するのもいいか。さて人肌ぬぎますかねぇ。
俺は横浜リトルの監督が口を開く寸前に一歩前に出た。
「練習の途中に邪魔をして申し訳ありません」
「君は?」
「彼のチームメートの茂野亮太といいます。今回は彼が失礼しました」
「……」
恐ろしい威圧感である。俺はそれに耐えながら話を続ける。
「今彼は精神的な問題でボールをまともに投げることができない状態なんです。でも貴方のチームである横浜リトルと試合をさせてくれればもしかしたら彼がまたボールを投げられるようになれるかもしれない。無理なお願いだと分かっています。でもどうか、俺たちに協力してはくれないでしょうか。お願いします!」
「1イーニングだけでもいいんです。お願いします!」
「おっ、俺からも」
「私からもお願いします!」
俺が頭を下げるのと同時に、小森や沢村に清水が便乗して頭を下げてくる。
しかし、しきめつれつなことを言ってんなぁ、俺。さて、あの鉄仮面はどうでるか。
俺は頭を上げて、鉄仮面をじっと見つめる。すると、彼は口を開いた。
「いいだろう。試合開始は午前十時からだ。
それとそこの君。ここまで頼み込んでくれたチームメイトに感謝するんだな。次からはしっかりと人としてのマナーを守るんだぞ」
『ありがとうございます!!』
アカン、めっちゃ好い人だった。
こうして、俺たち三船ドルフィンズと横浜リトルの練習試合が決定されたのであった。
『横浜リトルと練習試合!?』
案の定、宿に戻ると残されたチームメイトと監督の驚きの声が宿中に響き渡った。
俺は飯を食いながら監督たちの声を右から左に聞き流していると、吾郎が申し訳なさそうにこちらに話し掛けてくる。
「悪い、亮太。今日は……」
「お前の真っ直ぐなところはいいと思うが状況によってうまく使い分けないとな。それがいい方向に進む時もあるが、ほとんどが悪い方向にいくだろうし」
「……」
「まっ、次からは気を付けろよ」
「……ああ」
吾郎は申し訳ない顔をして俯く。
しかし、こいつはこれからもこんな感じですいくんだろうな。
そして俺はこの瞬間、明日の試合についてあることを切り出す決意をした。
「吾郎、お前本当に悪いと思ってるならこれから俺が言うことに納得してくれるよな?」
「あっ、ああ」
「俺、明日お前の球とるわ。つまり、キャッチャーをする」
「…………はっ?」
吾郎が俺の突然の発言に固まる。
このくらいで固まって貰っては困る。次の俺の言葉こそ、重要な意味を持つのだから。
「そんで、俺はインコースしか構えないから」
「ああ、分かった?」
吾郎は俺の言った意味がただ構える位置の問題と思い込み頷く。
しかし彼がこの言葉の意味を真に理解するのは、明日の試合の一球目のことだった。