半端者の半生   作:八連装豆鉄砲

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十三話

闇の中の道に馬の地を蹴る軽い音が響き渡る。

 

晴明筆頭の精鋭の陰陽師たち計五騎が松明片手に山陰道を下る。

 

そのはるか後方を鬼共が追う。こちらへの追撃を始める直前に、攫ってきていた娘を奪い返されていることに気づいたこと、それに加え仲間の鬼まで目の前でやられたこと、これらのことから当然怒り狂って追ってきている。

 

「それにしても巌治(がんじ)よお、あいつらは馬鹿なのか?ハハッ、逃げるのに必死でどこに向かってるのに気づいとらん。」

 

「まあ、気にすることは無いんじゃないかい?全部殺しさえば、それで良い。」

 

そうやって酒呑童子配下四天王の二人、金熊童子こと金熊巌治と虎熊童子こと虎熊権蔵は軽口を交わす。

 

まあ、彼らが楽観するのももっともで陰陽師たちが逃げている方向は京とは逆、それどころか山陰道を下って自分たちの本拠である大江山に向かっているのだ。自分達が追っているのが京切っての陰陽師であることに気づく、若しくは頭の切れる茨木童子辺りが居ればこれが罠である可能性に気づいたのかもしれない…。そうとも知らず鬼達は晴明をはじめとする陰陽師たちを追跡していった。

 

◆◆◆◆◆

 

漆黒の闇の中、前方に篝火が一つだけ灯ったのが見えた。

 

「見えたぞ!」

 

周囲の陰陽師たちもこちらを向いて頷く。そして手に持つ松明の灯を消し、代わり灯った四つの篝火の明かりを頼りに浅い水堀を避け小さな櫓門をくぐる。

 

仄暗い中一人駆け寄ってくる者が居た。言うまでもない。吉明だ。

 

「兄上、よくぞ御無事で。」

 

こちらを真直ぐ帰ってきた私を労うように見上げながら言う。

 

「ああ、それで()()の方は?」

 

「滞りなく済ませております。」

 

「そうか、忝い。」

 

と返し、馬から降りる。そしてもう一つ、

 

「それでは先にこちらに移した姫君は目を覚まされたのか?」

 

一瞬顔が曇り、

 

「いえ、まだです。」

 

「分かった、とりあえずそれはここまでにして、此れからは最後の一仕事になる。」

 

「はい。」

 

◆◆◆◆◆

 

砦へ上がると百間ほどの距離までに鬼達の一団が迫っていた。

 

鬼達が水堀に差し掛かった頃に、

 

「全ての篝火に火を灯せ!」

 

と号令をかける。そして砦後方に隠しておいた火種を用い一斉に砦全体が篝火で煌々と照らされた。

 

その一瞬鬼たちは驚き戸惑ったようだが、すぐそんなことは気にせず、

 

「こんな砦なんざ、屁でもねぇ!」

 

「ハハハッ!、人間どもこんなところで待ち伏せしてやがったぜ。」

 

鬼の中の誰かが叫ぶと一斉に浅い水堀などものとはせず、こちらに突っ込んで来た、

 

 

が、

 

「がっ!?」「何だ!?」

 

鬼達は堀の端で結界に阻まれた。

 

それと同時に、後方の堀の端にも結界が出現した。

 

「結界か、陰陽師どもも居るのか?」

 

「小癪な、結界なんぞ叩き割ってやるわ!」

 

そう言って、拳で叩いたり足蹴にしているものもいるが破れない。

 

結界が完全に出来上がったことを見計らうと砦の上に弓矢を持った兵がぞろぞろ出てきた。大鎧を着た将達もだ。

 

大将殿が手を挙げると兵が篝火で矢に火を点ける。

 

「構え!」

 

ぎりぎりと弓を引き絞る音が聞こえる。

 

「放て!」

 

結界をすり抜ける特性の術を掛けた矢は鬼すら通さない結界をそこに何も存在しないかのように飛んで行く。

 

一斉に宙を舞った火矢を、鬼達も避けるがいかんせん数が多い幾つか刺さっている者も居る。

 

その避けた火矢の多くが水面に落ちる。

 

 

火は消えなどしない。

 

 

「ぎゃあああああ!」

 

 

水堀辺り一面は一瞬にして業火に包まれた。

 

 

 

「なんだあ!油か!?」

 

 

 

 

 

 

臭水(くそうず)

 

 

所謂現代で言う石油のことである。

 

越後国、現在の新潟県は古来より石油が自噴する地域があり、日本書紀にも天智天皇の時代に時の都、近江大津宮へと燃ゆる水として献上されていたとの記述がある。

 

 

師匠であり陰陽頭である賀茂忠行を通して朝廷に伺いを立てて、その都への献上品として納められていたものを使ったのである。

 

予め水を張っていた浅堀にその臭水を流し込んでいたのだ。そこに火矢を使えば瞬く間に燃え上がるのは言うまでもない。

 

 

かといって、馬で運べる油の量には限界がある。

 

晴明は周囲の人間には聞き取れない音量で呟いた。

 

「騰蛇、朱雀。」

 

彼の式神である十二天将、その内の火神である二柱を喚ぶ。姿形は現在は見えないが、気配はすため近くにいるのであろう。

 

「何用だ、晴明よ。」

 

気性の荒い方である騰蛇が訊ねる。それに晴明は淡々と

 

「あの火の中で奴らを徹底的に焼いてくれ。」

 

とだけ応えた。

 

「また、それか。承知した。…まあ我らはお主の式神なのだから一向に構わんのだがな……。」

 

そう呟きながら二柱は気配を晴明の周囲から消した。

 

晴明はこういった人目があまりに多い時は特に、砦を作るときは時間が限られていたことも有り仕方なしにだが、式神を大々的に使うことは避けたがる傾向にある。

 

今回も表向きには臭水を使って焼き殺したという体にしている。そのために砦や堀を築き、鬼をおびき寄せ、火矢で堀全体へ火が回るのを待っていたのだ。晴明は鬼を葬ることには罪悪感も躊躇もないが、半妖であることを匂わせることをするのは極端に避ける。『化け物』『化け狐』『穢れた者』『畜生』言いだしたら切などない生まれを揶揄した陰口を半妖のこの耳はよく拾う。それが嫌で嫌で床で声を押し殺して泣いたことも有った。とうに涙など出なくなった。忠行門下の陰陽師になり、今では異能を昔よりは許容されるようになったとはいえ偏見は根深い。

 

自分の存在が母を失う遠因になったと考えていることも有り、それが今になっても家族にそういった類のことが降りかかることを彼女は無意識に懼れているのだ。

 

◆◆◆◆◆

 

今目の前には地獄の烈火の如く火柱が立ち上っており、少し離れた砦の上でも肌を焼くような熱気だ、いくら鬼とはいえども火傷ではすまない。

 

最初の頃聞こえていた悲鳴や叫び声ももうほとんど聞こえることはない。

 

◆◆◆◆◆

 

空は既に白んでいる。

 

とうの昔に結界も解除しており、晴明は砦から降り堀があった場所へと足を運ぶ。

 

目の前には黒焦げになって横たわる鬼の死体が並ぶ。罠の結界から逃げ果せた鬼は皆無、晴明はその中のまだ少しだけ動きがあるものへ歩きよった。

 

「ふん、まだ息があったか、何とも鬼の体とは頑丈なものなのだな。お主、金熊童子か?」

 

嘲笑交じりに晴明が語り掛ける。

 

「おのれ…、人間が、小癪な真似を…しおって。」

 

「なに?お主ら鬼と非力な人間とが同じ土俵で闘えと?はっ、片腹痛いわ、それで、何か言い残すことはあるのか?」

 

「ふん、まあ、貴様らの罠にまんまと嵌まった我らも我らじゃ、もはやこれまで、とも言っておくか。貴様名は何と言う?」

 

「安倍晴明、聞いたことはあるだろう。」

 

「ほう、あの都一と言う陰陽師か、まあ、儂は運がなかったのだろう。」

 

「そうか、では死ね。」

 

太刀を抜き、真っ直ぐ振り下ろす。

 

ぽとりと飛んで落ちたのは黒く煤けた鬼の首だった。




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