半端者の半生   作:八連装豆鉄砲

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十四話

「という訳じゃ、この方の面倒をお主の邸で見てくれ。」

 

「はぁ、わかりました。そういう理由なら仕方は無いでしょう。」

 

現在、私、安倍晴明は賀茂忠行邸に居る。そして私は今、邸で人を預かる了承をした。この預かる人というのは言うまでもなく、先の四日前の京での鬼討伐騒動で一族郎党皆殺しにされ邸まで焼かれた前の中納言の一族の中で唯一生き残った亡き中納言のご息女である。

 

なぜ私の邸で預かる事になったか、それは鬼討伐騒動の収拾がついた二日前に話は戻る。

 

◆◆◆◆◆

 

なぜ彼女だけが殺されなかったか、それは彼女がかなりの量の霊力を有していたからである。

 

殆ど鬼の気まぐれだがその事が鬼の目にとまったのだろう。

 

その結果彼女は一夜にして天涯孤独の身となってしまった。

 

もっとも完全に親類縁者を失った訳ではなかった。

 

当初は母親の遠戚に身を預けていたのだが、一つ問題ができてしまった。

 

『見える』ようになってしまったことだ。それも一般では靄のように見えていたものが、突然それこそ晴明のような陰陽師の感覚が鋭い者並みに見えてしまうようになってしまったのだ。

 

鬼に数日の間捕まっていたこと、そして何よりも大きな切っ掛けは何人もの身内の死をその目に焼き付けてしまったことだろう。

 

ただでさえ世間一般の人間にはきついものを、忘れる事すらできない強烈なトラウマを持つ人間が見ればどうなるか。言うまでもなくひどく取り乱し、一種の発作に近い。

 

身を寄せていた邸で発作を起こしてしまった事から、そこでは居づらくなってしまったそうだ。

 

それにしても、人の憎悪・恋慕・哀愁・呪詛などを始めとした様々な感情が渦巻き、それから生じる魑魅魍魎、またそういった闇に群がる化生の数々、人ならざるモノに溢れるいわば『魔京』ともいえるこの京でそういう『目』を持つ者がそういう妖怪や霊を見ることなく過ごすことは限りなく不可能に近い。

出家して寺に入るのも難しい。京の官達の家の遺骨は高野山に納められることが一般的ではあるとは言われるものの、実はそれは財力のある朝家や上達部に限られ、他の地下達は京に近い寺院に納骨されることが多い。納骨された者達が全て成仏しているわけでもなくそれを起点にさ迷う『亡霊』も多い。そういった意味で寺に入るのも避けたのであろう。

 

そういう点で邸全体を結界で覆っていることが多い陰陽師達に話が廻ってきたのだ。

 

そこで件の姫を鬼から助けて出した当の陰陽師本人であり賀茂忠行門下筆頭の陰陽師である晴明に白羽の矢が立ったという訳である。

 

忠行から呼び出されたため邸に来てみれば、忠行の隣に見たことのある女性が居て此方に頭を下げているのである。

 

都へ戻ったときにお礼をされたときに少し話をしたが、一目見ただけでもその時よりも少しやつれているように見える。

そこで経緯を説明され場面は最初に戻る。

 

◆◆◆◆◆

 

「春子殿、妖怪の類いはご安心下さい。我が邸は敷地を囲うものだけでなく邸自体にも幾重にも結界が掛けられておりますので。そういったモノは邸内には入ることはそうそう出来ません。」

 

「助けて戴いた折だけでなく、またこういう形でご迷惑をお掛けしてしまうことになり、重々お詫び申し上げます。」

 

そう言うと春子殿は深々と頭を再び下げようとなさったため、

 

「いえいえ、頭をお上げ下さい。我が邸は手狭な邸になりますが、此方こそご容赦戴ければ幸いです。」

 

このような訳で亡き中納言の姫君である春子殿を私の邸で預かることとなった。

 

◆◆◆◆◆

 

時が過ぎ、春子殿が邸に入って五日が過ぎた。

 

徐々にではあるが、私の邸の雰囲気に彼女も馴染んできているようだ。

一番その中で力になってもらっているのが、継母上(ははうえ)である。兎に角面倒見が良いのだ。その人との距離感を的確に把握して、相手が煩いと感じない程度に会話をして孤独だと感じないように心を砕いていらっしゃる。

 

私も母上(ははうえ)が邸を出ていってしまった頃はずっと泣いている私を継母上(ははうえ)は慰めて下さった、今では懐かしい思い出だが当時はそれがどんなに助かったことか今でも、これからも忘れることはないだろう。

 

屋内の燭台の灯を小さな灯台に移した後に消して、琵琶と酒と盃片手に携え縁へと出る。星読みを行わない夜はこうして眠気が来るまでこうやって過ごすことが多い。今宵は朔の夜、月明かりの無い満天の星空が天上を埋め尽くす。先の望月から半月、つまりあの鬼の騒動の一件から半月…、結局あれ以降大江山の鬼どもに動きは無い。金熊童子と虎熊童子、四天王の半分の鬼が討ち取られたのだ。恐らく彼奴らも多少の混乱はしている…のだろう、たぶん。

 

また、先の鬼退治の一件は帝からもお褒めの言葉を戴いたらしく、参陣していた将達は位階を上げ、左近衛大将は空席だった内大臣に任ぜられた。他にも様々な者達が昇進、昇階をしたようだ。実は私の所にもその話が来て、この度私はかつて父上が務めていた職、大膳亮、私の場合は権官ではあるが唐名で言う監膳郎中になることとなった。だが私がその職務を執ることは実際の所無いため、実務は正官の亮が執ることとなったらしい。位階は従五位下。もちろんそれに対する不平などない。なんにせよ給料が上がる事からそういうことは大歓迎である。一つ問題があるとすれば位階で陰陽寮の長、陰陽頭の忠行様と並んでしまったことである。その昇階の報せがあった時は「昇階か、よかったではないか」と自分のことのように喜んで下さった。その時はほっと胸を撫で下ろしたものだ。

 

そんなことを考えながら酒を飲みつつ琵琶を暫く弾いていたところ、ふと周囲に近づいてくる気配を感じた。結界で誰が近づいて来ているのかは判るのだが、その方向へ視線を向けるとこの邸で預かり身の女性、春子殿がこちらへと渡殿を通って向かってくるのが見えた。

 

◆◆◆◆◆

 

「夜分遅くにどうかなさいましたか?」

 

もうすぐ子の刻、まだやはり寝付けないのであろうか、

 

「いえ、なかなか寝付けないので星を眺めていたのですが少し前から琵琶の音色が聴こえてきたのでこちらの方へ見に来ましたの、お上手ですね。」

 

春子殿の顔にあまり見せない微笑みが見えたのでこちらも微笑み返す。

 

「ええ、もともと母上に琵琶を習ったのですが、今となっては私の方が上手いではないかと弾く度に拗ねられてしまうのですよ。」

 

「まあ、私もつい先日にお母上の琵琶をお聴きしましたのよ?確かにお上手で、それに晴明様が今となってお上手ともお聞きしましたし、その時もなんだが少し拗ね気味でした。なんだか、少し可愛らしい方ですよね。」

 

「ははっ、貴女にもそれがわかりますか。」

 

「ですが、なんだか前向きになれた気もします。」

 

「……」

 

「私はあの夜、一夜にして家族を、家を失いました。そしてこんな目を手にしてしまった。正直に言いますがあそこから私を助けた貴方を怨んだことも有りました。なぜそのまま死なせてくれなかったのかって。でもなぜか今はそうは思えないのですよね。あの方と話していると何だか自然とそういった感情が何処かにいってしまったようで。」

 

「…実は私も昔、大切な人を喪ったことがあったんですよ。その時私はまだ小さな子供だったので泣いてばかりいたんですが母上は何も言わず抱き締めてくれたんですよね。下手な言葉を掛けられるより遥かに力になったのを覚えています……。

なんだか湿っぽい話になってしまってすいませんね…。

そうそう、話は変わるんですが、母上から春子殿が(こと)をやられるとか、お上手だとお聞きしましたよ?」

 

「得手とは言える程ではありませんが、嗜む程度には。」

 

「そうですか、それでは今から…、という訳にもいきませんね。今度お暇のある時で構わないのでご一緒に弾きませんか?」

 

「そうですね、ではご一緒にその時はお願い致します。」

 

「わかりました、それではもう今晩は夜も更けていますので、寝付けないのでしょうがお早めにお休みになられてください。お体にも良くはないでしょうから。」

 

「はい、それでは失礼致します。」

 

春子殿は一礼してまた来た道を戻って行った。

 

◆◆◆◆◆

 

「さて、私もそろそろ床に入りますか。」

盃に残った酒を一気に飲み干し灯りを消してその日は床に入った。

 

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