半端者の半生   作:八連装豆鉄砲

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十八話

早春のまだ冬の寒気が残る頃、晴明は一人歩いていた。

 

今、目の前には広大なまだ雪の残る焼野原が広がっている。

 

先の鬼の襲撃によって右京の焼けてしまった一帯である。

 

もともと右京と言う場所は桂川が近くを流れることにより広範囲が湿地帯であり、大部分の貴族は左京に邸を構えており、右京に邸を構えるものでもほとんどは朱雀大路の近くか内裏に近い北山寄りであった。

その右京の五分の一の面積が焼け落ちた。

だが、十丈もの幅を持つ大路によってその右京の大火の左京側への延焼はまぬかれた。

それにともなって大路を挟んで広大な右京の一部には広大な焼け野原が現れた。

この日の本の都平安京と言えども、もともと住みにくいがために余っていた土地で建物が建っていたとしてもそれは官人などの者達の家ではなく京中に住み着く百姓などの者達の家々だ。

そのうちそういったところにも禁を破って田畑が出来たりするのかもしれない。

まあ、大陸とは人の数が明らかに違うのにここまで広大な都を造ってしまったのだ。

今後もこういった状況は続くのであろう。

 

ふと、私は立ち止まった。

 

目の前には依然として焼け野原や荒れ地が広がる。

 

焼け野原という性質上、そこで焼け死んだ者達の悲鳴や絶望の嘆き、怨嗟の声が常に静かに聴こえてくる為、こういった者に敏感な者達はこういった半ば怨霊と化しつつある者達に対して、日頃から霊や妖怪に触れ慣れきってしまっている陰陽師や僧、神職でもなければここに来るのはまず不可能であろう。

そんな中でも一際激しい一角がある。

ここは例えそういった者達だとしても精神を著しく削られる為、長居は難しいであろう。精神に大きく依存する妖怪は尚更だ。

それほどまでに、ここはそういった怨嗟の声が一層激しい。

 

理由は解っている。ここが鬼によって襲撃された亡き前の中納言、春子の実の父親の構える邸であった場所だ。

 

突如として現れた異形に何が何かも解らぬ間に死んだ者達の恐怖の声。

 

そんな者達の悲鳴を聞いた後に直ぐにその場に駆け付けたは良いが目の前の鬼に為す術もなく一方的に潰された者達の絶望の声。

 

そんな様々な声が聴こえる中で、晴明は探していた声を見つけることができた。

 

薄れ行く意識の中、目の前で恐怖に泣き叫ぶ愛娘が鬼共に拐われるの見せつけられ世の無情さを嘆く声。

 

恐らくこの声の主の霊が春子の実の父親の霊なのだろう。私は意を決して語りかける。

 

「春子様は鬼共に一時拐われましたが、無事に私共、陰陽師たちがすぐに助けだし、貴方様の怨敵である鬼共は一匹残らず責めの業火にて葬り去りました。」

 

「……。」

 

「しかし、この一件で春子様は身寄りまで失ってしまわれたため、私の邸にて預かっておりました。

そんな中、一時私が病で倒れたときは看病をして頂きました。

このような事があり仲を深めた私達は今では夫婦となっております。

春子様のことは何があろうとも私が一命を賭してお守り致します。

どうか安らかにお眠り下さい。」

 

「……」

 

私が経を唱え念じると、その霊は安らかな顔を見せそのまま消えていった。

どうやら、周囲の霊も幾つかは成仏して消えていたようだ。春子に縁故のあった者達の霊なのだろう。

 

私が女であることは明らかにはしていないが、宣言したからには一層励まねばならないだろう……。

 

晴明はそう考え、その場を後にした。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

冬が明け、桜の蕾が開き始めようとする頃、出家した父上が入っていた寺から、父上の容態が思わしくなく長くはないであろうとの報せが届いた。

 

吉明は先に早馬で急いで向かわせた。

 

寺自体は洛外の然程離れた場所ではないため場所にあるため時間はほとんどかからないであろう。

 

最近足を悪くしている継母上の牛車と一緒に私も行こうとして居たところ、春子が

『一緒に行かせてください。』と言ったのでその際、

『寺までの道で余り見たくないものを見てしまうかもしれませんが大丈夫ですか?』と尋ねたが、本人も『我慢します。』と言って聞かないため、仕方なく連れて行くことにした。

 

◆◆◆◆◆

 

 

邸を出て暫くして出来るだけ避けたのだが焼野原が見えてしまう場所に出た。

 

ここまで怨霊が出てくることはないし、春子も見なければ何も問題はないのだが。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

御簾を通して自分の住んでいた邸があったら辺りをみる。

そこにあるのはやはり建物の燃えた跡。

幼少より過ごした家が無惨にも無くなっているのは、やはり耐え難いものがあります……。

 

車の中に誰もいない今ならば泣いても良いでしょう……。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

日は西に傾き少し冷えて来たようだ。やはり寒いな。

 

継母上らの牛車に付き添い京を出て一刻ほどで寺に着いた。

急いで父の下へと向かう。

 

父の床がある部屋の前で吉明が待っていた。

 

「兄上!」

 

「遅くなってすまない、で、父上の容態はどうなのだ?」

 

「今は少し落ち着いてはいるようですが、おそらく日は越せないかと……。」

 

「そうか……、わかった。

……少しの間だけ父上と二人にさせてくれないか?

それと…、人払いの結界も頼む…。」

 

「……わかりました。」

 

◆◆◆◆◆

 

私は部屋に入り父の側に腰を下ろす。

 

偶に寺に来て様子は見に来ていたのだが、最後に来た三月程前と比べてもで眼は窪み、頬がこけ、肉が大分削げ落ちていた。

 

浅く少し早い息をしながら眠る、変わり果てた親の姿を見て暫く茫然としていた。

 

少し経って、父は私に気付いたようで、目を開いたが、その瞳には光は無い。

 

「晴明か?」

 

「はい」

 

「とりあえず、そこに腰を下ろしてくれ……。

ははっ、近頃は眼も見えなくなってきてな、もうお前の姿も朧気にかしか見えんのよ。」

 

「……。」

 

「……すまない、……お前には苦労ばかり掛けてきた、儂の力が不甲斐ないために、あの時、噂を、抑える事もできず、お前の母上、葛葉を守ることもできず、そして娘のお前も守ることができず、その時、他に術はなかったとしても、結局女としてのお前まで殺してしまった……。」

 

「父上……。」

 

「男として育て、そして陰陽師としてならお前も少しは過ごし易いかと思って、忠行様から申し出があった時はすがる様な思いでそれに応えた。」

 

「……。」

 

「少しでも噂の疑いが晴れる様に、吉明まで忠行様の弟子に入れた……。

だが、結局のところ結果はどうだ?」

 

「……うえ。」

 

「お前への偏見は未だに消え失せず、あろうことか吉明までその噂の偏見が及ぶまでになっ」

 

「父上!もうやめて下さいっ!そんな事を聞きにここにきた訳ではありませんっ!」

 

気付けば私は泣いていた。父も泣いていた。

 

「そんな事、もうどうだって良いでしょうっ!

父上は私の唯一残された親なのです。

そんな話をしたくてわざわざここに来る訳が無いでしょうが!」

 

「……すまない、つい、な……、だが、本当にこれだけは言わせてくれ……。今まで本当にすまなかった……。」

 

「……。」

 

「……そういえば、お前、ついに娶ったそうではないか。それも亡き中納言様の姫君を。」

 

「……はい。」

 

「そうか……、一緒に来ているのであろう?

来ている者を連れて来てはもらえぬか?

もうおそらく長くはない……。」

 

「……わかりました。」

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

皆が入った時点で己の持てるなかで一番の人払いの結界を敷いた。

 

今、この部屋には私の他に父上、継母上、吉明、春子しか居ない。

 

「貴女が春子様か……、私はもう朧気にしか目が見えなくてな……、よく見えんのよ。

まあ、そんなことはどうでも良い……。

単刀直入に尋ねますが、貴女は()()()いるのですね?」

 

「……はい。」

 

「そうですか知っているのですね……。

この娘は小さい頃はとても体の弱い子でね、よく熱を出して寝込んでいたのだよ。

でも、少し大きくなって元気に育ったと一安心したら今度は本当にやんちゃなじゃじゃ馬娘で、後ろをついて回る吉明がとても大変そうだった……。」

 

「まあ。」

 

春子は少し驚いたのかほんの少しだけ笑っていた。

 

「そしてあの出来事があって、男として育てることになってからは何かと無理を繰り返すことが多くなった……。」

 

「……。」

 

「春子様、この娘は何かと無理をすることが多いとは思います…。

ですがどうか、どうかこの娘を助けてやって下さい……。」

 

「はい。」

 

小さいながらも力のこもった返事であった。

 

「感謝致します。どうか、お願い致します……。

祥子、近くにいるのか?」

 

反対側に腰を下ろしていた継母上が黄色く皺つき細くなった手を握りしめ応える。

 

「こちらですよ。」

 

「おお、そっちか、すまないな、特にお前には小さい頃から私が苦労を掛けてきただろう?」

 

「ふふ、何を今更、おそらく直ぐにでもそっちに私も参りますので彼の世でその貯まりに貯まったものを葛葉様の分まで返して貰いますよ。

首を洗って待っておいてください。」

 

涙を流しながらも、笑って応えている。

 

「ああ、そうだな……。

……ああ……、もう長くはないな……、晴明……、いや……、晴子、最期の願いだ……、変化を解いては、くれぬか……?」

 

「……判りました。」

 

言われるがまま、烏帽子を脱ぎ、髻を外して、変化を解く。

 

「こちらへ顔を寄せてくれ。」

 

父の床の継母上とは反対側へと動いて、父の手を私の顔に当てる。

 

「好くは見えんが、美しく育ったなあ……、母親譲りの美しい娘だ……。」

 

もはや涙は止まらない。

 

「好くは見えないって自分で、言ってるのにどうやって、見てるのよ。」

 

頬に触れている父の手から力が抜けて行くのがわかる。

 

「ははっ……、それも…そうだな……つくづく最低な父親だな……。すまないな…自分の娘の顔ぐらいもっと…、見ておけば…、よかった……」

 

ぽとりと父の手が自分の頬から滑り落ちた。

 

少し後悔の色が見えるが安らかな死に顔であった。

 

「父上……、父上……!」

 

その桜の蕾が膨らみ開きつつある日の、日が落ちて間もない内に父、安倍益材はこの世を去った。

 

葬儀を終えた後、父の亡骸は寺の近く、嵯峨野にある墓地に葬られた。

 

 

 

 

 




原作は迷子です。すいません。

加えてUA2000件お気に入り30件に達してました。ありがとうございます。
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