半端者の半生   作:八連装豆鉄砲

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十九話

父上が亡くなった後のことは、特に滞りなく事を終えることができた。

 

まあ、私達姉弟は陰陽師なのだ。

陰陽師という職業の職務の中には葬儀を行うのに望ましい日はいつか、どこに葬るのが望ましいかなどを占い、それを伝えるというものがある。

つまり、年がら年中、常に他の貴族の葬儀に係っているのだ。

慣れていないほうが問題だろう。

 

葬儀を終えてからもすることはある。

実の父母の死に際し、その親族等は自邸に五十日もの忌中の間籠り、さらに一年の間喪に服すことになる。

喪に服している期間は出仕する際も錫色の喪服に身を包むことが定められている。

 

そういった衣も忌中の今のうちに設える必要があるだろう……。

 

まあ、そういったことは割とどうでも良い。

今の懸案は、母上と姉上、殊に姉上に元気が無いことである。

 

理由は解っている、亡き父上が姉上と二人きりの時に話した内容と、最期の言葉だろう。

 

姉上にしてみれば父上は葛葉様が出奔した後に残されたたった一人の実の親である。

 

その父上が二人きりの時に話した内容は正確にはわからないが、あの後、私達を呼びに来たとき明らかにその表情は暗かった。

そしてその会話があっての、父上のあの最期の頼みである。

 

何を話したか、そのくらいは想像はつく。

おそらく、二人は、いや、父上は姉上に謝ったのだろう。

葛葉様のことを守れず、姉上のことも守れずすまないと。

 

姉上にしてみれば何を今更としか言えないが、逆に父上からしてみればそれが頭では判っていても謝らずにはいれなかった、そんなところだと考えている。

 

それで、最期のあの言葉だ。

あれで姉上の心はかなり抉られたのだろう……。

 

私からはどうしようもない……。

 

母上は喪が明けたらこのまま出家して余生を過ごすと言っていたが、姉上には早く立ち直ってもらいたいものだ……。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

雲一つない漆黒の天上には満月が浮かび、その影に照らし出された庭先の満開の桜の花は、ひらりひらりとその花びらを散らしている。

 

晴明は夜桜を酒肴にして一人酒を呑んでいた。

 

今夜は満月で、ほんの数ヶ月前まで発作を起こすことが多かったのだが、あの一件以来ここ数ヶ月は満月の日に発作は起きていない。

 

空になった紅い盃に狐火で温めておいた燗鍋から濁酒を注ぐ。

 

「見目麗しいお方が膝をたてて夜酒とは、端無いですよ。」

 

声のした方を振り返ると春子がそこに佇んでいた。

 

晴明は今、春子が指摘した通り変化を解いていて、片膝を立てて酒を呑んでいた。

確かに、男の姿ならともかくこの姿では端無い。

 

晴明は渋々言われるがままに足をなおす。

 

春子は晴明の横に腰を下ろした。

 

「眠れませんか?」

 

「そうですね……。」

 

「義父上のことを考えていらしたのですか?」

 

「……そうですね。完全に一人きりになった訳では無いのですが、やはり辛いものがあります。」

 

「…そうですね…。私も少し頂いてもよろしいですか?」

 

「いいですよ?…どうぞ。……その、少し昔の話を聞いてもらっても良いでしょうか…?」

 

「構いません。」

 

「…私は、かつて父上を嫌っていました…。いえ、今でもそうなのかもしれません。…自分でもよくわかりません。」

 

「……」

 

「私がほんの幼いころは、母上を守ることもできず、私に女として生きることを認めず、男として生きることを強要した父上を憎んでいました。

ですが、男として育てられるうちに、半身を妖としている者が、この京で女として生きることがいかに難しいことか、ということを否が応にも理解させられました。

それからは、その噂を打ち消すために一生懸命努めたつもりでした。」

 

酒を煽る。

 

「しかし実際のところは、いくら武芸を鍛えても、どれだけ芸事に秀でる様になったとしても、私に向けられる侮蔑の視線は消えることなどありませんでした。

まあ、今思うとそれは逆効果だったのかもしれないとも思っていますけど…。

噂の当の本人が様々な事に秀でていたらどう思います?

気味悪がるに決まってます。

兎も角それでも一生懸命だったのは確かです。」

 

 

「そんな時、忠行様から弟子入りの話が出て父上は、木を隠すなら森に、そんな考えで私だけでなく弟も術者の多い陰陽師にしようとしたのでしょう。」

 

 

「そうやって陰陽師に…。」

 

 

「それで陰陽師になっても、侮蔑の目は無くなりませんでしたがね…。」

 

 

◆◆◆◆◆

 

晴明様は虚ろとした乾いた表情を此方に向けて笑っていた。

 

「吉明と共に忠行様の下で鍛練を重ね陰陽寮では保憲様に次ぐ地位になり、自身の位も忠行様に並ぶ迄になった。

何とかしてこの家の地位を上げようと努力して、励んできたつもりでした、なのに…、」

 

声が湿りを帯びていた。

 

「何故、何故今更父上は、男として育ててしまったことを謝るのか……。

もう、何が何だか、何をどうすれば分からなくなってしまうではないか……。」

 

私は、世間を偽り侮蔑の視線の中で男として育てられた目の前の彼女の心の内を知る術も、元気付け励ます言葉も持ち合わせてはいない。

でも、側にいることはできる。

そう考え彼女の震える私よりも少し小さな身体を包みこんだ…。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

忌中が明けた。

 

父上が亡くなった後すぐの頃は、春子や吉明から見ても大分塞ぎ込んでいたらしく相当心配したそうだ。

 

春子の胸の中で大泣きしてしまったこともあった。

まあ、あの時は酒も入っていたため、ついカッとなってしまったのかもしれない。

 

まあ、思い出しただけで恥ずかしいのだが……。

 

兎も角、あれで大分すっきりしたため、春子には感謝している。

 

とりあえず、忌中も明けて早速なのだが忠行様から呼び出しがあったため、忠行様の邸に吉明と来て、今は忠行様を待っている。何でも内裏からの呼び出しだったそうだ。

 

「久方ぶりだというのに待たせてすまないな。」

 

忠行様と保憲様が部屋に入って来て目の前に腰を下ろした。

 

「いえいえ、内裏からの呼び出しなら仕方ないでしょう。」

 

「うむ、そうだな…。まずは御父上のことは残念であった。お主等という優秀な弟子をこの儂に預けて下さったのだ。

寺まで挨拶ぐらいは行くべきであっただろうに…。」

 

「いえいえ、我らが優秀などと…、ははは、そんな事はありません。

むしろ父も忠行様には感謝の言葉を仰せでした。」

 

「そうか、申し訳ない…。

それにしても、お主の減らず口も相変わらずのようだな、それはそれで安心したわ、ははは…。

はあ、それはそうと話は変わるのだが、一つ懸案が有ってな、先程の内裏からの呼び出しも此れに関係するのだ。」

 

「はあ、まあ、私がこの衣で内裏に入る訳には参りませんからね…。」

と言って錫色の喪服の袖をパタパタと振ってみる。

 

「喪中だというのにすまんな。で、本題に入るのだが…、大和の信貴(しぎ)山に亡き延喜帝縁りの寺があるのは知っているな?」

 

「はあ、信貴山と言いますと生駒の?

確か延喜帝が登極間もないころ死病に罹った時、そこの寺の老僧が法力にて、病を祓い帝を救ったとか。

朝護孫子寺でしたか?

僧の名前は確か……、命蓮とか、何だか…。

で、その朝護孫子寺に何かあったので?」

 

「いや、問題はその寺ではないのだ。

その寺の近くにその上人の名を冠した命蓮寺とか言う名の寺があるそうだ。」

 

「はあ、それはまた、相当その上人に思い入れがあるのでしょうな。」

 

「そんなところだろう。これはあり得ん話だが、噂ではその上人の姉が住職をしている尼寺とか。」

 

「まあ、そうでしょうな、五十年以上昔の老僧の姉とか、もしそれが真なら齢百を優に越える老婆でしょうから…。ん?それは、置いておいて話の続きを。」

 

「ああ、すまんな。で、その寺に妖怪が多数入り浸っているみたいでな、麓の民達がそれを怖れるのだが、信貴山の僧達ではどうにもできんと、京に報せが来たのだ。」

 

「で、我ら陰陽師で、それらを退治し、解決してほしいと。」

 

「先の鬼の一件もあってな、お主を押す方がおられるのよ。」

 

「南都も近いのでおそらく右大臣様ですか。」

 

「相も変わらず、察しが良いな。まあ、そういうことだ。それに『亡き父帝の縁りの地でもある。宜しく頼む。』とのことだ。」

 

「勅まで出ているのですか…。」

 

余計早く片付けなくてはならないじゃないか。

 

「帝と右府様の関係も考えればそうもなるであろう。まあ、そういうことだ。すまんが励んでくれ。」

 

「はあ、分かりました。それでは近いうちに出立致しましょう。」

 

仕方なく晴明は恭しく頭を下げた。

 

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