開けられた蔀戸から日光が入り白銀の雪の積もった庭と寝殿が見える。
この屋敷はそれなりの地位にある官吏の屋敷なのだろう。
確か官職は大膳亮?だったか?大膳職の次官か…、見た目は然程歳は取ってはないようだったが、年若くして其処まで昇り詰めているのならそれほど有能なのであろう。
葛の葉は、横になっている布団の脇に置いてある火鉢にかじかむ白い手を当てそして悩んでいた。
絶えかけていたこの命を救ってこうしてかくまってくれていること、
そして先程の二人の会話からしても、あの二人は本当に善意で誰ともわからぬこの身をこうして気にかけてくれている。
あのような心優しい人間に迷惑などかけたくないが、この受けた恩は返したい。
この身が化生の類とばれてしまうまではこの屋敷で過ごそう、と心に決めたが、
まだ癒えていない傷と緊張の糸が切れたのかすぐに眠りに落ちていった。
◆◆◆◆◆
誰かに声を掛けられ目を覚ますと、子供のようなどこか得意顔で粥と消化の良さそうな数品のおかずを自ら用意した益材がいた。
「さあ、昨日あの様な場所に倒れていたのだ。まだ体も温まりきってないだろう。
もう少し消化の良いものが用意できれば良かったのだが、まあ食べきれなくても構わんから遠慮なく食べてくれ。」
だが、葛の葉は動かない、否、動けない。
先程彼らから逃げようとした時もだが、背中を袈裟懸けに斬られており傷のせいで起き上がれることができない。
仰向けになることもできないため横を向いて寝ている状態である。
益材も察したようで乳母子の女を呼び食べるのを手伝ってもらった。
その後、結局背中には大きな斬り傷が残ってしまったものの二人の献身的な介抱の甲斐もあり全快し、
屋敷にこのまま居させて欲しいという葛の葉きっての願でそのまま屋敷に身を置くこととなった。
◆◆◆◆◆
その後恩を受けた葛の葉は益材を想うようになり、益材の方も気があったようで二人は互いに想い合う仲となる。
そして数年経ったある頃、葛の葉は子供を身籠ってしまう。言うまでもなく益材の子供である。
子供をもうけてしまった以上葛の葉は自分が人ではないことを明かし、
人ならざる身の血を持つ者をこれ以上この屋敷に居ることはできないと屋敷から出ようと決心する。
葛の葉は益材と乳母子の女、
「益材様、祥子様、今回はお伝えすることがございます。
この私にお暇を出して頂きたいと思っております。」
突然屋敷を出たいと言い出した葛の葉に対し、益材は目を見開き驚く。
「何故だ?いきなりどうしたのだ?」
「実は、私は、今まで隠しておりましたが人ではなく白狐なのです。
以前怪我をして倒れていたのは、さる方の屋敷に居たのを陰陽師に見破られ、
そこでその場で殺されかけたところを命からがら逃げ出したは良いものあの場所で力尽き倒れていました。
そして助けて頂いた益材様方にご恩をお返ししたいと思い今日までこの屋敷に置いてもらっていました。
ですが、妖のこの身がこれ以上此処にいては貴方様方に要らぬ迷惑をお掛けすると思い、
この屋敷を出たいと思っております。」
「そんなことはどうでもよい!何故突然屋敷を出るなどと言うのだ!」
葛の葉はその言葉に固まるが少し黙った後、
「・・・お答え・・・出来ません・・・。」
その返事に益材は言葉を失う。
暫くの沈黙が続くと思われたがそう長くなることは無かった。祥子が唐突に吹き出したのである。
「ふふ、葛の葉様は本当に嘘が下手ですね。本当に狐なのですか?疑ってしまいますよ?」
益材と葛の葉がきょとんとした顔で祥子を見、祥子は優しい笑顔をしながらもいたずらをするような目で葛の葉に語りかける。
「私も女でありますので、貴女が何を隠したくてこのようなことを言い出したかぐらいは想像できますし、
最近何かと体調の優れない貴女を見ていれば自ずと答えは出てきますよ?
それともそれこそ狐につままれて勘違いでもさせられたのでしょうか?」
葛の葉は必死に平静を装っているが内心焦っているのは一目瞭然であり、その目には涙もある。
「
本当に嬉しそうにする益材を祥子は呆れたような目で見る。
「ですから!!狐の血が入った子供なのですよ!?
どうしてそんな風に居られるのですか!?」
若干浮かれ気味の二人に対し葛の葉は一人感情的になって声を荒げるが、
「そんなに声を荒げてはお腹の子に障りますよ?もうその子は貴女だけの子供ではないのですから。ですよね?益材様?」
「む、無論だ、お前を追い出すことなどあるはずが無い。」
祥子の威圧感たっぷりの笑顔での問いかけに益材が答える。
「どうして、妖を屋敷に、置いても、良いなどと、平気で言えるの、ですか?
前居た、屋敷は、追い出された、身なのですよ?」
泣きながらも葛の葉は問いかけるが、
「しつこいですね、私に身重である貴女を屋敷から追い出せと言って欲しいんですか?
むしろそっちのほうが後味が悪すぎて狐につままれた様な気がします!
何度も言いますが、もう貴女は私たちの家族の一員なんです。
出て行くことは許しませんよ!」
祥子のその言葉聞き葛の葉は感激し、暫く泣き続け、その間三人で寄り添って居た。
◆◆◆◆◆
泣き疲れた葛の葉を寝かせた後、益材は祥子に問いかける。
「言いたかったことを全部言ってくれてすまない」
「そうですよ、なんで夫たる貴方が言うべきことをこの私が言わないといけないんですか?」
「そうだな。本当にすまないと思っている。」
「口だけならなんとでも言えますよ。」
「これは手厳しい。それにしてもよく判ったな。私が見ても体調など悪そうにしてはなかったと思うが?」
「そうですね。」
「は?」
「確かに体調など悪そうにしてはいませんでしたよ?」
「どういうことだ、お前さっきは悪そうにしていたと言ってたではないか?」
「そうですね、あれはカマをかけただけですから。」
「ということはハッタリだけで子供ができてることを見破ったということなのか?」
「そうですよ、気付いてませんでしたか?」
「そんな訳無かろう・・・」
内心お前の方が狐か狸だと思いながらも益材は口に出すことはしなかった。
◆◆◆◆◆
その後半年程で葛の葉に子供が生まれた。
元気な女の子であった。
その娘は晴姫と名付けられ両親と祥子に特に可愛がられすくすくと育った。
晴の生まれた一年後に祥子が益材との間に更に男児をもうけ、彼らにとって皆が笑顔であったこの頃は、最も幸せな年月であった。