戦勝祈願に太子自ら仏法を守護する四天王の像を彫ったところ、
寅の年寅の日寅の刻に毘沙門天が太子の前に顕現し加護を授けた、とされる。
その時大和から摂津に下る際に立ち寄った山がこの信貴山である。
それで戦に勝利した聖徳太子はこの山にも感謝をし、凱旋の折に『信ずべき
とは聞いているもののあの女の言が真実であるならば聖徳太子は実際のところはそこまで信心深い人物だったかどうかはわからない。
◆◆◆◆◆
さて、その朝護孫子寺の近くまで吉明と共に来たは良いがこれからどうするか。
何が問題かと言えば、件の寺は尼寺なのだ。尼寺は基本的に男の立ち入りは禁じている。百年以上昔に昼間なら男が入っても良いとかいうよく分からない(まあ、言わんとしていることはわかるのだが…)法律が出されたのだが、依然として入ることができないことが多い。
「さて、どうするか…。
山中の尼寺に急に男が入っては怪しまれるに違いないからな。
私が女の姿で様子を見て来るしかあるまい。」
「…私はあまりその手は使ってもらいたくはないのですが…、中の様子を探るにはそれしか私も思い付きませんからね、仕方ないでしょう…。」
「さて、ちょうど今近くに誰も居ませんので、さっそく。」
晴明は変化をし、そこには市女笠を被り壺装束を纏った女性が現れた。
「あ…姉上…。」
成長した姉の女物の衣を纏った姿を見るのは実は吉明ですら初めてである。
実の姉とはいえ見とれてしまい思わず『姉上』と邸以外で呼んでしまった。
「吉明」
晴明は名前を呼んで目だけで咎める。
「も、申し訳ございません」
「はあ、一応確認はしましたがどこに人の流石に邸以外で『それ』や『元の名前』で呼ばれる訳には参りませんからね、何か別の名前を考えましょうか…。」
ふと周囲を見回すと白い花を咲かせた樹を見つけた。
「あら、橘ね、京の近くの野ではあまり見かけないからこの辺りにはそこそこ生えているのかしら?」
「まあ、内裏に生えているものは植えたものでしょうから…。」
「そうですねー…、橘、か…。
「え?何と言いましたか?」
「
「は、はあ、少し安直な気もしますが…まあいいでしょう。
では私はしばらくは常葉様とお呼びしましょう。」
「頼みますよ?では、行きましょうか。いや、行くのは私だけですね。
吉明は朝護孫子寺をお願いします。では後程式で連絡はしますから。」
◆◆◆◆◆
さてさて、件の妖怪寺が遠くに見えてきましたね。
妖力を探ってみると…確かに妖怪が多くいるようではある。
ここはやはり妖力を放っていきますか…。
完全に解き放つとすぐに怪しまれるであろうから、ほんの少しだけ解き放つことになるが、
やはり完全に縛っておくよりは幾分かは楽ではありますが…。
おや、人影が見えてきましたね…。
◆◆◆◆◆
「どうしよう~、またナズーリンに怒られてしまいます~。」
目の前のこの虎妖怪?はどうやら毘沙門天の神力も有しているようだが、ここまで近寄られるまで気付かれないのはいささか無用心過ぎると思うな。
「あの、何かお探しなんですか?」
「そうなんですよ~、また私宝塔なくしてしまって~って、えぇっ!?」
本当に気付いてなかったと言わんばかりに、こちらに少し怯えたようにゆっくりと振り向いた。
「宝塔と言いますと毘沙門天の宝塔ですか?
またなんでそんなものを…。」
「えっとですね…、つい、持ち歩いてしまってうっかりどこかに置いてきてしまったんですよ…。」
これはまた、なんというか…、
「なんで貴女がそんなものを持ち歩いているのですか?」
するとこの虎妖怪は少し言いにくそうに、
「実は…、私はこの寺のご本尊の毘沙門天の代理をやっているんです。」
やはりそうか、毘沙門天の神力を感じることから眷属か何かだろうとは思っていたが、それにしてもまさか、妖怪が本尊代理だったとは…。
でも、その眷属が大事な宝塔をなくすとはこれは如何に…。
「はあ、それでは貴女、その自覚が足りないのではありませんか?」
「う、うぅ、か、返す言葉もございません…。」
おっと、何か柄でもない事をしてしまった様な気もしますが、まあ、良いでしょう。
「はあ、まあ、それは追々探すとして、まずは自己紹介ですね。
私、京から来た半妖の常葉と言います。
この信貴山に妖怪を入れて下さる尼寺がある、と風の噂で聞きまして、
ここまで来たのですがこちらで間違いはありませんでしょうか?」
そこまで言うとこの目の前の虎妖怪兼本尊代理の少女は先程まで涙目だった目を輝かせて、
「にゅ、入門の方ですねっ!私、この寺の御本尊毘沙門天様の代理をさせてもらっています、寅丸星といいます!これからよろしくお願いします!」
元気な娘だなあと思いつつ
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。」
「では、中に案内しますね。」
そして私は機嫌を良くした本尊代理の少女の後について、件の命蓮寺の山門をくぐった。
………。
ところで、宝塔はよかったのだろうか……?