半端者の半生   作:八連装豆鉄砲

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二十二話

まだ、日も昇らず、空が少しだけ白んできた時分、

命蓮寺から少しばかり離れた山中、晴明は一人佇んでいた。

 

初夏とはいえ、少し標高も高い為か肌寒く青々と茂る木々の葉には朝露が付いている。

 

靄のかかる空を少しの間見上げていると一羽の燕が飛んできた。

それが晴明が前に出した掌に舞い降りると一通の文に変じる。

 

それを素早く拾い上げ読んだ後、ふっと呪をかけるとその文は一瞬で燃え尽きる。

晴明も予め用意しておいた文に呪をかけると、たちまち鷹に変じ、空に舞い上がった。

 

見えないところまで飛んで行ったことを確認して寺への帰路に就く。

 

寺に入って五日が経った。

 

特に喫緊の問題がなければ隔日で式で吉明とこうやって連絡をするように取り決めをしていた。

 

それにしてもやはりあちらでの様子はあまり思わしくない様だ。寺の中では妖怪寺討つべしの声が大きいとのこと。

 

この山に寺を構える僧達にすれば同じ山に妖怪の蔓延る寺が有ることは好ましくは無いとあちらが感じるのは、まあ当然なことだろう。

 

まあ、あちらにそこまで強い法力・術を使える僧がいないことで今のところは静観を決め込んでいるようだが…。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

少し周囲を散策した後に命蓮寺に戻る。

まだ起きてはいる者は少ないようだが、朝餉の準備をしているのか寺の庫裏の煙出しからはもくもくと白い湯気が上がっていた。

 

おそらく一時の間のみ厄介になっているだけであろうが朝餉の手伝い位はした方が良いだろう。

 

ちなみに朝餉の準備は誰がしているのかは知らない。配膳自体は皆でしていたのだが…。

 

そう思い、庫裏を覗くと二人でせっせと準備をしていたのは、

 

入道使いの尼・雲居一輪と、まさかの住職の聖白蓮であった。

 

 

………、

 

 

一輪はともかく住職が準備するって…、他の者達は馬鹿なのか…、そこまで人数が多くはないとはいえ…、寺に他に居るのが全員ほんの小坊主だったならまだ判る。

 

本尊代理は雰囲気から考えてもその辺りは無理そうだが、他の面々の幾らかは少しぐらい出来るだろうに…。

 

晴明は内心呆れつつ中に入り白蓮に声を掛ける。

 

「和尚さまお早うございます、毎朝支度を?」

 

こちらを向いた白蓮と一輪は向き合って少々困った表情をし、こちらに向き直った白蓮が少々引き彎った笑顔で答えた。

 

「え、ええ、常葉さんは朝はお早いのですね。」

 

「基本都の者の朝は早いですし、都に住んでいたとしても所詮貧乏官人の家ですからね、朝支度位はできますよ。手伝いましょうか?精進料理だとしても手筈を教えて頂ければおそらくは大丈夫ですよ?」

 

「ふふっ、あら、そうですか?助かります、では…、」

 

◆◆◆◆◆

 

「ふう、終わりましたね。」

 

人数自体は多くはないため割とすぐ終わった。

 

「手伝ってもらってありがとうございました。おかげ様で四半刻ほど早く終わったようです。」

 

そう言って白蓮は私に頭を下げた。

 

「いえいえ、それにしてもどうしてお二人でこれを?」

 

すると、白蓮はため息を吐きながら

 

「そうですね、他の方はどうも朝が弱いようで…。」

 

…いや、起きないといけないでしょうよ。弟子たちよ朝餉の支度を師匠にやらせるのはいかがなものかと思うのだが…。

 

「新参者が口を挟むのは良くはないでしょうが、こういうことは弟子たちにやらせるべきかと思いますよ?」

 

そう言うと白蓮は少しばつが悪そうに微笑みながら口を開いた。

 

「そうですよね…、誰もいなくなっていたこの寺を長年一人で切り盛りしていたものですから、それが染みついてしまっていたのでしょう。この寺で弟子が増え始めたのはここ数年のことなので。」

 

そういうと白蓮は二つの椀に白湯を注いできて(かまち)に腰掛ける。私もその隣に掛ける。一輪は今から他にする事があるらしく本堂の方へ向かった。

ここで私はこの寺に来た目的であることを訊ねることにした。

 

「一つ、お訊ねしてもよろしいでしょうか?」

 

「構いませんよ?」

 

「では…、前々から思っていたのですがどうして和尚は弱い妖怪を助けようと考えたのですか?」

 

晴明からのその質問に白蓮は少し驚いたような顔をした後、少し間を空けてから話し始めた。

 

「少し、長くなるとは思いますがよろしいですか?」

 

「ええ、構いません。」

 

「実はですね…、元々私は妖怪達を助けようなどと高尚な志を持ってなどはいなかったのです。見ても判るとは思いますが、かつて外法に手を染め既に人為らざる身となっています。」

 

「私には、かつて命蓮という弟がいました。この山の寺の住職で、姉の私からの贔屓目なしでもとても優れた僧でした。京に赴いて帝の病も治したこともありました。自慢の弟でした…。ですがそんな僧でも寿命には逆らえません。弟は晩年この寺で私と二人で修行しながら暮らしていました。ある朝なかなか起きて来ない弟を部屋まで起こしに行きました。しかし床に居たのは既に冷たくなっていた弟でした。」

 

白蓮は何処か遠くに目をやっている。白蓮の弟、恐らくその件の僧のことで間違いないだろう、その弟に思いを馳せているのだろう。

 

「その時私は死というモノに恐れ戦きました。いえ、恐らく狂ってしまっていたのでしょう。仏門に入ってから死について常に向き合ってきていたはずだというのにです。あれほど卓越した法力を持っていた弟ですら抗うことができないのかと。それからは、自らにも迫り来る死に抗う為に外法に手を出し、若かりし頃の姿と老いぬこの身体を手にしました。」

 

「ですが、この身体を維持して生き永らえる為には妖力を妖怪達から分けてもらう為に妖怪達に接触する事が必要でした。それで自分が生きる為に妖怪を助けるということを始めたのです。」

 

「妖怪の手助けを始めた当初は自分の生存欲しかなかったことは事実です。ですが、手助けをしていく内に妖怪達が不憫に思えて何とか彼らを救ってやりたいと考えるようになったのです。強い自我を持ちその存在を保つことのできる大妖怪はその例ではありませんが、殊に弱い妖怪達はその自我を保つために人間の畏れを求めます。そのためには人間を襲う必要が生まれ、一方で退治される為の切欠を人間に与えてしまいます。」

 

「そこで私は、弱い妖怪達に修行をさせ、自我を強固にしてその存在を保とうと考えました。これで妖怪達が人間を襲う必要も、人間達に退治されることもない、それで妖怪と人間とで共存できる、そう、考えたんです。」

 

白蓮の独白はそこで一端途絶えた。

 

「それで」

 

白蓮の視線がこちらに向く。

 

「それで、それは上手く運んだのですか?」

 

紡がれた私の声は自分の想像以上に冷たいものだった。

 

「妖怪達の修行の方は上手く運びました、彼女達は今では人間を襲うことがなくても存在を保てています。ですが…、人間達の方は…」

 

「相も変わらず、妖怪達を疎み、退治しようとする、と。」

 

「ええ、その、通りです…。」

 

「和尚様、差し出がましいでしょうが一言言わせて頂きます。

 

貴女は人間というモノを理解していない。」

 

白蓮は視線を伏せる。

 

「私も生まれてこの方人間の悪意というモノに晒されて生きてきました。母が出奔に追い込まれたり、陰湿な嫌がらせも数多と言うほど受けてきました。そこで私は何とか認めてもらう為に様々な努力をしてきました。」

 

「だが、何も、何も変わることはなく疎まれ仕舞いに終わりました。」

 

「つまり、こちら側だけ変えても意味は無いんですよ…。」

 

白蓮は顔を伏せてその表情は伺い知ることはできない。だが、その肩小刻みに震えている。

 

「ですが」

 

震えが止まった。

 

「ですが、その共存するというのは不可能ではないはずです。」

 

白蓮の顔が上がる。やはり、その目には涙が溜まっていた。

 

「共存できないのなら私のような半妖は存在しないはずですから。」

 

私は精一杯の微笑みを彼女に向けた。

 

 

 

 

だが、私はふと思った。私が吉明を失った時、私はどうなってしまうのだろうかと…。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

その後白蓮和尚とは人間との共存について議論し、打ち解けることができた。和尚と打ち解けたのを切欠に入道使い・船幽霊などの面々とも徐々に打ち解けつつある。本尊代理の目附の鼠は未だに警戒してはいるようだが…、まあ取り敢えずこの寺には帝や師匠様が危惧するようなことは無い。当たり障りの無いように濁して報告するだけで良いだろう、と吉明との文では固まりつつあった。

 

◆◆◆◆◆

 

それは白蓮和尚と議論をしている時であった。一羽の燕が私の目の前まで飛んで来てその場で文に変じた。

 

白蓮和尚は目の前で起きたことに目を見開いて驚いている。だが、問題はそれではない。文の内容だ。定時を無視して飛んで来たそれは間違いなく危急の文であろう。私はすぐにそれを開いた。

 

私は思わず息を飲んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『南都の数多くの僧官僧兵が信貴山に向け出立されたとのこと。』

 

 

 

 

 

 

それは命蓮寺の討伐の兵が起こされたことの知らせであった。

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