半端者の半生   作:八連装豆鉄砲

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第二章 廟堂の狐
二十四話


自分達が邸に帰り着いた時、京の都は騒然としていた。

自分達が京を離れている間に右大臣の九條殿が病に斃れていたのだ。

お蔭で命蓮寺の件がうやむやになったのは運が良かったのだが。

まあ、現状それについてはとりあえず良いだろう。

 

今の今まで内裏で朝政を長く率い、その権力の中心に居た九條右大臣、藤原師輔が熱病に倒れたのは弟と自分が京を発った二日後だったらしい。九條殿は自らの死期を察したのか、そのさらに二日後に出家をしたいと帝に奏上したらしいが帝はなんとか慰め引き留めようとしたらしい。結局危篤になりその翌日出家し、そのままさらに二日後に亡くなられたということだ。

思えば信貴山から前々から嘆願されていたであろう南都・興福寺が突然腰を上げて命蓮寺の対処に動いたのもこれが切欠の一つとして絡んでいたのかもしれない。

 

帝と右府様の輔弼(ほひつ)で動いていた内裏の政はその時期、完全に止まってしまっていたらしい。

齢五十二と寿命がまあ少し短いぐらいだが、春宮を含めた二人もの皇子(みこ)の外戚として官職の上では上位に来る異母兄の左大臣の藤原実頼様を差し置いて政の実権を握ってきた右府様にとっては突然の病死はあまりにも早すぎた。

息子達への権力の移転が殆ど進んではいないのだ。右府様の嫡男伊尹(これただ)様は従四位上の蔵人頭兼春宮権亮兼左中将で官位はそこそことはいえ、大いに政に関わることの出来る参議ですらなかった。次男兼通・三男兼家については言うまでもなかった。だが、かといって息子達が完全に朝政への関与を失った訳でもない。あくまでも直接の関与を失っただけであり他に手はいくらでもある。

 

こうして生まれた権力の空白に入り込むことができるのは十中八九今まで帝の外戚となることができず日陰者扱いされていた小野宮殿や、西宮大納言殿ぐらいで間違いないだろう。現に当初は小野宮殿の邸の前にはこの政変の波にさっそく乗ろうと動いた少し頭の軽い者達の貢物の行列ができていたらしい。

まあ、小野宮殿は受け取ることはしても取り合って便宜を図ったりはしないのだろう。

 

そもそも、現状臣籍最高位の左大臣たる小野宮殿ですら先程「権力の空白に入り込むことができるだけ」と言ったように権力の中継ぎ役の一人にしかならない。何より、帝の異母兄にして臣籍に降下し一世の源氏となった後に九條殿の娘二人を娶った娘婿で中宮大夫の西宮大納言・源高明様や、中宮・藤原安子様の存在も無視することはできない。それほどまでにも姻戚関係の抗争の末に築かれた帝や春宮の外戚という立場は重い。

 

結局のところ、小野宮殿はそれを理解していたのだろう。自らの権勢の拡大に手を付けることは遂になかった。帝も長年協力して政を執り春宮の外祖父たる故九條殿の子を重んじ、結果として帝の取り計らいで約二ヵ月後の除目で亡き九條殿の嫡男伊尹は参議となり、政の中枢へと入り込んで行った。

 

当初、九條殿や西宮大納言の下から小野宮殿の下へと移ろうとし者も少なくはなかったようだが所詮は蝙蝠にすぎない彼等は結果として取り付く島を失い両方から距離を置かれてしまうという事態になった者が多いようだ。

 

元々九條殿に近かった私達のいる陰陽寮はその後も九條殿寄りの立場を取り続けているのが今の現状である。

 

◆◆◆◆◆

 

晴明の邸の庭の楓が紅く色づき始めてきた頃、長年師匠として仰いできた忠行様が喀血して倒れ、今も依然として高い熱を出して続けている。長年勤めた陰陽頭の官職を保憲様に譲ってもう数年経つが、九條殿との繋がりの深さゆえに保憲様を補佐しており未だにその影響力は大きなものがあった。とは言いつつそれも九條殿の死によりその一線からは退いてはいたのだが。

 

◆◆◆◆◆

 

今、賀茂邸の奥にある師匠の居室に私は居る。師匠が横になっている床は目の前に降りている御簾の奥であり、その御簾には中を可能な限り清める結界を施されている。とはいえその容態もやはり良くはないようで、荒く息を繰り返されている。

微かにではあるが若干の臭気が漂っている。まあこれは少し前から私も気付いていた事なのだが…。

 

「晴明か」

 

ようやく私の存在に感づかれたのか…。

 

「はい。」

 

師匠が緩慢とした動きで身体を起こす。

 

「どのくらい前からそこにいる。」

 

「暫く前からここに居ます。」

 

「ははっ、そうかそうか、どうやら儂も病で大分耄碌してしまったようだな。」

 

「そんなことは、」

 

「無いと申すか?」

 

「…いえ。以前ですと気づかないことなどあり得なかったでしょう。」

 

「そうであろう、まあ、どちらであろうと長くはない。おそらく儂は労咳で間違いない。直に迎えが来るであろう。」

 

「労咳、ですか。」

 

…やはりか。

 

労咳、現代で言う所の結核であり当時ではもちろん戦後に至るまで不治の病であった病である。

 

「それで黄泉へ旅立つ前にお主に話しておきたいことがあってな、その前に一つ確認させてもらいたいのだが…、良いか?」

 

「…はい。」

 

御簾の向こうでこちらを見据えた師匠の目が剣呑に光っている。

 

「お主、いつぞやの風説の通り、人ではないな。」

 

「!」

 

やはり、感づいていらっしゃったか。

 

「だが、完全な妖でもない半妖、先頃亡くなられた益材殿が父であることも間違いではない。それに加えお主、確証はないのだが

 

 

 

 

 

男ではなく女なのではないか?」

 

「!!」

 

そこまで…、

 

「まあまあ、そう言われて儂を警戒するのは判るがそこまで気張らずともよい、どうせこの先短い命、誰にも言いはせん。黄泉までこのことは持って行く、だいたい今から言うぐらいならもっと早くに儂は手を打つに決まっておろう。とにかく落ち着きなさい。ここには人払いの結界もある。」

 

私は無意識のうちに僅かに滲み出ていた妖力をしまい込んだ。まあ、この部屋には更に外側に結界があり外から気付かれることはないが私としては迂闊であった。

 

「はあ、先程の反応を見る限り先程の問の答えは是ということか。」

 

「…はい…。」

 

「そうか、一時期ではあるが凡そ一月に一度体調を崩す事が有ったであろう?それでもしやと思ってな。まあとりあえずそれは良い。儂からはいくつかお主に忠告がある。まず廟堂の化け物共には気を抜かんことだな。」

 

「聞きたいことが山程あるのですが、何故それを私に?」

 

「何故、か、そうだな、強いて言うならば…、似ておるのだよ儂の若い頃に。」

 

「私が、師匠の若い頃に、ですか?」

 

「理由は違うだろうがな、お主、『上』を目指しておるだろう?保憲や保遠は現状に満足しておろうがお主は違う。お主の目を見ておれば判るわ。違うか?」

 

違わない、その通りだ。私への謗りは受けて立つが、弟や家族へ向けられるものは無くしたい。こればかりは上を目指してその権力を持ってして黙らせるしかないのだ。

 

「沈黙は肯定ととるぞ、まあ昔語りにはなるが、儂はな、殿上の者等の我ら技官を侮り手駒の様に見下した態度がたえられんかったのよ。(とき)を占い、暦を作り、星を詠み、妖を祓う。それだけでは彼奴共が変わることはない。それ等がうぬ等の役目なのだから其をこなして当然、其がどうした?と。まあ、今思えばその頃は青かったのだが、ある者に取り入り、かの者を煽り、誰かを陥れる、それで威を借り勢力を大きくした。まあそれで衰微しつつあった陰陽寮を立て直すことができたのだが。儂もその頃からは積極的に動くことはなくなった。疲れておったしな。そんな頃だな。妙な噂を聞いたのは。」

 

「妙な噂ですか?」

 

「ああ、妙な噂だったな、監膳殿の子に麒麟児が居るという。文武共に非常に優れているという、まあ、お主のことだな。」

 

「…。」

 

「まあまあ、気にするでない。ただ単にお主を揶揄(からか)っておるだけだ。」

 

はっはっはと声を上げて笑っている。イライラするが師匠は死期が近いのだ、ここは堪える。あっ、()せた。

 

「はあ、まあ実際面と向かって話したのは、あの酒呑童子の一件の後であったな。あの時にお主の目を見た時、その時は何か引っ掛かる程度であったが徐々に儂に似ておると思うようになったな。この(わらわ)は力を求めておる、そしていずれは権力を求めるようになるとな。」

 

「弟を…、家族を守るにはこれしか無かったのです…。」

 

「…そうか…、まあ先に言ってはおくが、その道は一筋縄ではいかんよ。この先達が言うのだ。時勢を読み間違えると悪ければ待つのは配流などでしかない。昌泰の変では菅公に親い者達は配流や左遷となった。今もそこかしこに儂ら陰陽師を疎む者が居たであろう、儂らが付く亡き九條殿の側にも。陰陽寮ですらそうであろう。」

 

「…と言いますと?」

 

「居るであろう、才も無いのに拘わらず儂や保憲との縁を誇る虚栄心しかない愚か者が。保憲もさっさと廃嫡してしまえばよいものを。」

 

「光栄殿ですか…。実の孫を其処まで言わなくとも…。」

 

「フン、儂が保憲なら陰陽寮の差配の後継はお主と吉明に任せるであろうな。保憲も其処までしなくとも何かはするだろう。無能を追い出して何が悪い。まあ、廟堂の魑魅魍魎の前ではあれは無力、すぐに羽虫のように叩き落とされるであろう。」

 

「否定は、出来ませんね。」

 

「どう転ぼうとも、儂の全てをお主に授けたのだ。どう考えても策を巡らせでもせん限りは光栄がそのお主に勝てる筈など有るまい。まあ、アレにはそれだけの策を考え付ける事も無いであろうが。それは兎も角これから九條殿の家も九條殿と小野宮殿のように一族内での争いが始まるであろう。帝に近い伊尹殿、中宮安子様に近い西宮大納言殿、そして兼通・兼家殿、権力を求めるならばどれに近づくかはくれぐれも間違わないことだな。」

 

「言われずとも、そのつもりです。」

 

「それともう一つだな、一つ聞くがお主の父親が謹慎に追い込まれた一件は知ってはおるな?」

 

何故、今それを?

 

「はい、勿論です。実の母が家を出る切欠になった出来事ですから…。」

 

「その噂はどういったものであったかな?」

 

何を言いたいのだ?

 

「『監膳殿は異形の者と通じておる』『大膳大夫は狐に魅入られておる』確かこういうものだと聞いておりますが、これが何か?」

 

「フン、そうか、もしよければだが、何故お主の母親は安倍の邸に入ったのだ?」

 

「それを聞いてどうするのです?」

 

「どうもせん、ただ興味があるだけだ。」

 

「はあ、かつて母はとある邸の下女として働いていたそうです。何処の邸かは遂に教えてもらうことはありませんでしたが…、それが陰陽師を名乗る男に見破られ…」

 

「どうした?晴明よ。」

 

「逃げ出す際に深手を負ったそうです…。それで…、父に助けられたとか…。」

 

「気づいたか?晴明よ。」

 

「母を見破った陰陽師を名乗る男は陰陽寮の人間ではないのですね…。」

 

「そうであればこの儂が知らぬわけも、今更こういうことを聞く筈もないであろう。」

 

「そして、安倍の邸に居たのが狐妖と知っていた者が居ると。」

 

「恐らくそうであろうな。儂なら其の二つは同じ人物だと考えるな。まあ要はお主も気を付けろ、ということだ。用心しておいて損はないであろう。」

 

「はあ、わかりました。用心はしておきます。ところで何故其処まで私の事を心配していただけるのですか?」

 

「これでも儂はお主を五つの童の時から見ているのだ、お主の親の次に長い間手に掛けて育てた愛弟子を我が子のように考えて何が悪い?」

 

「そう、ですか…。」

 

あぁ、この人も逝ってしまうのか、その事を改めて考えると思わず涙が出て来ていた。

 

「ほう?この儂の為に涙を流してくれるのか?そうかそうか。」

 

その言葉に苛立ち咄嗟に涙を拭った。

 

「見間違いではありませんか?御簾越しでそう見えただけでは?」

 

「そうか?フン、まあ良いわ。そうじゃ冥土の土産にお主の素顔を最期に儂に見せてはくれぬかの?」

 

まあ、私の本性に前々から気づいていたのならば見せても構わないだろう。

 

私は変化を解き御簾を上げてその姿を見せた。師匠はその目を見開いて驚いているようだ。

 

「…ほう…、これはまた…、斯様(かよう)に美しき者だったとは…、だが…、」

 

ん?

 

「衣の膨らみが無いことを考えると出るべき所は出てはいない様だな、ハッハッハ、ゴホッゴホッ」

 

……、目の前で師匠が()せているが無視するか。

 

「…何か言いましたか?」

 

「その性格は女子(おなご)としては可愛げの無いのぉ…。」

 

「師匠が癪に障ること言うからです。」

 

「…うむ、それはすまん事を言った…。」

 

目の前の老人が頭を下げている。はあ…。

 

「まあ、良いでしょう。」

 

「フン、とりあえずは儂が先程伝えたことにはくれぐれも気を付けることだな。まあこれで心置き無く逝けるというもの、先程眼福な冥土の土産も目にしたものだしのう。彼岸でお主の父親にも会うたら宜しく伝えておくわ。」

 

◆◆◆◆◆

 

結局、師匠がその年を越すことはなく、その数日後に師匠は静かに息を引き取った。

 

寒風の吹き始めた長月のことであった。




東方成分皆無ですね、すいません。第二章はたまに東方キャラクターは出せるとは思います。
それとですが、いつの間にかUA3000件越えてました。ありがとうございます。
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