異変は師匠の亡くなる一月以上前からであった。
雨が一向に降らないのである。
それは少なくとも畿内一帯だけで起きていることでもないらしく、わりと広範囲の地域でも起きているらしい。
京へ使者を走らせ懸念を伝える真面目な国司も居るらしく殿上の参議達の間でも話題には頻りに上がってはいた様子ではあった。
雨が降らないとは言っても、この年は例年より雨が元々少なかったこともあってか雨乞いの祈祷も数回行われていた。尤も雨が全く降らなくなったのは稲の刈り取りの時期が近かったためその事が与えた収穫自体への影響は収量の減少は若干有っても然程大きなものでもなかったが、これが長期化するとなるといよいよ飢饉になるということもあり、とりあえずは警戒をしながらも様子を窺い来年が恵み多き年になることを祈るということで話は纏まっていた。
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現在陰陽頭の官職にある保憲様は、実の父親である前陰陽頭の忠行様を亡くしてまだ一月も経ってはいなかった。だが、今置かれているこの状況とその職の重要さを考慮され、まだ忌中ではあったが異例中の異例として出仕を許可(事実上の命令)されていた。その異例の証拠に保憲様の弟である陰陽助の保遠様は忌中であるとして賀茂邸に籠っており、今回その代理として今私は内裏の中へと入ることとなっている。
この日の本の都の正殿であり数多くの儀礼が執り行われ表の
それはさておき、日頃詰める陰陽寮と内裏は然程離れてはいない、というより陰陽寮は宮城内に数多くある
左衛門陣を通り内裏へと入る。その際にだが、詰めの者達の内の一人の若武者と目が合う。確かあの者は六孫王殿の嫡男であったか…?
まあ、良い。まずは帝の下へ参らねば…。
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建ち並ぶ檜皮葺きの壮麗な殿舎、一官人でしかない晴明等が暮らす邸とは天と地ほど違うのは言うまでもない、だがその一方で一見絢爛豪華に見えるこの内裏は数多の呪詛・怨念等が蔓延っている。
南都より山崎の地を経てこの愛宕の地に都が移され百七十年余り、その時から長い時を経てもこの内裏が使い続けられており、その長い年月の間この内裏の中では数多の権力闘争に明け暮れる天上人達、
例を挙げるならば言うまでもなくすぐ思い付くのは
話が逸れてしまったが、要はこの当時遷都以来帝の御座所であった内裏には現在数多の怨霊が蔓延っている。これの一番の原因は
遷都以来、この遷宮は一度として行われていない。だがこの平安京に遷都された時にその事について一切考慮されていなかった訳でもない。大内裏・朝堂院の北西に宴の松原という松林が有る。ここは中院をはさみ、内裏とは対になる位置だ。かつて南都で大内裏の中で遷宮が行われたように、元々ここは内裏の建て替えが行われるものだったと言われる。
だが戸籍制度の崩壊・荘園の増加等の諸々の理由により徐々に崩れつつある律令体制の中でそれを維持することは難しくなっており、その結果、遷都から百七十余年の間ずっと遷宮は一度として行われず、内裏が京の中でも特に邪気が強い場所なっていた。この雑多な怨念の溜まり場で、二百年余りにわたって京を騒がせるとある妖怪が誕生していたことを、このときはまだ誰も知ることはなかったのである。
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先程通った壮年の二人の陰陽師をその片割れと目の合った若武者、
まずは陰陽頭殿だったか、確か、父である
ふと、意識を周囲の警戒に戻すといつの間にか何処からともなく、
急に立ち込めたそのそれは既に向かいの建春門すらも見通せないほど濃くなっていた。
雨は降らず空気は乾ききっている、風もある、よってこれは霧であるはずがない。そんな知識は当然彼を含めた当時の人間に備わってはいなかったが、周囲を包むこの靄が生易しい霧で無いことは己の本能が告げていた。
なんだこれは?
その疑問が満仲を覆っていた時、南の方角よりその答は現れた。
何なのだアレは!?
否、答などではなかった、アレが何であるのかがわからない。姿形が近寄って来ても掴めない。
五間程の距離になって始めてその姿が掴めた、だが、それは彼を更に大いに混乱させることとなる。
「ぎゃあぁぁあぁ!!」
隣にいた同僚が突然悲鳴をあげ腰を抜かしながら何かにぶつかり倒す物音が聞こえたがそんなことはどうでも良い。
「な、何故、」
そこにいたのは血濡れの鎧武者であった、かつて国司として下向していた父に付き従い、隣国で起きた乱の平定に向かった時に一度だけ目にした男であった。
かつて新皇を
何故、大内裏の中に斯様な者達がいる?そういった答を混乱する頭で必死に絞り出していた。
ところが後退っていた満仲は倒れてていた同僚に躓いて背中から倒れ込んでしまう。
気が付くと周囲には何事も無かったかのように靄は消え失せていた。
幻か…?
「先程のは一体……」
何だったのだろうか、という呟きは、突然同僚から発せられた怖れを含んだ声に書き消された。
「あぁ、あぁ……。」
その声に促され満仲も声のした方を振り向くと、
言葉を失った。
内裏の