葛の葉の切に願った平穏は虚しくも唐突に終わりを迎えることとなる。
晴姫が五歳になった冬のある頃を境にある噂が宮城内で流れ始める。
『監膳郎中(大膳亮)殿は、異形の者と通じておる』
その噂は内裏を含む宮中を瞬く間に広まり、帝の耳にも入ってしまいその騒ぎになった事を咎められ一箇月の謹慎を言い渡される。
謹慎に入った最初の頃は屋敷内では流行り病ということにし、祥子以外の誰にも真実は告げず自室に籠っていたが、
宮中の噂が宮中だけにとどまる訳もなく、京洛へと拡がったその噂は当然屋敷にもすぐに伝わってしまったため、葛の葉は一人決心をする。
数日たったある夜、葛の葉は「お話したいことがございます」と言い益材の籠り続ける部屋に入った。
部屋には、益材と祥子が居り、葛の葉は二人の前に相対するように腰を下ろした。
益材は謹慎になり若干憔悴した風貌であるが、葛の葉がこの場に来た理由を内心察している様子で葛の葉を怪訝に見つめている。
葛の葉は平伏して
「この度このようなことに陥ってしまった責は私にあります。
これ以上、貴方様方に私がいることで様々なご迷惑をお掛けすることはできません。
ですから、この屋敷を出ようと考えております。」
と申し出た。益材が問う。
「…此所を出てどうするつもりなのだ」
「もう、この私が都で暮らすことはできないでしょう。国元の山に帰ろうと考えております。」
「晴様は…、どうなさるおつもりなのです?」
「あの娘を、山へ連れて行くことは難しいでしょう。
ですから連れて行くことは出来ません。
けれども、都で生きるにしてもそれは厳しいものになるでしょう。
半身のみともいえど妖であると判ってしまえばこの屋敷で助けて頂いた時の私の様なことになってしまいかねません。」
「それでは………。」
「よって益材様、ならびに祥子様、改めてお願いがございます。
これ以後晴を『男』として育てて頂くことはできないでしょうか?」
「!?、……何故だ?」
「貴族の娘であれば、いずれどこかの奥方になることがございましょう、
私は偶然、真実を明かしても害されることはありませんでしたが、
晴もそうなるとは限らないのです。
晴には変化の術等の妖術も教えており、すでに私を凌ぐ程優れております、
男の姿であれば、権力をもてばある程度のことは隠すこともできましょう。」
「それで良いのか?」
「はい、私のせいでこのような事になりお二方にもそして晴に対しても、申し訳ございません」
「頭を上げてくれ、
私の方もだ、私にもう少し力が足りなかったばかりにこんな噂も抑えきれず、
お前にも、晴にも苦労を掛けることになってしまった。
何故今更このような噂が立ったかまではわからぬが、
こんな結果になってしまった一因は私にもある。
だが確かにお前の言うとおり晴には悪いが、今後は女としてではなく男として生きる他ないであろう。
なに、祥子としっかり育てあげるとも、安心してはくれまいか?」
「申し訳……、ございません。」
◆◆◆◆◆
その後数日かけ晴に悟られないように出立の手配をし、ついにその出立の日となった。
晴にはまだ何も伝えてないがおそらく今生の別れとなるであろう我が子との最後の時間を過ごしていた。
この上なく幸せであった日々も自分が妖である以上いつかはこうなると元々覚悟していたことであったはずだ。
この身を
彼らをこれ以上苦しませることは私には、できない。
だが、特に娘には永く苦労をかけてしまうであろう。
そのことを考えると自分が不甲斐なくなり涙が止まらなくなる。
半妖である娘の貴族の娘として生きる、それ以前に女として生きる道を閉ざしてしまうことが、どういう結果なるかは、私には判らない。
娘に対して償い切れない程の罪を犯してしまった。
ほかに方法はなかったのか?
だが、私のように人ならざる者と知れても女として同じ様に受け入れられることができるのだろうか、
それとも益材様に助けられる前の私の様に殺されてしまうのではないか?
「ははうえ、どうなされたのですか?」
思考の渦に落ちていた私の意識を、いつの間にか起き丸めていた尻尾を無意識にしまい娘が不安そうな顔をして私を見上げながらも問いかける。
娘の顔に水滴があるのを見つけ、ああ、私の涙で起きてしまったのかと心の中で悪態をつく。
涙を見られてしまったことでようやく伝える決心をし、
「晴、貴女はこれから女であることを捨て、童子丸と名を改め男として生きていく為に学門を修めなさい。」
「ははうえ、なにをいっておられるのですか?」
物心ついたころから聡いこの子は咄嗟にとり繕った私の表情から何かを察したようで今にも泣きそうな顔を向けている。
「半身を人ならざる者が女として生きていくにはこの都は厳し過ぎるのです、旦那様と祥子様にはもう言伝てはしてあります。
私がいなくともお二方が面倒を看てくださると約束してくださいました。」
「いやです、かあさま、どこにもいかないでください!」
「ごめんなさい……!」
泣き縋る我が子に術をかけて寝かせつけ少なくない思い出の残る対の屋を後にした。
◆◆◆◆◆
術が解け飛び起きた晴が屋敷の門に着いた頃にはすでに葛の葉は旅装束に着替え市女笠をかぶり今にも発とうとしていた。
「ははうえ!」
叫んだ晴を驚いたように見た葛の葉は、
「っ!、……術がもう解けてしまったのですね。
晴、貴女にこのような仕打ちをして置いていくこの悪い母を許すことはしなくても恨んでくれても構いません。
ですが旦那様、いえ父上と祥子様のことを決して悪く思わないでください。」
と言い泣きすがろうとする愛娘を見ていられず晴から目をそむけた。
「どう止めても行ってしまうのか?」
晴を押しとどめるも沈痛な表情の益材が問う。
「はい、国許に戻って落ち着いた後は、かつて話していた私の一族が住んでいたと伝わる唐土の地を訪ねようと思っております。」
「そうか、ならばどうあってももう止められなれいのか……。どうか……、どうか国許でも旅先でも達者でな……っ!」
「今まで…、ありがとう……、ございましたっ…」
気付けば皆泣いていた。
「祥子様……」
「はい」
「どうか、晴、いや、童子丸を……よろしくお願いします。」
「わかりました、お約束しましょう……、ですからどうか……御達者で。」
「はい……、では」
そう一言残し、ちらつく雪がうっすら積もっていく中、葛の葉は旅立っていった。
「かあさまっ…、行かないで……」
父に肩を抑えられ追うことのできぬ晴は、母の姿が見えなくなってもただただ泣いていることしかできなかった。
原作キャラがなかなか出せずすいません。近いうち登場しますのでしばらくお待ちください。