賀茂邸に着き、既に宮中へ出仕する学生等の上弟子達は近くの自分の邸へ帰るが、童子丸は他の元服前の下弟子達と共に邸内にある寄宿舎の中に入る。今晩供に出ていなかった者達は既に寝静まっている様だ。
童子丸の他にもまだ元服前の童子姿の者は居るが、やはり最年少は割と最近入ったばかりの童子丸である。
弟子達の生活する寄宿舎はさすがに雑魚寝等ではなく屏風等で仕切られそこに各自机等の学業や生活に必要なものを置いて暮らしていた。
ところで、一年程の間変化を解くことなく男として育てられてはいるが童子丸だが、本当は女であるため当然ながら周囲に男子しかいないこの空間に若干の抵抗がある。月日を経るごとに次第にそれは薄れてはいるものの、まだ完全に慣れてきているとは決して言えない。偶に周囲でたつ音に今でもびくつくことがある。これから男として生きてゆくにはそのことに慣れるのは早い方がいいに決まっている……のだが、今日は妙に隣に暮らす三つ歳上の少年の方から音がする。あまりに気になるので屏風の陰から彼を覗く。
彼は布団を被って踞っていた。
「どうかしたのですか?」
返事はない。
彼については、まだ私が弟子入りしたばかりであるため最初少し話したこと以外はほとんど話していないためうろ覚えでしか覚えていない。だが、既に元服し宮中の陰陽寮に出仕する上弟子達にも霊力がほとんどなく妖を見ていることしかできない者が大半を占める中、他の者よりはかなり多くの霊力を持つ彼は他の者達から期待の目を向けられていたはずだ。
まあ、陰陽寮の仕事は妖怪退治だけではないのだが。
先程酒呑童子らの一団との遭遇時に彼は一団を見るなり血相を変えて車の陰に隠れてガタガタ震えて踞っていた。
まあ、普通の人間が百鬼夜行を見たならばそうなってしまっても仕方ない。『普通の人間』であればだが。
これからそういう仕事向きの陰陽師になるにあたって鬼を初めとする妖怪たちとの遭遇は避けては通れない道だ。
夜も更けていたため、気になりはしたものの童子丸はそのまま眠りに落ちた。
◆◆◆◆◆
翌朝、目を覚ました童子丸は食事などを済ませた後、昨日言われた通りに忠行の居室へと向かった。
忠行は机へ向かっていたが童子丸が部屋に入るとこちらに向き直った。
「来たか・・・、まずはそこに座りなさい。」
童子丸は促された場所に座る。
「では聞くが童子丸よ、お主今のところどのような呪術を使える?」
忠行の値踏みするような視線が童子丸に向けられる。
「はい・・・、今使えるものは昨晩使った『気配を薄くする術』、他にはごく簡単な退魔術だけです。」
「ふむ、そうか・・・、ならば昨晩伝えた様にこれからお主に儂の術の全てを授けることとしよう、まずは
「はい、不肖の身ではございますが、改めて此から宜しくお願い致します。」
「うむ、既に倅には話しておるので、あやつの元に行って来るがよい。」
「わかりました、では失礼致します。」
童子丸はそのまま部屋を退出した。
◆◆◆◆◆
童子丸が出た後、少し思うことがあったがそれはとりあえず思考の外に置いて、忠行は一人考え込んでいた。
狐との間の子との噂も一時期出ていたものの実際童子丸からは妖気が感じられることはない、もし仮に京雀どものの噂の通り童子丸が妖との間の子であったとすれば多少の妖気は滲み出すはずである、まあ妖気を完全に隠しきっていれば話は別だが、まだ童子丸は霊力の量は多いものの齢六つである。実際は葛の葉が出奔する前に発覚を恐れ童子丸にきつく指導しており既に変化したまま妖気を隠す術をみにつけているのだがその歳の小童が完全に隠しきっているとは思っていなかった。
当時その若さにしてはそこそこ出世の早かった監膳殿を妬んだものの流した噂であったのかもしれない。仮にそうであったとして実際に監膳殿は三月ほど屋敷で職を辞する事はなくとも謹慎することとなっているためうわさを流した者はある意味目的を果たしたとも考えられる。まあ、世間では童子丸兄弟の母は監膳殿の乳母子で奥方の祥子殿であると知られてはあまりその噂は聞かれなくなった。話には童子丸の弟も大変優秀であると聞いているため、おそらく兄弟であることは本当なのだろう。その才の有る弟も陰陽師にすることができれば今後兄弟で倅の補佐を担ってもらうこともできると忠行は考えていた。
だがどうも腑に落ちない事が一つある。
何故『狐』との間の子というある程度断定されているような噂が流れたのであろうか?
◆◆◆◆◆
それから、数年経ち童子丸は二年遅れて入門した弟、吉丸とともに賀茂忠行・保憲親子の下で修行を続け、童子丸十五歳、吉丸十四歳の年の吉日、遂に元服を迎えた。
名を
弟、吉丸改め、
そして
兄、童子丸改め、
ここに後に歴史に名を残す陰陽師が誕生した。
弟は完全に創作です。