半端者の半生   作:八連装豆鉄砲

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八話

晴明が暦の件を忠行親子から押し付けられて数日、

 

「はぁ…、いつの間にか日も落ちているな、亥一刻位(午後九時位)…、よし、そろそろ寝るとするか。」

 

漏刻(水時計)を確認して、寝床へと赴く。膨大な量であった作業が漸く先行きが見えだし、取りあえず夜も更けてきたことで床に入ることにした。

 

晴明をはじめそこそこ腕の立つ陰陽師達は皆、夜間の突然の襲撃に備え床に入る際に必ず結界を張る者が多い。陰陽師という職柄からか何かと妖怪や悪霊・怨霊をはじめ神々や生きた人間の怨念や呪詛から生身の人間まで様々な恨みを買う。

よってその恨みつらみからか襲撃に及ぶ者が多く、

その為に大半の陰陽師が最低でも就寝時だけは常時結界を張ることが多い。

感知だけの結界を張る者もいれば、堅牢な結界を張る者もいる。

晴明や吉明は後者で、特に晴明は時にもよるが感知結界をはじめ幾重もの結界を張った上で床に入り寝る。

なまじな霊力では維持などできないが、晴明の多量の霊力と類い稀な式の制御力がそれを可能とする。

晴明の場合は万が一の場合に備え妖力が外に漏れ出さない為にも堅牢な結界を張っている。

今夜も敷地と邸を覆う二重の感知結界をはじめ部屋にも感知結界と八重の防護結界を敷き微睡みの中に意識を落とした。

 

◆◆◆◆◆

 

「おそらく、この邸ね。

 

…幾重にも感知結界が張ってあるみたいね。結界が多い場所は二ヶ所、おそらくこの邸全体を覆う方の結界を張っているのが兄なのでしょう?

萃香の話を聞くならこの厄介な数の結界を敷く方が兄かしらね?」

 

通常の妖怪ならまず侵入は不可能なのであろう。だがこの妖怪八雲紫の前には大した意味は成さない。なんせ直接赴けば良いのだから。

 

◆◆◆◆◆

 

「っ!!?」

 

突然枕元に生じた濃密な悍ましい妖気に晴明は飛び起き、常に持ち歩く強力な呪符を手に部屋の結界の端近くまで跳び退いた。

 

「あらあら、そんなに物騒なものを手に何をするのかしら?」

 

こやつ、この手に持っているものがどんなものかも把握してやがる。

 

「お主は、何者だ。」

 

分かっている、聞くまでもない。まずこの国の人間では滅多に見ない金色の髪にこれまた奇妙な形の帽子、服は紫を主とした大陸風の方士のような装いをしている。そして何よりも彼女の後ろに、幾つもの目が此方を覗きながら蠢く、見るも悍ましい空間、その入り口の縁に腰掛けて、こんなものを操る者は日ノ本広しといえども(まあ、そこまで広くもないのだろうが)一人しか居ない。

 

「そんなこと、聞かずともわかっておられるでしょう?」

 

冷や汗が背中を流れる。ああ、知っている。実際に見たのは初めてだが。隙魔妖怪、境目に棲む妖怪。

妖怪の身でありながら神にも等しい力を操る存在…

 

「八雲、紫か?」

 

「ええ、如何にも私はスキマ妖怪、八雲紫ですわ。

かの高名な陰陽師、安倍晴明様にもこの名をお知り戴いているとは…、光栄ですわ。」

 

…白々しい、こちらに嘲笑にも等しい厭らしい微笑みを向けながら、心にもない感激の言葉を述べる。

 

「それで?」

 

「はい?」

 

「それで、こんな時分に人の寝床にわざわざ入り込んでまでして何用だと聞いている!?」

 

「別に、挨拶以外に特に用などありませんわ?」

 

「何っ?」

 

「ですから、特に用などありませんでしたけど…」

 

「…」

 

「ああ、強いて言わせてもらえれば一つ。」

 

蠱惑的な笑みを浮かべ言葉を紡ぐ。

 

「何だ?」

 

「この部屋…、何だか獣臭くありません?」

 

「何をっ?!」

 

晴明は『何を言う!』と言うつもりであったがそれ以上は言葉を続けることはなかった。

 

否、できなかった。

 

発作が起きた。

 

胸に締め付ける様な痛みが走り、身体の中が濁流にごちゃごちゃにかき混ぜられる様な苦しみ、何度体験しても未だに耐えることなどできない。

 

晴明は立ち続けることができず、その場に崩れ堕ちた。

 

「な…に…をっ…、」

 

「おや、どうなされたのですか?安倍晴明殿?」

 

身体中から脂汗が吹き出し、息も浅く早い。痛む胸を押さえ晴明が叫ぶ。

 

「御託は良いっ!貴様っ、私っ、に、何をしたっ!八雲紫!」

 

「貴方の人と妖の境界を少し乱しただけですわ。」

 

「なっ!?」

 

「其よりも宜しいのですか?妖気がダダ漏れですわよ?」

 

嘲笑を込めて尋ねてくる。

 

「誰のっ、せいだとっ、思って!」

 

「それにしても、そんな状態でよくこれだけの結界を維持できてますね。まあ、恐らくこうなってしまった際の為に式でほとんどは賄っているようですが。」

 

「…。」

 

「正解みたいですわね。」

 

彼女は笑みを深める。

 

「結界はなんとかなってもどうやら()()()()()()の維持はぎりぎりみたいですわね。」

 

「何をっ、するっ、つもりっ、だっ!?」

 

「ふふっ、最初見た時にはこの私でも全く気が付かなかったわ。貴方、かなりの腕前ね。私でも尊敬してしまいますわ?」

 

「っ!」

 

彼女が腕を前へと出し晴明へと向ける。

 

「その化けの皮の下に何を隠しているのかしら、狐の半妖の陰陽師殿?」

 

苦しみの中で頭を回すことができなかった晴明は、その言葉で漸く八雲紫が何に気づき、そして何をしようとしているかに思い至り、戦慄し、その苦しみで歪んだ顔をこちらを見下ろす彼女へ向け、

 

「止めろっ、止めてくれっ!」

 

せめてもの懇願として叫ぶが、

 

「止めろと言われて止める馬鹿など居ませんわ。」

 

と八雲紫は蠱惑的な笑みを浮かべながら言い放ち、

 

 

 

未だに波立つ晴明の霊力と妖力の境界を大きく乱した。

 

それによって今迄体験したことの無いほどの強烈な発作が晴明を襲う。

 

「んっっっ!!??」

 

境界を乱すことで半妖という存在を大きく揺さぶられたことにより晴明は先ほどの爆弾のような動悸だけにとどまらず、体全身に言いようのない苦痛に襲われる。

 

そして遂に変化を維持する事をができなくなり、みるみるその姿を変じてゆく。

 

髪が腰まで長く艶やかになり、

 

背は大きく縮み、

 

身体つきも大きく変わる。

 

 

そこに現れたのは見た目が十六七歳の少女であった。

 

彼女は、今年で数え歳が三十になるが真の姿は今の姿のままで成長は止まっている。

 

「何を隠しているかと思えば、貴女、女だったのね。」

 

「き…、さ、ま…、よくっ…、もっ!」

 

息も今となってはヒューヒューと弱々しいものになって意識も朦朧としている晴明は八雲紫を睨めつける。

 

が、そんなものも物とはせず良い放つ。

 

「ある友人から話を聞いて気紛れで来てみれば思わぬ収穫ね。稀代の陰陽師殿が半妖であまつさえ女だなんて。」

 

「何…、が、目…、て、き、だ…。」

 

「だからさっき言ったじゃない、気紛れだって。別にそんなに気にしなくても良いわよ。言い触らしたりはしませんし、そういえば、貴女、弟も居たのだったわね。するとその弟もまさか…」

 

「吉明は、何も、関係無い!!」

 

二人の目が合う、先に反らしたのは八雲紫のようだ。

 

「貴女の目を見たところどうやらそれは本当のようですわね。それでは特にもう何もする事も無いし帰らせて頂くわ。」

 

そう言うと彼女は腰掛けていたスキマへと姿を消した。

 

スキマが消えると共に、そこから流れ出ていた濃密な妖気は消滅し、結界内にあった重圧感も霧散した。

 

既に意識の限界をとうに越えていた晴明は緊張が消えると共に眠る様に意識を失った。

 

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