通り過ぎる家々には温かな光が灯っているのにも関わらず、その場所は夜の闇を無抵抗に受け入れたかのように漆黒に染まっていた。
「ここ……だね?」
真琴たちが辿りついたのは、周囲の住宅街から切り離されてもはや別空間と化してしまった二階建ての一軒家。空き家の通り中に人のいる気配はなく当然明かりなどもない。周囲の窓から漏れる光や街灯の光でぼんやりと浮かび上がっているような印象で、オバケ屋敷だと言われてもすんなり頷いてしまえそうな奇妙な迫力が漂っていた。
「……何か見えるか?」
『掃除が全然行き届いてないね……窓なんかホコリまみれで、クモの巣まで張ってるし』
「こ、こんな場所にクリームがいるの? 何か、あの……こ、怖いんだけど……」
上目遣いに見上げる凛の顔は完全に怯えきっていて、以前のやんちゃそうな雰囲気が綺麗さっぱり失せていた。まるで女の子のように体を縮こまらせる凛の頭に真琴はぽんと手を乗せた。
「大丈夫。怖くなんかないって。僕も祐樹君も、ガーネットもベルもいるんだし」
『……声が震えてなければもうちょっとカッコがつくんだけどね』
「き、緊張してるだけだよッ」
「ベル、偵察を頼んでいいか?」
『りょーかーいっと』
その小さな体躯を生かし、ベルは鉄柵をするりと通り抜けると玄関へと飛んでいく。真琴たちは固唾を呑んで様子をうかがう。ベルはドア周囲を確認し終えると、不意にドアノブレバーに飛び付き全体重を乗せ始めた。
『ちょ、鍵なんか開いてるわけないのにあんなコトして……!』
「も、もう少し様子見ようよ」
ハラハラと落ち着きがないガーネットをなだめつつ真琴もその始終見守る。レバーはゆっくりと下り、それを見たベルが壁を蹴ると同時に扉がゆっくりと開いていった。
「行こう」
「わ、わかった。じゃ、僕たちが行ってみるから凛君は」
「い、嫌だよ! オレだって一緒に行くよ!」
「……仕方ないな」
もしもここが本当に神姫誘拐犯の根城だとしたら何が起こるか分からないし、危険だから凛には帰ってもらおうと思っていたが……その頑なな表情から察するに素直に帰ってくれそうにない。
「僕たちから離れちゃダメだからね」
「う、うん!」
凛にがっしと左腕に抱きつかれ一瞬戸惑うも、小学生だししょうがないかと諦め真琴は祐樹の後をついていく。
『……なぁんか、引っ掛かるんだよなぁこの子』
肩の上でガーネットはやけに真琴にくっつく凛を見つめていたが、空き家に踏み込むのと同時に意識を部屋の奥へと向ける。
内部は至って普通だった。
正面にリビングと思しき場所へ向かって続く廊下が伸びていて、その脇に二階へと続く階段が見える。だが見えるのはそこまでで、その他一切は暗がりでほとんど見えない。
「携帯電話のライト使う?」
「いや……ベル、頼む」
『はいはいっと。ちょっと待ってね』
祐樹の指示を合図にベルの瞳に光が灯ると、彼女の視界がライトグリーン一色に染まり室内の様子がハッキリと映し出される。
「暗視ゴーグルと同じ機能。先にベルに調べさせて自分たちの安全を確保しないと」
「す、凄いな……」
周囲をあらかたスキャンし終わったのかベルはふぅと一息ついてから祐樹の肩に飛び乗る。
『とりあえず一階は調べなくていいと思う。この廊下、埃が溜まりっ放しで誰かが通ったって痕跡が無いんだ』
「じゃあ……上か?」
『分かりやすいぐらいに、人の足跡が付いてるからね』
二階へと続く階段を指差すベル。ちょうど人の足と同じ形の空白が出来上がっている。大きさは真琴たちよりもやや大きい。足跡はそのまま階上へと吸い込まれるようにして消えている。ごくり、と生唾を飲み込んだのは真琴だったか凛だったか。
「この足跡、靴のままだ」
「け、結構大胆な人……なんだね」
「ど、土足で踏み入るのって、よくないんじゃない?」
『……二人とも、分かりやすいぐらいにビビってるねぇ』
「び、ビビってなんか――!」
「り、凛君しーッ! しーッ!」
慌てて凛の口元を抑え階段を見上げるも物音一つしない。真琴が胸をなで下ろしている間に祐樹はベルを先行させながら静かに階段を上り始めていた。
上ってすぐドアがいくつか見えた。ドアは全部で四つあり一つは階段を越えた正面に。その両端に一つずつと右手側の付近に一つ。最後のは恐らくトイレか何かだと思われる。
「真琴君……あれ」
祐樹が指を差したのは左端にあるドア。そこだけ半開きになっていて、中から薄明かりが漏れていた。
「くそ……楽な仕事だって言ったから受けてみれば……ったく……」
薄明かりに次いで、今度は誰かの呟きが聞こえてくる。低めの男の声だった。真琴たちは階段からわずかに身を出して様子をうかがう。
「誰か……いるね。やっぱり誘拐犯……なのかな」
「……もう少し様子見て、その後ベルを向かわせる」
「えぇッ? でもさ、ここで見張ってて警察の人に連絡した方が」
「サイレンの音で気付かれたらマズい」
「じゃあ……どうするの?」
『素直にお願いしてみる? 神姫を返してくださいってさ』
『そんなんで返すヤツいないだろ……』
「……俺たちが先に行くから、二人はここで待ってて」
祐樹はそう言うと階段から一歩踏み込み足音を忍ばせながら部屋へと向かう。真琴も心を決めた。
「ぼ、僕も行くよ」
『フブキ型神姫は私たちに任せときな。マスターたちは誘拐犯を頼むよ』
「二人掛かりなら何とかなると思う……行くよ」
ベルを肩に乗せた祐樹が躊躇なく歩きだす。半歩ほど遅れはしたものの真琴も追いかけ、そして一度ドアの前で立ち止まる。祐樹の目線を受けこくりと頷いて返す。祐樹はドアを勢いよく開け放ち一気に侵入していった。
「うわ!? な、何だお前ら!?」
中に居たのは大学生と思しき青年だった。厚いレンズの眼鏡に冴えない風貌で、少なくとも真琴たちよりかは年上の印象だ。家具が取り払われた殺風景な空間にノートパソコンを置いて、彼はその正面で何やら作業をしていたらしい。突然現れた真琴たちに驚きを隠せない様子でディスプレイの光に照らされた顔には焦燥の色が浮かんでいる。
「お、オレのクリーム……返せよ!」
「はぁ? クリーム? 何の話を……」
『アンタ、最近この街を騒がしてる神姫誘拐犯だろ。恍けても無駄だよ』
「は、はぁ!? な、なんでそんなこと知って……あ」
『うわー、自分からボロを出すなんて情けないなぁ……』
「う、うるさい! こうなったら……排除しろ、ツバメ!」
『……御意』
何処からともなく響く神姫の声。
そして、闇の中からひっそりと溶けだすかのように現れたのは、黒い衣を纏い狐の面を被った銀髪の神姫。
「あ、あの神姫だよ! オレが見たフブキ型の神姫!」
「……犯人で間違い無しだね」
「ツバメ、時間稼ぎをしろ! 俺は逃げるから!」
「え、逃げるってここ二階で……あぁッ!?」
誘拐犯は窓を豪快に開け放つと脱兎のごとく逃げ出した。屋根伝いに進み路地に着地すると、そのまま全速力で駈け出す。
「ど、どうしよう!? 誘拐犯が逃げちゃって――」
「ま、待てよ! 逃げるなぁッ!!」
「凛君!? ちょ、危ないって――あぁ行っちゃった!」
誘拐犯の男を追いかけんと凛も同じように窓を飛び出し闇の向こう側へと消えて行く。残された真琴とガーネット、そして祐樹とベルに加え件の神姫であるツバメの計五名が部屋の中で立ち尽くす。
「真琴君は、凛君と誘拐犯を追いかけてて。僕とベルでこの神姫は相手するから」
『脚の速いアーク型なら見失うこともないよね。ボクたちも後から行くから、ほら行った行った!』
「わ、わかった!」
階段の方へと消える真琴を見送った後、祐樹とベルは音もなく抜刀したツバメと対峙する。ROGを起動し、室内に影響を及ぼさないよう配慮しようとマップディスクを取り出そうとして――
『ユーキ、しゃがんでッ!』
「――ッ!?」
ベルの声に合わせしゃがんだにも関わらず、祐樹の頬に鋭い痛みが走る。手に当ててみるとぬめりとした感触が伝わってきた。
「……人間に攻撃できるようになってるってことは」
『違法改造《イリーガル》神姫ってヤツだね。……大丈夫、ユーキ?』
「問題ないよ。……相手にするのは初めてだけど、何とかなると思う」
『恨みはありませんがマスターのためです。……死んでもらいます』
『これがホントの物騒神姫……ってちょっと! そんな冷たい目で見ないでってば、ふざけてないよもー!』
「来るぞッ」
ベルの剣とツバメの刀がぶつかり合い、散り合う火花が暗い室内を僅かに照らす。
『ささっと片付けて、早く真琴クンに追いつかなきゃね』
「……ベル、起動する。準備は良いか?」
『いつでも大丈夫だよ』
短期決戦を仕掛けるべく祐樹はROGのコントロールパネルを起動させ、画面端のアプリケーションに指を滑らせる。
警告を促す表示を飛ばし、データをインストールさせると同時に祐樹の視界が少しずつぶれていく。
『さぁてと……これで全力で動ける! こうなったボクたちは無敵だからね!』
直後、祐樹の視界とベルの視界とがリンクし、今彼の目にはベルの見ている世界が映し出されている。
ROGの機能を限界まで引き上げることで実現した、選ばれた者のみが許される特注のアプリケーション。
『フル・ライドシステム』
「……3分以内で頼むよ、ベル」
『りょーっかい!』
早く片付けて真琴に合流しなくては。
手にした剣をダブルブレードへと組み替えると、ベルはツバメに向けて疾駆した。
つい最近、武装神姫のOA『moon angel』を見直してました。
放送されていたアニメ本編に比べたらかなりハードですよねアレ。2作品ほど発売している武装神姫のノベライズも結構ハードボイルドテイストですが、こちらも同様に良作。
俺のこのお話も、いつかはハードになっていくかも……しれませんねw
次話は来週に。
では、待て次回。