夜の倉庫内を飛び交う白と黒の軌跡。
窓から注ぐ月明かりに照らしだされた特注のバトルフィールドの中、クリームは高速で動きまわるウェスペリオー型神姫に舌を巻いていた。
『マスター、相手はかなり速い……ッ! 通常の射撃では思うように命中させることが出来ません!』
「目で追い付けないってどんな速さだよ、もおッ!」
縦横無尽に飛行するウェスペリオー型神姫に狙いを定めるが、あまりの速さに照準をロックすることができずほとんど出鱈目な射撃になってしまう。凛もROGを介してクリームにライドしているのだが全く補助にならなかった。少しでも気を緩めてしまえばあっという間に視界から消え失せてしまう。神姫と凛自身の目とを合わせてやっと追いつけるという始末。
『イッヒヒッ! 初々しいっすねぇ。神姫を手にして一か月も経ってない感じっす。射撃も動きもルーキー丸出しな感じがいいっすねぇ』
「う、うるさいな! クリーム、レールガンを撃ちまくって!」
『了解ですッ!』
ケタケタと意地悪い笑みを浮かべる神姫に向けて高初速の電磁砲が吠える。電磁誘導により加速した弾丸をパタパタと蝙蝠の羽ばたきが如く軽快な動作で回避すると同時、彼女の手の中にはいつの間にか二挺の大型ライフルが握られていた。
『目標を捉えてスイッチするだけじゃ当たらないっすよ。こういうのは、相手の動きを予測して撃つんす。こうやって――ッ』
「ッ、来るよ、逃げてクリーム!」
この空間に散らばるコンテナを利用しない手はない。
凛はクリームに目配せし指示を送ると彼女は頷き、牽制射撃を織り交ぜながらコンテナの裏側へとブースターを吹かせる。もう少しで身を潜められる――その瞬間、クリームの頬を弾丸が鋭く閃いた。
『キャ――ッ!?』
『そんなあからさまに動いちゃバレバレっすよ。ちょっとぐらい捻らないと、上手い人には通用しないっす』
「くそぅ……ッ、どうしたら……」
『じゃ、今度はこっちの番っすね! そらそらッ!』
反撃に身を翻したウェスペリオー型神姫が二挺の大型ライフルが左右交互に号砲を撃ちならしていく。上空から注がれる弾丸の雨の中、クリームは地面すれすれの低空飛行で回避していく。飛び続けるうち、やがてクリームの正面にコンクリートの壁が迫っていた。このまま飛び続ければ激突は必至。
「クリーム、その壁を蹴ってッ!」
『……! 了解です、マスター!』
灰色の無機質な壁に脚部パーツを思い切り踏み込み、蹴飛ばす。壁を蹴った反動を活かしウェスペリオー型神姫と向き合う形に姿勢を変えると、クリームはそのまま両肩にマウントされたビームソードを抜き放つ。
機転の利いた一撃だったが――まるで霞でも斬ったかのように神姫の姿が霧散してしまった。
『なッ……!?』
『いやはや、ルーキーながらいい作戦っしたよ。並みのマスターや神姫だったら確実にアウトっしたけど……アタイは並みで収まる器じゃないんす』
「クリーム、下だ!」
『え――あっがッ!?』
予期せぬ方向から思い切り下腹部を蹴り上げられ姿勢を崩し、よろけたクリームに向けて二挺ライフルが追い打ちを仕掛ける。弾丸はクリームの武装を易々と剥がし、背部のウイングとブースターまでもが半壊してしまう。飛行を維持できずコンテナに着地すると、振り向きざまにレールガンを掃射。加速した弾丸は倉庫の壁に弾痕を残すばかりで一向に命中する気配がない。
「く、クリーム!?」
『まだ……やれますよ、マスター』
『おや、意外と耐えるっすね。でもまぁ……そこまでダメージを追えばもう何も出来ないっすよね』
「ちくしょう……! このままじゃクリームが負けちゃう。何か出来な……ん?」
傷付くクリームの後ろ姿、破壊されたウイングユニットを見、そしてウイングユニットに装備されたブースターに目を付けた。ウェスペリオー型神姫に気取られないよう、凛はROGに向けて囁くように言った。
「……クリーム、聞こえる? そのブースターって切り離したりすることは出来るの?」
『今すぐにでもパージしようかと思っていたのですが……どうかしましたか?』
「まだそれ、使えるかもしれない。無理言って悪いけど、まだ飛べるよね? クリーム?」
『私もこの翼も、まだ折れてはいません。マスター、どうぞ指示を』
「……うん! じゃあ……行って!」
凛の合図にクリームはコンテナを蹴飛ばし出来得る限りの最大速度で飛び出す。ウェスペリオー神姫は愚直なまでにまっすぐに突っ込むクリームの動きを見て小さく嘲笑う。
『やぶれかぶれってヤツっすかね。ま、もう少し遊んであげるっすよ』
「クリーム、そこでブレーキ! 切り離して!」
『はい!』
『は? 何をして――ッ』
ウェスペリオー型神姫と肉薄する直前、凛の指示に従いクリームがウイングユニットのブースターを二基ともパージすると、慣性に従いブースターが放りだされる。凛の狙いは、ソレだ。
そして凛の狙いを既にクリームも理解していたらしく、レールガンの照準は既にブースター中心部をロックオンしていた。トリガーを引いた瞬間、目の前で轟音を響かせながら烈火の華が咲く。
「クリーム……ッ!」
後退したクリームを両手で受け止めると、彼女は手の平の中で疲れ切った笑顔を浮かべた。
「ゴメン、無茶させちゃって……」
『そんなことないです。むしろ驚きましたよ。機転の利いた素晴らしいアイディアで、どうにか彼女を撃退することが出来ました』
「うん……! じゃ、早くここを出て真琴兄ちゃんに――ッあぐ!?」
『マスター? ……マスター!?』
突如、凛が苦悶の表情を浮かべたかと思うとその場に崩れ落ちてしまった。額に脂汗を浮かべ、左手を左足へと伸ばしている。蒼白い月光に照らされた凛の左手は、思わず目を背けたくなるほど深紅色に染まっていた。
『いやぁ……見た目以上に過激なコトしてくれたっすねぇ。お姉さん、流石にちょっとカチンと来たっすわ』
「痛……ぁッ! し、神姫に撃たれた!? 嘘でしょ……!?」
『あなた……違法改造神姫ッ! よくもマスターを――っああ!?』
右肩に奔った激痛にクリームは身を捩る。
本来、神姫は人間に対しての攻撃をCSCの基本設定の内で禁止されている。そういったモノを無視し規格外の装備や行動を取る神姫のことを、一般に違法改造神姫『イリーガル』と呼び称されている。
目の前で不敵に微笑むウェスペリオー型神姫が――ソレだ。
人間に対して何の躊躇なしに攻撃が出来る時点で、既に正規の神姫ではない。
『好奇心は猫をも殺す……っしたっけ? まぁ安易に首を突っ込んだ自分を恨んでくださいな。それじゃ、さようなら』
「クリーム!」
『ま、マスター……ッ!』
せめて凛だけでもと満身創痍の状態でクリームが凛の正面に身を投げる。意を決し目を瞑った瞬間――銃撃の音が倉庫中に反響する。
「……あ、あれ?」
『あ……あなたは?』
クリームと凛と、そしてウェスペリオー型神姫とを挟んだ場所に見知らぬ神姫が武装状態で立っている。
星の無い夜空のような瞳と漆黒のショートカット。ほとんど裸同然のようなペイントの施された素体にクリアパープルの鎧を身に纏っている。そして手には波打つように湾曲した小剣と盾を装備していた。
『ライフル弾を斬り落としたって言うんすか……相変わらず滅茶苦茶な神姫っすね』
『……』
「凛君……!? 足、怪我したの!?」
「ま、真琴兄ちゃん……あの神姫は……いつっ、ぅ……」
「わからない……けど、ガーネットを助けてくれたから敵ってわけじゃないと思う……」
駆け寄った真琴はハンカチを使って応急処置を施しながら、件のジールベルン型神姫に視線を動かす。
『……問う。貴方達の、目的を』
『そこで素直に教えると思ってるんすか?』
『…………』
刹那、何の予備動作も無しにジールベルン型神姫がコンクリートの地面を蹴り飛ばし高速で踊りかかる。ウェスペリオー型神姫もそんな彼女の動きを予測していたらしく、背部の翼を大剣へと変形させ平然と攻撃に対処していた。
『ヒヒ、相変わらず短気なジールベルンっすね。そんなんじゃマスターに愛想尽かれちゃうっすよ?』
『……』
ジールベルン型神姫が繰り出す高速の剣閃を、ウェスペリオー型神姫は大剣の側面部を盾のように操りながら往なしていく。二人の動きは徐々に加速していき、やがては真琴や凛の肉眼で追い切れないほどの速度に達する。今まで見ていた神姫バトルがお遊びに思えてしまうほどに、二人の神姫の動きは尋常ならざるものだった。
「く、クリーム……今、どっちが勝ってるの?」
『わ、わかりません……』
「ガーネットは?」
『……申し訳ないけど、全く見えない』
ぶつかり合う火花だけがかろうじて見えるものの、神姫の動きはもうほとんど見えない。ウェスペリオー型神姫が違法改造神姫なのはともかくとして、ではジールベルン型神姫も違法改造の施された神姫なのだろうか。
『でも……あっちのジールベルンは違法改造って感じじゃないよ。何か……何となくだけど、わかる』
「じゃあ、誰かがライドオンしてるとか……?」
突然、ひと際大きな火花が散ったかと思うとジールベルン型神姫とウェスペリオー型神姫が弾かれたように距離を開く。お互い、身体のあちこちに小さな傷が無数に刻まれているが依然として戦闘態勢を保ったまま睨みあっている。
そんな中、ウェスペリオー型神姫の方から携帯電話のアラームのような無機質な電子音が聞こえてきた。
『あぁ、はいはい? え、もう帰って来いって? もうちょっとぐらい遊んでも……あぁ、冗談っす冗談。今すぐ飛んで帰りますって』
『……逃がさない』
走り出したジールベルン型神姫の攻撃を真上に飛んで避けると、ウェスペリオー型神姫は背部パーツを分解、再構築して形成された蝙蝠型ユニットのグリップに捕まり上空へと飛翔した。
『勝負はお預けっすね。次いつ会えるか……っていうか、出来れば金輪際会いたくなんてないっすけども』
『……ッ』
グリップはハンドガンのパーツで構成されており、彼女は倉庫の窓ガラスを撃ち抜くと夜の闇の中へと姿を消してしまった。そんな後ろ姿を、歯がゆそうに見送るジールベルン型神姫の背中を真琴と凛は呆然と見つめていた。
「何か……その、次元が違い過ぎて……」
「腰抜けちゃった……かも……」
『……一ノ瀬真琴、陽向居凛』
完全に脱力してしまった二人にジールベルン型神姫が声を掛ける。冷たく澄んだ声音だが真琴たちのことを案じているのが何となく分かって、真琴は少しだけ警戒心を緩める。
「助けてくれてありがとう。えと……」
『……救助の要請、完了。あと4分程度で到着』
「救助って……あ」
真琴の脳裏に過ぎる救急車とパトカーのサイレン。出来れば大事にしたくないと思っていたのだが、呼ばれてしまったものはしょうがないかと諦め小さく溜息を吐く。
『……任務終了。帰還する』
「ま、待って! 君の名前は……?」
無視されるのかと思ったが、真琴の予想を裏切り彼女は小さく半身だけ振り返る。表情は硬いまま、ぼそりと一言だけ呟く。
『…………クレス』
それだけ言い終えると、ウェスペリオー型神姫と同じように窓から飛び出し夜の向こう側へと姿を消してしまった。残された真琴と凛は力が抜けたままその場で呆然としていた。
「……あの神姫、凄かったね……真琴兄ちゃん」
『あんな強い神姫、初めて見たよ……』
「う、うん……」
遠く、サイレンの音がこちらに向かって近づいてくるのが聞こえてくる。
全身の緊張がドッと抜けた所為か、真琴と凛はへたり込んだまま気を失ってしまった。
次で第二章は終了……かな。
ちなみに、第三章は夏合宿なお話を予定中。
ちょっとネタバレすると……ミリタリーな娘たちが活躍すると思われます。
では、待て次回。