第三章 第1話
「……なぁ? この集めた神姫のデータってさ、いったい何に使うの?」
PCの明かりだけが光源の薄暗い部屋の中で二つの人影が揺らめいている。どうやら二人とも男性で、一人は壁にもたれ掛かっていて、一人はPCの前で黙々とキーボードを叩いている。画面には今まで収集された神姫の戦闘データが表示されていた。砲撃主体の装備で遠距離戦を好む者もいれば、高機動を活用したインファイター、中にはがむしゃらに銃器を振り回すだけのルーキー丸出しの戦闘データも含まれていた。
「だってさ、傍目から見たら全然役に立たないもんだぜ? プロのプレイヤーとかF大会のランカーならともかく、こんなほら……素人とか初心者とか雑魚ばっかじゃん。どー見てもゴミみたいな価値しかないと思うんだけど」
「……お前なら、経験値はどうやって稼ぐ?」
突然の質問に男は一瞬目を白黒させつつも、一応真面目に考えて返答する。
「は? え? 経験値? えっと、それってゲームのってコト? そりゃゲームだったら……経験値を多く落とす敵とかアイテム使って稼ぐけど……………は? え? それが何の関係があるってのさ。ってか、ゲームの話でいいんだよな? 神姫バトルの経験値とか言われてもわかんねぇし」
「それは、ある程度の実力の持ち主になった人間の意見だな。普通、経験値とは自分と同程度のレベルの相手に挑み地道にコツコツと溜めるものだ」
「あー、なんだ。つまりオッサンはメ○ルス○イムとかグ○ウアッ○ルっていうありがたい存在を知らないカワイソウな人間だって言いたいわけ? めんどくさいなら改造コードでドカーンってレベル上げるのもアリだと思うけどなぁ……で、その話って何か関係あるの?」
「…………」
「そこでだんまりかよ!? んだよ、真面目に答えたのにオレが馬鹿みてぇじゃねえか」
『マスターマスター、ちょっと落ち着くっすよ』
噛みつく男の肩に止まったのは蝙蝠のような翼を持つ神姫だった。彼女は二人の間に割って飛び込むと、PCに向かう男の方へ飛び降り画面を覗き込んだ。
『これは……アタイが持って帰ってきたデータっすね』
「俺が使い道を聞いたのに教えてくれないんだよこのオッサン。そりゃちょっとズルくないかって話してたんだ」
「……」
すると、不意に画面が白と黒の無機質な図面に移り変わった。どうやらそれは神姫の設計図らしく、人型のイラストや関節の細部をスケッチしたものが細かく表示されていた。
「神姫の設計図……だな」
『でもコレ、見たことのないタイプの神姫っすね。これを作るのに戦闘データが必要なんすか?』
「……そういうことだ」
ぶっきらぼうな返事。
男はそれだけ見せるとまた無言に戻りキーボードを叩き始めた。
「ふぅん……ま、いいか。何となく面白そうだしもう少し付き合ってみるさ」
『それにしても、本当に変わってるっすねこの神姫……』
描かれていたのは、左右対称にデザインされた“二つ”の人型のイラスト。
ページの末端には走り書いたような文字で『ツヴィーリゲ』と記されていた。
※
期末試験を終え、夏休みを間近に控えた七月某日。
その日、神姫部の部室である理科室では窓から注ぐ灼熱の日差しよりも熱い戦いが繰り広げられていた。
「いいぞハヤテ! そのまま射撃で追い込んでいくんだ!」
『わかったよ、連!』
ハヤテと呼ばれたエウクランテ型神姫はその特徴的な大型のウイングユニットを最大限に生かし、上空から大型ハンドガンによる射撃を繰り出していく。
「ガーネット、もっと飛ばさないと当たるよ!」
『わかってるさマスター!』
ハヤテの射線の先には、鮮やかな真紅色の神姫がトライクモードで全速力を出して砂漠の上を駆けていた。ガーネットと呼ばれたアーク型神姫はアクセルグリップを限界まで引き絞ると、最高速を維持したまま一直線に砂埃を上げている。
戦闘ステージは砂漠地帯。
ステージの随所に点在する遺跡の残骸を除けば、他は全て砂漠地帯という過酷な環境。自慢の機動力を誇るガーネットだが、こうも砂地が続くとホイールが砂に取られそうで一瞬でも気を許そうものならスリップ必至の相性最悪のコンディション。
「よし、そのまま……」
ガーネットの進行方向の先には小さな窪みがある。連の作戦は彼女をそこまで誘導し、落ちたところを狙って一気に強襲を仕掛けるというもの。今のところガーネットはハヤテの射撃を回避しようと懸命になっていて前方にはそこまで注意を向けていないはず。そう踏んだ連はハヤテにすぐさま次の指示を飛ばす。
「ガーネットの前方を狙うんだ、ハヤテ!」
『了解! そこだッ!』
弾丸はガーネットの前輪付近を抉り砂埃を撒き散らす。衝撃で失速してしまったガーネットはトライクモードを解除して右足を突き刺すようにしてブレーキをかけるが、柔らかい砂地では思うように止まってはくれない。
『あぁ、くそッ! ホイールも滑って……!』
「よし、動きが止まった。ハヤテ、武器を変えるよ!」
ROGのメニューをスライドさせ、今ハヤテが装備している小剣『エウロス』と腕部に装着『ゼピュロス』、そして大型ハンドガンの『ボレアス』とをそれぞれタップし独自のメニューを展開させる。
連の操作に呼応したかのように各武器が一斉に解除されたかと思うと、ハヤテの手の中で大型キャノンユニット『テンペスト』へ変形する。
『この勝負、アタシの勝ちだねッ! ガーネット!』
『……ふッ』
テンペストのトリガーを引いたその時、ガーネットは不敵な笑みを浮かべると同時にトライクモードからノーマルモードへと変形する。ハヤテの銃口が閃光を穿つその瞬間を見計らって、真琴はROGのメニューから自動行動《レール・アクション》の項目を素早く展開しタップする。脚部ホイールが高速で逆回転を始め、ブーストと同時に砂地を強引に抜け出す。
『なッ――!?』
『やられっぱなしってのは、趣味じゃないからねッ!』
テンペストの着弾で捲き上がった砂煙を突き破り、ハヤテと同等の高度に跳躍したガーネットはありったけの弾倉を取り付けたライフルを構え掃射。至近距離から放たれた弾丸は全弾クリティカルヒットし、ハヤテの身体は文字通り飛ぶ鳥を落とすような勢いで砂漠に叩きつけられた。
それと同時、ヴィジュアライザーの電源が停止する。
「よし、勝った!」
「うぅん……負けちゃったかぁ。それにしても、真琴君ずいぶん強くなったね」
『真琴君もそうだけど、ガーネットの動きもかなり良くなったね。これなら、夏の戦乙女杯でも通用するレベルなんじゃないかな』
「い、いやそんな。大袈裟だよ。僕はまだまだ……」
『謙遜する必要はないよマスター。私たちは確実に強くなってるんだ。ちょっとぐらい、自信持ったってバチは当たらないさ』
「……俺もそう思う」
真琴と連の神姫バトルを横で見ていた祐樹も小さく頷いて、何となく照れ臭くなって真琴は頬をかく。夏の暑さに頬の熱も加わって、真琴は何だか団扇が欲しくなってきた。
「ねぇねぇ、ちょっと聞いてー!」
そんな折、ねねが大声を上げながら教室に飛び込んできて、自然と真琴たちの視線が注がれる。その後から遅れて七海もやってきて、これで神姫部の三年生が勢ぞろいとなる。
「で、どうかしたのねねちゃん?」
「あのさ、神姫部のみんなで旅行に行かない?」
「「……旅行?」」
突拍子のない言葉に連は首を傾げ、真琴と祐樹は顔を見合わせる。そんな最中、ねねがたどたどしい調子で事情を話しだす。
「えっとえっと、七海ちゃんの親戚の人が旅館やってて、よかったら遊びに来たらどうかって誘われたんだってさー」
「それで、私が部活の友達も一緒にいいですかって聞いたら快く了承してくださって。それで、あの……よかったら皆で行きませんか?」
「太っ腹! 七海ちゃんってばホントイイ子だよねぇ~! くふふぅ~♪」
既に行く気満々なオーラがねねの全身からにじみ出ている。きっと、頭の中では温泉に入ってたりピンポンしてたり満喫しているのだろう。顔が完全にだらけきっている。
「と、突然のお話ですけど……御迷惑でなかったら、あの」
『いいんじゃないかな。戦乙女杯前に英気を養うってのもさ』
「僕もそう思う。連と祐樹はどうする……?」
「……別に、いいけど」
「僕も賛成だよ。じゃあ、念のために杜若先生にも報告しておこうか」
先生は隣の理科準備室で何やら“仕事”をしているとのことで、連と真琴の二人で出向くことに。この理科室の半分ほどの広さの部屋に、事務机と実験器具の入った棚が並んだその中で、杜若先生はパソコンとにらめっこの真っ最中だった。時折頭を掻くその仕草は、何とも理科系な雰囲気を醸し出している。
「旅行……まぁ、いいんじゃないか? だけど、羽を伸ばし過ぎて大会に支障があると困るな……向こうでも、ちゃんとトレーニングするならいいんじゃないか」
何処となく心ここにあらずな返答だったが了承を得、部屋を出ようとしたその時、真琴はふと杜若先生が向かい合っている画面に視線を向けた。
「……?」
「ほら、先生の邪魔になっちゃうから戻ろうよ」
「うん……じゃ、失礼しました」
画面に映っていたのは、二体分の神姫の設計図だったような――気のせいだろうか。
おまたせしました;
前回からおおよそ一カ月経過しちゃいましたが、第三章のスタートです。
今回から、合宿的なお話になります。
もちろん新しいマスターに神姫もたくさん登場します。
……“たくさん”です。
余談なんですが、俺は神姫→マスターの順番でキャラクターを考えているのですが。
神姫は割とすぐに決まるんですよ。
問題はマスターの方でして……;
真琴君たちみたいな普通な子ならともかく、変に癖のあるキャラにしようとすると……
ちょいとあとがき長くなっちゃいましたが、今回はそんな感じで。
では、待て次回。