武装神姫 《Another/Side》   作:夜斗

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第三章 第2話

 御神楽駅から電車に揺られること二時間、下車した翠ヶ峰(すいがみね)駅からバスで山道を進むこと一時間の計三時間。真琴たちを出迎えたのは、思わず見惚れてしまうほど眩しい大自然だった。

 

「うわぁ……!」

『凄い……まさに絶景だね、マスター』

 

 肩に乗せたガーネットも、何処かうっとりとした様子で目の前に広がる光景に見惚れていた。

 雲一つない空の下に、太陽を一身に浴びて青々と輝く山々。湖畔の水は透き通っていて、空や山の風景をくっきりと鏡のように映している。そして、反射した湖に逆さまに映った真琴たちが宿泊する旅館もまた、古き良き日本伝統を受け継いだ風情ある趣で、一枚の水墨画のような美しさを感じる。

 

「すごーい! あれ、あれ、あれでしょ? あそこのおっきな旅館に泊まるんだよね、七海ちゃん!」

「はい、あれが私のお父様のご友人が経営している『翡翠荘』ですよ」

「……祐樹君、どっかで聞いたことのある旅館だと思わない?」

『あーハイハイ。ボク知ってるよ。確か一泊十万円ぐらいする高級旅館だよ。テレビでココをレポートしてるの見たことあるもん』

「…………凄いな」

 

 庶民は近づくのですら躊躇しそうな高級旅館なのに、七海とねねは何の躊躇いも無しに進んでいく。……七海はともかく、ねねは恐いもの知らずなのだろうか。開け放たれた玄関の引き戸さえ高級品なのではないかと邪推してしまう蓮と祐樹とは何となく肩身が狭かった。

 玄関に辿り着くと、旅館の女将と思しき女性が真琴たちを出迎えてくれた。

 

「あぁ、ようこそいらっしゃいました七海お嬢様。お友達の皆さまも遠路遥々ようこそ」

「今日から三泊四日ほど、よろしくお願いします」

 

 流石は財閥の令嬢と言ったところか、平時見せているような気弱さなど微塵も感じず、威風堂々としていて別人のようにさえ思える。

 

「では、お荷物を……シイナちゃん、手伝ってちょうだい!」

「――ぁ、ぁああああい!!」

 

 女将がその名前を呼んだ瞬間、突然玄関に飾られていた生け花の壺がカタカタと揺れ出したかと思えば、今度は何処からともなくドスドスと旅館の静謐な雰囲気をぶち壊すような足音が聞こえてくる。すると、奥に見える廊下から一人の女性が颯爽と滑り出て、乱れに乱れた髪をそのままに素早く三つ指ついた。

 

「よ、ようこそいらっしゃいましったたたた! 噛んひゃ! ひみゃ舌かんひゃったよ……!」

「し……シイナちゃん……」

 

 真琴たちの前にも関わらず、女将は呆れたような視線と溜息をシイナと呼ばれた女性に向ける。乱れに乱れた長髪に肩のはだけた着物。そばかすの残る顔は、真琴たちと同い年か少し年下のような印象を受ける。

 

「シイナちゃん、もう少し落ち着きを……ね? お客様の前なのに、そんな乱れた格好で、乱れた言葉遣いでは困るわ」

「うぅ……す、すみまひぇん」

『シイナってば、ホントそそっかしいんだから。しょうがないな、とッ』

 

 女将に窘められしょぼくれるシイナの頭の上に、気が付くと小さな神姫が真琴たちを見つめていた。

 

『遠路遥々、ようこそ翡翠荘へ。七海お嬢様ご一行はこの私、朱音(アカネ)がお部屋までご案内いたします』

「わ、可愛い! ちっちゃな仲居さんだね!」

 

 大きく開けた肩周りに、着物の帯を思わせるボディペイント。犬轡人造舎が子供達への食事マナーをアピールするため、日本人に身近な食器である『箸』をモチーフに創り上げた和装の神姫、箸型神姫MMSこひる。他の神姫に比べ、非武装状態の彼女は日本人形のような通常の神姫とは異なる趣の可憐さがあった。

 

「凄いなぁ……旅館で働く職業神姫か」

『私とシイナはまだ見習いです。っても、シイナが物凄くドジなせいなんですけどね』

「は、はははぁ……朱音ちゃんは厳しいなぁ。……全く反論の余地が無いんだけども。あ、私は小昏(こぐれ)シイナって言うの。で、こっちはアタシの同僚で相棒の朱音ちゃんだよ」

 

 一通り自己紹介を終えた後、真琴たちは今回宛がわれた部屋へと案内される。案内された部屋は全て個室で、真琴たちはそれぞれの部屋に荷物を預けた後ロビーで落ち合う約束をした。

 

『こんな古風な温泉旅館なのに個室まで完備してるなんて凄いね……あ、クレイドルもあるよ』

 

 真琴が宛がわれた部屋は湖畔に面した部屋で、窓から雄大な自然に彩られた湖が見える。部屋は真琴の部屋の倍の大きさはあり、ベランダには洒落たテーブルと椅子。壁には見事な達筆で『くれなゐ』と書かれた掛け軸を始めとした骨董品が飾られている。旅館なのでベッドは無いが、代わりに神姫用のクレイドルやヂェリカンのサービスなどは完備されていた。

 

「……僕たちなんかが泊まっちゃってよかったのかなぁ」

 

 時代が進み、近年では神姫と一緒に旅行したいというマスターやオーナーも少なくなく、ここ翡翠荘でも同様のサービスを提供するため部屋を増やしたのだとシイナが説明してくれたのを思い出す。至れり尽くせりとはまさにこのことで、七海の友人と言うだけで宿泊できるのは少々後ろめたいような気がしなくもない。

 

『って、ボーっとしてちゃダメだよマスター。用意が出来たらロビーに行くんじゃなかったの?』

「あぁ、そうだった。すぐに準備しようか」

 

 ボディバッグに持ち替え部屋を出て一階ロビーへと向かと既に全員揃っていた。

 

「これで全員揃いましたね」

「そういえば、何にも予定決めてないけど……これからどうしようか?」

 

 突如決まった旅行なので、事前の下調べもしていなければ何をするのかというこれと言った具体的な目的も無い。全員、ROGは常に持ち歩いているため神姫バトルは出来るが、旅館の中では当然出来ない。

 

「それなんだけど、さっきシイナさんからハイキングコースがあるって話を聞いたんだ。ほら、ここに翠ヶ峰自然公園ってあるでしょ」

 

 ねねがシイナから受け取ったという地図を見ると、現在地点である翡翠荘からそう遠くない場所に『翠ヶ峰自然公園』と記された場所が見える。そして、ちょうど翡翠荘と自然公園の間に観光旅行者向けのハイキングコースの案内が載っていた。

 

「まずはここに行ってみない? 今日の予定はハイキングコースを堪能して、それから自然公園で神姫バトルするって感じで!」

『そろそろ体鈍っちゃうから、早くバトルしたーい』

「自然公園かぁ……そうだね。景色の綺麗なところに来たんだし、せっかくなら満喫したいよね」

『大自然の中でツーリングするのも悪くないかも……マスター、公園に着いたら私が一番にバトルするからね』

『じゃあ、その時はニニが相手するのだ!』

 

 翡翠荘から坂道を一度下り、ハイキングコースの出発点である小さな寺院に辿り着くと、真琴たち同様にハイキングに挑戦する人の姿が見えてくる。中には本格的な装備で臨む人もチラホラと窺える。

 真琴たちは本格的なコースではなく、一番難易度の低い(そう地図に記されていた)ルートでゆっくりと自然公園を目指すことにした。木陰から零れる陽光に、しっとりとそよ吹く風が冷たくて心地よい。緩やかな傾斜のハイキングコースだが、マイナスイオンたっぷりの空気のおかげか歩いていてもほとんど苦にならず快適だった。神姫たちも、思い思いの方法で自然を楽しんでいるようだった。

 

『あっはは。いいねぇ、こういう場所で飛べるってのもさ。蓮も、空が飛べたらいいのにね』

「飛べるんなら僕だって一緒に飛びたいって」

 

『あー、体がウズウズする! マスター、もう走ってもいいかな?』

「だ、ダメだって。自然公園まで行けば思う存分走れるんだから、それまではゆっくりしようよ」

 

「七海ちゃん、明日とか明後日の予定とかも考えないと。肝試しとか、したくなぁい?」

「わ、私そういうの苦手で……」

「だったらホラ、真琴クンと一緒に……」

「あれ? ねねちゃん呼んだ?」

「い、いーえー。何でもないですよー」

「……そう?」

 

 うねるような山道を往き、途中で湧水を飲みながら進むことおおよそ二十分ほどで目的地である翠ヶ峰自然公園に到着した。辺りを見回してみると、タオルで顔を拭う人の姿や食事を取る人の姿が見える。時刻は二時を少し回ったところ。軽い空腹を感じていた真琴たちは近くの売店で少し休憩をすることに決めた。

 

「……? あれ、何だろう……?」

 

 今では珍しい瓶タイプのラムネに苦戦していたねねの向こう側、ちょうど湖を見渡せる展望台に、何故か迷彩柄の服の集団が整列していた。武装こそしていないものの、それぞれの肩や手には同じカラーリングが施された神姫の姿が見える。

 

「サバゲー……かな。一番奥の人、ギリースーツ着てる」

「……ギリースーツ?」

「草むらにカモフラージュする服だよ。神姫の装備にもあんなのがあるよね」

『……あー、私は絶対に着たくないな、あんなの』

「あ、西園寺さんのプリュイーと同じ神姫が」

『……いえ、あれはフォートブラッグ型ですね。背中に滑空砲を装備してますから。あとは、ムルメルティアに、飛鳥に蓮華……でしょうか。他にもたくさん……』

 

 迷彩服の人物は総勢十名で、五人ずつのグループに分かれているらしい。先述のムルメルティア、飛鳥の持ち主が各集団のリーダーらしい。先頭に立って何かを話している。

 

「……ちょっと、不謹慎じゃないですか? ああいうの」

 

 ハイキングを楽しむ集団ばかりのこの場で、迷彩服となるとずいぶん奇抜な印象を受ける。景観を損なう……と言ってしまうと少々言い過ぎな感があるが、少なくとも七海は怪訝な目で彼らを見ていた。

 

『ま、ボクたちには関係ないんじゃない。それよりさ、そろそろバトルやろうよ。あっちにさ、専用のヴィジュアライザーがあったの見たんだぁ』

「じゃあ、今日は僕と手合わせ願おうか、祐樹君」

「あ、真琴クンはアタシとね。ニニの新必殺技を見せてやるんだから!」

 

 反対方向に視線を移すと、人だかりが出来ているのを見つけた。ベルの言っていた専用のヴィジュアライザーを使ってバトルしているらしい。ラムネの瓶を片づけた真琴は、ふと振り返って例の集団の方へと視線を向ける。

 

 ……暑く、ないのだろうか。




お待たせしました。
第三章第2話、ようやっと更新です。

武装神姫のブルーレイも全巻購入し、アーカイブスも両方ともゲット。
これで神姫フェスに行ければ万事オッケーだったんですが……残念。
代わりに、ウチの神姫が一人増えました。
ヴァローナ型の『ノルン』ちゃん、写真はツイッターの方で公開してますよ。

次話は、来月の中旬辺り…・・かな。
また何かしらの方法でお知らせしたいと思います。


……余談ですが、『朱音』ちゃんは俺の神姫(こひる)の名前です。

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