「えっと……つまり、次の対戦相手は大道寺って人とアルトレーネ型のコーディリア。……で、西園寺さんの許嫁だって?」
2回戦の前、真琴は隣でしょぼくれる七海の傍に腰を下ろしていた。浮かばない顔をしている辺り、許嫁の話はあまり芳しくないというか、迂闊に触れてはいけないような気はしたのだが、真琴は何となしに訊ねてしまった。結果、彼女は深い深いため息をついてがっくりと俯いてしまった。
「今時許嫁なんて成立するんだね……現実味ないというか、何というか」
「…………」
あれきり七海は一切口を利いてはくれない。思わず気まずい雰囲気になってしまい、真琴も言葉を掛けているのだが、そのほとんどに効果は見られない。
『ザイバツの話だとか、そういう込み入ったとこに踏み込むのは野暮だけど……少なくとも七海ちゃんは嬉しくなさそうだね』
『お互いの親同士が勝手に持ち上げた話で止むを得ず、といったところです。お母様は熱烈に歓迎しているのですが、お父様は断固として反対しております。顔を見合わせる度、その話ばかりでお嬢様も少々滅入ってしまう時もしばしば』
『……お金持ちってのは大変だね』
『既にお嬢様には想い人が居られますのに……』
『想い人……そっか、なるほど』
そうこう話をしているうち2回戦開始の合図のブザーが鳴り響く。ガーネットは立ち上がると、プリュイーに向かってニッと笑んでみせた。
『よし! だったら私がアイツをボコボコにして、少しでも七海ちゃんを元気にしてやらないとだな!』
『……えっと、その理屈はどうなんでしょうか?』
『ま、どの道あんな変なヤツに負けるほど私のマスターはヤワじゃないからさ。安心しなよ』
大型ヴィジュアライザーへと向かう途中、ガーネットはもう一度だけ七海たちの方へ振り向く。
『私とマスターに任せておきな。あんなヤツは神姫共々ブッ飛ばしてあげるからさ』
「え? どうしたのガーネット?」
『いいから、ほら! ササッと進んだ進んだ!』
試合へと赴く二人の背中が小さくなっていくのを見送ると、プリュイーの後ろから七海の手が伸びてそっと包み込む。
『大丈夫ですよ。真琴さんなら負けるはずありません。お嬢様だって信じてるでしょう?』
「でも、出来れば許嫁の話は聞かせたくなかったな……はぁ」
『……向こうも向こうです。まだ
※
真琴がヴィジュアライザーの前に辿りつくと、正面にスーツ姿で斜めに傾いだポーズの大道寺が待ち構えていた。
「結局、忠告の甲斐無く生き恥を晒しに来たというわけか」
「ガーネットも言ってたけど、勝負はやらなきゃわかりませんよ」
『……マスター、こんなヤツに敬語使う必要無くない?』
『無礼です! マスターには五臓六腑、全身全霊で敬うです!』
『あー、そりゃ多分“五体投地”って言いたかったんだろうな……死んでも御免だけど』
ステージの上に乗せ、ガーネットとコーディリアが対峙する。やたら張り切るガーネットを不思議に思うも、真琴はROGを起動させて試合に備える。
『ではでは、撃滅な2回戦! 張り切っていってみましょう!』
「「ライド・オン!」」
2回戦のフィールドは大きく傾斜した地形が特徴の『工場ステージ』。広さはそれほどでもないが、渓流ステージとは違いあちらこちらに障害物が配置されている。銃撃戦ともなれば壁となって役立ってくれそうだ。ある程度ステージの全体図を頭に入れながら真琴はガーネットに語りかける。
「ガーネット、最初は障害物に隠れながら戦って様子を見よう。相手の武器とかを把握して、それから攻撃を」
『……そんなんじゃダメだマスター。“虎穴に入らずんば虎児を得ず”、こっちから先制攻撃を仕掛けて相手のペースを崩すんだ!』
「いや、でも……」
『私を信じて、マスター。出来る自信はあるんだ』
「……わかった。任せるよ」
ROGに表示されたライフルをタップし付属のバレルパーツを解除する。銃身が短く縮小されたことにより、アーク型のライフルは取り回しの良いハンドガンとして変形させることが出来る。威力こそライフルに劣るものの、撃ち合いとなった際には連射力を利かせて攻め続けることが出来る。
『よし、行くよ!』
脚部ユニットのホイールを全力で回し飛び出していく。逆サイド、コーディリアの初期位置を目指し障害物を右に左へと迂回しながら距離を詰めていく。未だコーディリアの姿は見えない。ガーネットは障害物の上に飛び乗り加速していく。
「なんだ、隠れてる……?」
「逃げも隠れもしていないさ。逃げる必要も、隠れる必要もないからな! コーディリア!」
『合点承知です、マスター!』
不意に、がくん、とガーネットの視界が大きく上下し、思わず脚部ホイールを止め周囲に銃口を向け警戒を走らせる。コーディリアの姿は無い。しかし、仮想空間であるヴィジュアライザー内で地震が起こったとは考えられない。思考を巡らせる真琴を嘲笑うかのように、大道寺の高笑いが響いた。
「ハッハッハッハ! 余所見をしている暇があるとは滑稽だな!」
『ぶっ貫いて――やりますです!』
「――ッ! ガーネット、
『なッ――きゃああああ!?』
気付くのが数瞬遅かった。ガーネットの足元に突如亀裂が走り、次いでその先から銀色に鈍く輝く円錐形の武器を手にしたコーディリアが飛び出し一瞬で距離を縮めた。
コーディリアが手にしていた武器はドリル。それも両手に一つずつ。ステージ上のオブジェクトを易々と破壊する威力を誇る銀の一撃はガーネットのハンドガンを抉り一瞬でガラクタにして見せた。
「んー……直撃は免れてしまったか。君は運がいいな」
『もう少しで、素敵な風穴をご披露できたのにです!』
「が、ガーネット!」
『チッ……! 一旦後退するよ』
ホイールを逆回転させバックダッシュ。肝が冷えたどころの騒ぎではない。一歩間違えていれば、真琴の反応が少しでも遅れていたら、本当にガーネットの身体に風穴が空いてしまうところだった。追撃に出るコーディリアから距離を取りつつ真琴は打開策を考える。
「マズイ、あのハンドガンが無いとライフルに戻せないのに。残ってる武器も……ランチャーとナイフだけ」
ランチャーは銃身も長く、ハンドガンやライフルに比べれば圧倒的に取り回しが悪い。思い切り加速して距離を取ってから狙撃する案も考えたのだが、思いの外速いコーディリアの速度を見て断念。
『自信があるとか言って、情けない……』
ROG越しに聞こえるガーネットの声も沈んでいて状況はかなり悪い。追い詰められていると心が認識した途端、胸の鼓動がバクバクと外に漏れ出ているのではないかと思うほどに激しく頭に響いている。
――負けてしまう。不安はやがて恐怖へと変異し心を蝕んでいく。
「ガーネット、とにかく逃げて!」
「っは、無理だ無理無理。この特注のアルトレーネ型からそうそう簡単に逃げられはしないよ。モーターも市販のよりずっとイイモノを使っているんだからね。そこらへんの神姫程度なぞ遥かに凌駕している」
『大人しく風穴空けられるがいいです!』
『ちくしょう! 穴なんか空けられて堪るか!』
トライクモードへ急速変形し、そのままアクセルグリップを捻りっ放しにして最大加速。数ある神姫の中でトップスピードを誇るこのトライクモードなら時間は稼げるはず――そう信じる真琴の予想を、大道寺は嘲笑った。
「まさかとは思うけど、コーディリアの武器がドリルだけだと思ってるのかい?」
「――くッ!」
追撃の手を止めコーディリアが高く上昇したかと思うと、彼女の脚部に装備されていたユニットのカバーが開く。中身はミサイル、しかも一度に多数のミサイルを射出する多弾頭タイプ。真琴のROGから突如アラートが鳴り響く。ミサイルユニットにロックオンされたことを促す警告音だ。
「ジグザグに走って避けて!」
『言われなくても……ぐぅッ!』
一発や二発程度ならそれでも避けられたかもしれないが、多弾頭ともなるとその物量は文字通り桁違い。雨のように襲いかかるミサイルを、真琴の指示通りジグザグに回避しても回避しきれないほどの物量がガーネットに降り注ぐ。
『くっそぉ! ウイングがやられて――ッああ!?』
「ガーネットッ!?」
被弾した衝撃で体のバランスを崩し、トライクモードを強制解除されたガーネットが体ごとフィールド上に叩きつけられる。どうにか立ち上がってはくれたものの、腕や脚部の装甲が損壊していた。
「どうしよう……ッ、今のでアーマーのほとんどがダメになってる……!」
『啖呵を切ったのは私なのに……これじゃ、マスターまで恥をかくことに……』
負傷したガーネットを見下すかのように、コーディリアは白き翼をはためかせながら優雅に障害物上に着地する。マスター、神姫共々鬼の首でも握っているかのような得意気な顔をしている。
「降参するなら認めてあげないこともないが……どうする?」
『マスターの慈悲深さに感謝するのです! 私も、弱い者いじめは嫌いですからです!』
『……だ、誰が弱いって!?』
「…………」
噛みつくガーネットを他所に、真琴の指先がゆっくりとROGへと伸びていく。画面端、この試合を強制的に終了させる――リタイア宣言するためのカーソル。開くと、警告表示と共に最終確認用の赤いカーソルが表示される。宣言すれば当然真琴の敗北となり、引き換えにガーネットの安全は確保できる。
真琴は、迷っていた。
自分にとって人生初の、自分専用の自分だけの神姫。別に、このまま続けて負けたとして彼女を完全に失うということはない。だが、彼女と自分の心に大きな傷を負ってしまうような気がして――真琴は、怯えていた。
『ま、マスター……? まだだ、まだ私はやれるよ!』
「無理だな、諦めたまえ。既に君の神姫は使い物にならない状態だ。そのまま戦っても結果は見えている」
「…………」
指先が、赤いカーソルに触れようとしたその時だった。
「なんだ、もう諦めちゃうのか? それじゃ私の弟失格だね」
弾かれたように顔を上げ、声の方向に視線を飛ばす。七海の座っているベンチの隣で姉が、一ノ瀬風花が立っていた。ざわつく群衆の中、マリアヴェルを肩に乗せニッと勝気な笑みを浮かべながらこちらを見つめている姉の姿に、真琴は思わず目を見開いていた。
「ね、姉さん……!?」
「弟の初陣だって聞いたから見に来たのに……目の前で白けさせてくれるようなコトしないでほしいね。ま、そんなアンタのために、その子を買ってあげたんだから」
「僕のために、
『マスター!』
ROGから響く神姫の声にヴィジュアライザーへ視線を戻すと、そこには未だ闘志を燃やすガーネットの姿があった。
『最後まで諦めちゃダメだ! 全力で、最後まで私は戦うから、マスターも、一緒に戦ってほしいんだ!』
「ガーネット……」
ステータスは決して良い状態とはいえない、むしろかなり悪い。真琴は半ば諦めかけていたというのに、しかし彼女は一切諦めていなかった。
彼女の瞳を見る。15センチと言う小さな体には、到底収まりきれないような大きな闘志がメラメラと燃え上がっている。それに比べて自分は、何と情けないことか。
……真琴は決心した。
「考えが、あるんだけど」
『マスター……ッ!』
「往生際の悪い……トドメを刺してしまえ、コーディリア!」
『りょーっかいです!』
ROGの武器一覧からシルバーストーンを選択すると、ガーネットの手に身の丈ほどのランチャーユニットが装着される。彼女はそれをコーディリアに対して撃つのではなく、足元に目がけてトリガーを引いた。高出力の弾丸はフィールドを砕くと同時、周囲を白煙で包み隠してしまった。
「ふん、目眩ましのつもりか? 無駄な足掻きばかりを……」
『……見つけたです! また懲りもせずに逃げ始めたです!』
白煙のその先、トライクモードに変形したガーネットが坂道を一気に駆け上がっていた。大道寺は多弾頭ミサイルをタップし、コーディリアに射撃指示を出す。当たればよし、当たらなくとも疲弊したところにドリルで追撃をしてしまえば幕が下りる――勝利は目前だった。
「無様に散ってしまえばいい! やれ!」
雨のようなミサイルが再びガーネットへと襲いかかる。右からも左からも、広範囲に射出されたミサイルはやがてガーネットへと直進していく。
『……覚悟しな、全開で行くよ』
坂道の頂点まで達した時、ガーネットは体全体を使って180度ターンさせると、アクセルグリップを全開で回す。下り坂というコンディションは最高速に特化したトライクモードを瞬時にフルスピードへと昇華させる。普段以上の速度で駆け降りるガーネットにミサイルの雨はかすめることさえ出来ず無惨に地べたへと墜落していく。トライクモードを維持したまま、ガーネットはグリップを握りしめたまま前を――コーディリアを見据えた。
「血迷ったか……そんな体当たり程度、コーディリアに当たるわけがないだろう!」
「……ガーネット!」
『ぷぷ、まるで猛牛さんです。そんな攻撃、闘牛士さんみたいにヒラリと楽勝です♪』
『猛牛……そうだね。今のコイツはブレーキ壊れてるから、猛牛みたいに突っ込むことしか出来ないね』
不敵な笑みをメット越しに浮かべ、ガーネットはそっとグリップから手を離した。
最高速に達したトライクモードは愚直なまでにまっすぐコーディリアへと進み――彼女は真上に跳躍し易々とこれを回避した。直進したトライクモードはそのまま最高速を維持したままステージのオブジェクトへと激突し大爆発を起こしてしまった。燃え上がるパーツを見つめながら、大道寺とコーディリアは高笑いした。
「ハーッハッハッハ! 自滅とは何と愚かな!」
『勝てないと諦めて、マスターの勝ちに花を添えてくれたのです? どっちにしろおバカさんなのです』
『ハッ! 何言ってんだ、私はこっちだよ!』
上空から落ちてきた声にコーディリアと大道寺が同時に見上げる。コーディリアよりもさらに高い位置、そこにフォールディングナイフを握りしめたガーネットの姿があった。爆風を利用しコーディリアよりも高くに飛び、上空から急襲を仕掛けることこそが真琴の狙いだった。
「行け、ガーネットッ!」
『っしゃああああああああああああ!!』
呆気に取られているコーディリアに向け落下速度を乗せた一撃を叩き込むと、彼女の身体は白い流星となって地面へ一直線に堕ちていった。落下の衝撃で出来上がった小規模なクレーターの中心で、コーディリアは力尽きそのまま戦闘続行不可能と判断され長かった戦いに決着が付いた。
「そ、そんな……そんな馬鹿な……!?」
『す……すみませんです……ま、マスター……』
大道寺の元に帰ってきたコーディリアはステージの上でさめざめと泣きだし、対して逆転勝利したガーネットはステージが上がりきるよりも前に飛び出し真琴の腕の中に飛び込んだ。
『勝った……! 勝ったね、マスター!』
「うん、うん……! よく頑張ったね、ガーネット!」
『マスターのおかげだよ! 最後の最後まで、私を信じてくれて嬉しかった……!』
「おめでとうございます、真琴君!」
すぐさま七海たちも駆け寄り互いに笑い合う姿を見て――風花はニッと笑みを浮かべる。それに気づいたマリアヴェルが密かに耳打ちした。
『もしかしてぇ、真琴サンも“才能”有りってヤツです?』
「見てたでしょマリアヴェルも。途中から真琴は指示を出してない。それなのに、神姫の動きは衰えるどころかむしろ加速していた……答えはもちろん、でしょう? ま、私ほどじゃないとは思うけど」
『ふふふふ。いつか戦える日が楽しみですぅ。その時が来たら……くふふ』
「……じゃあ、その時に備えて“アレ”を用意しておかないとか」
風花は携帯電話を取り出し電話帳を表示しお目当ての人物の名前を検索する。
「あ、もしもし? ちょっと頼みたいんだけど用意してもらえる? ……そ、ROG用のアップデートアプリ。うん、私の弟も適正有りみたいだからさ、様子見して機会が来たら……ってわけ。うん、じゃあお願いね」
『お電話は……あぁ、昂クン?』
「そういえば、私の時もお世話になったっけ……何か懐かしいな。今度、ご飯でも奢ってあげようかしら?」
『おやおやぁ……? 弟にお熱な風花にしては珍しいですぅ。もしかして、もしかして?』
「そんな態度見せたら彼の神姫に殺されちゃうっての。……じゃ、行きますか」
携帯電話をポケットにしまい込み、勝利の余韻に浸る真琴を残し風花は神姫センターを後にした。
ちょいと中途半端なところではありますが、これにて第一章一区切りとさせていただきます。
……え、真琴君の大会の結果?
そいつはまぁ……次話で判明するんでお待ちをば。
そして、第二章は新たなキャラクターと神姫、そしてある事件が発生しますよ。
少しシリアス度が増すので、お楽しみに。
では、待て次回。