カルネ村編はもうちっとだけ続くんじゃよ。
「抵抗しなかった村人は一か所に集め、抵抗した村人はその場で殺し、ってところかしらね」
カルネ村の上空でアイギスが一人呟く。見たところエンリ達を襲った騎士はこの村にいる分で全てのようだが、他の場所に潜んでいる可能性も否定できない。
「
生命を感知するだけの魔法を村の周辺に向け発動していく。村以外にいる騎士はモモンガさんがなんとかしてくれるだろうが念には念を入れたほうが良い。
「怪しい生命の反応はなし、と。なら他はモモンガさんにまかせてもよさそうね」
面倒事を押し付けたことを少し反省しながら、村の方向へ目を向ける。
「まずはまだ生きている人の安全確保ね、
村人達を覆うように球形の防御壁を展開する。村人を見張っていた騎士たちは突然出現した光の壁に驚き、攻撃を加えていたが、攻撃が通るどころか騎士の持つ剣が折れるという結果になってしまったようだ。
彼らの安全を確認しゆっくりと地上へ降り立つ。
何人もの騎士がこちらへと目を向けてくる。目をぱちくりさせたり、口をぽかんと開けていたりと何が起きているのか理解できていないようだ。
「はじめまして、騎士のみなさん。私はアイギス・セラフィ、あなた方を救うべくやってきたものです」
騎士たちがこそこそと話し合う。突然現れた目の前の人物は敵なのか味方なのか。彼らの頭の中を様々な憶測が飛び交う。
だが一人だけそんな正体不明の人物に近付く者がいた。
「これはこれは天使様。私は部隊長のベリュースでございます。わざわざこのような所にまでいらっしゃるとは。もしや我々の行いを激励に来て下さったので?」
男の名はベリュース。部隊長であり、国では資産家でもあるこの男は。この部隊にも箔を付けるために参加したそうだ。
そして彼はいまアイギスに面と向かって話しかけている。
だが部隊の一人、ロンデス・ディ・グランプはどこか違和感を感じていた。
この任務の内容を知っているのは我らの部隊とそれを指揮する指揮官ぐらいのはずだ。もし知っているとしても、かなり上の地位にいる者たちだろう。
上が監視のために天使を送り込んできた可能性もある。しかし彼が今までに見た天使はどれも無機質なもので、人間とはかけ離れていた。
今彼らが見ている天使らしき人物、アイギスと言っていたか。おそらく村人に対して防御壁を張ったのも彼女であろう。
いや、それよりも天使とはもっと高貴な存在であるはずだ。
しかし何故彼女の翼は深淵の様に黒く、あんなにも禍々しい気配を発しているのだろうか。
「激励? 何を言っているのかしら。私はあなたたちを救いに来たって言ったでしょう。ああ、ちょっと遠回しすぎてわからなかったのね」
やはり何かがおかしい。ベリュース隊長は未だアイギスと名乗る人物に耳を傾けている。
他の隊員達もどういうことなのか理解できていないだろう。
しかしロンデスは気付いてしまった。あれは上が送り込んだ天使などではない。
もっと何か邪悪なものであると。
すぐに逃げ出さなければ。どこに? どこへだっていい。今すぐ奴の目が届かないところへ――。
「あら? どこへ行こうとしているのかしら? せっかく私がやってきたというのに」
目が合ってしまった。彼女の眼はまるで深い闇のようだった。
少しでも気を抜けばその闇に引きずり込まれそうな。
身体中に鳥肌が立つ。それどころか汗まで噴き出してくる。
今までこのようなことになったことはない。どんなに厳しい訓練や戦闘でもこんな恐怖は感じたことがなかったのだ。
「おいロンデス、貴様天使様がいらっしゃったというのになんだその態度は? 失礼ではないか」
違う、違うのだベリュース隊長。気付いてくれ。そいつは天使などではない。今すぐに撤退命令を……。
彼の必死の想いは彼の隊長へ伝わることはない。
それどころか皆が、私がまるで異端だと言うかのように睨みつけてきていた。
「ベリュース、だったかしら? あなた、この村で何人殺したのかしら?」
「はっ! 二人でございます、天使様! しかし今からこの村を焼き払い更なる成果を――」
彼がその先を話すことはなかった。いや正確には話そうとしていたのだ。
それを誰かに止められる形となった。いったい誰に?
その疑問の答えをこの場にいる全員が理解していた。
――自分自身の叫び声である。
「あぎゃあああああ!! 頼む! やめてくれ、金をやる! だからこれ以上は――」
急に叫び声を上げたベリュースに皆の視線が向けられる。
誰かが彼を攻撃しているわけではない。だが実際に彼は痛みからか地べたをのたうちまわっている。
彼が病気を患っていると聞いたことはなかった。つまりこれは外部によってもたらされた現象であると。
「お、お前ら! そこにいるんだろう! 俺を助け――がぁあああああ!!」
目が見えていないのか、地べたを跳ねまわりながら必死の形相で手を伸ばしてくる。
助けると言っても何が起きているのかわからないこの状況では助ける術などなかった。
「お、お前、なんだその武器は、やめろ……俺はこんなところで死んでいい人間じゃ……」
その後は耳を塞ぎたくなるような絶叫しか聞こえなかった。耳を塞いでいる者もいた。
だが誰も、その光景から目を離すことが出来なかったのだ。
それからしばらくして、ようやく声が止まったかと思い、彼の下に部下が恐る恐る集まるが、彼の身体のどこにも異常は見られなかった。
――既に事切れているということ以外は。
「い、いったい何が……」
誰が発しただろうその言葉に答える者がいた。
アイギス・セラフィである。
「
その答えに身体の震えが止まらないものが続出する。ロンデス自身も殺しはやってきたし、それが正しい事かと疑問に思いつつも任務を遂行してきた。
「い、いやだ! いやだああああ!」
逃げ出そうとした隊員の言葉と同時に皆、散り散りに逃げだす。
ロンデスは動かなかった。いや、逃げても無駄だとわかっていたのだ。ならば自分が助かる方法はただ一つ。
「あら? この私に接近戦で挑もうだなんてたいした自信ね。それとも自棄になっちゃったのかしら?」
「お前みたいな奴から逃げられるとは到底思わんからな」
逃げた騎士達を見渡すが、ある一定の距離で見えない壁に阻まれているようだった。
そしてその壁を攻撃した騎士からも悲鳴が上がる。
「あの壁にもさっきと同じ魔法の効果があってね? 攻撃した瞬間に発動するようになっているのよ」
一部何も反応がない隊員もいたがそれはごく少数だ。攻撃した大半は先程の隊長と同じように、地面をのたうちまわり、絶叫している。それはまるでこの世の地獄のような光景だった。
「お前のような奴を悪魔と言うんだろうな」
「失礼ね、人を殺すからには自分も殺される覚悟があってのことでしょう? ならその報いを受けても当然ではないのでしょうか? たしかこういったことを因果応報、と言うのでしたか」
ロンデスは剣を構え目の前の敵をにらみ続ける。気付けば壁に攻撃しなかった他の隊員達も何人か集まってきてくれたようだ。
「どうやら貴様は魔法詠唱者のようだな。その翼も魔法による副産物か何かなんだろう」
「これは自前よ、それに魔法詠唱者、ねえ。当たらずも遠からずと言ったところかしら」
「ふん、ならば接近戦で挑ませてもらうとしよう。よく聞けお前達! これは撤退戦ではない! こいつを倒さねば俺たちは死ぬしかない! 各員分散して攻撃しろ! 行動開始!」
騎士たちはアイギスを取り囲むように陣形を立て直す。やはりそこは訓練されているのか、それとも恐怖で思考が停止しロンデスの声に従ったのかはわからない。死が目の前に存在しているのだ。皆が決死の思いで彼女と対面していた。
「ふう、まったく。こんなことなら人殺しなんてするんじゃなかった、って思っている人もいるでしょうね。助かるためには私を倒すしかない。でもね――」
騎士たちが一斉に彼女に跳びかかる。
「あなた達に最初から助かる方法なんてなかったのよ。あなた達の敗因は……、そう、まずこの村を襲ったこと」
3人の騎士が別々の方向から斬りかかるがそのどれもがアイギスの周りを浮遊する黒い羽根によって防がれる。
「次に村人たちを一か所に集めたこと」
斬りつけが通じないと分かるとすぐに剣による突きに移行するが、それもまた羽根によって防がれてしまう。
「……そして最後に、この私が来たこと」
ロンデスは悟った。これは今までの自分の行いに対する罰なのだと。目の前の人物はそれを断罪に来たのだと。
そして全てを諦めたかのように剣を離す。
「次があるとしたら、もっと真っ当に生きるとしよう……」
「それに気付けたのならあなたは大丈夫よ、痛みは感じさせないから安心しなさい」
ロンデスや騎士たちは空を仰ぐ。太陽とは別の円形の光がだんだんとこちらに近付いてくるのがわかる。
「あなた方の魂が救われますよう祈っています。またどこかでお会いすることもあるでしょう。どうかその時まで、安らかに。
カルネ村全体を一筋の光が包み込んだ。
後にこの出来事が一人の男によって『断罪の天使』という本となって出版されるのだが、それはまた別のお話。
もう完全になりきっちゃってますね。
ああ、ニグンさんはどうなってしまうんでしょうか。
合わせて設定も更新しています。よろしければどうぞ!