少女——エンリに連れられてしばらく歩いて行くと空中で発見した村が見えてきた。しかしなにやら村の入り口付近に大人達がたくさん集まっているようでうっすらと話し声が聞こえる。
翼はもう収納したので他の村人達に見られるといったことは起きないだろう。
村のすぐそばまで近づくとさっきまで話し合っていた大人達がものすごい形相でこちらに向かってきた。
「エンリ! いったいどこに行っていたんだ! 心配したんだぞ!」
一人の男性が他の人をかきわけエンリの前まで飛び出してくる。
「ごめんなさい、お父さん……少し森に用があって、そしたら足を挫いちゃって……」
彼女の父らしき人物がエンリを優しく抱き寄せる。
「お前になにかあったんじゃないかと本当に心配したんだからな。皆さんもお騒がせいたしました。無事娘が見つかりました」
他の村人から静かながらも喜びの声があがる。おそらくこれから彼女を捜しに行こうと準備していたのだろう。
「それで、エンリ。こちらの方は?」
「あっ、この人はね、私の足を魔法で直してくれたアイギスさん! お礼がしたくて家に招待したいんだけど、いいかな?」
この村に向かう途中にせめて「私が天使だってことは言わないで」とだけ言っておいて本当に良かったと思う。
「なんと魔法が使える御方とは、娘がお世話になりました。そんな方をお断りするはずがありません。お疲れでしょうし、是非我が家へお越し下さい」
「ええ、お言葉に甘えさせていただきますね」
「リ・エスティーゼ王国のカルネ村、ですか……」
エンリのお父さんの話によるとここはリ・エスティーゼ王国という国の領土内のカルネ村、と言うらしい。そしてここから南西に少し行くと城塞都市エ・ランテルがあり、そこには冒険者組合といったユグドラシルで言うところのクエスト紹介所のような場所があるようだ。
またここから東に行くとそこはバハルス帝国と呼ばれる帝国の領土らしく、なんと王国と帝国の国境付近にこの村があるのだとか。そんな王国と帝国は仲があまりよろしくなく、毎年どこかで戦争が起きているのだという。
そして南にずっと行ったところにあるのがスレイン法国。私がここに来る途中に見た法国家のようなものが間違いなくそれだろう。この国についてはエンリの家族はそこまで詳しくないらしく、そこが宗教国家だという情報しか得られなかった。一番警戒すべき国はやはりここかもしれない。あの時感じた視線もおそらくは……
またこの世界の通貨がユグドラシルとは別の物だということも判明した。非常に似ているが、この世界の金貨は銀の硬貨を金で塗装しただけのものらしく、それに比べると私の持っていた金貨は相当な価値があるということがわかる。この金貨は下手に使わない方が賢明だろう。
魔物——こちらではモンスター——もいるらしい。この付近の森ではオークやトレント、森の賢王なる存在もいるなんて噂もあるそうだ。
そういった存在以外にもエルフやゴブリンといった亜人達による国家もあるそうで。
「なるほどなるほど、いやあ実は私こっちに来たばかりで、どれも初めて聞くお話ばかりでした」
「アイギスさんほどの人でも知らない事ってあるんですね」
「ふふん、あまり私を舐めてはいけないよ、エンリちゃん? 私ぐらいになると結構知らない事の方が多かったりするんだよ!」
これは事実である。ユグドラシルで上級プレイヤーになるにつれて今まで知らなかった情報はいくらでも入ってきた。しかしそれでもユグドラシルの情報の底は全く見えなかったのだ。
「私が知っている事はこれぐらいですかな。あとは村長さんならもう少し詳しく知っていると思うんですが、今日はもう遅い。寝床は用意してありますので今日は休んで頂いて、明日また伺ってみてはどうでしょうか? エンリ、アイギスさんを案内してあげなさい」
「うん! アイギスさんこっちの部屋にどうぞ! 私や妹と一緒で少し窮屈かもしれませんが……」
この世界にもベッドはあるようだ。二つあるベッドのうち一つでは先ほどエンリが言っていた妹ーーネムだろうか——がすやすやと寝息を立てながら眠っていた。
「じ、じつは私と同じベッドを使ってもらいなさいってお父さんが……あ、アイギスさんが嫌だったら私は妹の方に行きますんでおかまいなく!」
「それくらい気にしなくても大丈夫よ、それよりエンリは私と一緒に寝るのは嫌かしら?」
「そそそんなことないですよ! ただ、天使であるアイギスさんに失礼があっちゃいけないから……」
気づけば様からさんに変わっているあたり失礼もなにもないと思うのだけれど。
「はぁ、そんなことないわよ。それで、私はどこで寝ればいいのかしら?」
結局はエンリが折れて一緒のベッドで寝る事になった二人である。
「私、妹とはたまに一緒に寝るんですけど、他の人と一緒に寝るのは初めてなんです。まるで私にお姉ちゃんが出来たみたいで」
「へえ、私がお姉ちゃん。うん、それもありかもね。私もこうやって誰かと寝るなんて何年ぶりだろうなあ。人肌のぬくもりなんて随分と長い間触れてなかったし」
エリシアと抱き合っていた? あの子は人間じゃないからノーカンよ。
「アイギスさんでも人肌が恋しくなる事があるんですね〜、やっぱりアイギスさんは面白い人ですね」
「私だって人並みに感情はあるわよ? 人じゃなくて天使だけどね!ってあれ?」
アイギスが一人でつっこんでいる隣では既にエンリがすうすうと寝息を立てていた。
「まあ、あんなことがあったんだもの。疲れていて当然か。おやすみなさいエンリ。またね」
懐からペンダントを取り出しそれをエンリの枕元に置き足早に部屋を立ち去る。
「もう、行かれるのですか」
エンリ達の部屋から出ると彼女の父がお茶を飲みながら椅子に座っていた。もしかしてずっとここにいたのだろうか。
「ええ、彼女が起きていたら別れがつらくなるでしょうから」
「アイギスさんが席を立たれた時、エンリが私に言ったんです。まるでお姉ちゃんができたみたいだ、と。もしよろしければこのまま……いえ、失礼しました。あなたにも帰る場所があることでしょう。いまのは忘れてください」
「彼女も先ほど同じ事を言っていました。でも私も帰らないといけません。ですがまた来ます、必ず」
「ええ、その日を心からお待ちしております。今度は皆が起きているときにでもお越し下さい。アイギスさん、娘を助けてくださり本当に、本当にありがとうございました。あなたの旅に幸あらん事を」
軽く会釈をしてエモット家を出る。外は少し明るくなってきていた。もう2時間ほどすれば太陽が昇りだすだろう。
「まあ《ゲート/転移門》を使えばすぐなんだけどね。でもお姉ちゃん、かあ。悪くはないかなあ」
そう言い残し彼女は発生した渦の中へと消えていった。
結局カルネ村でアイギスの正体を知るのはエンリだけでした。