目を閉じると、そこには静寂があった。
川のせせらぎが耳を打ち、小鳥のさえずりが心を和ませる。
余計な雑音の一切混じらない、自然のままの空間。
アルスはその中で、自分の心が落ち着いていくのを感じていた。
ふっと息を吐き、両手を両腰の剣柄に添える。そのまま己の鼓動に耳を澄ませてみた。
血が、力が、拍動と共に体の隅々へと行き渡る生命の感覚。心臓の鼓動。力の循環。
そしてそれが、一際大きく躍動した、その刹那。
――――今だ!
両腰から一斉に剣を振りぬき、一閃。
目にも留まらぬ疾風の閃撃が、一切の抵抗なく木人を斬り裂いた。
激しい剣風に草木が靡く。アルスが剣を振りかぶって静止した後、
木人に斜め十字の切れ込みが入った。
「ふぅ・・・、ま、大体こんなもんか」
息をつき、両手の剣をくるっと回してから鞘に納めた。
瞬間。まるで剣を納めるのと合わせたかのように、
木人がゴトゴトと音をたてて辺りに散らばった。
無心一閃。速さ、強さ、そして正確さ。心を無にしてそれら全てを整えた完璧な斬撃を放つ、
戦闘士《バトルマスター》の高等特技だった。
「お~、流石アルくん。相変わらず凄い剣捌きだね~」
背後に感じた気配に、ルージュは半ば反射的に身構える。
が、その声を聞いて瞬時に脱力した。
何処と無く気の抜けるような、おっとりとした声。
そんな声の持ち主など、ここツスクルの村には一人しかいない。
「何だレーナか。全く、脅かしてくれるなよ・・・」
そう言って後ろを振り向くと、バラバラになった木人を見て
うんうんと唸る少女の姿が目に入った。
レーナ・ロランディ。桜色の肌に、どちらかと言えば白に近い金髪。
透き通るような碧色の瞳が特徴的な、ルージュと同じエルフの幼馴染だった。
「え~、別に脅かしてないよぅ。アルくんが勝手に驚いただけじゃない。」
「いや、鍛錬中は後ろから声を掛けるなって何度も言ってるはずなんだけどなぁ・・・。」
まあこの天然少女には何を言っても無駄か、とアルスはため息をつく。
「それで、お前がここにいるってことは≪知の試験≫はもう終わったのか?」
「うん!ちゃんと合格できたよ~!」
褒めて、と言わんばかりの無邪気な笑顔に、アルスの顔にもついつい笑みが零れる。
「・・・そっか。それじゃあ後は《力の試練》に合格すれば晴れて学びの庭卒業って訳だ。油断して落ちたりするなよ?」
「えへへ、分かってるって~。呪文は得意だからね。って、そんなことよりアルくん、あの約束忘れてないよね?」
「ん、約束・・・?」
そんなのしたっけか、とアルスはすっとぼけたように言う。
「約束だよ約束~。もしかして忘れちゃったの・・・?」
先ほどまでの笑顔から一転、レーナは瞳を潤ませて顔を顰めた。
少し上目遣いに見てくる表情がいじらしい。
相変わらず顔をコロコロ変える奴だな、とルージュは笑みを零した。
「はは、冗談だって。忘れる訳ないだろ。相変わらず面白い奴だな~」
「むー、ルーくんのいじわる。」
アルスは笑いながらレーナの頭をわしゃわしゃと撫でた。
レーナも最初はむくれた顔をしていたが、
撫でられるのは満更でもないのか目を細めてうっとりとした表情を浮かべている。
アルスはそれに何ともなしに満足感を覚え、
「試練が終わって、無事にここを卒業できたら・・・、そうだな。その時は、二人で一緒に世界を旅しような」
「・・・うん!」
皮肉屋なアルスが言うことなど滅多にないであろう、本心からの素直な言葉。
それにレーナがこくりと頷いて笑う。
アルスにはその屈託のない笑みが、何時になく魅力的に思えた。
季節は春。エルトナに桜が舞う季節。歴にして卯月のことであった。