黒川冬理の放浪記(旧『無と無限の落とし子』の番外)   作:羽屯 十一

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その4 乖離 (神様ドォルズ編)

 どしんばかんずどん、とまぁ、辺り(はばか)らずな戦いが繰り広げられている。

 

 熱い戦いだ。

 敵は卑劣にも女を捕らえており、意図的かどうかはともかく、結果的にそれを盾にする形で猛り狂っていた。しかも強力だ。たった一機にも関わらず、例え女の盾が無かったとして戦況に変わり無いやも、と想像できる程に。

 救出は敵の異常な強さにままならず、それどころか必死に応戦しなければ命が無い。

 数に勝りながら、徐々に追い詰められる者達。

 物語としては有り触れた描写になるが、現実では実にスリリング。

 俺はその騒ぎを離れて眺めていた。

 

 

 

 ――ねっころがって。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん。本当に暗密刀っぽいな」

 ついでに手の中の写真を見たり。

 写真は一面のほとんどが黒。

 先日の殺人事件、警察がとった被害現場の写真であった。

 もちろん盗みである。

「傷は上から入って斜め下へ抜け、その後力任せに振り回された、か」

 ぱっと見ての検死の真似事は黒川にとっても慣れた事。見た数が違う。

 通行人が見たら嘔吐するだろう写真をそこらへ投げ捨て、よしと立ち上がった。

「どれどれ、顔を見に行きますか」

 

 とまあ、録でもない事を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『どこでもドア』

 

 それは時空間を湾曲させテレポート現象を実現する扉状のマシンである。

 

 

 

 扉を開く。

 場所指定は目標人物である所の枸雅 阿幾(クガ アキ)。元の機能ではこんな曖昧指定では無理なんだが――色々改造し甲斐があったんだ。

 ともあれ、どこかの室内のようだ。

 少し暗い? お尋ね者が潜むには似合いだが、寝てるんだろうか? 気配はするが。

 徐々に目が慣れてくる。

 

 

 

 縄で縛られて転がるパンイチ男。

 

 

 拳銃片手にそいつを踏みつける眼鏡の女。

 

 

 

「あ、お邪魔しました」

 そそくさ閉める。

 俺はどうやら昼間だからと油断(?)したらしい。

 阿幾も匡平と歳が近いから、まぁあれだ、お盛んだろう。うん。

 

「ちょ!!」

 

 閉まる直前、何故か女の方が拳銃こっちに向けてきた。

「待ちなさい! アンタもコイツの仲間ね!?」

 目が、何かとても輝いてらっしゃるようですが……何故に片手ので俺を狙う?

「若さに割り込む歳じゃないし……」

「答えなさい!!」

 聞いてもらえないようだ。

 しかも実に引き金が軽そうである。

「……仲間じゃねぇな。つーかお前が阿幾か」

 後半は卑猥な格好で転がってる男に。匡平の幼馴染とは聞いたが、まさか変態とは知らなんだ。

「変な誤解してんじゃねぇ」

 おやまぁ、本人は意外と冷静そう。

 

「手を上げて、そこから出てきなさい」

 そこで女は自分の番だと思ったらしい。なんか要求してきた。

 もう顔がわくわくと言おうかドキワクと言おうか、やたら興奮しているのがありありと分かる。

 しかし――いやはや、ここはひとつ言うとおりにしてみよう。

 

 

 何歩か部屋の中へ進む。気分は人質にとられた民間人。

「……そこまででいいわ。さ、アンタもそれ(・・)が何なのか話しなさいよ」

 女は銃で胴体を狙ったまま口を開いた。その口元が押さえきれないとばかりに嫌らしく歪んでいる。

 あ、駄目だ。面白いかと思ったけど、こういう性格か。

「阿幾、こいつ何だ?」

「さぁな」

「……あたしはね、退屈がだいっ嫌いなの」

 言いながら阿幾の頭を踏みしめる。絨毯が敷いてあるとはいえ頭は肉が薄い。容赦の無い体重の掛け方に苦鳴が上がる。

 だが女はそんな事気にしない。

 それどころか興奮してきたのか、更に言動がヒートアップしてきた。

「つまんないつまんないつまんない! 毎日毎日代わり映えのしない昨日の続き! なんてつまんないの!?」

 バシュッ!

「ぐあ!?」

 おい。

「こんなのあたしは望んじゃいないの! もっとメチャクチャがいいの!」

 バシュバシュッ!

「ガッ! ぐ、ぎぃ!」

 おいおい。

 ちゃちいからモデルガンだとは思ったが、ガスガンの改造品を裸の相手に撃ち込むか。 阿幾も気の毒に。踏まれたままこれとは、流石に同情するぜ。

 

 

 ……どうやらひと段落のようだ。

 室内に荒い息と苦痛を堪える呻きが残る。

 だが女の内で高ぶったものは、未だ温度を上げ続けているらしい。

 口の端が釣り上がり、眼鏡の奥、目が欲にぎらぎらとぬめっている。

「――はぁ……。

 でもね、あんたたちが目の前に現れた。さぁ、さっさと喋りなさい、そして寄越しなさい」

 

 ……ク、ふっ。

「「は、はっははは、はははははは」」

 腐った笑いってのはこれをいうのだろう。欠片すら面白く無いのに、俺も阿幾わらいを垂れ流す。見ろ。阿幾なんざ目まで膿んでるよ。

 いやはや、いやはや。

 

 傍から見れば意味の分からない笑いだろう。不気味でしょうがないだろう。

 だが最後の一人である頭のイカレた女も、頭がイカレてるだけある。むしろ喰い付くような笑みで応えた。

「私は、何をしてでも吐かせるわよ?」

 言い様、無造作に銃口を阿幾の眼窩に突っ込んだ。

 鮮血が滴り落ちる。

 引き金は半分引かれてる。

 眼球という部位は意外に強度がある。もちろん他より柔らかいが、少しばかりつついた位で壊れる程でもない。しかし改造ガスガンの零距離射撃では間違いなく失明する。それだけではなく、視神経で繋がった反対の目もつられて機能を停止する確率が高い。

 目も、口調も、ヤる気だ。

 なんせほら。他にもいっぱい場所あるしな。

 

 ぴたりと笑いが止む。

「それでいいのよ」

 勝ち誇った口調。

 揺れた銃口が骨を鳴らし――

 

 

 シュカッ

 

 

 ――そのままとんだ。

 

 くるくると滞空する。

 本人はこっちを向いている。気付いていない。

 血で赤く染まった眼球が無感動にそれを見上げている。

 長大鋭利な鎌。

 暗密刀。

 ――ぴぅ――と微かな音。

 奔り巻き付いた。

 頭。

 粘膜すら反応しかねる極細の糸。

 一瞬で触れて。一瞬で巻き戻った。

 

 絶叫が跳ねた。

 

 女に理解できたのは、紙で指を切った時のような熱を骨で感じた事だけ。

 何故目が見えなくなったのか。

 何故咄嗟に触れた指が皮膚を滑るのか。

 なぜ、その感触が片方しかないのか、も。

 たった一つを知った直後に燃え上がった激痛に押し流される。

 

 重々しい音をたて、跳ね飛んだものが床を転がった。

 

 

「で? どうすんだこれ」

 絨毯を黒々と染めて這う女を指して問う。

「知った事かよ」

 束縛が切断され、阿幾はうんざり顔で立ち上がりながら吐き捨てた。

「それでも良いが……拉致されたってお前カメラに映ってんじゃねぇの?」

「――――チッ」

 思い当たったか、阿幾は忌々しげにそれを見下ろした。

 女一人が自分より重い男を抱えて、そんな小器用にこなしたとも思えなかったし、何より、あれだけ興奮した状態でまともな判断が下せる理性的な人物には、とても見えなかった。

「あんた、村の人間か?」

「違うな。神産巣日の隻、黒川と言えば聞いた事があるか」

「神産巣日?

 ……ああ、そういや座敷牢で聞いたな。案山子をイチから造ったとか眉唾とか考えてたが」

 そこで鋭い視線でこちらを撫ぜる。

「――まさかここまで物騒だとは思わなかったぜ」

 荒んだ、それでいて正面から見返してくる眼差しだ。

 まるで酷いものを見続けて膿んでしまったような……

 

 だが、そんな俺の想像など彼には関係が無い。

 隅のガラクタの山から自分の服を探し着込むと、暗密刀を招きよせた。

「それじゃ、なんで俺を追って来た?」

 先の奇襲とは違う、正面戦闘を想定した臨戦態勢。本人は女を裂いた見えない何かを警戒し、暗密刀に身を寄せ、大鎌の先端は一突きの距離で揺れる。

 もっとも、此方に戦意は無い。

 ひらひら手を振ってそれを示す。

「ただ顔を見に来ただけだ。村の馬鹿共を掃除したって聞いたからな」

「……そうかよ。ならもういいな」

 阿幾はひとつ鼻を鳴らし、それだけ言うなり窓から身を躍らせ消えた。

 

 

 そっけない事で。

 しかし行くのはいいが、結局この部屋そのままか。

 足元にはまだ転がったままだ。

 一応、辛うじて意識はあるようだが……

 まぁ、いいか。

 ただこれだけ言っておこう。

 

 

「望んだ非日常だ。楽しかったろう?」

 

 

 それだけ耳元で呟き、ざっと記録装置の類が無い事だけ確認して去った。

 

 

 

 

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