「そうか……ありがとう」
総士がやっと口を開く。それが待ち望んでいた答えだったのか柔らかく微笑んだ。
「……?」
しばしの沈黙が流れる。一騎と総士のやり取りを乙姫は静かに眺めている。
「…何か。おかしいか?」
「…いや」
間をおいてからの総士の問いについ口ごもり気恥ずかしくなる。
「言われればやるって言うつもりだった。だけど、お前がそんな風に頼んでくるなんて思いもしなくって」
「ッ! 僕だってこれくらいはできる」
「……2人って、あの時から変わったようで変わってないんだね」
一騎の返しについ強い口調で総士は返す。そのシュールともいえる様子に乙姫はクスクスと笑った。
「その様子だと話は終わったのようだな」
新たな声の発生源と共に展望室入口のドアを背に寄りかかっている道生がいた。
「ちょうどお前らを探していて見つけたのはいいんだがちょうど佳境でな。……入るタイミングを見計らっていたんだ」
「そうだったんですか」
道生が今度はばつが悪そうな表情で告げる。
「少し厄介ごとができてしまってな。それの解決のために一騎、ちょっと付き合ってくれ」
一騎と総士は互いに顔を見合わせる。訳も分からなかったがとりあえずついていくことにした。
――――――――――
「道生さん」
「ん、なんだ?」
アルヴィス内の通路を進みながら一騎は道生に声をかけた。
「ここの皆はいつからこの世界に?」
「そうだな。個人差はあるようだが大体10に近い歳で前世の記憶が戻ったのが確認されてるようだ。俺の場合は記憶が戻ってから10年と少しだな」
「そんなに……」
「現アルヴィス職員全員というわけじゃないけどな。実際、こっちの世界の溝口隊長は性格はまるっきり一緒で、強いて言うなら並行世界の同一人物っていう感じだ」
道生がこの世界に来てからの話を聞き一騎は驚きつつも質問を続けた。
「……総士の言っていたことは本当に起きた事なんですね」
「ああ、事実だ。とはいっても現実世界じゃあいつの間に起きた出来事だからな。大衆には隠しているがアルヴィスの職員は全員知ってるよ。ただ、総士と乙姫だけどその戦いの一部だけは見たそうだ」
一騎は本当にあった出来事だということを改めて実感した。さらに昨日の話で伝えられたこと。この世界に隠された真実を知った上で道生に考えを告げる。
「道生さんはどう思ってます」
「人類軍の兵士として戦い続けてきた視点から言わせてもらう。…子供……それも年端もいかない女の子だ。そいつらにしか頼れないのは正直もどかしいとこがある」
島から出帆し人類軍として各地を転戦したという経歴がある道生として思うところがあるのか、やりきれないという表情で話を続ける。
「それによ…そいつらの事を何も考えないで只々神様に捧げるっていうのは人としてどうかしてるように思える。まあ、俺たちもそのような犠牲にしてきたからどうとも言えないんだけどな」
竜宮島でもファフナーの特性上戦えるのは主に子供たちであった。大人たちとしての立場にたっていたのなら色々あるのは一騎も思うところはあるのだな感じた。
目的の部屋へと到着すると道生は立ち止まり一騎に告げた。
「さてと…一騎、厄介事なんだがな…総士や司令から話を聞いて思うところもあるが、お前の考えはもうまとまったんだろ?」
「ええ」
思いがけぬ問いに肯定の意思表示なのか首を縦に降った。
「……それを伝えてない人がいるんじゃないか?」
「伝えてないって……」
道生からの問いに心当たりがなく直ぐに答えられない。道生は困惑する一騎にまた問いかける。
「前世の記憶が戻って一番最初に会ったのは誰なんだ?」
一瞬総士たちだろと思ったが、その問いにはっとした表情となった。
「やはり言ってなかったか……まあ、あちらさんもお前の知らない所で気づいていたようで本当に心配していたそうだ。ちゃんと話してこいよ」
そう念を押すとポンと背中を叩かれ一騎は部屋へと入った。
「(!?)一騎!」
その瞬間、一騎は彼を呼ぶ女性の声が聞こえたと思ったら抱きしめられた。そして直ぐにそこで待っていた人物に気づく。
「母さん…父さん」
この世界の両親であった(父は
「(……って、何を話せばいいんだよ)」
暫しの沈黙が流れる。何から話したものかと一騎は自問自答していている中、
「……皆城からすべてを聞いた」
真壁父が重苦しい空気を変えるかのように口火をきる。
「大変だったな」
反射的に頷いてしまった。
「……えっと、すべてってことは?」
「あなたの身に起きていたことよ」
「(!?)そう…なのか」
ぽつりと返事をする。
「ねえ、一騎」
真壁母は優しく語り掛ける。
「あなたにとっては言いたくても言えないようなことかもしれない。……私は無理には聞かないわ」
「お前!?」
「仕方ないわ。無理に言わせてもそれは一騎が望んだことじゃないから」
真壁父は両親のやり取りを一騎は静かに見ていた。
【ちゃんと話してこいよ】
「(そうか。…そういう事なのか)」
その最中、道生の言葉の意味を理解しそれが後押しになったのか、
「いや、話すよ。父さん、母さん」
両親の様子からあらかじめ説明は済んでいるように思えた。総士たち程ではないが一騎は彼なりに精一杯の話をした。
勇者に選ばれた友奈たちと一緒にこの世界の敵バーテックス、フェストゥムと呼ばれるこの世界にとって新たな敵と戦った事。
瀬戸大橋にあった事件や大赦…この世界の現状を聞いた事。
そして、総士たちに協力したいと考えている事を。
「……そうか」
「驚かないんだな」
「前から何か隠していることは分かっていたけどね。確信に変わったのは皆城さんから話を聞いてからだけど」
「黙ってたことは聞かないのか」
「それを聞いて何になる?」
一騎の考えを見透かしたかのように両親が言う。何と返したらいいかわからず、一騎は言葉を止めた。
「一騎、ひとつ聞きたいことがある」
真壁父がぼそっと訊ねてきた。
「勇者と一緒に戦うことはお前が選んだのか?」
両親にとっては当然とも言える質問である。自分の子供が命がけの戦いをしていると知れば尚更である。
「うん」
「そそのかされた訳では…」
「それはない!」
「あなた!!」
「す、すまない…」
思わず強い口調で否定してしまった。踏み込み過ぎたのか父は母により窘められた。
「こうなるかもしれないって総士から聞いたのは事実だけど……俺にできることならやるって決めたんだ」
「…誰かに言われた訳じゃなくて、お前自身が決めたと」
前の世界の父『史彦』とのやり取りを思い出す。あの時は『総士と約束した』と半ば総士に依存していたような形だったが、今回はしっかりとした自分の意志をもって答えたつもりだ。
「……そうか」
一騎の言葉に真壁父は頷くも目を閉じ腕を組んで考える。
「わかった。……それがお前の決めた事なら俺からはこれ以上は何も言うまい」
特に残念がるかのようにではなく淡々と返した。
「ねえ、一騎」
「何、母さん」
「あなたがそう決めたなら私からも何も言わないわ。ただ…一つだけ約束してくれるかしら?」
それに続くかのように真壁母が真剣な表情で言う。
「一緒に戦う子たちを守って、そして、あなたも含めて一緒に帰ってきて。約束してほしいのはそれだけ」
強い期待をこめた口調だった。なんだか、とんでもないように思えるほど難しい約束である。
「……分かった。頑張るよ」
――――――――――
翌朝、アルヴィスの会議室にて公蔵たちと一騎・総士・乙姫の姿があった。一騎の意志を聞いた上でその意志が固まったような表情で公蔵が告げる。
「一騎君、まずはこれを」
公蔵から平らな矩形のプラスチック製のカードが手渡された。
「この世界のアルヴィス所有施設のIDキーだ。この施設のほとんどにアクセスできる権限を備えている。元の世界で成人していた君ならこれを持つ責務も備えているからこそ、これを託そう」
「それと…これもね」
鞘から白を基調とし紺の差し色の入ったアルヴィスの制服が差し出される。デザインは竜宮島のものと同一である。
前の世界では戦うことを決め、アルヴィスへの勤務初日総士から着替えて来いと命令口調で言われ、仲間の1人がその制服に着替えることは「いつの間にか違う場所に来てしまった」とほのめいた事を思い出した。この制服に袖を通すという意味はそれほど大きい。
しかし、何も知らなかったあの時の自分とは違う。その責務と覚悟はもっているつもりだ。一騎は無言だが決意がこもった瞳で見つめ受け取ると促されて一時部屋を退室する。
その数分後、一騎はアルヴィスの制服に着替え戻ってきた。
「似合ってるよ。一騎」
乙姫が制服姿の一騎を称賛する。公蔵が目配せ一同の同意を確認した。
「現時刻をもって『真壁一騎』のアルヴィスへの復帰を正式に認めることとする」
簡単だが一騎の正式なアルヴィス編入を認め、一騎はアルヴィス式の敬礼で返した。
――――――――――
こうして、島を守り戦い抜いた人々が集った。
彼らがこの世界で新たな航路を見つける船乗りであるのか、
それとも苦難の航路へ沈む船乗りとなるのか。
それを知るのは誰もいない。
彼らはあえて苦難を行く……その先にある希望を知るのだから。
ゆゆゆ世界での真壁家の両親の表記は敢えてこのように描写しました。これでようやくアルヴィス加入編ともいえる第3章は了となります。