さいよわ───チートなエルフと魔人が護る最弱な彼女が綴る異世界黙示録 作:ぴんぽんだっしゅ
「──でね」
「ふんふん」
「……なんだ」
「へえー!」
「それにね」
「何々?」
「モンスターなんて居ないんだ、どこにも」
「でも、その世界でも戦ったんでしょ?」
「うーん。……世界の中の異世界とゆうか、ゲームの世界ってとこなんだけど……、これは言っても解んないと思う」
「うん、うん……解んない」
エクトはシャリアに自分の世界の事──日本での事を話しながらNOLUNの事にも触れていく。
ノルンという名前のゲームの中の世界だけど、それは長い間旅をしたことやその中で出会った人、ギルマスやpartyを良く組んだ人。
へまをして死んだ事や、ダンジョンを理解する為に何度もデスマラソンをする羽目になったこと。
レアアイテムが出なくて夜はずっとボス部屋の前で待機してた話など、少し脱線しながらも詳しく説明していった。
それを大人しく聞いていたシャリアには、死んだのに大丈夫なの?と真剣に心配されたり。
「うわー。この世界とその……ゲームの世界って良く似てるね、確かに。ノルンまで──何等の干渉を感じるわ。死んでも大丈夫ってゆうのはちょっとズルいよね、有り得ないことだからちょっと受け入れられる訳がないし──解んないけど。そういうものなのよね?」
死んでも大丈夫って事に強く噛みついてくるシャリアに、そういうものとして何とか理解して貰う。
ゲームで死んだとしても、実際には死んでない事を説明するもののシャリアには受け入れられないからだった。
一応、デス・ペナがあって経験やグリムを犠牲にすることも説明するエクト。
それを聞いてシャリアは、『何それ』ってニヤけていた。
「イーリスの奴らとも会ったんだよ。クエストの最中だったけど」
頭の下に両腕を枕がわりに敷いて、寝転がったまま遠くの空をエクトは見詰めながら突発的だったブルボンでのクエストを思い出している。
突発的なクエスト、それは。
いい経験値稼ぎの出来る場所を探していた時に、酒場で会った男から紹介された攻略サイトにも載って無かった隠しクエスト。
隠しクエストとは──どのような隠しクエストでも、かなり高い確率でレアアイテムが手に入る為に当時のギルマスに相談すると、完遂する様に言われるほどレアなイベントだ、ただし内容はピンキリでもあるらしい。
思い出して見ても、それはエクトに取っても非常にむず痒い道中だった。
我慢すれば経験値と、見たことの無いスキルかアイテムの手掛かりがあるはず、と思わなければやりきれなかったほどに。
イーリス教団に雇われて、教団から逃げた人間を探して連れ帰ると言う依頼だったはずが、勝手にpartyまで組むことになり挙げ句に小国を相手にする上、後ろ楯として大国サーゲートの領内でも一波乱あった。
今更それをシャリアに話してどうすることでも無いから濁して話したのだが。
エクト自身も教団関係者とpartyを組むことが気に食わなかった為、クエストに関係無い場合常に教団メンバーは死んだまま放置していた事を追記しておく。
寝転がったエクトに感化された訳でもないかも知れないがシャリアも足を伸ばして楽な状態で隣に座ってエクトの話を時に口を挟みながら、時に相槌を打ちながら聞いていた。
ただ一声、『イーリス』という言葉がエクトの口から出て来ただけで、それまでニヤけた顔をしてどこかエクトに気を許しているような佇まいで聞いていたシャリアだったのが、元の真面目でキツそうな座った瞳をしたシャリアに戻りつつあった。
「会った……だけ、…………だよね?」
エクトが教団との繋がりがあることにグロリアーナに所属している巫女騎士という立場上、教団がにっくき仇敵であるところのシャリアにはちょっと残念なようで急に声のトーンが低く下がる。
この時のシャリアは不思議な顔をしていた。
悟ったようでいて残念そうで、その奥にゆらりと憎悪を覗かせていた。
エクトに教団との関わりを否定して欲しくて言葉に詰まりながらもなんとか声にした、そんなシャリアに視線を向けてエクトは否定せずにむしろ頷いて語気を強めた。
「クエストだから組んだ以上は何にしたって、やることをやる。そういうものなんだ、クエストってゆうのは」
口を動かしてエクトは喋りながら、両腕は別の作業を始めている。
エクトが答えた声を聞いて明らかに不機嫌そうに眉根を寄せてみるみる表情の暗くなっていくシャリアに気づいたエクトは、上半身を起こしてシァリアをぐいっと胸元まで引寄せると彼女の前髪を上げて真剣な瞳で見詰める。
「………………」
すると、さっき以上に素早い動きでエクトの手を払いぷぃと転がって後ろを向いた。
暫し間をとってシャリアが口を開く。
「さっきからくえすとって何?しなりお……も」
一瞬、そう言われたエクトは表情が固まるが、すぐに気を取り直してシャリアにクエストの説明をすると、
「ふうん。そのクエストのせいでたくさん、……いっぱい被害者出てるよね?」
視線を徐々に戻しながら地に落ちたシャリアのテンションはどこまでも沈んで元に戻りそうに無い。
そのまま、死んだ魚の様な半開きのまま虚ろな瞳で上目遣いにエクトを粘着力の強そうで、ねっとりとした視線を向けて責任を問うかのように睨み付けるシャリア。
エクトはそんな視線に当てられて一瞬、ひぃと怯んだが語らなければならない事がまだあるんだと思い直してシャリアの視線から逃れるようにまた寝転がって空を眺める。
真っ暗な夜の空を。
漆黒の闇色に染まった空の下、二人は城の花園で二人だけの秘密の話を続ける。
「クエストは完遂しないと報酬がでないからさ、やりきらなきゃなんなかったの。NPCの問題に興味無かったし、ただひたすらの強さが欲しかっただけなんだし。そう俺は──強くなりたかった、誰よりも。その為に些細な問題は瞳に映らないフリをしたんだ」
確かに小国・エンデヴルでは沢山、死んだ。
そんなイーリス教団の狂った本性をずっと見続ける事に嫌気が差して、運営にエクトは文句の問い合わせをしたぐらいだった。
「そう、……エクトはやっぱり。奴らと、組んだん、……だ……」
彼女の言う通り、エクトはクエストをやりきる為に小国で教団と共に暴れていた。
避けれない敵は殺しもした。
そういうクエストだったのだから、どうすることも出来ないのであるが、シャリアは納得出来るはずがなかった。
余りにも似た世界と言っても、此方の世界で彼女の憎むべき仇敵と、気を許しそうになっていたエクトが手を組んで余り知らない小国とは言え好き勝手したという事実。
彼女に取って面白くなくて当然である。
クエストの経緯の説明をエクトが続いているにも関わらず、シャリアは思案していた。
強くて優しい、いい奴だとは思うけど陛下の為に冗談でなく始末するべきか、と。
「そのお陰で、今。この、アーベンラインが手元にある」
このクエストの最中、通り掛けに二度と来れないかも知れない古い霊廟を発見し、連日連夜攻略に費やしやっと手に入れたのが呪われたアイテムかつ、装備制限が55の強くて装備出来ないのに装備を外せないアーベンラインだった。
困った事に鑑定スキルが成功しない上、装備出来ないので暫くの間表示上は只の筒?、で片手の装備枠を埋め続けたので、ギルマスやpartyメンバーにもご愁傷様と言われた経緯があり、どちらかというと踏んだり蹴ったりでもある。
それからと言うもの狂った様に、レベルを上げるために割りのいい狩場には必ずエクトの姿が見られた事は言うまでもない。
勿論、アーベンラインは只置かれていた。といった代物ではなくレアドロップですらない、封印された禁断の武器をエクトが持ち出したのだ。
封印されていたなどと言っても、二度と辿り着けない場所で強力な武器に封印がされているのは、ゲームでは問答無用で破りがちではないだろうか?
コレクター欲も擽られるものだが、何より禁断の武器=強力という図式などありがちだろう。
誰にもエクトは責めれ無いのでないか。
「封印されてるアーベンラインの封印を解いて勝手に持ってきたくせに!」
彼女にそういった経緯を話しても、納得はやはりしてくれなかった。
禁断の封印を解く=悪の諸行と、シャリアの中では確約されていたからでもある。
古代の神々の争いの時、冥王が三槍に数えられたアーベンラインはサロとも激戦を演じた末、時の神によりいずこかへ封印された―――それがシャリアの知っていた歴史であり常識。
冗談でなく害悪なのだ、封印を破るなどという行為は。
しかし、封印を解かれた当のアーベンラインがあのあっけらかんとした態度で、闇の蛇を拒絶した事も考慮に容れればエクトが持っている間なら、アーベンラインもサロ様やグロリアーナ陛下の敵に回る事は無いかも知れないな、と思案した処で自己完結に至る。
「こいつから物凄い強そうなオーラが出てたんだ。そんなの、スルーできるわけ無いだろ」
「続ける続ける。で?」
エクトが必死に弁解しようと頑張るが暖簾に腕押し、釈迦に説法、彼女に取って自己完結しているアーベンラインの事などもうどうでも良かった。
興味はイーリス教団の蛮行に移っていた。
「イーリス教団は……その山を焼き討った。反乱分子が逃げ込んだって」
この経緯の少し前からはイーリス教団からホントに逃げた男など居たのかエクトは疑問に思いながら同行している。
それが確信に変わったのがこの焼き討ちだった。
この隠しクエストの目的が『狂信的な教団による侵略の為の協力』なのだと。
それでも報酬を得るには居もしない男を捕らえ、連れ帰らなければ失敗になってしまうのでエクトは仕方無く同行し続けた。
が、その先に教団大幹部が現れる事であっけなくクエストは終りを迎える。
その大幹部は教団メンバーから、小国の宝剣を受けとるとあっさりその場に居た教団員全てを有無を言わさずあるものは焼き、あるものは一刀に付した。
そして、エクトに報酬を渡して去って行ったのだ。
ブルボンを発ってエンデヴルを経由しサーゲートに及ぶ長期クエストの末に彼が行き着いた答え、それはイーリス教団には関わっては行けない。
と言うこと。
教団には得体の知れない気味悪さが付きまとう。
ふぅー……!
胸に溜め込んだ息をエクトは出しきるつもりで一気に吐き出す。
一緒にポツポツと思い出して胸くその悪くなった気分が晴れるのを願って。
吐き出された空気は真っ暗な夜の空に融けるように消えた。
教団とのエクトの関わりを濁さず、隠さずともいい部分はシャリアに全てをさらけ出した後。
エクトが気づけば痛いほど掌を握り締めていて。
教団の事を喋っている内にヒートアップしてしまったみたいで、思わず立ちあがって熱の入った話をしていた。
ゆっくりと目線をそのまま下に落とせば膝を曲げて上半身を起こした上で、俯いて膝の上に手をついているシャリアの姿が視界に入ってくる。
膝の上の手はふるふると震えているようだった、シャリアが膝を強く握っていたのかも知れない。
「グレナンテ山が燃えたのか……ぶつぶつ、それは……でも、ぶつぶつ」
シャリアには、クエストは焼き討ちで終りだったとエクトは話す事にした。
教団の事を話すだけなら、最終的に出逢ったあの周囲を凍りつかせる雰囲気を纏った大幹部の事で、更に彼女の感情を煽らなくてもいいとエクトは考えたのだ。
焼き討ちの事だけでも、目の前で物凄く難しい顔をして俯き、自分の世界に入り込んで考え込むシャリアを見るにそれは正解だったと言えるかも知れない。
誰に言うでもなく彼女は、声に出して何事か呟き続けている。
「それってさ。似てるだけで違うんじゃない? グレナンテ山はメルヴィ様の加護が強力で連中じゃ、そう簡単に入り込めないよ」
考えが纏まったのか顔を挙げたシャリアがエクトを何事か含んだ視線で見つめれば、
「……だから俺が行ったんだよ」
頬を掻きながら目線を外して答えるエクト。
サーゲートに入る以前から、考えてみればメルヴィ関連の妨害はあった。
と、言うよりは進む先には常にメルヴィ神殿庁の騎士や魔術師に毛が生えた程度の神殿職員が、次々に道を塞ぐように現れ時には命を狙われる事もあった、それをエクトは来れば来るだけ撃退していった事を思い出す。
教団の傭兵的に見られていただろうし、見られて当然なだけの働きを彼はしていた。
「むぅ。。。話を聞いてたら、ここでエクトを始末した方が世界の為な気がしてきた……むぅ……うーん」
ぶつぶつと呟きながらシャリアは難しい顔をしていたかと思えば、真剣な顔になり傍らの剣に手を伸ばす。
「グレナンテ山はまだ燃えてないんだろう? 何の為に始末されるんだよ?」
それを視界の端で見て気づいてしまったエクトは、ヤバイと思ったのかゆっくり後退り必死に釈明をする。
「あー……えっと…………イーリスに協力した時点で! 世界を敵に廻してる気がするんだよなー、……うふふ」
エクトをロックオンした彼女は逃がすものかと、ずいっと近付くように追う。
剣こそ手離しては居たのだが獰猛にほくそ笑み、わきわきと両手を動かし、瞳をギラギラと光らせ、まるで獲物を狙う猛獣……、というか変態ちっくな悪者のよう。
その時のシャリアの背後には不思議と暗いオーラのようなものが見える……気がした。
「ふぅ。。。教団には協力した。けど、それだけじゃなくて。あの……そうだ! 鉄の森近くで争いが有ったんだよ、シナリオだったけどさ。落ち着けよ、その手は……なぁに?」
シャリアの手から剣が離れたのを見て一息付いたエクトは話を続ける。
シャリアが撒き散らす嫌ーな雰囲気に動揺し、エクトの頬が一瞬ぴくっと震える。
正直、焼き討ちの後の事に言及されなかった事で胸を撫で下ろしたのだがシャリアの豹変ぶりに更に一歩、もう一歩と後ろに下がり続けるエクト。
「ふふ、……本気で始末しなきゃ……。鉄の森ってすぐそこなんだけど……で、そんなとこで戦いって、わたしにだって関係あるでしょ……そうよねえ?」
暗い怨嗟の色を瞳に浮かべエクトを追うシャリア。
「シャリアが居たかは分かんないよ。でも……グロリアーナが相手だった。シナリオ内容は両陣営の指揮官の撃破。そこでギデオンの名を見たんだ」
彼女に恨まれようと、ギデオンの事を話す上でこのシナリオでの経緯は避ける事の出来ない話題である。
年中行事のように小競り合い程度の揉め事を続けていたブルボン、グロリアーナ両大国の緊張がどうにもならなくなりぶつかり合った結果、戦争に突入したのだった。
このシナリオはそれまでのシナリオの中で特に難度の高い、partyを必要とする物でギルドメンバーと同行してやっとクリア出来た事を思い出すエクト。
出現するのもモンスターでなくNPCばかりで非常にやりづらく、かつなかなか逃走が成功しない鬼畜シナリオ。
言わば少数精鋭で一点突破し、両指揮官を撃退した上で両軍を引き下がらせねばならないのだから。
このシナリオアップロード時は、最終章になったらノルン全てを世界征服してフィナーレを迎えるのでは、と攻略サイトでもギルド内でも噂に上がった程で。
『あながち間違いでは無いのかも知れないな』と、シャリアに話して聞かせながらエクトは思うのだった。
「あの……さ、指揮官の名前って今、……言える?」
「ブルボンは確か……ルーベンスで。グロリアーナの方は……そう、コルドールージュ。なあ、だけどそれを聞いて何かあるのか?」
シャリアの問いに少しの間思案しエクトは出てきた名前を口に出す。
「騎士団長だ!……。あ……、続けて?」
知った名前が出てきた事に吃驚して声を張り上げ話を中断したシャリアは少し考え込んだが、気を取り直すとエクトに視界を戻すとそう言って掌を上下させて話の先を促す。
「ルーベンスはなんとか始末できたんだったかな。だけど、コルドールージュは部下に逃がされたって内容だった……うん。……そう……睨むなよ、この争いは……俺、……だけじゃないぞっ。シナリオだから、ユーザーなら……ごくっ、……誰でも、誰だってやらなきゃ先に進めないん……だからなっ、言っとくけどっ!」
話がギデオンから脱線していくがエクトは軌道修正の仕方が解らないでいた。
恐怖ですくむ。
そうなのだ脱線していくうえ、シャリアが今この場で呪いでも仕掛けているのでは無いかと思えるくらいの重苦しいほどプレッシャーを撒き散らし、頭に見えない角でも生えてきたのではないかと思えるほどの立派な殺意を孕んだ怨みがましい瞳には、明らかに何人も人を殺してきた戦いに身を置く者にのみ浮かぶ、ある種の覚醒したような凄味を隠せない。
そんな……エクト、いや平和ボケている人間全般が、視線を向けられるだけで竦み上がってもおかしくは無い獰猛でいて、研ぎ澄まされた刀剣のような鋭い眼差しそれだけでエクトを殺してしまってもおかしくない目付きで睨み付けてきたので慌てて弁解を始める。
「ふうん。…………わたしだったかも知れないね、その……」
騎士団長の部下だもん。と張り裂けんほどに膨れ上がっていた怒りの熱は冷めたのかかき消えたのか小さくトーンを落として続ける。
いつの間にかあの重苦しいほどのプレッシャーが収まり、視線もエクトから離れ、長く美しいが曲がっておらず真っ直ぐな睫毛を落ち込んだように低く下げぶつぶつと何事か呟き続けている。
そんなシャリアを見てふぅ……と一息吐いてエクトは『熱しやすく冷めやすいってシャリアの為にある諺なんじゃないのか?』と頭に過った後で、声に出さずに心の奥で刻み込むように呟いた。
『怒らせたら怖いから、死ぬかも知れないから……なるべくヤバいワードは濁さなきゃ、……本気で俺がヤバいって……何だよ、今の空気。重いなんてモンじゃなかった、それに……刃物も握ってる訳じゃないのに。──斬られてた。そう、斬られたって以外に言葉に出来ない……』
「──続ける続ける、シナリオ終わるとイーリス教団と回避不可な戦闘になってさ。そこにもあのギデオンが複数の、けっこう苦労するくらいの数の教団の兵士とかと居たんだ───見間違えとかじゃないぞ。違うとこは頭。ギデオンの頭は真っ白な白髪だったけどな」
「──!?それって。大臣はグロリアーナを裏切ってるって事? あれ……? ギデオンが白、……髪?」
彼女の視線が離れた事と話に噛み付いて来ない事が解るとエクトは軌道修正に踏み切る。
経緯は解らないが戦闘になったイーリス教団員の傍らに確かにギデオンが居た。
それはエクトもしっかりと覚えている、あの時はエリアヒールを使ってきて弱そうな外見なのに非常に邪魔だったからだ。
その事を聞くとシャリアは吃驚してエクトを見上げ問い掛けて来た。
下半身豚であるが悔しい事に外交や政務など仕事の面では稀有な人材と、グロリアーナ陛下も認めたくないものの認めずには居られない存在だった。
その大臣が仇敵・ブルボンと、イーリス教団と通じている感があると彼は言う。
エクトは身ぶり手振りを交えてシャリアに説明する。
覚えている限りの教団関係者の数を指折り数えて……両手の指では足りないなと気付いてやめた。
ギデオンが白髪だったことを伝えるときはちょんちょんと指先でこめかみ辺りを押した。
「解んね。そうなんだよなー、俺の今言えることは争いでギデオンを見て、両軍を退かせて終わったらギデオンは教団と共に居たってことくらいか」
エクトもギデオンが裏切って内通しているとは言い切るには残念な事に情報が少なかった為、肩を竦め彼女に出来るだけの答えを返す。
「教団は信徒以外には容赦無い。信徒であってさえもイーリスの教典に逆らえば容赦無い。ホントに大臣が?」
「両陣営で見たんだからそうだろうな。もうひとつの可能性は、偽物だってこと!」
「偽物?」
「大臣の偽物を教団が差し込んでるとすれば」
エクトの推測混じりの言葉の全てを信じることは出来ないし、イーリス教団は信徒以外は躊躇なく殺せる狂信的集団だ。
それが大臣と同行しているという事になれば限りなく大臣はクロである。
疑問の声を挙げるシャリアをよそに平然とエクトは大臣であったと言い切る。
が、思っていたもう一つの可能性がある事を告げた。
シャリアにも大逆転の醜聞であるが、今一つ決め手が足りないのも事実。
相変わらず推測混じりのエクトの言葉についつい疑いの色が混じった瞳で聞き返すのもしょうがないのかも知れない。
「教団に大臣が連れさられたってことは?」
彼を信じることは難しく無い。が、事実で無かった場合とんでもない不敬になり、その先は考えたくも無かった。
だからか、別の可能性をエクトに提案してみるシャリア。
「ふふ、そんなこと──……有るわけ無い。ブルボンは大敗したんだ。グロリアーナも引き下がったが、カルガインやメルヴィ兵団の追撃を受けてブルボン本隊はバラバラに潰走した。というシナリオだったな。逃げ惑う教団の討伐なんだよ、シナリオ的に」
「その話だとブルボンにグロリアーナに、あと……他にもどっかの勢力が噛んでそうなんだけど?」
「それは、カルガイン」
「………………っ!」
彼女の提示した可能性が一欠片も有り得ないと一笑に附し平然と話を続けるエクト。
それを隣で怨みがましく聞いていたシャリアだったが、両大国に横槍を入れた存在がある事に気付くと声を荒げて彼に問い掛ける。
エクトが間髪置かずに返した答えは予想外過ぎてシャリアの頭の片隅にも浮かんですら無いものだった。
エクトは話した事で潰走したブルボン軍を思い出しながらこう思った、『絶望的な大軍であっても指揮する者が居なければ、あっさり瓦解したよな』と。
「カルガインは争いを止めに入るわけ。そこにメルヴィ兵団も絡んで、メルヴィ兵団は教団憎し。って感じでさー」
言葉を失ったシャリアをよそにエクトは話を続ける。
「カルガインの田舎兵団が?? どうやってグロリアーナとブルボンの間に入れるってゆうのっ!」
「シナリオだから。カルガインとしては、思惑に巻き込まれない内に両陣営の弱体化を狙うってとこなんだろうな。
ブルボン軍も側面からカルガインに兵の薄いとこを切られて、前と後ろにブルボン本隊は分断された上に指揮官もいなくなるんだから、それはもう、そこからは焼け石に水。ブルボン軍に光明は射さなかった。……で、見事に教団兵は数を減らしてる。
……どの世界でも宗教なんてホント何にひとつも人の役になってないってゆーか、人の心の隙をついて戦争をさせるキッカケの道具になってるってゆーか、こっちの言葉に直すと何かな。『災厄を生む魔道具』ああ、ピッタリ!」
心底吃驚した表情で彼女はエクトに食って掛かる。
有り得ないのだシャリアの中では──シャリアに限らず、グロリアーナという長い時の流れの中で常に大国で有り続けたグロリアーナの国民なら誰しもグロリアーナと、魔物を生む不可思議な塔の回りに集まって小さな街を形成しているだけのカルガインと、では差が有りすぎてこの二つを並べる事も出来ないのだ。
エクトが説明するもののシャリアは聞こうとしない。
ちなみに捕虜になった一般の教団兵士からは経典を取り上げ、教団から遠ざけ離すことで真っ当なヒト達に戻すように心血を注ぐ人が居たのをエクトは思い出す。
そしてエクトは知っている、教団の教えに染まったニンゲンや獣人達が改心する事は一筋縄ではいかないことを。
宗教にどっぷり嵌まった、凶悪なマインドコントロールからはそう易々と抜け出せないのだと。
なんといっても捕虜にした教団関係者、上位の司祭達の中には経典を求めて身を切って、グリムを捻出して牢番に渡した者まで居たと言う。
狂信者ほど、離されても宗教にしがみついてしまう。
エクトはそんな話をなんとかして改心させようと働きかけるメルヴィ神殿庁の職員から聞かされてゾッとする。
そこまでして宗教にしがみついていたいのかと。
宗教にそこまで有り難みを覚えてしまうのかと。
「ふん、ありえない! 田舎兵団に我ら、グロリアーナが負ける、と? そう、言いたいのだなっ!」
「うちのギルドならグロリアーナとタメ張るんじゃない。それにカルガインにはユーザーが沢山いるからそれじゃ無いの戦力。それにメルヴィ兵団も最初から援助してるんだぞ。あと、な。あくまでゲームの中のシナリオの話、そんなに熱くなる必要がある?」
彼女もグロリアーナの騎士の端くれだ、国の騎士団や陛下の軍隊に誇りも感じているし、何よりも兵の数が戦争ではモノをいうのだ、兵の数で圧倒できる。
ブルボンの信徒と争ったって引けを取らないで居るのが証拠だ。
その、グロリアーナが開拓地でしかないカルガインに撃退され、退き下がらせられたとエクトは言う。
冗談じゃない。
わたしたちはそんなに柔じゃない。
シャリアの心からの叫びにエクトは少しイラっとしてしまい、本心をポロッと溢すが気を取り直し彼女でも理解出来る様に説明に戻る。
それでもなおも肩をいからせ威嚇するかのように恐い顔をして、眉と瞳をつり上がらせて睨んでくるシャリアを見ると、やはり収まりがつかなくなったエクトは余計な言葉だと思いながらも本音をポロッとこぼした。
「不本意ながらエクト級の兵士が何人も居たなら引き下がらないと全滅……そうだな。負けるかも知れないな」
何となく辛そうな暗い表情をして話していたエクトが今は、荒い息を吐き警戒心剥き出しな表情をしているのを見てシャリアは苦虫を噛み潰すような顔をして呟き、小さく一息吐く。
落ち着かない気持ちをなんとかしようとした。
エクトに警戒させてしまっているのはわたしではないか、いつの間にか気付かない内にわたしはあれほど警戒心露にされるほど恐い顔をしてしまっていたんだと。
そう思って。
ギルドの説明は受けていた。
エクトに及ばないものも居るがエクト以上のギルマスと言うのが居ると言う事だった。
そんな戦闘集団とグロリアーナが戦えば全滅の可能性が無いことも無いとシャリアは考える。
「シナリオも後半だからなー。ユーザーもそりゃ強いよ」
「神殿庁ならまだしも、メルヴィ兵団の名前は聞いたこと無い。カルガインだって住人は精々2万人だっ! 我ら、グロリアーナは全国で100万以上」
エクトは軽口を吐いただけだったが彼女はその軽口に本気になって返す。
抑えよう、抑えようと思ってもシャリアにはうまく感情が抑えられない状態になっていた。
どうしても語気が強く、声が大きく、対抗心が芽生えてしまう。
カルガインとグロリアーナの国力の違いがどうしてもシャリアの中にあって、そんなはずはないと否定する心が動く。
それにしてもメルヴィ神殿庁なら聞いた事もあるがメルヴィ兵団は今まで噂にも聞いた事が無い。
「少し、後の世界がゲームの舞台だとしたら?」
にやりと彼は笑って彼なりの推論を告げる。
エクトの見たギデオンは白髪で今のギデオンはふさふさとは行かないまでも白髪が目立って気にする、と言った素振りもなかった。
ただひたすらにふてぶてしい奴だと言う意見しか出てこない。
エクトはシャリアの頬に手を添えて落ち着かせる。
ふいに、彼女が吃驚し過ぎたのか震えだしたからである。
「大丈夫よ……納得──つまりメルヴィ兵団もカルガインの戦力も今はまだ無いんだね」
「この今の年代が解んないけど、そんなとこじゃない」
少し、呼吸が早くなっていた彼女だがお礼を言い、落ち着くと自分の意見をつらつらと話して深呼吸を一つで胸を撫で下ろす。
そんなシャリアを見ながら年代が解らないと付け足すエクト。
「わたしエクトと戦って死んでたり、しないよね?」
「NPCとは言え女に即断出来ないよ……引いて貰う程度には傷つけるかも。そのくらいさ、日本じゃ──俺の住んでたとこは女は守る対象でね。斬り合うってそういうの、ちょっと遠慮したいんだけどさ」
ふいに真似をして彼の前髪をかきあげじぃと意志強くエクトを見詰めるシャリア。
口から吐き出すようにそんなこと無いと、有ったかも知れないと耳元で小声で囁く。
それを受けてエクトは彼女の両肩をぐいと掴むと真剣な瞳で見詰めて視線をぶつけ合わせた上で諭すように告げた。
「ふふふ──甘いね、甘ちゃんだ。エクトは」
「あのなー、歯向かわない敵に剣抜けないだろ」
「わたしは出来るよ、グロリアーナ陛下を守るためなら、信徒共を根絶やしにするくらい」
エクトが余りにも甘ったれな事を言ったので我慢仕切れず吹き出してしまうシャリア。
彼女は知っている。
殺らなければ殺られると言う事を。
騎士は兵士と違い、名誉と誇りの為ならば戦える。
陛下に危険が及ぶなら、根からでも構わずに樹を切り落として燃やせる気概があった。
例え目の前の敵が剣を握っていなくとも斬れる。
信徒と闘うと言う事は女子供とも根刮戦えねばならないのだ。
それがグロリアーナ騎士団の決定でもあった。
「極端な事言うなよ」
「そこは解り合えないとこだね。あー、お腹空いたー。隊舎行けばまだ残ってるよ、きっと」
「そゆことでいいよ。ホント、腹へったぁ。皿に特盛、大盛のカルボナーラが食べたいなー」
「なにそれ? ふふふ、美味しいの?」
「ラーメンも外せないけど。母さんのカルボナーラは絶品なんだ、次はいつ食べれるかなー……母さんの作ってくれるご飯……」
「ラーメン??」
お腹が鳴った事で随分話し込んでいたことに気付き隊舎に向かう二人。
もうすっかり深夜でシャリアの背を追いながらも帰り道を歩きながら、彼は思い出す。
シャリアは微笑んで解り合えないと言った、真剣な瞳で子供だって斬れと言う。
そう言うものなのかも知れない。
でも、エクトはそんな非道は嫌だった。
話し合って解らないんなら、中から変えればいい。
イーリスの一方的な侵略が始まる前に、乗り込んででも。
思案するエクトにシャリアが声を掛ける。
「遅いぞー。置いてくよー。隊舎まで競争だーっ、それーっ」
声を合図に駆け出す二人の上では5つの月が二人を見詰める様に佇んでいた。