さいよわ───チートなエルフと魔人が護る最弱な彼女が綴る異世界黙示録   作:ぴんぽんだっしゅ

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やってきた冒険者4

─唯

 

─ひたすら無慈悲に蹴られ

 

─不様に踏みにじられ

 

─嵐の様な

 

──拷問の様な

 

─いつ終わるとも知れない

 

─死闘が続けられている。

 

─総ては

 

 

─黒髪の性悪エルフの腹積もり一つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒール。」

 

「俺が、悪かった!」

 

「ヒール。」

 

「すいませんでしたっ」

 

「耳は飾り物なのねえ。」

 

「ヒール。」

 

「どうすりゃいいんだあっ。」

 

「ヒール。」

 

「ヒール止めろぁっ、くそがっ!」

 

「ヒール。」

 

 

楽になれたと、気絶しても、ヒールが事務的に唱えられ無情にも意識が覚醒する。

そして又、土を踏み歩み寄る音が耳に届き、脳に響き。

その度に何らかの蹴りや、殴打で気を失う、全く楽になれないエンドレス。

 

ふぅ・・・と嘆息を吐いたシェリルの眦が吊り上がると、蹴り飛ばして地面に転がったゲーテに歩み寄って引き起こし、

 

「あー、やっぱり飾り物なんだ、じゃあいらないわね。」

 

凛とした口調でそう言うと、シェリルの空いているもう片方の手で、ぐいと摘み上げられる虎の獣耳。

そして、意識の朦朧としたゲーテの脇に宙で溜めた渾身の膝蹴りが打ち込まれて、ゲーテは低い唸り声と共に何度も味わった気絶を再び味わい、地面に崩れ落ちた。

 

「ヒール。」

 

もう反芻する様に事務的に凛子は、目の前でゲーテが崩れ落ちた度にヒールを唱える事を強いられている、シェリルが睨み付けてくるとかでは無いのに意識の底で、今逆らったらヤバい・・・と自縛している様なそういった感覚にも似た。

 

「反省したっ、すいませんでしたっ。」

 

「だから?何よ?」

 

「ヒール。」

 

意識の戻ったゲーテが歯軋りをしながら、絞り出す様に眼下で叫ぶのを、シェリルは意地悪く訊ねて返答を待つ素振りも無くギリリと嫌な音を立てて踏みつける、気絶するほど。

すると、凛子がヒールを唱えて再びゲーテの意識は朦朧としながらも自らのものとなる。

それを本人が望まない事だとしても。

 

「もう許してくれっ。」

 

「ヒール。」

 

動こうとゲーテはもうしない。

喚く様に叫ぶだけになったゲーテだがしかし、シェリルは受け付けずに黙って蹴り飛ばす。

 

 

「わたしを満足させなきゃ終わるわけ無いじゃない?」

 

「ヒール。」

 

くすくすと声に出して笑って、シェリルは風に長い黒髪をたなびかせると面白くて堪らないと言いたげに、金色の瞳をキラキラ輝かせて高らかに言い放つ。

それは群集の目にオペラ劇の悪女めいて映り、口々に男から女から非難轟々の罵声がシェリルに浴びせられる。

 

『もうやめて!!』

 

『魔女め!』

 

『地獄へ落ちろっ!』

 

『許してやれ!』

 

『もう沢山だ!!』

 

シェリルはただ浴びせられる罵詈讒謗を、にこやかに群集の顔を順繰りに眺めながら聞いていた。

 

 

 

 

 

「何でもするっ、許してーっ。」

 

 

導くつもりはさらさら無かったがやっと『必要な』言葉が、ゲーテの口を付いて出た事に満足気にシェリルは眉を開いて喜んだ。

 

「生まれて来てごめんなさい、はい。繰り返して。」

 

「生まれて・・・なんだと!」

 

小躍りする様に手を叩いてそう言うシェリルは、地べたを這いずるゲーテの恨みがましい声を聞くと、眉を顰めて苦虫を噛み潰す様な顔でゲーテの腹を宙に浮くほど蹴り上げる。

すると、朝飯をぶちまけて地面にキスをする様に倒れ込むと黙り込んだ。

 

「ヒール。」

 

「そうか!」

 

何度も唱えた魔法を義務と言わんばかりに、凛子が口にするとゲーテが意識を取り戻す。

その時、足を伸ばし背筋を立てて上体を支える様に手を後ろに付いて、休憩の態の楽な姿勢で、相棒がボロボロになるのを見詰めるしか出来なかった、ジピコスから声が上がり群集の視線が集中した。

楽になれる唯一の方法になんとか、ジピコスは気付いた様で覚悟を決めた男の顔をしている。

 

「どーも、後悔させて貰え無いじゃない?だからぁ、お前にっ。」

 

そんな中、シェリルだけはゲーテから視線を逸らさない。

足元で呻くゲーテを菩薩の様な、後光が差していそうな神々しい微笑みを浮かべ見詰めながら口を開くと、途端に般若の形相に変わり、叫んで踏みつけ踏みつけて叫ぶ。

 

「お前に!」

 

踏みつける。

 

「お前にっっ!」

 

叫んで踏みつけ、

 

「お前らにっ!」

 

踏みにじって叫ぶ。

 

「生まれて来たこと後悔して貰おうと思って。」

 

 

ふぅ・・・と息を整えると憑き物でも取れたか、菩薩とみまごう様な神々しい微笑みを湛えスッキリと言い放った。

 

群集は一瞬、息をするのも忘れてその光景から眼が離せなくなっていたが、凛子が唱えたヒールを切っ掛けに一斉に皆が息を飲んで、しばらく途絶えていた非難轟々とした罵声が飛び交う。

見いっている群集からすればボロボロになったゲーテを一方的に、しかも、命乞いに取れるやり取りも無視してひたすら、嬲り殺しにしているのだから当然だ。

 

「無茶苦茶だ!」

 

悔しそうにゲーテが傍らに見下げて立っているシェリルを掴もうとしながら叫び、その掌が黙ってシェリルに蹴り飛ばされる。

 

「ま、待ってくれ!」

 

声の主に視線が集中する、ジピコスだ。

見れば既に、頭(こうべ)を地面に触れるか、触れないかまで下げ両手両膝をつき、視線が集中するのを感じて頭を少し上げシェリルをしばし見詰めると、

 

 

「う、生まれて来て・・・ご、ごめんなさい・・・」

 

「ジピコスお前っ!・・・このっ!───ぐうっ!」

 

ジピコスはその姿勢のままシェリルと視線をぶつけ合いながらも満足させる謝罪を口にした。

ジピコスなりに考えあぐねた末に行き着いた答えがこれだったのである。

言葉を口にするだけでは鬼は生け贄を赦してはくれないだろうと。

 

「ジピコスだっけ?お前は反省の言葉だけは、上手に言えたわね。こっちの、お前はどうやら反省出来ないみたいじゃない。」

 

ジピコスの謝罪をどうやら受け入れシェリルは愛らしい笑顔でジピコスを見詰めて喋り始め、足元のゲーテに視線を戻すと途端に婀梛めいた獲物をいたぶる獣の瞳の色に染まりギリっギリっと嫌な音を響かせながら踏みにじる。

ジピコスの行き着いた結論は正解だった様だ。

ゲーテを見る貌とジピコスを見詰める表情は全く変わったのだから。

 

 

「誇り高きピューリー!わっ・・・死しても・・・誇りは死なずっ!」

 

死亡フラグが立ちそうな台詞を、腹から絞り出す様に大声で叫ぶと、ゲーテの瞳に色がみるみる内に戻ってくる。

まだ何か狙いがあるのか、跪くジピコスの様相を見て、明らかに苛立ちを隠せない。

睨み付ける戦意も無くなっていたゲーテが再びシェリルに視線を戻すと、

 

「貴方の誇りって弱いってことなの?喚く・だ・け・しか出来ない癖に。」

 

小馬鹿にした様な表情でシェリルが見下ろしているゲーテに、子供にでもいい訊かせる様にそう言うと、尚も睨み付けて来るゲーテの顎目掛けて、かかとを踏み下ろして気絶させた。

 

「ヒール。」

 

「せめて一撃っ!」

 

顔に縦線が大量に下がった様に疲れきった表情で、凛子が魔法を唱えてゲーテが意識を取り戻すと、大きく息を吸って全身をバネの様に撓ませてぐるんと躰を翻し、シェリル目掛けて襲い掛かりながら言い放つ。

すると、下から掬い上げる様なゲーテの爪を上半身を反って躱し、

 

「甘い、頭が空っぽだったりする?」

 

 

「何故っ、届かなっ・・・」

 

余裕たっぷりなシェリルと狙い済ましたつもりだったのに、見透かす様に躱されて驚愕のゲーテ。

被り気味でそれぞれが叫ぶと、そのまま半回転するムーンサルトキックでシェリルは反撃の一撃を、躱され空を切った為に無防備になったゲーテの後頭部にゴキンっと爪先が食い込みゲーテの叫びは途中で途絶え、更にもう片足のかかとをお見舞いした。

すると、群集の中からその美麗な技に拍手が上がる一方、嫌な音が響いた事で悲鳴も上がる。

 

「ヒール。・・・シェリルさぁんー、わたしが死んぢゃう。」

 

ムンクの叫び宜しく、衰弱し疲れきった表情でヒールを唱えた凛子が、顔を覆ってしゃがみこみ更に俯いて肩で息をする。

限界を越えて魔力量がゼロになった、そういう事なのではないか。

 

「そう。後は見てて、本気出しちゃうよっ。」

 

凛子の疲弊っぷりを見て。

ああ、無理させ過ぎちゃったかな?後でいっぱい可愛がって上げよう!等と一人考えていたシェリルは愛らしい笑顔でぶんぶんと手を振りながら凛子にアピールして、俄然やる気になった。

ゲーテにも切っ掛けがあれば、満足いく形で謝罪させる事は出来るんじゃないか?と。

 

「・・・な、なんだと?・・・本気?」

 

切っ掛けがゆるりと既に、その場に出ていた様でゲーテは驚愕の事実に、絶句。

ゲーテは勿論、群集もざわつく、当然だ、リンチでも受けている態になっている二人に対し、シェリルには返り血こそ付いているものの一切の傷も怪我も無いのに。

今のは本気じゃなかったんです、てへぺろ☆など言い出されては。

 

「うん、・・・ごめん。わたしが普段使ってる武器は槍じゃなくてこれ。今から死ぬ気で殺されなさい?」

 

ごめんと言う言葉と裏腹に全く悪びれずにこやかな笑顔でそう答えると、取り出したのは使い込んだ蒼い刀身の長剣。

凛子がポシャったので、今からラストステージ、もう回復は無い。

 

「嘘。バカげてる・・・一度も触れられ無いのに、本気出しちゃいねえだって・・・やめだ。」

 

肩で息をしながらも視線が凛子に集中する隙に立ち上がり、距離を取っていたゲーテがシェリルの握った長剣を見て、更に今のは本気じゃなかった事を知って壊れたからくり人形の様にぽつりぽつり呟くと再び、意気消沈し戦意を散らしたのか、口を開いたままシェリルの瞳を見詰める。

外見は唯綺麗なだけの、どこにでもいそうなエルフで、違うのは珍しい黒髪と、キチガイめいた技とその言動。

 

 

「ん?毛ほども触らせないで殺すんでしょ、実行したげてるのに。」

 

そう言って素振りをするシェリルだが、その素振りだけでゲーテは血の気が引いていった。見えない剣の軌道、更には魔法か何かコーティングがされているのか、ビュンと言う風切り音の後魔法でも無いのに頬を剣閃が掠めて、確かにボロボロになってもいる。だがしかし、新しく傷付き、血が滴となって垂れたからだ。

 

「悔しいが、そ、そっちの条件で詫びを入れよう。」

 

膝立ちになり、そう言うゲーテの声は震える。

自分の知らない未知の強さを見せつけられ、もう何かをしようという気にはなれない、更に改めてシェリルと言う化け物エルフの怖さがゲーテの心に刻み付けられた。

 

 

「う、・・・生まれて来てごめんなさい・・・!」

 

情けない台詞を口にする自分に苛立ち悔しさが溢れて堪らず、シェリルを睨み付けてしまった、それがいけなかった。

途端に、愛らしい笑顔だったのがゲーテの見慣れてしまった美しいが、ゲーテにとって恐怖感を刷り込まれた、嫣然とした見る者を魅了する微笑みに変貌してゆく。

 

「誰が許す方なのかな?」

 

ドンッ!声に出したのが早かったのか、それとも渾身の飛び膝蹴りがゲーテの額に炸裂したのが早かったのか、それは解らない。

シェリルは片膝立ちのゲーテに目を落とし、

 

「睨みながら謝るって、なぁに?本気で死んでみる?」

 

構えた長剣をゲーテの首筋に近付けてそう言うとシェリルは更に続けて、

 

「本気出しちゃうよ?」

 

 

そう言いながら、膝を付いていない方の足の甲を踏みにじって。

 

「ゲーテ・・・平伏しろっ、神に喧嘩売ったんだ俺達ゃぁ。」

 

ジピコスは跪いたまま、ゲーテを諭す様に忠告する。

さすがにゲーテも理解したのか、

ジピコスの言葉に逆らおうともせず、

 

「神か・・・そう、思おう。」

 

そう言うと、跪いて両膝両手を地面につけ、

 

「う、生まれて来てごめんなさい・・・」

 

更に頭をさげて震える声でゲーテが謝罪の言葉を口にする。

しかし、ジピコス以上に食い下がったゲーテに対してはシェリルは厳しく、

 

「まだ頭がちょおーっと高いと思うんだけど。」

 

 

魅惑的な微笑いを顔に張り付けたまま、その瞳は冷たく、鈴のなる様な凛とした口調で更なる要求を口に出すと、頭をさげているゲーテの頭頂部を足で踏みつけ、地面に無理矢理めり込ませようとして体重を乗せて押し付けた。

不条理で、無慈悲で、無茶苦茶な、やり口で要求である。しかし、この性悪エルフを満足させるまで終わらないのだ、ゲーテは地面に伏しながら泣いた。

 

「神よ、赦して。許して、許して、許して、・・・ごめんなさい!」

 

 

泣いた、哭いた、吼えた。

本能的な恐怖感だろうか、ゲーテは冒険者となってここまで大声で泣く事などなかったのだが、それを知っているジピコスも同じ様に涙を流し始めて、やはり哭いた。

天を突んざかん程に。

こうなると群集から再び、止んでいた罵詈雑言がシェリルに浴びせられる事になり、さすがにもうシェリルの擁護をする声は無くなった。

 

「ね、なんかさー。」

 

いつの間にか、シェリルは長剣を仕舞い天を見上げていたが、不意に凛子に視線を移しそう訊ねた。

 

「・・・何?シェリルさん。」

 

一方凛子は気分が悪かった。

風邪とは違うのに病気の様な苦しさ、吐き気を伴うこれは・・・魔力酔いの何かのようだった。

取り合えず、しぶしぶ答えると、

 

「なんかさ、わたしが悪者っぽくない?」

 

そう言うと、シェリルは不思議そうに納得が行かないようにコテンと小首を傾げて凛子を見詰め返す。

 

「・・・今更。」

 

凛子はそれだけ返事を返すと、気分が優れない様で俯いてしまう。

 

「野良犬に躾してただけなんだけど、なんで悪者っぽくなっちゃうかなー。」

 

シェリルは凛子にも悪者っぽく見えていた事に合点が行かないように、立てた人差し指を口元に寄せてそう言って明後日の方向に視線をやる、状況を整理しているのか違う事を考えているのか。

 

「心を折っちゃうまでやるから・・・じゃないかな。」

 

顔を上げて無理に笑ってそう言うとまた俯いてしまう凛子の言葉に、そうだぞ!、そうだ!と群集からも凛子に賛同する声が多数上がった。

 

「喧嘩売らせた人が極悪じゃないかな、と思うんだ。」

 

シェリルが状況を整理した結果、行き着く解はそう言うことなんじゃないかとシェリルは凛子に近寄ってしゃがみこみ覗き込みながら答えた。

 

「・・・ああ、ヘクトル。」

顔も上げずに凛子は頭を抱えて、そう言えばそうだったと思い当たる。

カルガインでも喧嘩を売られた理由の半数にヘクトルが絡んでいたのを思い出して。

 

 

「まあ、暇潰しさせて貰えたのは感謝するけど、普通に。」

 

シェリルは立ち上がって、ゆっくりまったりそう言いつつ、吹き始めたそよ風に長い黒髪を遊ばせながら内心は、さすがにそろそろヘクトルにも謝罪させなきゃかなー?など思案していた。

 

「もっと歯応えが欲しかったかなー。」

 

 

 

 

 

「姐さん、姐さん。」

 

外はもう夕暮れ。

シェリルは迷惑料込みで酒場と向かいの商店2店舗に充分な弁償をして、凛子の看病すっかり済ませるとこんな時間になったのだが、まだ酒場に入り浸っていた。体を動かしたのですっきりと酔いがどこかへ行ってしまったので飲み直しと、いった感じで。

そこに面倒な客が二人、姿を現した。

 

「・・・ズズ。」

 

「姐さん、俺言いたい事があるんです。」

 

「ろくでもない事言ったら───理解るわよね?」

 

不機嫌でも笑顔でも無いシェリルはグラスと酒からは一切手を離さず、更には二人にも視線を合わさない。

だが二人の片割れ、ゲーテが無理矢理シェリルの視界に映ろうと回り込んで喋り掛けて来たのでゲーテと、ジピコスが嫌になったあの恐怖を刻み付けられた婀娜っぽく、見る者を魅了する微笑みで答え返すシェリル。

 

 

「ヒッ!・・・ええと、俺!姐さんの舎弟にしてくださいっ。」

 

ゲーテは腰の横で手を揃え、頭をさげてそう言った。

口調は真剣その物。

 

 

「おい、ゲーテずりぃぞ。俺、誓えます。こいつより姐さんの腕に惚れこんでんす。舎弟に加えて下さいな。」

 

同じ様に視界に滑り込んで頭をさげるジピコスは隣に並ぶゲーテの頭を更に押し下げながらお願いしてくる。

 

「・・・え?なんで?」

 

「「舎弟にしてくださいっ。」」

 

何が何だか解らないといった感じで、コテンと小首を傾げるシェリルの問いに、二人揃って更に頭をさげてお願いされるとシェリルは、

 

「人の話は聞こう?ぶちのめされてなんでそうなった?」

 

困ったような表情でそう言って問い掛ける。

ジピコスもゲーテも恨んでいる筈で、シェリルの考えの中ではシェリルは刺されてもおかしくないと思っていた程なのに。

 

「姐さんより強い奴を見たことがありませんっ。」

 

「姐さんの舎弟になりゃあそれだけ経験が積めると思うんす。」

 

二人が話し合い反省会を開いた結果、その解は経験の差と言う事になったようだ。

 

 

「───ないない、わたしはそんなんじゃないし。あんなの唯の暇潰・・・あっ!」

 

顔の前で手を大袈裟に振って見せて否定するシェリルが、ついつい口を滑らせてしまった。

 

 

「あーあー、ゲーテが意識失っちまったよ。さすがにあれを暇潰しって言われちゃ種の誇りもグチャグチャだよなぁー!」

 

一方的に、手加減されて嬲り殺しにあったゲーテは余りのショックにぷつんと操り糸が切れた人形の様に、テーブルの横で倒れ込んで白目を剥いて気絶してしまったのだ。

 

「ってわけで、ゲーテはどうでもいんで俺を舎弟に。」

 

「そんなもん募集してないし?」

 

「村に居る間は暇なんでしょ?役人の来るまで、村を離れるまで・・・暇潰しに俺と、このビビりに稽古付けて貰えませんか?」

 

酒はあくまで飲み続けながらジピコスとやり取りする内、しぶしぶシェリルは二人を舎弟にする事を了承してしまった。

ジピコスの口ぶりに上手く乗せられ、妥協してしまう様に誘導されて行ったのだが。

期限付き、村を離れるまで舎弟として稽古をつけて欲しいジピコスの話はそう言う事に納まった。

 

「まあ、暇潰しなら。いっかな?でも、お前らさ、獣臭いから風呂は毎日入れよ。」

 

暇潰しと念を推して承諾するシェリルだったが、もう一つ獣人達には聞き慣れない言葉で理由立てた。

カルガインでは市井にこそ少ないがあるにはあるもの、風呂。

サーゲートには珍しいを通り越して言葉ですら存在しないようで直ぐ様ジピコスが気絶したゲーテを揺り起こし相談中となるも・・・解らず、答えが導き出せないで、

 

「ふろ?とは。何です?姐さん。」

 

 

ゲーテがぐいとシェリルの鼻先まで近づいて顔を覗き込み興味深そうに訊ねる。

そこで漸く、シェリルもまだ村に着いて一日しか、経っては居ないものの風呂を見てなかったなと思い出し、

 

「樽に入って湯入れれば?」

 

そう言って今、思い付いた風呂っぽい事が出来そうな状況を、作り出す事柄を簡潔に説明する。

たまたま樽が入り口の扉の横にあるのを目に止めたからだった。

しかし、

 

「湯だりますけど?」

 

ゲーテはどうも沸騰した湯を、ゲーテなりが樽に入った状態でそのまま流し込む絵を頭で想像したらしく、途端に青い顔をしてシェリルに答えると、うんざりした顔でシェリルがどうもゲーテの顔が近すぎたらしく、ぐいと手を伸ばして横っ面を押しながら、

 

「・・・面倒くさいなぁ。手突っ込んで温いぐらいで樽に入ればいいじゃない。」

 

ふぅ・・・と嘆息混じりにそう言って右の掌の先にあるゲーテの顔に視線を移す。

こんな事を説明しないと、この能無しには伝わらないのかと言いたげに、それでも頬に朱が差したシェリルは愛らしかった。

そんなシェリルの言葉を、脳内で目まぐるしく考えていたのだろうゲーテはピンと閃いたのか、知識の中に近いものを見いだせたのか掌に拳を載せてポンと手を打ち、

 

「ああ、温泉ですか?」

 

ニンマリと笑ってこれしかない!と言う答えを口にする。

すると横からジピコスが口を挟んで来て、

 

「なんだ、姐さん。温泉かぁー、この辺にあるんすかね。」

 

軽口を叩く様に屈託無い笑顔でシェリルを見詰めてそう言って問い掛ける。

 

「ジピコス黙れよ・・・」

恨みがましくゲーテがジピコスにそう言うと、平手でツッコミをする様に頭をドツいた。

 

「へいへい、へぼリーダー。」

 

「表出ろ、お前!」

 

すると、シェリルが口を開こうとするのを無視して二人はちょっとした喧嘩のつもりだろうが、言い合いになりシェリルの機嫌がすこぶる悪く、その表情は言い合いをする間にまず無表情に変わり、憂鬱そうな表情に、次に眉を吊り上げプルプルと震え出し、遂にはまた婀娜めいた魅惑的な表情で二人を順繰りに見詰めていた。

もう、何を言おうとしたか忘れてしまった様で、それすらどうでも良くなってしまった嫌いがある。

もう、内心はこうなっていたのだから、『まぁだ、人の言葉を吐けるだけの野良犬なのね、また磨り潰して躾しなおさないとね。』

 

 

「なぁに言ってんだよゲーテ、姐さんが黙ってねぇぞ?俺は舎弟なんだからな!・・・ひっ!」

 

シェリルの表情の移り変わりに気付く隙なく言い合いを続けるジピコスは虎の威を借る狐宜しく、ゲーテに向かってそう言いシェリルの目を、表情を見てやっと気付けたのか低く呻いた。

 

「二人供・・・さっさと温泉探して───来るわよね?」

 

この魅惑的な表情でそう言うシェリルは二人に取って最上の恐怖しか産まない。思わずジピコスとゲーテ、二人の上擦った短い叫び声がハモって酒場に響いた。

 

 

「「ひぃっ!」」

 

 

 

「リヴィンス火山も近いし、確かに温泉も有るかも知れません、が・・・何処にあるんでしょう?」

 

「それを探すんだよ?」

 

ゲーテがシェリルに訊ねて、さも当然の様ににこにこ微笑ってシェリルが答える。

ゲーテが口にした──リヴィンス火山、サーゲートの北東にある大きな活火山で、まず人は近づかない。

命知らずのすご腕と言われる冒険者でも行って帰ってくるのは一握り、凶悪なモンスター、特に毒竜が数多棲息地としている上に、あちこち有毒ガスが吹き出し来る者を拒んでいるかの様な火山である。ゲーム中も滞在するだけで体力がみるみる内に減るといった演出が成され中級ユーザーもちょっと素材を取って引き揚げるしか手が無いようなエリアだった。

近いだけで、この村の辺りには有毒なガスは流れては来ないし、ゲーテも面倒と思ってそのエリアを口についつい出してしまったのかも知れない。

 

「俺らが?」

 

「うん。」

 

飛び切りの笑顔でシェリルがジピコスの問いかけに答える。もう、内心は温泉の事でシェリルの頭はいっぱいだったに違いない。

二人に対する我儘めいた怒りは温泉と言うワード一つでどこか行ってしまった。

 

「へへ、しょーがねえなあ、姐さんの為に温泉探しに出ますわ。」

 

「村長に聞けば解るんじゃないか?ジピコス。」

 

「そうだな、じゃあ言ってきまっさシェリルの姐さん。」

 

思えば嵐の様だった二人は、シェリルの一方的な思い付きの我儘な命令で、温泉を探しに出ることになり酒場を後にする。

虎と狐の獣耳を視界に捉えて見送りながら、思い出した様に止まっていた酒とグラスに手を伸ばして、注いで一気に煽って嚥下するとまた酒を注ぎながらポツリ、

 

「さてと、

これで暇で暇で堪らない日々は無くなっちゃったなー、うん。まっ、いっか───ズズっ。」

 

あくまで蟒蛇。カルガインでもサーゲートでも場所が違っても、起こる騒ぎと飲み干す酒の量は変わらず、それがシェリルの、笹茶屋京のこの世界での日常でしたとさ、チャンチャン!

 

 

 

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