† オーバーロード Alle Mitglieder †   作:八朔日

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ハーメルン初投稿になります。
諸々至らぬ点が多々あるかと思いますが、どうぞよろしく。


ヘロヘロさん回顧して曰く

 

 そうだなぁ……ああ、その日も忙しかったよ。

 ただ当時はそれが普通で、疑問を抱く余裕も無かったくらいで。

 だからいつもの様に仕事絡みで方々から送信されて来たメールを捌いていた時、何だかやけに久し振りに感じる送信相手の名前に……まぁ、酷い違和感を覚えたものだっけ―――

 

                      ◆

 

「―――モモンガさんから……? ……へぇ……そうなんだ……」

 それは、こうなる前に遊び倒していたDMMO-RPGで所属していたギルド長からのお誘いで。

 要約すると【サービス終了の日にゲーム内で会えませんか】との事だった。

 日付を確認すれば二週間後。

 調整しようと思えば出来ない事も無い。

 ただ……

「……ユグドラシル、終わるのかあ」

 溜息と共に椅子に深く座り直し、軋む音を聞きながら天井を仰ぎ見る。部屋の照明は薄暗く、ぼんやりと見える天井からは何か迫ってきているような錯覚を覚えた。

 目元をマッサージする。

 そう言えば最後にログインしたのはいつだっけ? 転職が決まってそう間もないくらいだったから……結構経ってしまっている気がするな……。

 そう、転職。

 確かに自分の能力を存分に活かせる場に恵まれた事は嬉しかった。

 ただ、その感情が摩耗する程に日々の膨大な業務に晒されて、今日がいつで明日がいつなのかも曖昧になった辺りで……やっと後悔した。寝て起きたら明日になっていた頃が懐かしい。

 とはいえ後の祭りだ。

 再転職と言う手もあるらしいが、転職先を探す余裕が無いし、今の職場から僕が抜けたら他の皆への被害は甚大。恨まれるだろうし、朝刊一面……はまぁ言い過ぎにしても、どこかに名前が載りかねない。

「楽しかったなあ……あの頃は」

 無論ゲームは楽しくて当たり前で、楽しくなければプレイする価値も無い。そしてユグドラシルはアインズ・ウール・ゴウンにて仮想現実を過ごしていた当時の僕は、人生史においてトップクラスにゲームを楽しんでいた。

 少々感慨に浸った後、ユグドラシルを起動。別に今すぐだなんて余裕はないが、アップデートだとか色々あるに決まっている。当日、もし余裕があった時になってから慌てたくはない。

 案の定アップデートデータは大量にあり、即座にアップデートを始める。

「結構時間かかるなあ……まぁいいか、とりあえず放置で」

 日付とユグドラシルと書いた付箋を仕事用のボードに貼って、僕は仕事に戻った。

 

 そして―――二週間と言うのは一瞬に近い。

 

 気が付けばその日であり、二週間前の自分の配慮に感謝した。

「これ絶対間に合わなかったよなあ……」

 何せ久し振りに遊ぶのだ。DMMO-RPG用の必要機材をどこにしまったか思い出せなくて、軽く部屋をひっくり返すのに結構時間を費やしてしまっている。

 これでアップデートとか何とかとかやっていたらと思うと……モモンガさんには悪いが寝る方を優先してしまっていただろう。

 機材の埃を払いつつ、とっくにアップデートが完了していたユグドラシルを起動。

 ヘッドマウントディスプレイ型のデバイスを装着し、ゆったりと椅子に座り直して瞼を閉じる。

 懐かしのオープニング画面、ミュージック。ああそうそうこういうのだったよと思いつつ、ゲームに入る前に自分のアバター等をチェック。

……そう言えばこんなんだったか。

 紫色の……エルダーブラックウーズ? を見ながら少し感慨に耽る。

 そう言えば何処からスタートになるんだろう? まさかギルドの本拠地が未だに維持されているなんて事はないだろうし。入ったらとりあえず〈伝言〉(メッセージ)でモモンガさんに連絡入れないとな……。

 そんな事を思いながらゲームにダイブした。

 一瞬の浮遊感。

「…………」

 そして目に飛び込んできたのは、大画面で繰り広げられる多対多と思しきムービー。

 冷静であれば、これはギルド最大の危機にして最高の魅せ場だった1,500人の討伐隊との戦闘シーンである事に気付けた筈だ。

 しかし僕は冷静ではなく、呆然と繰り広げられる激闘の様を眺めていた。

「あっ」

 不意にそんな声がして映像が止まり、画面が消える。

 次いで連続する軽爆発音。

 飛び散る色とりどりの紙吹雪とか。

「え?」

 そして僕は我に返った。

 そうだここはナザリック地下大墳墓の円卓の間だ。

 円卓上にスクリーンを表示してムービーの観賞とかをよくやっていたのを思い出す。

「ちょ」

 ここがまだ存在してたのかとかあんな高解像度のムービーどこにあったんですかとか、そんな事は些細なもの。

「どういう事ですかこれー!?」

 叫ぶ。他に何が出来るだろう。

 そうしたら周りから一斉に笑顔のアイコンが表示された。

「ハハハハハ、まあ分からんでもない」

「一般的にはこれビビるよね、俺もビビったし」

「ヘロヘロさんおっそーい!」

「このクラッカー計画発案したのいつものあいつだからねー」

「お久しぶりです、元気してました?」

「明美が……来れなかったのが、残念」

「社畜まで来るとかギルドの真の結束力パねえな」

「いやーまさか全員来ちまうとはねぇ~」

「つーかさ? みんな暇過ぎじゃね? こんななら普段からインしても良かったんじゃね?」

「バーカ今日は特別だから皆来たんだろーが」

「そうそう、モモンガさんから連絡来なかったらどうなってたか」

「まー引退してたしね、俺ら」

「ギルド長直々の召還状の上に最後の日とあれば、時間を空けぬ訳にもいくまい」

「ま久し振りだったから色々あったりしたけどねぇ~」

 騒がしい円卓内。先程周りから一斉に放たれたクラッカーの中身がエルダーブラックウーズの身体に触れてぶすぶすと溶けているが、そんな事はどうでもいい。

「ちょ……何……皆揃ってるならそうと先に言ってくださいよ、それならもっとこう、後一時間でも早く来れたかも知れないのに……」

 円卓を見回せば全ての席が埋まっていた。

 つまり、アインズ・ウール・ゴウンのメンバーが揃っている。

 有り得ない事が有り得ていた。

 僕がこのゲームを遊んでいた頃でも、全員が揃うなんて言うのはある時期以降皆無になったのだ。それは先の討伐隊を撃退した一ヵ月後辺りからか。なんとなく【エンディング来ちゃった感】がギルド内に蔓延し、以前程の情熱をゲームに傾けられないような雰囲気が出来てしまっていた。

 言うなればゲームに満足してしまったのだ。

 それは本当に些細な事で、何かちょっとした切欠の一つでもあれば簡単に払拭できたんじゃないかという程度のものだったのだが……一人また一人とそれぞれの事情から顔ぶれが減っていく方が早く、モモンガさんはベースが骨格標本なのにそれと分かるくらい寂しそうにしているのを―――ああそうだ。

「モモンガさん」

 飾られたギルド武器を背に、顎が凄いギルド長は僕の方をじっと見つめていた。

「モモンガさん、いや、なんだか……すみません。まさか僕が最後の一人だったとは」

「いえ、良いんですよヘロヘロさん。こうして来ていただいただけでもありがたいですし、それに全員が揃うなんて……本当、思ってもみませんでしたから」

 モモンガさんの相変わらず人の良さそうな声と仕草、そして感慨深げな言葉。

 正直、ユグドラシルがサービス終了するとの連絡には大して心は動かなかった。

 だがこうしてダイブし、モモンガさん―――どころか全員が揃っている円卓の間に存在し、皆の声を聞くとあの頃の感情が一気に自分の中に戻ってくる。来て良かった、本当に。

「……でも驚きましたよ。勢揃いしているって言うのもありますが、このナザリック地下大墳墓がまだ存在していたって事に。維持費とか馬鹿にならなかったでしょう?」

「ああ、まぁそこは……ソロでもそれなりに効率良く稼げますからね」

「ソロ……?」

 少し言い難そうなモモンガさんの言葉に思わず声が零れる。

 てっきり誰か他の……二人か三人かで組んで稼いでいたと思ったのに。

「ヘロヘロさん知ってた? モモンガお兄ちゃんったらずーっと独りでとナザリックを維持していたんだよぉ?」

 そこへ卑猥な肉棒が震えながら可愛らしいアニメ声を発してきた。

 懐かしいなこの違和感……。少し視線を巡らせば精神的ダメージに身体を震わせるバードマンも居て、ああ、この姉弟も相変わらずなんだなとしみじみ思う。

「茶釜さん……そうだったんですか。……何か、改めて申し訳ない気分です。少しでも手伝えれば良かったんですが……」

「そんな良いんですよ、いつギルドのメンバーが戻って来てもいいように私が勝手にやっていた事なんですし、リアルは大事ですし。それに……こうして奇跡が起こったんです、昨日までの苦労なんて吹き飛びましたよ」

 楽しそうにモモンガさんは言う。

 奇跡。

 確かにそうだ、引退を宣言し、モモンガさんに装備を預け、そして二度と戻る事は無いと思われた引退者達。僕のように自然消滅的に現れなくなった者達。それが最後の日だからと駄目元で連絡入れたらそれだけで全員がやって来たのだから。

 モモンガさんがどのタイミングから円卓に居たのかは知らないが、続々やって来るギルドメンバー達にどんなリアクションをしただろう。……あ、見たかったなあそれ。

 等と思いつつ、二度三度モモンガさんと日本人らしいやりとりを続ける。

 こちらが申し訳ないと言うもモモンガさんから気にしてないですよ大丈夫ですよと返されるので少々参ってしまう。多少なり責められた方が精神的には楽なんだが……まぁモモンガさんだしなあで納得する事にした。

「それでどうする? ムービーの続きでも良いけどさ」

 そうして僕とモモンガさんの話が一区切りついた所で、先程のバードマン―――ペロロンチーノさんが軽く片手を挙げつつ言う。

 視界に表示されている時間を確認すれば22時40分。ユグドラシルの終了まで後80分か……。

 正直睡魔が結構キツいが、多少の無理をしてでもこの場を辞するのは避けたかった。

 今を逃せば次は間違いなくないのだから。

「ナザリック観光するには時間が足りないし、ムービーはまあいつでも見れると言えば見れる」

「自分の製作物見て回る……程の時間もないか」

「一日潰すどころの騒ぎじゃ済まなさそうですしね」

「今更表に出て運営主催のさよならイベントに顔出すってのもな。……AOG勢揃いだからって流石に予定を変更してPK祭りにはならないだろうけど」

「いんや、分からんぜ」

「そうだな、何せユグドラシルの運営だ」

「説得力ありますよねー、それ」

 笑いも混じりつつ今後どうするかを話し合う。と言ってもあれこれ言うだけで纏めようと言う気概に欠けているのは古式ゆかしいブレーンストーミングの段階だからで、つまりは、

「まぁ最後までナザリック内で過ごすとして……モモンガさん何かあります?」

「あ、そうだね。ギルド長とか以上にナザリックもアインズ・ウール・ゴウンもモモンガさんが居たからこそ存続できているんだし」

 こうしてモモンガさんに視線が集中する懐かしくもいつもの流れだ。

 皆分かっていてやっているのだろうし、モモンガさんも嬉しそうに見える。 

「んー……そうですね、じゃあ……とりあえず皆で玉座の間に行きませんか。以前から最後の瞬間をそこで過ごそうと決めていたんです」

「……成る程、それも良いな」

「思えばあの時あそこまで攻め込まれてみた方が良かったかもなー」

「そうかー?」

「あ、じゃあさ、記念撮影もしちゃわない? ここでこうして揃うなんてもう無いんだし」

「そうだねぇそうしよそうしよ」

 すると皆口々に賛同の意を示し、少し前まで全く纏まりを見せなかったのが一気に纏まった。

 アインズ・ウール・ゴウンでは良く有る光景なのだ。

 モモンガさん自身は自己評価が低いようだけど、このギルドメンバーをしてこの様に纏め得るのはモモンガさんをおいて他にいない。たっちさんが彼をギルド長に推した際に誰も反対しなかった時点で少しは誇っても良いくらいなんだけど……まぁ、その辺りを鼻にかける様なモモンガさんでは無いのも分かってはいる。

「記念撮影かぁ……あ、それなら皆さんの装備を残してありますから……折角ですし皆で取りに行きましょうか」

 ただ、モモンガさんの発言には彼を除く全アインズ・ウール・ゴウンが驚いた。

 それも結構引き気味に。

 その空気を察したモモンガさんは「あれ?」って感じになっていたのだが、すぐに誰かの咳払いが雰囲気の変化を引き留める。

「ま……まさか装備が保管されているとは思いませんでしたよ」

「ぅそうそう、ビックリだよガチで」

「あっじゃあ往年の純銀の聖騎士とか伝説の大魔術師とかの御姿が見れちゃうって訳?」

「お前そういう所だけはすらすら覚えてやがるのな」

「あったねー二つ名。懐かしいったら」

「自称はともかく周りから勝手に呼ばれるのはしょうがないよねぇ~」

「いやーアカウント消してもアバターとかのデータがサーバに残されてて良かった!」

「全くだ。アバターとレベルがそのままだからこそ価値も出ようというもの」

「再インストールしたらまさかの以前のデータを引き継ぎますか? だもんねぇ」

「イベント進行不能とかの対策なのかな」

「どこぞのイベントが達成不可能になってもワールド舐めんなとか真顔で抜かして対応しなかった運営がそんな事するとも思えんが」

「それはワールドアイテム絡みだからじゃない?」

「じゃあギルドが残ってたからとか」

「……何か特定の条件に必要なのかも。隠し職とか」

「まーなんであれ一般的にこれでごめんレベル1の別アバター再スタートなんだわってなってたら厳しいしどーでも良いは良いんだが」

「ま、まぁそこは……流石に、うん……」

 そして皆が喋り出した。

 誰だってこんな時に沈んだ空気になるのを望んじゃいないし、話題が出れば勝手に進んでいくし脱線もする。数の暴力だな。

「あーとにかく、移動しましょう移動。時間がもったいないですよ」

 となればモモンガさんが両手を上下させながら道筋を正すのは当然で、その結果円卓の間に小さな笑いが起こった。

 年単位の間があったにも関わらず、いざ全員揃ってみればあの頃のまま。各々思う所はあるだろうし、これがサービス終了の日だからと言うだけに過ぎないのも分かっている。

 だけれども、惜しい。

 この時間をこうして共有できるのが今日で最後だという事に。

「……じゃあ、引退された方に指輪再配布します。皆さんの装備が保管されている宝物殿はこれがないと入れませんからね」

 笑いが収まったのを見計らって、モモンガさんは手元に表示されたコンソールを操作して引退組にギルド内での転移を可能にする指輪、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを渡していく。

 同時に非引退組はそれぞれ自分のアイテムボックスから指輪を探す。

 探すのだが。

 えーっと……待てよ、確かショートカットに登録……されてないな。あれぇ? すぐ取り出せる所になんで無いんだよ数年前の俺ー。

 等々ブランクもあって手間取っていたら、モモンガさんが引退組に指輪を配布し終わる方が早かった。

「では行きますよー」

「っとその前にモモンガさん」

「はい?」

「忘れ物があるんじゃないですか?」

 今まさにせーので宝物殿へ転移しようという所でたっちさんがまったをかける。

 ワールドチャンピオン専用装備ではないにしても、アイテムボックスに残っていたのであろうガチガチな騎士装備で固めている辺りあの人もブレないなあ。

 ともかく、自分の後ろを指差されて回れ右したモモンガさんは、ギルド武器

 

“スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン”

 

 と対面する。

 あの黄金の杖を完成させるためにギルド全員が多大な労力をかけた事は良い思い出だ。

 と言うよりあそこまでするとか馬鹿じゃないのかとも思えてくる。

 装飾にあしらった7つの宝玉なんてもう出ないよ止めようよと言う意見が蔓延しそうになると必ず手に入ったので、運営に監視されてるんじゃないか? 説まで飛び出たっけ。

 無論、当時はそういった諸々をも存分に楽しんでいたのだけれど。

「……しかしこれは……」

「良いんじゃないですか、今日で最後なんですし」

「そうそう、あの時ですらとうとう持ち出さなかったんだから、今日ぐらい装備してあげないと」

「折角作ったんだしねぇ~」

「似合うだろうなーカッコいいだろうなー」

「ギルド長なればこそギルド武器を一度は運用すべきだな」

「はい、じゃあモモンガさんがギルド武器持ち出すのに賛成な人ー」

 躊躇し、振り返るモモンガさんに皆で畳み掛け、41人中40人が手を挙げた。

「と言う訳ですから」

「そういう事なら……分かりました、最後ですもんね!」

 笑顔アイコンを発するたっちさんに応じて笑顔アイコンを発し、モモンガさんは黄金の杖へ向き直る。

 多数決に逆らう事は例えギルド長であっても不可能だ。

 少し厳かになった雰囲気の中、モモンガさんは黄金の杖に向かって歩き出す。

 そうして静かに回転を続けていた黄金の杖を手にすれば、恐ろしげなオーラが発生し、モモンガさんの手にすっきり収まる。

 思えば黄金の杖のデザインはおろか装備時に発生するオーラのエフェクトに至るまで一体何時間を議論に費やしたのやら。

 そう考えるとやはり最後だけでも実際に装備した実績が出来たのは良かったと思う。

 モモンガさんは黄金の杖を手にしたまま感慨か何かに耽っているのか、少しの間を置いた後、颯爽と振り返って宣言した。

「では行きましょうか、宝物殿へ!」

 黄金の杖を手にしている事で貫禄が増したモモンガさんの言葉に、返事がぴたりと揃ったのは偶然にしては出来過ぎだ。

 誰かの苦笑が聞こえた気がしたが、直後に指輪の効果が発動して視界が暗転。

 宝物殿に転移したアインズ・ウール・ゴウンのメンバーを迎えたのは黄金色の山だった。

 まぶしい。すごく。

「おお~、この財宝の山をまた見る事になるとは」

「いや壮観壮観」

「この手の山が後いくつあるんだっけ」

「そらお前……沢山だよ」

「整理しきれないアイテムが金貨に埋めてもあるんだっけーこれー」

「確かそのは、ず……ん? いや待て。どういう事だこれは……」

「え、あれ? ……減ってなくない?」

「マジだ」

「流石に全然て事は無いだろうけど……」

「うへぁー」

 久し振りの黄金色の風景に感嘆した所に何人かが疑問を口にし、調べてみればギルド資金の桁が兆のまま。

 いくらモモンガさんが効率良く稼いでいた所で、ナザリックの維持費によって結構減っているだろうと皆が思っていたのだが。

「モモンガさん?」

 これは一体!? とばかりに40名の視線がギルド長に注がれる。

「いやぁ……ほぼ手を付けてないだけですよ?」

 何故か照れくさそうなモモンガさん。

 これはあれか、ギルドの資産を独断で動かす訳にはいかないとか言う感じか……?

 まさか独りで延々金策を……?

 いやいくらなんでも……時間かなりかかるんじゃ……。

 視線が彷徨えば、同じような思考に至っていたのか周りの皆と知らず目線が合う。

 こう……嫌な予感と言えば失礼なんだけど、でもそんな感じの奴。

「私一人の判断では独断になってしまいますから、極力ギルドの物には手を付けない様にしていたんです」

 そして的中。

 これにはモモンガさんを除く全アインズ・ウール・ゴウンが引いた。

「一般的にこれは激重……」

「いかん、モモンガさん割と入れ込み過ぎるタイプだったか」

「ブラックホール出来てない? ……魔法じゃなくて宇宙の奴」

「やべぇよ……やべぇよ……」

「一体どれ程の……」

「どうしてこんなになるまで放っておいたんだ……」

「モモンガさん……つまりえっと……うわぁ……」

 慄きにも似た状態で皆の口から感想が零れ落ちる。

 小声ではあるが精神的ショックはかなりキツい。

 装備が残っているのはともかくとしてもこれは……流石に……。

 だがしかしこれは引いた側全員の連帯責任とも言えるか。

 40人も居てその中の誰一人としてモモンガさんのユグドラシル愛の深淵っぷりに気付けなかったのだから。

「……あれ?」

 あれ? じゃないですよモモンガさん。

 さっきも似た空気になりかけてましたけどその時も首傾げてましたよね。どんだけ天然なんですか。萌えキャラ気取りですか。あざとい。あーでも前々から割とそういう所がありましたっけね、じゃあつまり素でこれか。……成る程、茶釜さん以下女性陣が只ならぬ話題で盛り上がっていたのも今なら分からないでもない。一端離れて冷静な視点を得たらこんな事に気付かされるなんてどうなってんだ。

 ともかく……今は停滞した空気を動かさなきゃならないか。

「……ぅあー、えーっと、お疲れ様でしたモモンガさん。……本当に」

 そんな訳でありがとうのアイコンと共にようやく絞り出したセリフがこれだった。

「いえいえ、ギルド長として当然のことをしていただけですよ、ヘロヘロさん」

 するとこれだ。

 善意の塊や義務感とかではなく、言葉通りそれが当然だと思ってやっていると感じさせる言動。

 きつい。

 ゲーム熱が冷えていなければ感動に結び付いたかも知れないけど……。

「さて、行きましょう」

 どう返したものか考えかけていたらモモンガさんはさっと踵を返している。正直ありがたい。

 皆で向かうのは宝物殿の一角、途中毒無効付与や飛行等を挟み、黄金と財宝を観覧した後目的地に辿り着く。

 ここは端的に言えば転移地点の向かいに当たる場所で、そこだけ壁ではなく闇に覆われた部分がある。あの見るものを吸い込むような圧倒的な闇には……確かベンタブラックが使われていたんだったかな? もっと深い黒はあるがこのゲーム上再現できる上限が確かその程度だった筈。

「アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ」

 考えている内にモモンガさんが闇の前で宣言。

 確かあれでヒントが出るんだっけな?

 すると闇に光の文字が浮かび上がって行く……あーあれは。

 確か……なんだっけ。ていうかヒントになるのかあれ。

「えー……」

 当のモモンガさんもちょっと考え込んでおり、それを見たタブラさんが一歩前へ出かかった所で「そうだ」と手を打って語り始める。

「確か……かくて汝、全世界の栄光を我がものとし、暗きものは全て汝より離れ去るだろう。……だった……っけ?」

 つっかえる程で無いにしても、小学生が覚えたての長セリフを言っているような趣が有り、言い終えた時には思わず皆が拍手。そして文字が消え、次いで闇も消え去ってその先の通路が現れれば更に喝采。

「や、どうもどうも」

「いやー、流石モモンガさん。覚えてましたか」

「まあモモンガさんが無理でもあれ読めそうなの他に何人か居ますし」

「そうなの!? すげえ! 俺忘れてたよ!」

「私も」

「ボクも」

「うん」

「あー……ちょっと全部は暗唱し切れなかったかな~」

「なんだっけあれ。エメラルドタブレットだっけ」

「そうそれ」

「好きだねぇ~」

「さて、それじゃあ皆で装備を取りに……あっ」

 雑談を切り上げがてら歩き始めたモモンガさんの足が止まる。

 何?

 どうしたの?

 と全員から疑問が向けられるが、当のモモンガさんは五秒くらい頭を抱えるようにしていた。

「あの……すみません。そういえばここから先に改めてトラップをしかけていまして、あの無差別な奴。えと、一人だと何かあった時の対処が難しいですから、で、えー、その装備は取ってきますので皆さんちょっとここで待っていてくれませんか? ああ時間は取らせませんよすぐ戻って来ますからええ」

 いやに早口だったのが少し気になったものの、理由も納得できれば久し振りな僕達が付いて行って面倒事になるのは避けたい。

 どんなトラップか興味深くはあったが、まあ、今日で最後だしな……。

「ああ、大丈夫ですよ気にしない気にしない」

「そうですよ、ここから先にある物を考えれば防御は何重にしておいても十分と言う事は無いでしょうから」

「あーそっか、ワールドアイテムもこの先なんだ」

「そういえば結局ワールドアイテムって全部見つかったのかな?」

「どうなんだろう、モモンガさん知ってる?」

「え? うーん……ちょっとそういう話は聞いてませんね。ワールド・サーチャーズがありそうなポイントを見つけては公表していましたが、挑んだプレイヤーがいたかどうかまでは……」

「と言う事はとうとう誰もこのゲームのクリアは出来なかった訳だ。世界を踏破し得ず、隠された財宝を入手し得ず、謎は謎のまま、か。運営としては複雑な所だろうな……」

 モモンガさんの答えに朱雀さんがまるで語部の様な調子で言った後、頭を左右に振る。

 確かに、ゲームとしてはやはりクリアされねば開発側としては失敗作も良い所だ。

 でもこのユグドラシルに限れば、プレイヤーと運営のガチバトルな部分もあったので、今頃外のさよならイベントでは運営PCがステージ上で「残念だったねぇ!」くらい叫んだ後世界のネタばらしを延々続けていても違和感無い。

 視界の端でウルベルトさんが少し不思議そうにしているように見えたのが気になったが、まぁ気のせいだろう。

「と、そうだ。装備装備。行ってきますね、すぐ戻りますからね」

 思わず雑談が捗ってしまった所でモモンガさんが当初の目的を思い出し、大仰な装備に似つかわしくない駆け足で通路の奥へ消えていく。

「……さて」

 その背が見えなくなった辺りでたっちさんが口火を切る。

「どうしたものか。思いの外モモンガさんが辛い事になっているんだけど……」

「私達のせいじゃない、と言い切るのも薄情だしね」

「でも皆それぞれ一回以上謝ったじゃん? でもモモンガさん全然大丈夫ですよじゃん?」

「それなんだよなぁー……」

「モモンガさん人が良過ぎる所あるからなあ」

「まぁそれもあるからこそギルド長やってられたんだけど」

「人数減ってたし自然解散してると思ってたんだけどねぇ~」

「……整列をやっても良いんじゃないか? いつかやろうって言いつつやりそびれてた奴があったろ確か」

「ああ」

「あれな」

 自然と40人で円陣を組んで小田原評定が始まりかけていた折、ウルベルトさんが妙案を出した。

 そうそう、練習までしたのに結局やらないままだった奴ね。

「良いんじゃないか? アインズ・ウール・ゴウンの最後としても、RP的にも、モモンガさんに少しは報いる事が出来そうだ」

 そしてたっちさんがウルベルトさんの案に乗る。

 珍しい事だが有り得ない訳じゃない、そしてこうなった場合は大体それで決定だ。

 この二人が折角賛同しているのにそれを覆す馬鹿がどこに居ると言うのか。

「えー? でもさぁ」

 居たよこのるし★ふぁー野郎が。

 だがやらせはしないぞ。

「じゃあウルベルトさんの案に賛成の人ー」

「えっ」

 僕の議決提案に当然39人が挙手する。即時決定だ。

「ちょ、酷くない……?」

「お前こういう時くらいは最後まで大人しくしてろよ。後一時間やそこらなんだし」

 どういう茶々を入れるつもりだったのか想像したくもないが、機先を制されて項垂れるるし★ふぁーさんが源次郎さんに小突かれている。

 でもまぁ、これはこれでと安堵もした。

 今まで大人しかったのが不自然と言えば不自然だったのだし……と言うか今まで良く我慢してたなこいつ。

「ただ、やるならやるで、ほら。位置とか色々決め直すと言うか思い出すと言うか。後練習もしなきゃだし」

「それもそうだ。えーっと最前列はともかく二列目からはどうだっけ」

「号令はたっちさんで良いですよね?」

「他にいないしねぇ~」

「そう言う事なら任されよう」

「チッ」

「……何ならウルベルトさんがやっても構わないが?」

「ん? 誰かやりたいって言ったっけ?」

「そうか? では何故聞えよがしに舌打ちをしたか聞かせて貰おうか」

「ま……まぁまぁまぁ二人とも」

「そ、そうだよ……」

「一般的にこの期に及んで角突き合わしている場合ではないね」

「そうそう、いつモモンガさん戻って来るか分かんないんだしさ?」

「じゃれ合いは止せ」

 余り懐かしみたくない感じの一触即発の空気に建御雷さんが割って入り、アインズ・ウール・ゴウンのツートップを押し離す。

 双方共長引かせる意図は当然無いらしく、大人しく引き下がった。

 と言うかたっちさんとウルベルトさんもこれ何年か振りなんだよね?

 何で息ぴったりに踏み出して睨み合い始まっちゃうかなあ。

 こっちは久々だから肝が冷えるよ。

 等々、色々危なっかしいがモモンガさんが戻ってくるまでに色々と詰めておく。

 何はともあれ事は一発勝負。

 失敗してもまぁ笑って済まされるだろうけど、折角だしビシッと決めたいのは皆同じ。

 

……だよね?

 

                      ■

 

―――一方宝物殿奥へ向かったモモンガは、チグリス・ユーフラテスの姿に変化して出迎えたパンドラズ・アクターを見て、振り返って誰も居ないのを確認して、ほっと一息吐いていた。

 そしてパンドラの姿を戻させ、念の為設定を弄る事にする。こんな事にギルド武器を活用する事に抵抗はあったが、最速で事をこなす為には仕方のない事だ。

 パンドラはアインズ・ウール・ゴウンのメンバーにそれぞれ変身する事が可能であり、ここを訪れた際その何れかに変身して出迎える様設定されている。

 当然その様に設定したのはモモンガで、そう設定されたのは主に自分独りになってからだ。

 幾らなんでもこの設定を他のメンバーに知られたくはない。

「……危なかったぁ」

 出迎え設定を変更し、モモンガは汗の浮いていない骨の額を拭う。

「さて、こっちもだな……」

 そしてパンドラに指輪を預けると、霊廟へと踏み入る。

「こんなの皆には見せられないよなぁ……ゴーレムの造型ヘッタクソだし」

 引退したアインズ・ウール・ゴウンのメンバーを模して自分で作ったゴーレムを前に嘆息。

 まさか全員揃うような事態が起こるだなんて発想はゼロだった為、自分への慰めとして行っていた諸々の行為が想定外の痛手となって返って来ていた。

 とりあえず装備を回収し、裸になったゴーレムは一旦台座からストックに戻して隠しておく。

 まだゲームが続くのであれば潰して素材に戻しもしたろうけれど。

「これで良いか……」

 ふと霊廟の更に奥、ワールドアイテムはどうしたものかと思ったが、放っておく事にした。

「装備を持ってくる以外に言ってないしな」

 呟き、頷く。

 そして……素早く皆の所へ戻る筈だが、すぐにはそうしなかった。

「……本当に、本当に来てくれたんだなあ、皆」

 呟く。

 そこには隠しようのない万感の想いがあった。

 メールをギルドメンバーに出したものの返事すらなくその日を迎え、過度の期待はしていなかったとはいえ落胆を禁じ得ず、それでも少し早くダイブしたら既に待機していたるし★ふぁーからクラッカーを食らって驚いたのが遠い過去の様にすら思える。

 モモンガにとってはそれだけ密度の高い時間を過ごしていた。

 あのるし★ふぁーでも久し振りに会えた事でモモンガは喜んでいた所にスーラータンが来た。

 迷わずクラッカーの洗礼を浴びせに行くるし★ふぁー、驚くスーラータン、その様を見て笑うモモンガ。

 聞けばるし★ふぁーは偶々有休が取れたので朝っぱらからユグドラシルをうろうろし、稼いだお金でプレイヤー間のアイテム売買が出来る取引所に大量にあったクラッカーをごっそり買い込んだらしい。

 そうして三人で、やがて四人、五人、六人で、次に来るのは誰かを予想しつつ皆でクラッカーを構えて待ちわびて。

 ある程度人数が揃えば昔話に花が咲き、ムービーを展開したりして、それでもクラッカーを忘れなかったりしつつ、嗚呼、黄金の記憶の何と美しい事かと言うウルベルトの呟きにたっち・みーが素直に同意したり。

 そうだ。

 たった独りで過ごしてきた時間が無駄にならなかった。

 あの全てはこの数時間の為と思えばむしろ良い思い出として昇華された。

 アインズ・ウール・ゴウンの41人、その全員が揃うこの僅かな時の為と思えば。

「…………」

 リアルの方で熱いものが頬を伝うのを鈴木悟は感じていた。

 半接続状態にしてリアルの身体を動かし、デバイスのゴーグルを上げて涙を拭う。

「泣くのはサーバーダウン後で良いだろ、今は少しの時間だって惜しいんだ」

 呟いた後、ユグドラシルに再接続。

 モモンガは皆が待つ宝物殿へと駆け足で戻って行った。

 

                      ■

 

「―――ん、戻って来るぞ」

 探知に長けたチグリス・ユーフラテスさんが呟く。

「マジか」

「ギリギリだったなー」

「もう一回くらい練習したかったけどねぇ~」

 要は移動のタイミングと配置の確認だけ。

 後はアドリブという久し振りに行うには結構難易度の高そうな内容になったが、そこは当たって砕けようとの事。

 モモンガさんの姿が見える頃には、金貨の山に腰かけたり金貨の山に登ったり金貨の山を掘ったりと如何にも暇を潰していました風を装っていた。

「何やってるんですかもー、お待たせしちゃいましたかね。それじゃ皆さんの装備返していきますから」

「うぇーい」

 戻って来たモモンガさんの周りに集まり、それぞれ自分の最高の装備を受け取る……いや、返して貰う。

「ふむ……うん、やっぱりこっちの方がしっくり来るな」

「懐かしいなーこれなー」

「なんだか……全員揃ってて、全員フル装備とかあの頃に戻ったみたいじゃん?」

「ハハハ、それは言ってもねえ」

「今宵は泡沫の夢、時間が来れば弾けて消える定めよな」

「おお寂しい寂しい」

「ま仕方ないね、だからこそなんだしね」

「……スキルの試し撃ち、したいなぁ」

「やまいこさんそういうのはもう時間に余裕ないですから」

 たっちさんは純銀の聖騎士に、ウルベルトさんは伝説の魔術師に、ペロロンチーノさんは征空の王に……皆が往時の姿を取り戻せば、自然と場は盛り上がる。

 とはいえ外見に殆ど変化がないメンバーもいた。

 僕と茶釜さんだ。

 まぁ種族の関係上外装が変わるような物は装備できないが、例えばスライム系専用装備の最高峰である黒玉の核を内包している僕は、とりあえず物理で倒すのはほぼ不可能な存在な訳よ。

 触った端から融かすからね。

 神器級でもタダじゃすまないよ。フン。

 でも鈍いので遠くから丁寧に魔法撃たれると完敗するけど。

……良いんだよそこにロマンがあるのだから。

「じゃ、玉座の間に行きますよー」

 そしてモモンガさんの合図、だが次の瞬間警告音と共に視界に点滅する

 

【転移不能地域が指定されています】

 

 の文。

 数秒の沈黙を置いて、皆が思い出した。

 そうだよあそこ直接行けないよ。

「モモンガさん?」

 40名の視線が集中した。

「いやぁ……ついうっかり……」

 そういえばそうでしたと頭を掻く骸骨がおられる。

「改めて、えーっと……ソロモンの小さな鍵に行きましょう。あそこが一番近いですから」

 気を取り直し―――今度はちゃんと転移出来た。

 ドーム状の大広間、天井には煌びやかなクリスタル、壁には彫像の込められた鎮座スペース。

 玉座の間の手前に存在する此処は最終防衛ラインと言うべき場所だが、こんな所まで攻めて来れるパーティーを殲滅出来るとは思っていない。

 あくまで玉座の間に全員が揃うまでの時間稼ぎだ。

 しかし……ナザリックの何処を見ても言える事だが、いくらユグドラシルがそういう事も出来るゲームとは言え頑張り過ぎたよなぁ……どこのラストダンジョンだよ?

 はい、プレイヤー間ではナザリックがラストダンジョン扱いでしたね思い出しました。

 と、あれ? スペースに空きがあるな……?

「やっぱ目立つなぁ、ちゃんと作っとくべきだったかなぁ」

「鉱山占拠したしレア金属でゴーレム作る! ソロモンの悪魔揃える! とか言ってゴリ押した後飽きたから止めるわーとかぬかしたお前の言う事じゃないな」

「全くだ、反省しろ反省」

「今更されてもそれはそれでギャグ未満だけどなー」

 首を傾げていたらるし★ふぁーさんにウルベルトさんとベルリバーさんとばりあぶるさんの会話が耳に入った。

 あーそういえばそうでした。

 でも勢揃いまで後……五体? と言う事を考えると、るし★ふぁーさんにしては良く頑張った方じゃないか? 今見ても造型凄いし。

 うっせうっせと文句を言うるし★ふぁーさんを中心に笑い合う四人。

 久し振りであってもあの悪童達の調子は変わらないと言うか……別ゲーとかでも一緒なのかな?

 モモンガさんを先頭に41人でぞろぞろと玉座の間に向かう。

 そして、聳え立つ玉座の間へ続く大扉。

 どう見てもこの先にボスが待ってますよと言う圧倒的説得力を持ったその扉の前で、何故かモモンガさんは立ち止まっていた。

 罠の類は無かったと思ったけどと言うか、黄金の杖を持ってるモモンガさんにナザリックが何か出来るとも思えないが。

 やがてモモンガさんが扉を開く。

 何事も無く開ききった。

「……あー良かった」

「どうしたの? 何か仕掛けてあったっけ?」

「え? ああいえ、もしかしたらこの扉の彫刻が動いたりとかするかなーって」

「そんな仕掛けがあるとは知らないが……」

「私もです。まぁでも、これ彫ったのるし★ふぁーさんですから」

 モモンガさんの躊躇と安堵の理由を一人を除いて全員が納得した。

「ちょま、いくら俺でもそんな所までは余計な事しないって! 聞けよ! 目を逸らすなよ!」

 るし★ふぁーさんが何か言っているが誰も信じない。

 因果応報とはこの事か……ととても納得出来た。

 改めてぞろぞろと玉座の間に入る。

「おぉ……」

 誰のとも知れない感嘆の溜息。

 いや、僕のものだったのかも知れない。

 思えば此処にも随分と手間と時間をかけたものだっけ。

 アインズ・ウール・ゴウンのメンバーそれぞれの旗は言うに及ばず、シャンデリアから絨毯、柱の一本一本に至るまで拘り抜き、玉座などデザイン確定だけで半年、素材集めに更に半年と馬鹿馬鹿しくなる事を良くもやったものだ。

「さてモモンガさん、そう言えば時間ももう後40分程と押し迫って来ているけど……あれ?」

 たっちさんが早速段取りを付けようとしたものの、何かに気付いたのか台詞が止まる。

 何事かと皆がたっちさんの見ている方へ視線が向いた。

「アルベド……」

 誰かが呟く。

 皆の視線に晒されているのは、玉座の脇に控える黒い翼と白の装いのコントラストが栄える美しいNPCだ。確かナザリック内のNPCを統括する設定が与えられていて、護衛特化ながら十分な戦闘能力を……ん?

「ああ」

 たっちさんの台詞を途絶えさせた原因に気付く。

「ワールドアイテム……ギンヌン……なんだっけ。とにかく、アルベドにあれ持たせる設定なんてありましたっけ?」

「真なる無……何故アルベドが?」

 僕の疑問をより率直にモモンガさんが繰り返す。

 ただし、特定の方向を持たせていない僕と違い、モモンガさんはタブラさんの方を見ていたが。

 やがてアルベドから自分に視線が集まった事に少々居心地を悪くしたのか、触手をぐねぐね動かした後非常に言い辛そうにタブラさんは答えを言う。

「……いや……いつかの大規模討伐隊が来た時に、伝説のこんな事もあろうかとをやれるかなーと思って。此処まで攻め込まれたならギルドとしてピンチではあるけど、そこに三重の絶対防御を持つアルベドが属性無視広範囲破壊を連打するという……魅せ場がね?」

「気持ちは分かりますが……何で勝手にそんな」

「うん、だから……驚かせようと思って。……いやもう許してくれ、今更こんな過去の過ちをこうして皆の前で自白しなきゃならないとかとんだ羞恥プレイだよ!? 勝手な行動はした! その後アルベドから回収するのを忘れてそのままにもした! 否定のしようもない! 嗚呼本当許してくれ、許してくれるね? お願いだ」

 タブラさん声が半泣きだ。

 まぁでも半泣きになりたくもなる。

 立場が同じなら僕だって半泣きどころか土下座くらいしただろうさ。

 メンバー全員からの生温い視線とか耐えられる訳が無い。

「分かりました、分かりましたから。……タブラ・スマラグディナ、お前の全てを許そう」

「ありがたき幸せーッ!」

 宥めつつ、突如RPを混ぜるモモンガさん。

 爆笑が起こった。

 普段喋りから突然イケメンボイスRPを織り込んで来るのは、ウケ狙いにおける彼の鉄板の一つで、久し振りに聞いたそれの破壊力と言ったら……凄いな!

 おまけにタブラさんが即行で頭下げた事も笑いに拍車をかけている。

 やはり多少おどけでもしないとさっきの空気はキツいか。

 キツかったね、余りにも。

「あー笑い過ぎてちょっと涙出て来た……えっとじゃあどうします? 真なる無」

「持たせたままで良いんじゃないか? 回収した所で今更ねえ」

「タブラさんの言う事も分からないでもないし」

「こんな事もあろうかと、は一度はやってみたいしな」

 等と話す内にふと茶釜さんがモモンガさんに言った。

「……あれ? モモンガさんも今気付いたって事は、て言うか扉の時もだけど、玉座の間に入ったのどれくらい振りなの?」

「ああそれは……まぁ、皆さんと同じくらい振りになりますかね……」

「モモンガさん、さては円卓と宝物殿くらいしかまともに出入りしてなかったり?」

「や、まぁ、その……特にする事もありませんでした、し?」

「……あ、なんかごめん……」

「いやいやいや良いんですってば、私が好きで続けていた事なんですし、他の皆さんはそれぞれ多忙だったんですから」

「うん……そうだけど、うん」

「姉ちゃんたら何やってんのさもー。迂闊な事聞くと精神反射食らうなんて円卓の間で散々分かってるじゃん」

「ぐぐ、仕方ないでしょーが」

 茶釜さんが珍しく藪蛇をやらかし、更に珍しい事にペロロンチーノさんがフォローをしている。

 でも本当、ちょっとでも良いから怒ってくれないかなモモンガさん。

「私としては、こうして最後に皆と話す事が出来ただけでも嬉しいんだけどな……」

 はい今全体無差別耐性貫通精神攻撃来ましたよ。

 これで攻性自覚が欠片も無く、罪悪感にじわり苛まれるこちら側へのフォローのつもりなんだから余計ダメージの倍率が酷い。

 理由事情に依らず、皆が長らく不在を続けていたけど独りで頑張ってましたなんて言う状態をスルー出来る訳が無いと言うのに。

 いや、これで実はモモンガさんが物凄いサディストだとしたらそれはそれでその隠された牙の鋭さに戦慄する所なんだけど。

 流石にそれはな。

 うん。

 いくらなんでもな。

 うん。

「ま、まぁとりあえず写真撮ろう写真! 並ぼうぜーほらほら」

 とにかくこれ以上モモンガさんを喋らせ続けると危ないのは誰だって分かる為、ペロロンチーノさんが皆をどんどん促す。

 順序が狂った事にたっちさんが若干何か言いたげだったものの、ペロロンチーノさんに悪気が無い以上仕方のない所。

「アルベドは、えー……あそこで待機。で、お」

「おぉー歩いてった歩いてった……止まった止まった」

「歩く姿も綺麗だねー、あれもAI組の技かねえ」

「確かシステムデフォルトだとうっさんくさい動きになるからそこはやっぱりね」

「あ、モモンガさんは玉座に座ろうねぇ」

「さ、ギルド長」

「はいはい、分かりましたよもう」

「他順番とかどうするよー?」

「玉座中心に大体で固まってればいいだろ」

「じゃあ俺玉座の上な」

「降りろクズ野郎」

 そんなこんなで総員配置につけば、珍しくやまいこさんが真っ先に撮影ツールを起動したので彼女主導で撮影する事に。

「じゃ、じゃあ……これで……うん、アインズ・ウール?」

『ゴウン!』

 ちゃんとしたのを一枚、そしておふざけを何枚か。

 やっぱり最後の記念となるものがちゃんと残るのは良いものだね。

「えっと、複製して皆の所に送っておいたから……」

「はい確認しました」

「これだけ見るとどこのラスボス親睦会だよって感じだな……」

「あっそうだ、折角だしアルベドも混ぜようぜー」

「じゃあプレアデスも呼んでこようよ。確か十階層担当でしょあの家令とメイド達」

「それなら私が呼んで来ましょう」

「はっや」

 そういう流れになったのでたっちさんが〈疾風迅雷〉(ライトニングスピード)のスキルまで使って高速で玉座の間から消えて行った。

 まぁここに転移で直接来れない以上、迎えに行くなら足が速い人の方が良いんだろうけど。

 でも戻るのはどうするんだろう、あの速度に……セバスはともかくメイド達は追随出来ないだろうし……ま流石に加減するか。

「あっそうだモモンガさん、ちょっとアルベドの設定見てもらえます?」

 ふとタブラさんがそんな事を言った。

「え? はぁ……えーと、アルベドアルベド……ぅゎぉ」

 急な事に少し不思議そうにした後、モモンガさんはコンソールを操作してアルベドの設定を表示させたら変な声を出す。

 それに反応した面々もそれぞれアルベドの設定を呼び出し、方々で驚いた様な呆れた様な、そんな声が随所で漏れる。

「えっと、これ……この長……まだスクロールが終わらない!?」

「あー……」

 誰あろうタブラ・スマラグディナの記した設定となれば、とりあえず限界一杯まで詰め込まれるのは必然で、更にそれに合わせた挙動を要求されるのでAI組としては勘弁してくれと言うのが正直な所だった。要約に要約を重ねさせたのも今となっては良い思い出だな……。

 等と思いながら僕もアルベドの設定をスクロール、と言うか面倒なので最下段まで飛ばす。

 

―――そう、アルベドはモモンガの嫁なのだ(予定)。

 

「あ?」

 最後の行を見た僕は不可解なその内容に疑問の声を出す。

 僕に限らず設定を見た皆が不思議な声を出した。

 不意打ちと言う点でこれ以上のものは中々無いんじゃないか。

「すいませんタブラさんこれは」

「いや実は思う所ありまして円卓でモモンガさんと久し振りに会った後、多少設定の見直しをしまして」

「はぁ」

「で、折角だしこういうのもどうかなと。ギルドNPC最上位とギルド長のカップリングとか妥当じゃないですかね」

「すいませんが何を言ってるんだあなたは」

「ご迷惑ですかね?」

「えっ?」

「モモンガさんが迷惑でないなら……問題はないでしょう?」

「いやそれは……でも急と言うか、一言も無くいきなりこんな……」

「それについては申し訳なく思います。でも最後の機会、可愛い娘の一人を預けるならばと考えたら自然と……」

 問い質しにかかったと思ったら押し返されてそのまま押し切られそうなモモンガさんが居た。

 皆が設定に驚きと言うかドン引きと言うかしてる間にさりげなくアルベドをモモンガさんの側まで移動させているタブラさんは本当何て言うか……余り言いたくはないが……。

 でもゲームシステムで考えるとPCとNPCの結婚自体はそう珍しくもないんだよな。

 独身でいるよりは結婚している方がメリットあるし、自分のお気に入りの塊でもあるNPCを伴侶にまでしようって言うプレイヤーは少なくない。

 PC同士の結婚だと後で拗れて人間関係が面倒になったりとか離婚すると暫く頭上にバツイチマークが表示されるとかデメリットも多々あるが、相手がNPCならそのリスクはゼロ。結婚に必要なアイテムを揃える事やイベントをこなすのもよりスムーズときた。

 これが強者になると異性アバターで異性NPCと結婚する倒錯系プレイヤーも居たりする。ジェンダーフリーも良し悪しだ。

 と言うかNPC嫁にしてる奴アインズ・ウール・ゴウンにも何人か居たな。

 正直そこまでキャラに愛着持てるのも凄いなと素直に感心したものだけど……ああ、ペロロンチーノさんも茶釜さんが居なければシャルティアを嫁にしてただろうなあ間違いない。

「ほら、並んで立つとびっくりするくらいお似合い」

「そうですかね……?」

「あら本当、魔王と魔妃とかそんな感じ」

「ほほう、これは確かに……」

 そして気付けば玉座から立ち上がったモモンガさんのすぐ隣にアルベドが居り、その様をタブラさん達が楽しげに眺める形が出来上がっていた。

 これが実際驚くほどお似合いに見えるから凄い。

 タブラさんこれ最初からその腹積もりだったんじゃあ? ってくらい。

「……タブラさん」

「なんでしょうかモモンガさん」

「断らせる気ないですよね?」

「なんです?」

「娘が何て言いますかねこんな」

「親の決めた相手に文句を言うような娘じゃないですから」

「だからってそんな、大体ちゃんとイベントとかこなす時間も」

「よろしいんじゃないですかね」

「……こういう土壇場をそれで押し切ろうとするのはどうかと思いますよ」

「よろしいんじゃないですかね」

「タブラさん……」

「よろしいんじゃぁないですかね」

「……ああもう、分かりました、分かりましたとも。さっき許した所ですし」

 絶対一歩も引かない壊れたレコードモードに入ったタブラさんに即行でモモンガさんが折れた。

 まぁ本気で嫌って訳じゃないだろうし、それに場の雰囲気が『その方が面白そうだし良いんじゃない?』にシフトしているのでここで断るのも難易度が物凄いだろうし、ああなったタブラさんを説得出来たのはアインズ・ウール・ゴウンでも一人だけなのだし。

「それじゃあ、モモンガさんの手でその(予定)の部分削除して貰えます?」

 あーあの(予定)ってその為の。

 笑顔アイコンまで発しながらのタブラさんの言葉に、モモンガさんは溜息。

 然る後黄金の杖を使い設定の変更を始めた。

「……これで良いですか?」

 モモンガさんが確認を求めれば、アルベドの設定を開いていた全員が開き直す。

「こ、これは……!」

「おおー」

「ひゅーひゅー」

「モモちゃんやるじゃーん」

「言われたからじゃなくて自分の意志だって主張……Goodだね!」

「これにはアルベドもガチで惚れちゃうわー」

「成る程……こう来たか……」

 それぞれの感想が溢れ出た。

 なにせ(予定)が(決定)になっていたのだ。

 ただ消すだけかと思えばモモンガさんなりに工夫を凝らしてきた訳で、これにはタブラさんも五体投地。

「モモンガさんの御厚意には本当頭が下がります」

「だからって倒れ込む事はないでしょう、ほら、娘が見てますよお義父さん」

「…………」

 お義父さんと言われたタブラさんがいやにゆっくり身を起こし、立ち上がる。

「どうしたんですかお義父さん」

「……そう来たか」

「そりゃ来ますよ、アルベドがタブラさんの娘ならアルベドと結婚した私とタブラさんは義理の親子関係になる訳でしょう?」

「そこまで考えてなかった……! あっこれちょっと物凄く辛い、ヤバい、ギルド長ギルド長、確かに娘はあなたへ嫁にやりましたがそこであなたが私を義父と呼ぶのは畏れ多く、いつも通りの呼び方で留め置き下さりませんでしょうか?」

「それは出来ない相談だな、タブラ・スマラグディナ―――我が義父よ」

「ぐほあああぁッあッああああぁあッ!!」

 突然RP始めたと思ったら床に転がりのたうち始めるタブラさん。

 モモンガさんからこういうクロスカウンターが来る事は全く予想していなかったらしい。

 真なる無の件と言い、その時々の『きっとこうすれば凄く楽しいに違いない』に全振りする余り周りが見えない傾向が幾つか思い出せた。ニグレドとか。

 そして久し振りのユグドラシルで舞い上がってる分も含めてかつてなく迂闊と言うか粗忽と言うか……そっかー、タブラさんも萌えキャラだったかー、参ったなー、まともな方の人だと思ってたのになー。

 冷静に考える事が出来れば、アルベドの設定弄ったのに真なる無をほったらかしにするとか普通ありえないしなー。

「ただいま……ってどうしたんだこの状況は」

 そしてこのタイミングでNPC達を連れて戻ってくるたっちさん。

 聖騎士、家令、メイド六人が一列に並んで歩いてくるって言うのはシュールだね。

「タブラさんの薦めでモモンガさんとアルベドが結婚したんですよ」

「えっ」

「で、タブラさんはモモンガさんにお義父さん言われて大ダメージ」

「酷い自爆もあったものだよねぇ」

「へぇ……それはそれは……まぁ、モモンガさん……おめでとう?」

「どーも」

 何人かから概要を聞いて納得しつつ、転がりまわるタブラさんへ一瞥をくれた後たっちさんはモモンガさんを祝福する。

 気持ちは分からなくもないけど返事の棒読みっぷり凄いな!

「ともあれプレアデスも揃ったなら改めて撮影だな。よーし並べ並べー」

「ほらタブラさん起きて、それともそのままの姿を永遠に残す?」

「ぐむぅ……い、今蘇った……ぞ」

「それでこそ我が義父だ、タブラ・スマラグティナ」

「ぎゃぼっはぁおあぐあががが!」

「モモンガさんも止めて差し上げろ」

「すみません、つい」

「えーとセバスは……そこで待機、被写真撮影モード、カメラはあそこ。でーメイド達は……最初は固まって後は製作者の傍に立たせるか?」

「そうしよ」

「異論は無い」

「ほーらタブラさーん、再起動再起動、娘さんが見てるよ~」

「ふ……っく、ぐ、うぐぐ……! アルベド、不甲斐ない父を許せ、後の事はニグレドとよく相談し、ルベドの処遇については―――」

「いーからはよ起きろや!」

「くッ、心のバッドステータス治癒は大変なんだぞ!?」

「いーからいーから」

「がんばれ」

「が、がんばるぞー」

 たっちさん達があれこれ配置について話す間、懸命の努力により再起動を果たしたタブラさんが戦列に復帰。

 これで再びの写真撮影が恙無く行われる流れに……いやーおかしいよね、集合写真撮ろうってだけなのに色々起こり過ぎだよね。約40人も居れば仕方ないか?

 まず一枚、配置換えしてもう何枚か。

 さっきと同じような感じでやまいこさんから画像データが回って来るのでローカルに保存保存。

「あ、そうだモモンガさん。そろそろ時間も押してきましたし、折角だから少しロールプレイに付き合って貰えませんか?」

 ファイル名どうしよっかなーと軽く悩んでいたらたっちさんが切り出していた。

 視界の右上、時刻を見れば成る程確かに強引にいかないと残り時間が大変危ない。

「ロールプレイですか? 構いませんが……」

「ありがとうございます。じゃあ、アルベド、セバス達は……部屋の出入り口付近まで移動して待機、その後平伏せ」

 玉座に座ったまま少し不思議そうにしつつモモンガさんがオッケー出せば、流れる様にNPCには退いて頂く。邪魔とまでは言わないけどやっぱりね。

 アルベド達が扉の前で一列横隊に並び、揃って平伏したのを確認後たっちさんは右拳を天へ突き挙げる。

「アインズ・ウール・ゴウンよ永遠なれ!」

『永遠なれ!』

 一人の合図、39の唱和。

 残る一人を置いて40人は駆け足気味に移動をし、最初の九人からモモンガさんを引いた八人を最前列に玉座の前で五列横隊。整列後、一斉に跪くなり屈むなりして忠義を示す。

 この動きに最初は驚いた風だったモモンガさんも、整列が終わる頃にはロールプレイに頭が切り替わっている。

「ほう……今からどのような出し物を見せてくれるのかな? 我が同胞達よ」

 闇色の後光まで背負ってノリノリだ。

 それならこっちもしっかりやらなきゃな、と言う訳でウルベルトさんがまず顔を上げる。

「我等アインズ・ウール・ゴウンが長、モモンガよ」

「なにかな? 最強の魔術師、ワードナたるウルベルトよ」

「よくぞ今まで我らが築き上げたナザリック地下大墳墓を維持し続けてくれた。ここにはユグドラシルでの全てが詰まっている、背を向けた身ではあるが、心から嬉しく思う」

「それか……だが案ずる事は無い、ギルド長としてすべき当然の事を成したまでであり、皆には皆の事情もあるだろう」

「……モモンガさん」

「どうした? 我が友、ペロロンチーノさん」

「今日、正直ここに居られるとは思ってもみなかった。でー、年月を経て尚変わらなかったこの世界を再び味わわせてくれて、その、本当、ありがとう」

「礼には及ばないさ。……私は場を用意し、皆を呼んだまで。応えてくれた皆には私の方から礼を言いたいくらいだ」

「モモンガお兄ちゃん!」

「っく……! んん、相変わらずだな、ぶくぶく茶釜さん」

「えへへ、あのね? もう何回も言ったけど、でもやっぱり皆言いたりないの。だから、モモンガさん。今日のあの数時間、あれを皆と過ごせたのは一生の内で何回も無い、とても大切で宝石のような時間だった。……ありがとう、そして、ごめんなさい」

「……良いのだ。確かに私が過ごした孤独は長かったが、それは私が選んだ道。とはいえ……ぶくぶく茶釜さん、そして皆の全てを許そう。今日と言う日に私は満足しているのだから」

「さてギルド長よ」

「ふむ建御雷よ、如何した」

「許されて尚我等の気は済まぬ故、煩わしく思われるだろうが敢えて申し上げる。感謝を。そして……終焉の時に於いて尚色褪せぬこの世界が永く語り継がれん事を」

「うむ……。ユグドラシルにて生じた数々の伝説は様々な媒体を通じ残り続ける事になるだろう。そしてその伝説には少なからずアインズ・ウール・ゴウンの名も語られる事は疑う余地も無いだろうな……」

「我が娘の夫にしてギルド長、モモンガさん」

「あれは実に急な話ではあったがな、タブラさん」

「思えば様々な事があり、様々に迷惑をかけた様に思う。だが、それもこれも良い思い出として昇華されたものと信じる。……そして、アルベドの事をよろしくお願いする。あれは私に似ている面も多々あるかも知れないが、それでも私がこの世界で特に心血を注いだ三姉妹の一人、どこの誰に嫁にやっても恥ずかしくは無いと言う自負はある。だから」

「ああ、良いとも、他ならぬタブラさんの頼みだ。アルベドの事は任せよ」

「モモンガさん」

「なんでしょう、たっち・みーさん」

「思えば、あの時私があなたを助け、仲間に引き合わせ……そして、ここに至るとは思ってもみませんでした。……ユグドラシルをこのギルドで過ごす事が出来たと言うのは、私の密やかな自慢の一つです」

「……確かに、あの時あなたに助けられなければ私は、そしてこのアインズ・ウール・ゴウンは存在しなかったかも知れない。そういう意味で、あなたはギルドの父と言えるのだろうな」

 

―――それぞれに思う所があって、言葉を交わす。

 モモンガさんは大変かも知れないが、でもきっと喜んでもいるだろう。

 ロールプレイをしようと誘ってロールプレイしているのはウルベルトさんとモモンガさんくらいなものだけど、それはもう些末な事だ。

 ユグドラシルは今日でおしまい。なら、ギルドメンバーとちょっとずつでも最後の言葉を交わすのは大事な事だから。

 ユグドラシルから引退していたり、ユグドラシルの事を忘れていたりした僕等がその間ずっと独りで頑張っていたモモンガさんにアインズ・ウール・ゴウンのメンバーとして何か言えるものでも無いけれど、それでもやっぱり、この儀式めいたやりとりを通してユグドラシルの終わりを迎えるのは、きっと重要だ。

 ひょっとしたらモモンガさんは独りのままこの時を迎える事もあったかも知れないと思うと、もう本当、来てよかったと感じる。

 ただこれで十年前くらいなら眠気も吹き飛んでいるだろうに、今現在ぶっちゃけちょー眠いのが我ながら失笑を禁じ得ないんだけども。

 ま、僕の発言順は最後に来たからという事で最後だから、寝る訳にはいかないんだけどね。

 さて……後五人くらいか? 変な事言わないようにしな……

 

 あ?

 

「ちょ」

 信じられないものが視界に映っていて、思わず声が出てしまう。

 おい空気読めよ馬鹿って視線がいっそ物理的かってくらいに自分に突き刺さるが、そんな事はどうでもいい。

「待って待って待って、今何時!?」

「え?」

「へ?」

「……おい」

「えっこれマジ?」

「おいおいおいおい」

「台無しじゃねーかどうなってんだ」

「終了と同時に続編始まる類のアナウンス無かったよね?」

「なんも無かった筈だけど」

「延期も聞いてないしな……」

 場が騒然となる。

 それもそうだ。

 だってサーバーダウンの時間過ぎてるんだもの。

 本来ならユグドラシルが終わってしまっていて、言いそびれたメンバーは後で適当に悪態を吐きながらモモンガさんに言いたかった事をメールにして送ろうとしてる筈なのに。

 と言うかあれ?

 コンソール出ない?

 見れば周りの何人かも宙を突っついては首を傾げている。

「どういう事だ!」

 玉座から立ち上がりながらのモモンガさんの怒声。

 一気に場が静まり返る。

「コンソールが出なければGMコールも利かない。一体どういう状況なんだ……!」

 怒りに拳を震わせるモモンガさんだが、それに対する答えなんてこの場の誰も持っちゃいない。

 全員がこの状況に混乱しつつあったのだ、が。

 

「どうなさいましたか!?」

 

 緊迫した女性の声が玉座の間に響く。

 聞いた事の無い声、それも僕等の後ろからだ。

 骨だから表情なんて分からない筈だが、呆然としているのが分かるモモンガさんの顔。いつから顎外れるようになったの?

 振り返ってみれば、成る程、そこにはアルベドが顔を上げ、極めて心配そうな表情でこちらを見つめていた。

「アルベ、ド……?」

「はい、モモンガ様」

 ざわ、と再び場がどよめく。

「なんだあれは」

「アルベドだろう」

「喋っているし表情が動いているぞ。データ的に膨大過ぎるだろあんなの」

「いくら運営でもあそこまでは常識的にやらないと言うか、不可能だな」

「と言うかアルベドの後ろ、セバス達も何か凄い心配そう……いやちょっと不思議そう? にこっち見てるじゃんッ!?」

「むぅ……」

「あーもー訳分かんないなにこれどうなってるのー?」

「大体……あ?」

「んむ?」

「……おおお?」

 混乱が混乱を呼ぶ最中、ふと僕を含めて全員の挙動が一旦止まる。

 なんだろう……無理やり鎮静剤打たれた様な……不自然に冷静になった様な……。

 そこに数度の乾いた柏手の音が響く。

「よし、まぁ諸君、落ち着こうか、落ち着いている様だがね」

「朱雀さん」

 年長者の貫禄とでも言うべきか、この訳の分からない事態に対し真っ先に対応をしようと動き始めたの……かな?

「アルベドも心配させて済まないね? 少々驚くべき事態が発生した様で取り乱してしまった」

「い、いえとんでも御座いません! 元より私程度の身が至高の御方々の心配などおこがましい事ですので……」

 朱雀さんがNPCと普通に会話してらっしゃるぞ。

「ふむ。さて諸君、唐突で恐縮だが……どうやら我々はユグドラシルに囚われたか、全く未知の何処かに攫われた可能性がある」

 そしてとんでもない事を仰った。

 本来なら一笑に付す所なんだけど……。

「……マジですか?」

 モモンガさんの素の言葉を誰も否定できない。

「そうか……成る程……」

 それどころかぷにっと萌えさんが肯定の意を示したのだ。

 どよめきはするが、それは困惑一色ではなくそれなりに納得の色も窺えるもの。

 他ならぬこの二人が同一見解を示しつつあるこの異常な事態。

 一体、何がどうなってしまったんだ?

 

                      ◆

 

―――いやぁ、ね。参ったよ本当。

 こんな事が実際に起こり得るのか、って。

 まぁ実際に起こった訳だけど。

 あの時朱雀さんやぷにっと萌えさんが真っ先に動かなかったらどうなっていたやら。

 




 アインズ・ウール・ゴウンの全員で行こうという安直な考えを実行に移した結果、転移するまでに2万文字超とかいう有様!
 なので一度は引き出しの奥底に隠したのですが、なんとなく流れを感じたので表に出す事にしました。
 今後なるべく原作キャラは生かして活かす方針でいきたいですが、正直ちょっとどうなるか分からないですね……。

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