† オーバーロード Alle Mitglieder †   作:八朔日

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朱雀さん、皆の前で「さて」と言い

 

 ん? ……ああ、例の……彼から懐かしい話を聞いたかね、成程成程。

 であれば、次に私の所に来るのは自明と言えようね。

 さてさて……そうだね、んー……あの頃は……ふむ、あぁありがとう。

 そう、実はだね、ヘロヘロ君が頓狂な声を出す前に私は異常に気付いていてだね―――

 

                      ◆

 

 ナザリック地下大墳墓は第十階層、玉座の間において確かにゲームとの別れを共有しようとしていたのだが―――何故かそれは叶わなかった。

 皆がざわつく最中、立ち上がって両手を腰に当て、上体を反らす。

 軽くだが、恐る恐る。

 果たしてこの行為に痛みや違和感も無く、実感としてこの体はその様に動いた。

 うむ。

 完全におかしい。

 以前リアルで咄嗟にゲーム感覚な動きをしたら腰を派手にやってしまい、ゲームプレイにすら支障が出る有様になってしまった筈なのに。

 不幸中の幸いとして孫は怪我をせずに済んだが、現実の肉体が仮想に与える影響の検証という名目すら家族の猛反対を受けた事で、その日以来私はユグドラシルにログイン出来ずにいたのだ。

 今日とて最後の日ぐらい不誠実な別れをした旧友達に会わせてくれ、と妻と息子に散々も散々に頼み込んで実現したというのに。

 しかして今、私は上体を反らす事に成功している。

 それも一切の痛みも無く。

 極めて異常だ。

 実際の所跪く姿勢すらちと辛い所があったと言うのに、急に何事もなくなったのだからもうその時点で違和感の凄まじい事といったらない。

 挙句試しに立ってみてもその過程に痛みは無く、反らしてみれば全く無事。

 記憶の通りならそんな動きをした時点で声を我慢する事もできない痛みが出、リアルの肉体は脂汗塗れで椅子が酷い事になる。仮想の体を動かしただけであっても、だ。

 率直に訳が分からない事態なのだが、思考が回るに連れて自分の体という認識も訳が分かっていた頃と比べて何やら異質に感じつつあった。

 外見こそ黒系色で統一されたペスト医師風の装いだが、これは仮初の姿であり、その気になれば数多の翼を持つ赤眼純白の矮躯を本性として顕現させる事は容易い。

……何が容易い、だ。

 だがそういう確信が確かにあり、その事に対する違和感はあるが、自分がそうである事に疑う意識は無い。

 つまり……違和感がある事に違和感を覚えているのかね、私は。

「ううむむ……」

 中々に脳が痒くなる事態だが、現に私は私として自分の有様を許容しつつ違和感を抱いているのだ。気持ち悪い。

 確か、そう確かにユグドラシルの死獣天朱雀であればこれは当たり前、なのだが。ううむむ。

 地味な黒革手袋に包まれた己の仮初の右手を見る。

 五指が思った通り自在に動く。当たり前だが、動いてしまう。

 そして少なくともそう見えてもいる。

 この異常なまでの一体感は先刻までのゲームのそれとは大きく異なっていた。

 まさかこれは触覚の制限が外れているとでも……?

 舌を軽く口の中で動かしてみれば、人ならぬ己の歯を己の舌が実に精緻に舐め滑る。

……いやはや、電脳法が施行されて久しい現代でとても許される事ではないな。

 それに……気のせいでなければ嗅覚と味覚もあるのではないか?

 だがこちらは不可能と言って良い筈だ。触覚についてはやろうと思えば出来るにしても、普段ゲームとは完全に遮断されている筈の嗅覚と味覚を再現するだなんて、狂気の沙汰。以前から研究を進めでもしているならまだしも、いや、致命的リスクを負ってまでする事ではない。

 となるとだ、この状況は……つまり……?

 飛躍した閃きが脳裏を過ぎるのを止められよう筈もない。

「……しかし、だがまさかではないなら……?」

 ペストマスクの嘴を撫でつつ、喧騒の中かき消された呟き。

 思考の一端を言の葉に載せるのは思考を纏めるのに有意義だが、そちらへ思考を偏らせてしまいかねない欠点を持つ。

 が少なくとも現状においてはどちらでもいいから仮説の筋道を立てる必要はある。

 そう、如何に観察と実験で得た証拠から検証すべきと言えど、一先ずの(よすが)は必要だ。その後の検証でこれが否定されたならむしろ喜ぶべきであるし。

 されども……。

 在るべき痛みの失せた仮初の体。

 本性を隠したそれを自分の意思通り自在に動かせる現状。

 当たり前のように在る五感。

 そういえばGUIが視界に無い。

 コンソールも開かない。

 そして―――嗚呼、自分ができる事を当たり前のように受け入れてしまっている認識。

 何せ私は今魔法が使えるという確信がある。

 MPの総量も自覚してしまえている。

……試し打ちはまあ控えるとして。

 それに私が以前祝福を与えた者達が今何処で何をしているかも大まかに分かってしまえる。

 ああ、つまり現状このナザリック地下大墳墓の、少なくとも第十層は存在していると考えられるのか。

 全く考えれば考える程に、今私は死獣天朱雀そのものだな。……恐らく。

 そして腰の痛みが消えた時点からそうなのだろう。……か?

 何かしらの予兆やそれを感じさせる事象がまるで無かった事は気がかりだが……フィクションの経験と現実のそれは別物としても……或いは認識外で何かあったのだろうか……。

「どうなさいましたか!?」

 ふと静かになったかと思えば突如聞き覚えの無い声が響き渡った。

 何事かと視線を巡らせると、アルベドが跪いた姿勢のまま顔を上げこちらを見ている。

 まるで生きているかのような挙動、いや、生きているのか。……うん?

「アルベ、ド……?」

「はい、モモンガ様」

 呆然とモモンガ君が彼女の名を口にすれば、当然の様に応えがある。

 ではあれはアルベドという事になる。何しろ反証の材料が無い。

 ゲーム上のプログラムから生成されたとはとても思えない有様だが、あれはアルベドなのだ。

……む、待て、少し待て。

 私含めて皆随分目が良いようだが、この距離をなんの拡大も無く自然にアルベドの表情が読み取れているのはおかしくはないか。

 状況の変遷に皆そこまで頭が回っていない様だが、いや私とて大差ないだろうが、しかしこんな事があり得るのか? 本当に先程からそればかりだが。

 ヘロヘロ君が騒ぐ少し前辺りから私は、そして我々はユグドラシルに呑み込まれた?

 いや、たかがDMMORPG如きをどうアクロバティックに解釈した所で外部のプレイヤーを組み込む様な真似は不可能だ。営利誘拐なんてレベルでは無い。

 何より世に出回るどの端末にもそこまでの機能は無い。そも持たせるだけの技術も無い。

 黎明期の都市伝説でもあるまいに。

 それにアルベドの様子がユグドラシルを越えてしまっているのだ。

 しかし現状として私は死獣天朱雀である。そこはもう覆り様が無いかの如く思える程にも確信済み。何故だかね。

 であれば私以外の皆はどうなのか、向こうにいるNPC達も含め確かめなければなるまいが……。

 と、折良く何やら静まった様だし、始めようか。

「よし、まぁ諸君、落ち着こうか、落ち着いている様だがね」

 数度の柏手を挟み、皆の意識と注目を集める。

 不安げに私の名を呼ぶ者、不可思議な顔をしている者、そも表情が窺えそうにない者、様々だ。

 それでも異形の身のそれぞれがそれぞれをしっかりと自己認識し、拒絶反応も無く今までの様な個々として在るのは異常事態にしても度が過ぎている。

 ともかく次だ。

 皆から遠く跪く彼女の方へ顔を向け。

「アルベドも心配させて済まないね? 少々驚くべき事態が発生した様で取り乱してしまった」

「い、いえとんでも御座いません! 元より私程度の身が至高の御方々の心配などおこがましい事ですので……」

 成程、会話が成立してしまった。

 モモンガ君のそれは名を呼べば応えるという単純なものだったが、今回はこちらの言葉に返事をするばかりか恐縮し再び頭を垂れるまでやってのけたのだ。

 これがユグドラシルの範疇なら、概ね似た状況と先程の私の問いを大雑把にでも予測して彼女に行動とセリフを設定していなければ出ない反応となる。

 いくらタブラ君でもそこまでの真似はするまい。……するまいか? いやするまいよ、流石に。

 ならば……ううむむ。

 これは、良い方か悪い方かどちらに受け止めるべきか甚だ迷うな。

 ともかく言うべき事は言わねばなるまい。

 再び皆の方へ顔を戻し、バラエティに富んだ全員の姿を個々に見。

「ふむ。さて諸君、唐突で恐縮だが……どうやら我々はユグドラシルに囚われたか、全く未知の何処かに攫われた可能性がある」

 これにまたどよめきが起こるかと思ったが静かなものだ。

 皆も薄々思う所があったらしいのか、もしくは私が何を言ったか理解するのに時間がかかっているのか、ともかく様子を見ようというのか。

「……マジですか?」

 モモンガ君の実に素直な反応に、私もそう言いたくあると苦笑しそうになる。

「そうか……成程……」

 一方で私の言に理解を示したのはぷに君だ。

 まあ彼であればそう来るだろう。

 こういう手合いの思考実験……という程でもないが、まあ戯れに付き合わせた事もあるし。

「続きを述べても?」

 皆に問いかける。

 その際正確には自分の手ではない自分の手が自分の側頭部辺りを撫でる様にしている事に気付き、嗚呼これは、現状でかけてもいない眼鏡を上げる仕草をしているのは、私が私であって必ずしも死獣天朱雀ではない証明と言えるか。

……もしくはユグドラシルの死獣天朱雀の癖として再現しているだけかも知れないが、現状では悲観より楽観を取りたいものだ。

 一人で少し嬉しくなっていると、誰からも言葉は無く、誰からも続きを求められていた。

「ん、ならば先の発言の根拠を並べて君等を満足させる必要があるが、これについては私があれこれ言うよりまず君等自身で納得して貰った方が早いだろう。あー……どうだね、今の君等は自分の体を自在に動かす事が敵うかね」

 問いに対する皆の答えは当然行動だ。

 腕を伸ばし伸ばして天井に触れる者、翼やら何やら目一杯広げる者、膨張と収縮を繰り返す者、腕を格納し別の腕を伸ばす者、普通にストレッチをする者、好奇心のまま動く者、銘々様々だ。

「敵うかね」

 程々の所でもう一度問う。

 応えはそれぞれだが中身は同じ、肯定だった。

「であれば我々はユグドラシルに囚われたのではなく、その上でユグドラシルのそれぞれとして全く未知の何処かに攫われた可能性が極めて大となる」

「え、なんで」

「何故なら」

 問うた弐式君の方を見つつ言葉を続ける。

「人間の脳は人間の体を動かす事には長けるが、違う体を実際に動かそうとすると実に下手でね。これはDMMOの前身の更に基礎的な技術の研究中に明らかになった事で、考えてみれば当然なのだが、個々に差はあれども訓練もなしにいきなりだと過負荷により廃人化もあり得る。しかし君等は実に見事に自分の体を操って見せ、何ら違和感も無いらしい。……この時点でも我々はユグドラシルのプレイヤーである人間ではなく、ユグドラシルに存在したそれぞれであるという仮説が成り立ってしまう」

「……まあ確かに、視界にGUIもないしコンソールも開かない。ユグドラシルであるならあるべきアナウンスも未だに無い。教授に一理ありますか」

「だろう」

 今度は肩を竦めるオードル卿の方へ顔を向け。

「ただ念の為更なる確認は必要だとなるか。ここがもしまだユグドラシルであるのなら、今頃運営は事態の対処に追われているだろうが……旧オマーン国際空港」

「はァ?」

 脈絡がないかに思えた私の発言に、私の正気を疑うような疑問詞が突き刺さる。

 気持ちは分かるが茶釜君の声は刺激が過ぎるな。咄嗟に謝りそうになる。

「……何も起きないか」

 可能な限り平静を装って、悲しくも予想通りの展開に溜息を零す。

「あ、そうか。禁句ですね?」

 説明しない私も私ではあるが、気付いてくれてありがとうたっち君。

 そして理解が広がれば皆も口を開きやすくなる。

「そういや特定ワード喋ったら警告なり一発拉致なりで何かしらGMからリアクションある筈だもんなあ」

「朱雀さん止めて下さいよいきなり捻じ込んでくるの」

「警告自体は自動で飛んでくる筈だったっけ?」

「うーんでも確かになんにも起きないとなると……」

「キンタマーニは?」

「おいよせギリギリを探ろうとするんじゃない。運営のガバ裁定にプレイヤーは無力なんだから」

「あーそういえば……運営の裁量に疑義を呈したプレイヤー側が蜂起した事あったねえ」

「そんなまともっぽく言って良いもんじゃないだろあのバカ騒ぎ」

「第五次BAN祭りからの第三次土下座祭りの発端だったか」

「あの時は上位ギルドのギルマスも結構やられてたらしいからねぇ」

「このゲーム馬鹿しかいねえなって良いもの笑いの種だったなあ」

 小さくだが笑いが溢れる。尚その馬鹿の中にアインズ・ウール・ゴウンのメンバーが10人ばかり含まれていたのはあえて誰も指摘しない事だし、該当者は笑っていない。

 しかしこう盛り上がっても何のリアクションが無いのは改めてやはりと言うべきか。

 先の見通しの立たなさに溜息の一つも零れよう。

「じゃあレマン湖!」

 次へと行こうとしたらペロロンチーノ君が実に元気の良い発言をしでかした。

「おいお前」

 当然姉の茶釜君が許さない。

「ちょっ違! 姉ちゃん! 俺は教授を手伝っただけだって!」

「やかましいわ」

 問答無用といった風に茶釜君が手にした盾でペロロンチーノ君を殴打する。

「いった!? いきなりはやめてくれよ姉ちゃん!」

「じゃれ合いはともかくこれもGMスルーかあ……」

「んんー? ちょっと待って? 今茶釜さんがペロロンチーノさんに攻撃したけどダメージ表記なかったね?」

 姉弟のじゃれ合いは相変わらずの事と生暖かく放置していたが、そこは流石にぷに君。実に素晴らしい着眼点だ。

「えーそうだった? おりゃ」

 そして流れる様に確認をしてくれる茶釜君については見事の一語に尽きる。

 改めて皆の見ている前で確かに彼女は弟を盾で殴り、そして確かになんのダメージも表示されなかったのを共有できた。

「っちょ! 確認の為だけにとかさあ!」

「ゼロじゃないのか。いやゼロならゼロでそう出るか……てか実際ダメージ入ってんの?」

「え? あー確かに痛かったけど……」

「茶釜さん非力だからなあ」

「試すか」

「おい死ぬわバカ」

 言いながら建御雷君が半歩下がり半身になれば、その正面にいた弐式君は慌てて飛び退く。

 確認の為に致命傷は誰だって嫌だろう。

「要はフレンドリーファイアが無効化されていないのか?」

「味方のデバフとかもひっかかるって事?」

「……そういやさっきからモモンガさんからプレッシャーすげえな」

 言われてみれば、というもので。

 指摘に反応しモモンガ君を見てみれば、確かに彼はいつからか黒いオーラのようなものを発していた様だ。

「えっ? あっ、あーすいません何か勝手に絶望のオーラ出てました。消しますね」

 これに慌てて身動ぎしたモモンガ君がオーラを消すと、心の内にあった拭い難い焦燥のようなものが霧散していくのを感じる。

 他の皆も同じような感じらしく、安堵の吐息が折り重なった。

「これうっかり自分達で結果的に自滅コンボ発動しちゃってたかも知れないのか」

「エフェクトが鬱陶しいから切っといて正解だったわ」

 確かに。

 有り得た話だし、そうなりかけたなら今頃こうも平静ではいられまいね。

「そうか……モモンガさんのせいだったのか……。何か胃にズンとくるものがあるからストレスで早くもやられたのかと思った……」

「ヘロヘロさんその体で胃があるの?」

「ええ? あるでしょ胃くらい……多分……」

「どの辺りかな……」

 ヘロヘロ君とタブラ君が話すのを聞きながら、一つ思いつく。

「そういえばフレンドリーファイアの件を試すにも簡単な手があったか。モモンガ君、ちょっと」

 手招きすれば彼は玉座からこちらへ歩いてくる。

 脳や諸内臓、血管に神経や筋線維すらも無いその体がどうやって歩き、どころか喋り思考しているのか甚だ疑問だが、現実として彼は彼として存在していた。

 魔力の類があるとしてもこれが許容されるのを実感させられるとどうも違和感を覚えるし、一方でそれを当たり前とも思う。

 早く慣れてほしい。

 どちらかと言うと後者の方へ。

 まあともかくだ。

「握手をしようじゃないかね」

「え、はい……」

 差し出された彼の骨の手を私の仮初の手が手袋越しに握る。

 弱い静電気が走ったかのような痛みが断続的に感じられたのですぐ手を離した。

「確定だ。フレンドリーファイアは有効状態にあるから気を付けたまえよ諸君」

「へっ、あ、負の接触ですか、うわすいません朱雀さん」

「なにこの程度、勝手に回復するとも。皆もモモンガ君に触ってみると良い、ちくちくするぞ」

「マジで?」

「どれどれー」

「失礼するよ」

「えっ、えっ? ちょ」

 となれば我も我もと確認の為モモンガ君を揉みくちゃにするのは当たり前で、悲鳴のようなものを聞きつつ40人がそれぞれギルドメンバー間であってもダメージが発生するのも確認、共有した。

 し終えてみれば四つん這いで荒い息を吐くモモンガ君がなにやら哀れ気ではあったが。

「ダメージ表記は無く、しかしダメージは存在する。絶望のオーラの影響があった事を鑑みればバフデバフも範囲内なら両方しっかり影響するのだろう。フレンドリーファイアの無効はユグドラシルだからであり、無いなら此処がユグドラシルではない何処かだという補完になってしまう」

「でも魔法はどうなります? ユグドラシルでないなら魔法が我々の思う通り機能するかどうか」

「試してみればいい、こう、単純なもの」

「〈五重最強化(クインティプレットマキシマイズマジック)〉!!」

「えっ」

 オードル卿の問いに応じたらオードル卿が暴走した。

……確かに五重最強化はできている様だ。それを示す四つの光珠が彼の周囲に現れ、魔法の発動を待ち侘びているかのように揺らめいている。

 成程ここまでは結構な事だ。

 が、何せ事が事、どんな魔法であれ最大化された挙句五つ同時に発動するのが確定してしまっている。そして発動者が誰あろうウルベルト・アレイン・オードルとなると、一体どんな魔法であれば何事もなく済むだろうか……?

「〈伝言(メッセージ)〉」

「ああ」

 疑問に囲まれた彼が颯爽と右側頭部辺りに手をやった事で、成程それならと私を含めた幾人かが納得した―――その瞬間だった。

「ぐあああああああっ!?」

「おいやめて」

「うるっせえバカ!!」

「われる、われる」

「ぐっ……がっ……!」

 魔法が発動した途端に五人ばかりが突如頭か頭と思しき辺りを抱えてのたうち回り始めたのだ。

 オードル卿の正面、たまたま近い所にいた不運な彼等が〈伝言〉を受け取ったメンバーなのは想像が付くが……しかしこれは……?

「げ、いやなんか……すみません。こんな事になってしまうとは。と言うか一体何が?」

 慌てて手を離し〈伝言〉を停止させたオードル卿自身も何が起こったか分かっておらず、痙攣する五人をやや混乱気味に見ている。

 どうしたものかと頭を抱える五人が落ち着くまで暫し待つと、やがてそれぞれがどうにか口を開き始める。

「いや呼び出し音がめっちゃうるさかった」

「あれ防ぎようがないぞ多分……とんでもない音が頭ん中に直接来たからな……」

「なんて嫌がらせだ……耳鳴り……脳鳴り? がする……!」

「最大化で何故か音量が最大化されて割とダメージあった感じだぞ今の。物理じゃなく」

「最強魔法かな?」

 成程、何が起こったかは十分に察せられた。

 たかが〈伝言〉がそんな事になってしまうとは。

 皆が皆五重最強化の無駄撃ちと思っていた為にどよめきが起こる。

「うわ……それはまた……うん、本当申し訳ない。回復した方が?」

「それはありがたいが……治るのか?」

「外傷以外も効くのかねえ?」

「やれるだけやった方がいいんじゃね」

「何か障害でも残ったら嫌過ぎるしやまいこさんいっちょ頼んます」

 声を掛けられれば半魔巨人の大柄な肉体を揺らしやまいこ君が歩み出る。

「おっけーおっけー。うーん……えっと、〈大治療(ヒール)〉? ぐらいで良いのかな……?」

 恐る恐るといった風合いだがやはり魔法は発動し、目に優しい柔らかな光が舞い散った。

「おお……すげえ、めっちゃ楽んなった」

 効果有りだ。これで外傷ではないから無効とされたらそれぞれの回復力に委ねなければならない所だった。

 そうと分かればとやまいこ君に続き〈大治療〉を使える者がそれぞれに魔法を施していく。

〈伝言〉を受けた面々が目に見えて復調していくのは小気味良くもあり、不気味でもあった。

「助かったわ……」

「これポーションとかでも同じ回復効果あるのかなあ」

「もう一回〈伝言〉するか?」

「嫌だ」

 確かにポーションを試すのはまたの機会としよう。あの即答っぷりからしてかなりの、いや想像を絶するであろう音で脳を直接殴られる様だし。

「……とりあえず〈伝言〉の強化は禁止にするとして」

「異議なし」

「さんせー」

「概ねユグドラシルでありつつだがユグドラシルでは決してない。ほぼ、そんな知らない何処かな訳かね、ここは」

 改めて現実を突き付ける。

 周りにも、そして自分にも。

 これが現実なのだ。

 我々は迷子になった事を自認せねばならない。

 いや早計か?

 しかしこの身体が、実感が、起こっている状態が既にゲームの延長では有り得ないのだ。

 ただ証拠を揃えてしまえばしまう程に何故こうなってしまったのかが分からない。

 一体何が、どこで、どのような干渉の仕方をしたらこうなるのか。

 ううむむ。

「あーそうだ。〈伝言〉いけるなら端から連絡してってみりゃいいんじゃないか」

 おっと良い気付きだねるし★ふぁー君。コンソールが出ない以上外部との連絡手段はほぼこれに限られてしまった様なものなのだし。

「成程、やってみる価値はありそうだ。では〈伝言〉が使える者は交信可能そうな心当たりに随時連絡してみよう」

 私を含めた各々が手を側頭部にやって思い思いの対象に向けて〈伝言〉を発動、応答を待つ。

 期待、或いは不安か、皆が固唾を飲むのを感じる。

 出来れば良い方で応えて貰いたいものだが……。

 

 …………。

 

 ……。

 

「…………駄目か」

 全員が状況を認めるのに二十分程度を要した。

 現実は相変わらず無情で、それは我々の希望が我々の都合を優先している以上、どうしようもなく当たり前だ。

「まあこうなる予感はあったが、実際なると中々キツい」

「まー仕方ないよ、俺らの知人ってそう多くねえし、ログインしてたかも定かじゃないしさ」

「ギルド自体にレッテル付けられてから他とあまり交流持てなかったしねえ」

「そういやGMとかどうしてんだろうなあ」

「少なくとも私達と同タイミングまでゲームにインしてたのは間違いないだろうからねぇ」

「GMなら返事なかったよ」

「マジかあ……」

 どうしても気落ちしてしまう。いや仮にGMに届いたとしても、届くのならそれどころではないだろうが。

 空気が重くなるのは避けられず、溜息、意味のない呻き等が響いた。

「所でそろそろ言って良い?」

 そんな中で茶釜君が挙手と共に声を上げる。

「何を?」

「還りたいんだけど。私だけじゃなく皆今日も予定あるでしょ?」

 余裕が無いのか、彼女にしては妙に平坦な声。

 成程気持ちは良く分かる。

 どちらも皆同じ気持ちだろうとも。

「まあそうだが……」

「でもなあ……これちょっとどうしようもなくないか。そもそもどうしてこうなったかも分からんのに、還ると言うか戻ると言うか、手段の講じようがなあ」

 そうなのだ。

 理由が分かれば還るにせよ諦めるにせよ判断材料として大いに役立つだろう。

 だがそれすら分からないのだから混乱の度合いは広く深い。

「いや諦めるには早いですよ」

 再び嫌な空気になりかけた所でモモンガ君が茶釜君に倣う様に挙手をした。

 その語気には確信めいた力があり、誰もが彼を見、言葉を待った。

「ある程度はユグドラシルの理屈が通じるのなら、この流れ星の指輪を使えば……例えば即座のワールド移動は候補に入る筈ですから」

「その手があったか」

「あ、それボクも持ってるから一緒に使おっか」

「うん? 常識的に効果が倍増されるとは思わないけど……」

「一度に同じ願いを乞うなら効果が全く変わらない事もないんじゃないか。一応非ユグドラシルなんだし」

「試してみる価値はあるよ」

「あー待ちたまえ、待ちたまえよ」

 皆で話が進んでいくがそこに敢えて水を差す。

 何事かとこちらに視線が集中し、中には若干咎める色すら窺えた。

 気持ちは分かるとも。

 だがね。

「まだ一応、ここがヘルヘイムである可能性は否定できていない。それを確かめる前に指輪を無駄使いする訳にもいくまいよ?」

「あー……いやでも、要ります? 確認」

「うん、ほぼほぼ必要無いだろうがね。それでもここは慎重に動くべきだ。その指輪、確かそう多くは使えなかったろう?」

「それは……そうですが」

 モモンガ君の言う事も分かるがここは石橋を叩き、様子を見、誰か身代わりを立てて先に行かせるくらいはしても良いだろうとも。

 極端な話、玉座の間の扉を開いた途端そこから何かの侵入或いは流出により我々は塵と消え完全に存在が抹消される、なんていう与太事態を……果たして誰が否定できるだろう。

 まるで夜闇に怯える子供の妄想の様だが、この状況ではむべなるかな。

 当然、今私の選択が誤りである可能性とてある訳だが。ううむむ。

「じゃあちょっと外行きますか」

「グレンデラ沼地じゃないとなるとどうなってんだろうなー」

「沼地だったら笑うがそれはそれで何事だよって話になるし」

「どう転んでも一般的に異常事態だからねえ」

 おっと、少し浸りかけていたらまたも周りで話が勝手に進んでしまっている。

「あー待ちたまえ、待ちたまえよ。すまないがね」

 二度も、それも短い間隔で皆の盛り上がりに水を差すのは中々気が咎めた。

「またですか朱雀さん」

「まだ何かあると?」

 周りの反応も先程より当たりが強い。

 仕方ないね。

「何を隠そう、まだ話の途中だったのでね。でだ、我々自身で玉座の間から出るのは控えるべきと私は考える」

「ほう? ですがそこまで慎重になる必要が?」

「あるとも、たっち君。ここにはあれがある。なればこそこの場はこの地下墓地内で一番安全だ」

 諸王の玉座を手で差し示す。ユグドラシルの法がそれなりに通るのであれば、ワールドアイテムが鎮座するこの玉座の間の安全性は他と比べるべくもない。

 これは皆にも明白な事なので、納得から自分への風当たりが和らいだ。理を説けば通じるのは社会人ギルド……いや、この面々の長所だろう。ああ、組み合わせにも寄るが。

「それはそうですが……あ、じゃあ適当にモンスターを召喚して向かわせます?」

「いやいや、もっと適当な者達がいるだろう、ほらあの辺に」

 言って、玉座の間、自分達の反対側にいるNPC達を指差す。

 若干のどよめきが起こった。

「私が思うに、アルベド達は我々と同様ユグドラシルでの存在そのままにこの状況に巻き込まれているだろうから、姿と能力と……恐らく設定のままに自我も確立されている筈」

 先程のアルベドとのやり取りを鑑みれば、少なくとも彼女はタブラ君の練り上げた器のままに在るだろう。であれば彼女の後ろに居並ぶセバス・チャン率いるプレアデス達にもそれ程の違いはあるまい。多分。

「どうだろうか? 私としては一先ず彼女等に先鋒を任せてみるべきだと思うが」

 皆を見回す。

 誰からも戸惑いこそあれ否定的な気色は感じられない。

「ではモモンガ君、ちょっと頼んできて」

「えっ俺がですか!?」

「それはそうだろう。だって君、ギルドマスターという事は我々のリーダーでありこのナザリックの主、ならばナザリックのNPC達が君に逆らえる道理は無い。……と思うがね?」

「ええー……」

 助けを求めるように周囲に顔を向けるモモンガ君だが、たっち君もオードル卿もぷに君も、他の誰も私の言葉を否定する素振りは見せない。

 彼の事だ、また過剰な重荷を課せられたとでも思っているのだろう。

 今回の事はともかく、それまでの件は大体正当な評価からなのだがなあ。

「うーん、じゃあどうすれば?」

「そう難しい事じゃない。彼女等の元へ行き、外の簡単な調査―――ああ、ついでにナザリック全体が正常に機能しているかどうかの確認もして貰うと良い」

「……断られたら?」

「んーその時は……君自身が言ったように召喚したモンスターを外へ遣わす事になるだろうね。融通の利きにかなり違いが出るだろうけど」

 まあNPC達に調査を任せた結果、彼等が死ぬか何かして二度と還らぬ可能性は否定し切れないが……今ここまで言う事もあるまい。

 如何につい先日まで彼等どころかユグドラシルそのものを忘却していたとはいえ、一度は己の心血を注いで作り上げたキャラクター達だ。私だって可能な限り渋る。

「えーと、まあ、アルベド達の所へ行って外の調査を頼むのは了解しました。でも朱雀さんにも付いてきて貰いますよ? 言いだしっぺの奴です」

「ああそれは構わないとも。私としても彼女等の在り様は気になる所だからね」

「じゃあ俺も同行しますよ」

 モモンガ君に並ぼうとしたらオードル卿も付いて来た。

「いや、オードル卿に足労願うまでもないよ。あまり大勢で行く事でもない」

「何故です?」

「ふむ」

 軽い手招きの後彼の方へ少し顔を寄せ、小声で。

「簡潔には、警戒される恐れがある」

「なん……」

 咄嗟に出たであろうオードル卿の反対的意見を手を挙げて遮る。

「少なくともモモンガ君は、今日までギルドと大墳墓を存続させてきたギルドマスターであるからして、NPCの信頼もきっと篤かろう。だが我々はどうかね? 或る日を境に足跡を絶やし、或る日急に戻った我々を彼等はどう見る?」

「…………」

 私の言葉にオードル卿はすぐに反論しようとし、しかし声を発さず口を閉じた。

 彼とて思う所はあろうね。

 そして彼に限らずこの会話が漏れ聞こえた者達は、どこかしら後ろめたさを窺わせる沈黙を醸していた。

 分かるよ、分かるとも。

 私とてヴィクティムにどんな顔を見せられたものやら。

 先のアルベドの態度があっても、NPCが現実的な存在として在るならば、我々はおよそ肯定的には見られていないに違いないだろう。

 存在の疑問視すらされても不思議は無い。

……かも知れない。

 ひょっとしたら大喜びされる可能性は……いやいくらなんでも虫が良すぎるか。

「ですがそれは」

「そうだね、杞憂であるかも知れないとも。だが、多少でも安全な方策を採るべきだろう」

「多少……安全?」

「彼女達が我々にとって間違いなく安全だという保証は?」

 私の言葉に対する当然の疑問に問い返す形で応える。

 仮定ばかりで確証が無いのだ。

 ならば都合の悪い方で考えた方が良い。

「……成程、ではつまり二人は囮も兼ねると?」

 これにオードル卿がおよそベストな返しをしてくれた。

 その通りだとも。

 頷いた私に彼はその獣面に渋面を浮かばせる。

「不服かな?」

「……いえ、そういう訳では。分かりました、ですが何かあったら無傷とはいきませんよ」

「それは仕方ない、私が死ぬ前に手を打ってくれたまえよ」

 流石にモモンガ君は手を出されないだろうが、私は出されて不思議は無い。

「そういう流れになりそうだったら私が教授を庇いますから。私なら大丈夫なんでしょう?」

 聞こえていたのだろう、モモンガ君が話題がどんどん不穏な方へ行ってしまうのを防ぐ様に、話題そのものを遮るように私とオードル卿の間に身を割り込ませる。

 うん、あまり愉快な内緒話ではなかったね。

「ああモモンガ君、それならかなり安全そうだね―――と、そうだぷに君」

「はい?」

「こちらに一応注意は向けつつだが、君等で追加の共有作業をお願いしたい」

「追加と言うと……」

 植物性の手で顎の辺りを撫でる彼に、私のしようとした事の続きを依頼する。

 まあ彼なら大まかで大丈夫だろう。

 私が覚えている彼から大幅に劣化しているなんて事は無かろう筈だし。

「少なくとも私には五感と、後リアルの肉体での支障が全く感じられないというものがある。その辺を含めて、ユグドラシルとの差異についてより詰めていってもらいたい」

「あー成程。じゃこの広間から出ない形で無難にやってみますよ」

「お願いするよ―――さて、モモンガ君、〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉とかなら一瞬だろうが、少し歩こうか?」

 私が一歩を歩めば彼も付いて来る。

「……はい」

 とはいえ声やら所作やら明らかに硬い。

「なに、そう緊張する事もあるまいね。……そうだ、本当にもしもの時は私と私の使徒達でモモンガ君を護ろうじゃないか」

「ええ……? それ朱雀さんがもし暴走状態になったら私達で討伐しなきゃならないじゃないですか。フレンドリーファイア有りなら滅茶苦茶大変ですよあれ」

「ううむむ……まあたっち君もオードル卿もいるし、不利は私にあるから何とかなるだろう」

「止めてくださいよ、嫌ですよ私は」

「いやはや、同感だねえ」

「もー頼みますよ本当」

 大仰に肩を竦めれば、モモンガ君は呆れた様に首を振る。

 話題が話題だったものの、少しは緊張が和らいだ様だった。

 

                      ■

 

「じゃあ皆、モモンガさんと教授がNPCに話を付けに行く間にも幾つか詰めて行こう」

 ぷにっと萌えの呼びかけに皆肯定的な反応を示し、ではどうするかという方向に舵が向く。

 とはいえするべきは相も変わらず現状の確認で、ならばどうしたものかと皆思考を巡らせる。

「あ、一つ気付いたんだけど」

 そんな中弐式炎雷が言った。

「ん?」

「さっきからどうもパニくりそうになる度になんかスーッとするんだけど……俺だけかこれ?」

 その指摘に誰しも身に覚えがあったのだろう。

 彼の言葉にああそういえばと皆口を開く。

「あっそれ私も」

「そういや何なんだこれは」

「無理やり鎮静剤打たれた感じで嫌なんだよな」

「条件は……まあパニックか」

「うーん、ひょっとしてバッドステータス扱い? 要は混乱じゃん?」

「となるとスキルや装備の耐性か……後は種族特性で防ぐ感じか」

「まあ皆なるって事はそうなるね。混乱耐性ないとか戦犯確定だし」

 ユグドラシルでの混乱とは思い通りに身体が動かなくなるだけのものだが、ゲームシステム上それが覿面に効果があり、混乱したら治るか治してもらうまでじっとしてろが最適解であった。

 結びのぷにっと萌えの言葉にああ成程と納得が示され、それじゃあ、となった時。

「ていうかさ」

 平坦な言葉が場を支配する。

 誰もがその声を発したぶくぶく茶釜の方へ視線を向けた。

 それだけ異様さが際立つ声だったのだ。

「どうしたの茶釜さん」

「ここがヘルヘイムである可能性はまだゼロじゃないでしょ? 本当、何かの手違いがあってとかで、運営も今必死になってるかもだし」

 抑揚に欠けた台詞運びにペロロンチーノなどは小声でやべえと呟きすらし、彼のそれが無くとも彼女に余裕が無くなっているのは誰の目にも明らかだ。

「まあそうだけど……でもゲーム側のバグで個々のユーザーそれぞれに深刻な影響を及ぼすのは突飛過ぎるしさ」

「分かってるよそんな事は!」

 彼女の近くに居たので宥め役を買って出たウィッシュⅢにぶくぶく茶釜は怒声で返す。

 先程までと別人と言って良い程の声量と込められた感情の濃さに、直撃を受けたウィッシュⅢは数歩後ずさってしまう。

「でもさあ! こんな姿で、帰れもせず、どうしろって!? ―――っく、この……」

 怒りのまま言葉を連ねていった所で不意に、苛立たしげに中断する。

 恐らく鎮静が働いたのだろうが、混乱だけでなく感情の大幅な起伏に対してすら発動するのだろうか? そしてあの姿でなかったら彼女は今どれ程苦々しい顔になっているだろうか。

「まあまあ姉ちゃん落ち着こうぜ? こんな状況だし今はちゃんと集団行動しなきゃ」

「分かってるよ馬鹿」

「ええ!? ひっでえなあ!?」

 一先ず鎮静した所でウィッシュⅢに代わりペロロンチーノが姉を宥めに入った。

 流石に身内からの言葉とあって多少は効果的な様で、では取り敢えずぶくぶく茶釜は彼に任せるとし、どうしたものかと四方山話が始まる。

「茶釜さんの言いたい事は分かるよ、ほぼ皆今日も仕事だし、このままだとクビにされそうだ」

「あーそれだ、クビだ、嫌だなあ……」

「ユグドラシルに接続していた全員がこうなってたら社会問題化して見逃して貰えそうじゃね?」

「最低でも41、多くて……どれくらいだろうな」

「往時の数を考えたらぎりで万行ってるんじゃない? 何だかんだで最後の時くらいは見に来てやろうかって奴結構いるだろうし」

「俺らみたいに誘われて思い出して来たようなのもな」

「それよ」

「まあ千単位後半はいけそうな感あるか」

「うーんでも仮にそうだとすれば、かえって社会問題化は難しいと思うよ」

 同時ログイン数の話からぷにっと萌えが話題の方向性を弄りにかかった。

「えーなんで?」

「だってDMMO-RPGの枠に収まらない事態になるから。脳内ナノマシンの補助を経て進化を続ける現代電脳情報社会そのものの根幹を揺るがしかねないんだ、これ。だから運営の上位……半端な所ではなく恐らく企業連の、それもトップ三社が乗り出して来ると見て良いんじゃないかな」

「あいつ等が?」

 露骨な不快をウルベルトやベルリバー達が示す。

 それはそうだ、企業連とは彼等にとっての絶対悪であり、普段声高に主張はしなかったがその思想はアインズ・ウール・ゴウンの皆の知る所だった。

「じゃあ俺達は見捨てられるって事か? ここにはアーコロジーの内側の奴だっているのに?」

「んーそれはならないと思う」

 明らかな怒気を孕むウルベルトの声をぷにっと萌えはやんわりといなし、死獣天朱雀の様に一度皆を見回した。

「だって幾ら何でもこの41人だけの状態ではないだろうし。だから最大限に素早く事態を収束させる為に、巻き込んだ関係者にはあらゆる手を使って口外を禁じ、世間には別の新しい情報を大量に注ぎ込んでこの事態の情報を押し流す。何なら戦争をでっち上げても良い。仮にどこかから漏れても情報統制部門を使ってデマにして……と、使い古された王道手でくる筈。……こっちからのアクションが届かない以上、事態を収束、の辺りでどうにか拾い上げて欲しい所だけどね」

 滔々と、それでいて淡々と。

 まるで用意された原稿を読み上げるようなぷにっと萌えの言葉に幾人かは絶句した。

 彼の言葉が決して絵空事ではなく、知識や実感、経験からの確かな説得力があったからだ。

「それじゃあ……例えば同居人がいてもお手上げな感じか?」

「感じだね。多分何かエラー出てるから手を出せないだろうし、その状態なら然るべき所に通報もしちゃうから、あっという間に囲い込まれちゃうよ」

「強制ログアウトの一瞬の狭間に全員で同じ夢を見ている、なんて事もないだろうしな。俺等がこうなっちゃってるのを巧く対処して貰うしかないのか……」

「まああくまで還れるなら、という仮定の下だけどね」

「外次第じゃ還りたくないまであるかも知れんぜ?」

「今はよせって」

「っと」

 ぷにっと萌えに応じて軽口を叩いたフラットフットをブルー・プラネットが小突く。

 見れば先程からずっとペロロンチーノはぶくぶく茶釜を宥め続けているのだ。

「今期の仕事は当たりだったの、人気も出てたし、こんな事で躓いてる場合じゃないのに……」

「確かに評判良いし正直言えば内心俺も鼻が高いけどさ、でも今ん所本当どうしたらいいか全然分かんないんだから」

「お前はまだ人間型してるからいいよなあ」

「えっちょ、そこで俺に矛先向くの!?」

 ぶくぶく茶釜の言葉に不穏な色が混じるとペロロンチーノは敏感に反応する。

 ご立派なピンクの肉棒がぬらりと自分の方へ先端を向ければ、誰でも怖気は走るだろうが。

「お前を始め散々卑猥だ淫猥だと言ってくれた身体にガチでなっちゃった私の気持ちをなあ!」

 そして彼女の言葉に皆がどこかで納得した。

 ぶくぶく茶釜はギルドの中では基本的に冷静で理性的な人物とされていたため、こういう事態に真っ先に激するには皆どこか違和感があったのだ。

 だがその違和感は彼女の言葉が吹き飛ばしている。

 ゲームのアバターならともかくその容姿に本当になりました、なんていう状況、女性であれば看過するには極めて難しいだろう。それに自業自得とするにも厳し過ぎる。

「いやそれはほら! 還れさえすれば……貴重な体験としてなんとか……?」

「今……今!! 今私は今この様なんだよ!!」

 鎮静が入ったのだろう、ぶくぶく茶釜の声の覇気に明らかな沈降があったがそれを無理矢理に大声で押し通す。

 同時に身体が脈動しながら膨張を始め、いきり立つその様は色々と拙かった。

「わああ止めよう姉ちゃん! マジで! ヤバいから!!」

 ペロロンチーノも今や見上げんばかりな姉の有様に半泣きである。

「百も承知だよ愚弟!!」

 そして無理矢理な怒りが物理的な波涛となって襲い掛かろうとした時、ぶくぶく茶釜とペロロンチーノの間に二人ほどが割って入った。

「へーいかぜっち、どうどう」

「今回ばかりは弟くんに分があるよー?」

 やまいこと餡ころもっちもちだ。

「う、ぐ、む……」

 仲の良い二人から待ったがかかれば、流石にぶくぶく茶釜とて無茶は通し辛い。

 見る見る内にその身体が萎んでいく。

「こんな状況だもの、しかもかぜっちはその体だし取り乱すのは分かるけどさ」

「そうそう。でも、だからって、当たり散らすのはらしくないよ?」

「むむむむ……」

 こう丁寧に言われてはもうこれ以上続行のしようも無い。

 恐らく肩を落としているのだろうぶくぶく茶釜は、やまいこと餡ころもっちもちを交互に見た後、ちょいちょいと小さく弟へ手招き。

 えー? というジェスチャーを返すも改めて強めの手招きを受け、ペロロンチーノはゆっくり姉へと歩む。

 彼が姉の傍らに立った時、裾を軽く引かれて屈んだ所で何か耳打ちをされた。

 何とも言えない風に嘴を打ち鳴らした後、彼も姉に耳打ちを返す。

 それで終わった。

 ぶくぶく茶釜はペロロンチーノから離れ、親友二人の傍へ。

 ペロロンチーノはその場で背伸びをし、やれやれと体を弛緩させる。

「なんだあれ」

「仲直りしたんじゃないの」

「ああ……成程ね……?」

 まあそういう事なのだろうと他人達は判断するしかなく、取り敢えずは落ち着いたんだなと安堵が広がった。

「そういえばさっきの指輪だけど。モモンガさんが言ってた奴」

 タブラ・スマラグディナがふと思い出す。

「もしあれを使う事になったとして、サーバーの電源落ちてるまでありそうだけど……その場合どうなるんだっけ」

「理屈で言えばサーバーエラーからの強制ログアウトとそう変わりはない筈。つまり強めの乗り物酔い程度じゃないか?」

「ナノマシーン不足で強制切断された時よりはマシな程度だね」

 何気ないウィッシュⅢの言葉。

 その瞬間、多数が気付きの声を上げた。

「そうだナノマシーンがあったな。あれが規定値以下になれば直ちに追い出される訳だから……」

「最短で誰からだ? 俺はまだ結構残ってる」

「俺後40時間くらい」

「他には?」

 皆思い出そうと指折り数えたり首を傾げたりしているが、結局スーラータンの40時間が最短ではないかという事となった。

「なっが。それならこっちからも手を尽くした方が良いな」

「やるだけやっといた方がヘルメットのログ的にも後で有利になるだろうし」

「あるといーなー、その後ってのさ」

「ふむ……では使うとして、やはり流れ星の指輪になるか?」

「星に願いをで良いんじゃないか」

「併用?」

「うーんでもあれレベル使うからなあ。万一を考えると躊躇うものがあるよ」

「あー……まあ確かに」

「じゃその時が来たら指輪でいきますか。どっちも未使用ですよね?」

「私はそう。多分モモンガさんも使ってないんじゃないかな?」

 どっちもエリクサー余らせるタイプだし、やまいこは小さく笑った。

「後は〈転移門(ゲート)〉……いや〈次元渡り(プレインズ・ウォーク)〉や〈異世界門(ワールド・ゲート)〉は? 玉座の間から出るのはちょっと怖いけど、還れそうな感じなら使える奴等だけでも還った方が」

「……んん、ダメだな。行き先の指定が出来そうもねえや、なーんか靄がかってて行ける気が全然しない」

 通常の最上位転移魔法より更に上、種族やクラス特性の組み合わせで習得出来る転移魔法の名を挙げたものの、返事は芳しいものではなかった。

 既知の場所だけではなく未知の場所への転移すら可能な筈なのだが、使用者が無理と直感したのなら強行するにはリスクが大きい。実際〈異世界門〉であっても様々な要因から転移出来ない場所というのは存在するのだ。

「マジか……」

「となると指輪に託すしかないかあ……?」

 しんみりした空気になるも、そこでぷにっと萌えが柏手を二度、三度。

 外見からすれば意外と固い感じの音がし、皆の注目を集めてこう言った。

「さ、それじゃあ実証の続きと行きましょう」

 話題の出し方が強引なのだが、あのままの空気よりは無理にでも明るくいった方がましだろう。

「取り敢えず炎完全耐性持ちに火球当ててみるって事で」

「っしゃ来いやあ!」

 それを察したアルベロベーロ・トゥルーリがわざわざ〈自己燃焼(セルフバーニング)〉で自らに燃え盛る青い炎のエフェクトを纏わせる。

 元々完全な炎耐性があるのに自身に炎耐性を付与する魔法を使った所で明らかに無駄なのだが、気分の問題だろう。現役時代からそうだった。

「よし分かった、良いんだな?」

 これにウルベルトが口端を吊り上げ笑ったものだから、アルベロベーロからすると若干引き攣った笑みを返さざるを得ず。

「ええと……優しくして?」

「魔法で加減をする方法は寡聞にして知らないからな……〈五重最強化(クインティプレットマキシマイズマジック)〉!」

「お前え! 耐性あってもまだ確実じゃないんだからそういうの止めろよ!?」

 そして、火球のそれとは思えないような爆発音が響いた。

 

                      ■

 

 茶釜君が声を荒げたと思えば何か爆発音のようなものまで聞こえ。

「う~む何やら騒がしい。まあ仕方ないが」

 背後の様相に振り返りこそしないが苦笑が混じる。

 言葉通り本当に仕方なくあるのだろうが。

 とはいえしきりに後ろを振り返るモモンガ君の気持ちも大いに分かる。

「……あ、そうだ」

「ん?」

「教授は本当にアルベド達が私達に危害を加えると思っているんですか?」

 こちらに少し身を寄せ、潜めた声で。

 尤もな問いだった。

 それでいて少し遅い問いでもあるが。

「ゼロではない」

 彼と同じように声を潜める。

「もっとも、さっきの軽いやり取りを鑑みれば殆どゼロだろうが……」

「100%以外は信じるな、ですか?」

「そうだとも。それに迂遠であろうと確認はしていくものだよ、手遅れにならない程度にね」

「手遅れですか……朱雀さんは実際どの辺りまで考えているんです?」

「と言うと?」

 意外な問いに思わず足が止まってしまう。

 一歩先んじた形になったモモンガ君も立ち止まり、こちらを振り返る。

「だってさっきからずっと主導的な位置でギルドの皆を引っ張ってくれているじゃないですか。おかげで助かってますし……」

「ああ、別に私に特別な何かがある訳ではないよ。現状に対する知識は皆と変わらないし……まあ偶然と、人生経験の差かね」

「そうなんですか?」

 歩き出し、今度は少し先んじる形になった自分にモモンガ君が慌てて並ぶ。

「そんなものだよ。それにほら、以前良く言ったろう、私は君等が生まれるよりも前から趣味人をやっているのだよ? とね。要は蓄積した妄想の差だとも」

「ははは、久々に聞きましたそれ」

「そうだろうねえ」

 互いに小さく笑い合い、気付けば随分とアルベド達の姿が大きくなっている。

 こちらの会話や後ろの騒ぎが気にならない訳ではないだろうが、整然と跪いたまま微動だにしないのは異様であり、一方でこちらの命令を愚直に守っている様にも思えた。

「さて、そろそろだ。大筋はモモンガ君に任せるからね」

「ええーやっぱりですか……」

「理由はもう並べてあるじゃないかね。なに大丈夫大丈夫、君の手には黄金の杖があるし、後ろにはたっち君達がいるんだ、何かあってもHPの半分も削られまいよ」

 露骨な難色を示すモモンガ君の肩……肩の辺りを軽く叩きつつ。

「それはそうですが、うーん」

「さ、腹を括りたまえよ。過去台本無しにタブラ君でも舌を巻いた宣戦布告の長口上をやってのけた君なら大概大丈夫だとも」

「そんな大仰な話じゃないですよねえ?」

「はっはっは、であるならやりたまえよ」

「……ずるいなあ」

 そうこうする内にアルベド達の元まで辿り着く。

 あちらからこちらまでずっと彼女達から目を離さなかったのだが、今に至るまで動きは無い。

 ちらとこちらを窺うモモンガ君に頷き、早くしたまえよと急かす。

「……あー……。……アルベド」

「は」

 悩んだ後にRP用の声を選択したモモンガ君に対する短くもはっきりとした返事は、成程、それだけで忠誠の高さというものが窺えた。

 私自身人を使う側でもあるので返事からその者の心情を推し量ったりもするが、アルベドからは少なくとも害意は感じられない。

 そして返事をしたまま動かない彼女に、モモンガ君はどうしたものかと言った風に改めてこちらに顔を向けてくる。

 この様子では確かに私が付いて来て正解だったか?

 或いは私が居るせいなのかもしれないが。

 ともかく手招きに近いジェスチャーで、一先ずは頭を上げさせる様ヒントを出す。

 頷いた彼は直ちに実行した。

「面を上げよ」

「はい、モモンガ様」

 実に滑らかに彼女は顔を上げた。

 プログラムされた動きにしては違和感が全く無く、通常ならヘロヘロ君等の仕事を称賛したい所だが、敬意を湛えた微笑を浮かべられてはやはりユグドラシルでは無い。

 モモンガ君も思う所があったのだろう、アルベドの挙動に若干圧倒された風だった。

「あ……いや、現在先程朱雀さんが言った様に、驚くべき事態……いや、もう未曽有の事態かな。とにかくこのナザリックは異常事態に見舞われていると思われる」

 早くもぐだぐだになってきたモモンガ君の台詞回しだが、それでもその内容によりアルベドの美しい顔に緊張がはしる。

「そこでだ、お前達にナザリックの外へ出て調査をしてもらいたい」

 が、モモンガ君のこの言葉に一気に柔和な表情を浮かべ、

「貰いたいなどと仰らずとも、モモンガ様はただ御命令下されば良いのです」

 一度首を左右に振りつつ、言葉には敬意の他に少々の媚びがあり。

「え、そうなの?」

「まあ……彼女が言うならそうだろう」

 思わず素で返したモモンガ君に私も付け足す。

「えーと、ではナザリックの外がどうなっているか調査せよ」

「は」

 命令されればすぐに表情は研ぎ澄まされ、安心と信頼を託すに足るプロフェッショナルの面立ちになる。

 成程この見事なオンオフの切り替えよ。

 それでいて自分の望む言葉を引き出す強かさよ。

 彼女、タブラ君のなっがい設定に基づいているのだろうなあ。

「では人選はいかが致しましょう。情報の拡散を防ぐのであれば、セバス達に一任するのが適当かと存じますが」

 そして用意していたかの様にすらすらと言葉を紡ぎ出す。

 或いは私の発言が聞かれていたか……?

 いや、根拠が異なる。

 それも彼女のアレンジかも知れないが……ううむむ。

「じゃあそれで。皆で行動すれば突発的な状況にも対処しやすいだろう」

 悩んでいたらモモンガ君が早々とGOサインを出してしまっていた。

「ああ私からも注文をいいかね?」

 慌てて自分の意を差し込む。

 NPC達が行動にかかるのは早い方が良いだろうが、その前に幾つか付け加えたり、聞いておきたくある。

「はい、死獣天朱雀様、なんなりと」

 アルベドがモモンガ君からこちらへと顔を向けた。

 当たり前の様に思考し、判断し、会話してのける彼女はもう一個の生命体と見て良いのだろう。

「外へ出るまでにナザリック内部がしっかり機能しているかも確認してくれたまえ。各守護者の面々にそれぞれ調査させれば事も早かろう」

「了解致しました」

 二つ返事かね。

 第十階層より上の層の存在を確信しているのだろうか。

 プレイヤーからは分からないNPCの繋がりのようなものがあるのかも知れない。

「それと、外がグレンデラ沼地と確認できるならそれで良し、そうでないなら一度……アルベドに誰かしら〈伝言〉の類で連絡を入れたまえ。こちらで協議して追加の命令を下す」

「その様に致します」

 一瞬、自分が〈伝言〉を受け取るべきか迷ったが、最上位NPCの頭越しに他NPCとやり取りをするのは避けた方が良いだろう。

 情報の取り扱いの点でここはNPCに信用を置いている事を示しておくのも手だ。

「ではここからは質問だが」

 ともかく対話を続けて曖昧模糊な彼女達の定義を確立せねば。

 さりとて余り長々と時間を割く訳にもいくまいし。

 仕方ない。

「はい」

「率直な話、アルベド……君は何者かね?」

 直球且つ哲学的な問いかけになったが、これにどう答えるか見ものだろう。

 ただアルベドはこれにきょとんとする事すらなく口を開いた。

「私はナザリック地下大墳墓の守護者統括として、至高の御方々の一人タブラ・スマラグティナ様に創造された者であり、至高の御方々に絶対の忠誠を誓う者」

 成程そう来るか……。

 疑い無く受け取るならそれが彼女のアイデンティティであり、守護者統括としての自分にプライドを持って―――

「そして、畏れ多くもモモンガ様の……妻です」

「……っ」

「…………二人して照れるのは止めたまえよ」

 何なのか。

 いや分からなくもないがね、アルベドの様な創り込まれた精緻の極みな美女にああいう言われ方をされるのはね。

 大体モモンガ君はだね、表情など全く無い筈の骸骨顔で良くも見事に照れを窺わせてくれるものだよ。

……ああ、ええとどこまで考えたのだったか。

 いかんな、ううむむ。

「モモンガ君、君、タブラ君に唆された点もあるが決断したのは君だろう」

「いやそれは……そうですがね?」

「せめて妻を見習って落ち着きたまえよ」

「あっはい。…………」

 まあ挙動が不審になるのも分かるがね。

 溜息を挟み、新婚組から視線を動かす。

「……ではセバス、君は? 君はどうだね」

「は。私は至高の御方々の一人たっち・みー様に創造され、ナザリック地下大墳墓の家令として至高の御方々をお支えし、有事の際には最後の盾としてこの身を散らす覚悟を持つ者です」

 言い様はアルベドと大差無い。

 ならばNPCとは基本的にそういうものなのだろうか。

 或いはアルベドに倣っただけだろうか。

 ただそれにしても……。

「……先程から君等の言う至高の御方々とはつまり、我々の事であるね?」

「勿論で御座います、死獣天朱雀様。このナザリック地下大墳墓において至高の御方と言えばアインズ・ウール・ゴウンに属す御方で、至高の御方々とは即ちアインズ・ウール・ゴウンの皆様方の事。……もしお気に召さないのであれば別の尊称を考えますが……」

「ああ、いや、それには及ばないとも」

 そんな申し訳無さそうな顔をされる事では無いのだし。

 しかしどうもこう……思っていたものと勝手が違う。

 敵愾心を剥き出しにせよとは言わないが、こう忠誠心を露にされてはどうも居心地が悪い。

「ではプレアデスの面々についても先の問いの答えは概ね同様のものと?」

「はい、我等プレアデス、至高の御方々に創造され、至高の御方々の為に存在する者。捧げる忠誠の程はアルベド様やセバス様にも引けを取らぬと自負しております」

 代表したユリ・アルファが朗々と応えれば、彼女の妹達は一斉に頭をより深く下げる。

 腰とか大丈夫かね君等。

 若そうだから平気か。

 ただプレアデスもアルベドやセバスと同様なのはもう当たり前の領域と言えようか。

 それにしても、知的階級が希少となった向こうにおいて自分は一定以上の敬意を向けられる存在ではあったが、NPC達からのそれは比にならない。

 だが考えてみれば納得もいこうかね。

 彼女らを創ったのは?

 ナザリック地下大墳墓が現在の形になったのは?

 そう、全てアインズ・ウール・ゴウンの仕業だ。

 NPC達にとってアインズ・ウール・ゴウンとは即ち神にも等しい、いやそれに勝りかねない絶対者としての価値を持つだろう。

 造物主などと言う妄想の産物を信じた事は無いが、例えばこうも分かりやすくその存在を感じる事ができたなら、私とて少なくとも服従はするに違い無い。

 であればもうNPC達を警戒する必要は無いだろうか……?

「ふむ……む?」

 玉座方面から一際大きな騒ぎ、それも宴会の様な笑いが起こる。

 これには流石にモモンガ君共々振り返ってみれば、たっち君が正義降臨を背負ってポーズを決めており、残りの面々が「本当に出たよ」だの「クッソウケる」だのと爆笑中だった。

 あのね。

 少しはこちらの空気を読んでくれまいか。

 無理かね。

 まあ無理だろうね、仕方ない。

 だがどうしてくれるのだこの空気。

「うむ……ああ、先程から玉座の方で色々とやっているのは、あれは今の我々が何をできるかを確かめていてね」

 どうにか取り繕おうと言葉を並べながらアルベド達の方へ向き直ると、皆何やら嬉しそうと言うか、感動と言うか―――特にセバスが顕著だったが、とにかく私が思っていたのとは違い否定的な意思は全く見受けられなかった。

 至高の御方々だからなのか?

 訳が分からない。

 新人研修生が無理矢理作ったお世辞笑いの様な顔が一つも無いのはどういう事だ……。

「……よろしいでしょうか?」

 困惑が鎮静を呼ぶ前にアルベドの声が私を冷静にさせる。

「構わないとも」

「何故、その様な事を? 至高の御方々であれば数多の魔法、スキルを使いこなし幾多の冒険を成し遂げて来た筈……」

「まあ、尤もな疑問だね。そして何故に答えると、現状、我々にとっても何一つ分からない手探りの状態なのだ。自分の身体の動かし方やら、魔法の効果やらからね」

 嘘を言っても始まるまい。

 私の包み隠さない言葉にアルベド達は驚きや疑問を窺わせ、モモンガ君の方へ視線を向ければ彼も頷いたので改めて驚いている。

「それ程の……」

「そうだとも。でなければ、我等のモモンガ君に対する儀式が途中で止まる筈も無い」

「成程……」

 実にすんなりと納得した様だった。

 先程の確認の仕草もだが、やはりNPCにとってモモンガ君はアインズ・ウール・ゴウンの中でも一段上の様だ。

 当然と言えば当然だがね。

「さて、では私からの水差しは以上だ」

 差し当たり聞きたい事は聞いた様に思うので、主導をモモンガ君に返す。

「あ、はい。えー、ではセバスとプレアデスはまずナザリック全体が正常に機能しているか確認するよう各守護者に伝達しつつ、外の様子を……調査する前に一度こちらに連絡をする様に」

「はっ」

 モモンガ君の命令にセバスが重みのある頼もしい返事をし、プレアデス共々揃って立ち上がる。

 この辺りの集団行動の見事さはゲームを思い起こさせるが……。

「おーい」

「ん?」

 後方、玉座方面からの呼び声。

 振り返って見れば、ああ、なんとも子煩悩な事だね。

「見たまえよ、君等の……創造主達も手を振って見送らんとしているよ」

「おお……」

「何と勿体ない……」

「やるっすよー!」

「静かにしなさい」

 感動し涙ぐむ者まで居る中、元気よく万歳しながらぴょんぴょん跳ねまでして怒られたルプスレギナ・ベータについては―――ああ、成程成程? 創った側に多少似てしまうものかね。

「では行って参ります」

 約一名の行動を完全に無かった事にするかのような堂々たる風情でセバスが慇懃にお辞儀をすれば、プレアデス達も一斉に倣う。

「うむ」

 そうしてモモンガ君の返事を受け、彼等は玉座の間より辞さんと扉に手をかけ、開き、開いて、ソロモンの小さな鍵が見え、彼等が外へ出、閉じ、閉じ切った。

 重い音は失せ、しかしこれと言った変調は感じられず、アルベドも平然としたものだ。

 どうやら扉の外は存在し、そこへ出ても何事も無いようだった。

……まあ当たり前か。

 だがその当たり前すらつい先程まで曖昧だったのだし、もっと疑うならばNPCというこのナザリックに根差した存在であるからとも考えられる……流石にこれは考え過ぎの類ではあろうが。

「……あの、モモンガ様、死獣天朱雀様」

「ん?」

「どうしたね」

 門扉をいつまでも眺めているとアルベドから声をかけられる。

「ナザリック内部の確認に各守護者達を動員するのはより確実ですが、こちらから確認は容易に出来るのでは?」

 不安げな声音に一瞬嫌な予感がしたが、彼女の言葉はこちらの予想を大幅に上回るものだった。

「出来るのかね?」

 私の問い返しに彼女は不思議そうな顔すら見せる。

 まるでこちらの疑問がおかしな事であるかのような。

「では……マスターソース・オープン」

 彼女が耳慣れない単語を発したかと思えば、彼女の正面に半透明で光る板が発生する。

「…………」

「…………」

 思わずモモンガ君と顔を見合わせた。

 そうだ。

 あれは、あの妙に見慣れたウインドウは、我々が開くに開けなかったコンソールのそれではないだろうか?

「……あの?」

 そしてアルベドの声音はとうとう不安さすら感じさせるものだった。

 うんうん。

 済まないがこちらとしても余裕が無くてね。

「……アルベド」

「はい」

「……なんだね、それは」

「ナザリック地下大墳墓の管理システムです。この玉座の間でのみ、私と至高の御方々がアクセス可能なのですが……ひぅっ!?」

「コンソールとちょっと仕様が違いますねこれ」

 私の問いに答えていたアルベドの横から覗き込みながらモモンガ君が言う。

 それどころでは無い為当人は何も気にしていない様だが、アルベドがもう沸騰せんばかりの有様になっているのは率直に表現すれば滑稽で滑稽で。

 いやー良かったとも、ペストマスクを被っていて。

「……だが……中身に大した差はなさそうだ」

 取り澄ましてモモンガ君の反対側に立ち、アルベドが出したマスターソースとやらを覗き込む。

 並んでいる文字列、恐らくそれぞれに触れれば該当画面に遷移する作りなのだろう。

 ただやはり試すのであれば個々に出した方が不自由は無いか。

「アルベド」

「はい」

「聞いた感じでは我々にもアクセス権限があるようだが、その手段は?」

「マスターソース・オープンと言って頂ければ」

「成程、成程」

 モモンガ君と頷き合う。

 早速実行してみた所、アルベドの言う通り我々の目前に管理システムのウインドウが現れた。

「おお……」

「うむ……」

 感心の声を小さく上げつつ、表示内容にあれこれ触れてみれば、多少の仕様の違いこそあったがユグドラシルのコンソールのそれと見て問題は無さそうだ。

 となればこれを向こうの連中にも教えてやらねばなるまい。

 セバス達を送り出したので改めて別の作業に入っている面々を見、〈伝言〉を発動させる。

「……ぷに君?」

『はい、どうしました教授』

「うんうん、忙し気な所すまないね。一つ重大な事が分かったよ、マスターソース・オープンだ。いいかね、マスターソース・オープンだよ。この〈伝言〉が切れた後復唱してみたまえ、ではね」

『分かりました、では』

 さてどうなるか……。

 あっと言う間に向こうは大騒ぎとなった。

「……はっはっは、まぁああなるかね」

「そりゃなるでしょうね」

 こちらも細やかに笑い合う。

 一人、何処か腑に落ちないと言うか、どうにも不可思議な顔で我々を見ているアルベドが少々気の毒ではあったが。

 

                      ◆

 

―――我々は何故こうなったかも分からず、自力で還る標も無し、と。

 今にして思えば、概ね恙無くセバス達を送り出す所まで漕ぎ着けたのは僥倖と言えたろうね。

 ある意味茶釜君が真っ先に激発したのも幸いだったかも知れないよ。

 まあ尤も、それから一難去ってまた一難、と言った所ではあるか……。

 




 前回から1,137日くらい経ってしまいましたがやっとお届け出来ました。
 お待たせしてしまった時間からすれば些少ですが、お楽しみ頂けたなら幸いです。

 えーと次は「はじめてのおつかい」とかそんな感じでいけたらなーと。
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