コードギアス 反逆のルルーシュ LOST COLORS R2~蒼失の騎士~ 作:宙孫 左千夫
「えっ、逃げた?」
呟くと同時に、マリーカ・ソレイシィはその手に持った見舞い用の花束を、思わず落としてしまいそうになる。
場所は、ブリタニア帝国首都の、とある軍病院の中。清潔感あふれる広い廊下には、戦争で傷を負った者達が弱々しくもブリタニア軍人らしい凛とした動作で横切っていく。
「あなた、彼の妹か何か?」
疲れた顔で、マリーカにそう尋ねるのは看護婦だった。身長は同じ部隊に所属する金髪の先輩並に高く、マリーカはどうしても彼女を見上げる形になる。
「いえ、私は……」
かつて同じエリアで仕事をしていた後輩です、と答えようとして、口をつぐんでしまう。
(妹……)
そう見えるのだろうかと考えて、少し気分が暗くなってしまった。
心身共に大きなあの人と比べると、並び立つなどおこがましいとは気付いてはいるが、淡い夢のようなものは抱いてしまう自分がいる。
「妹では、ないです……」
結局、彼女は否定しか出来なかった。
看護婦の方は、その質問に特に意味は無かったのだろう。
「そう」
と、どうでも良さそうに生返事をして、辺りをキョロキョロと見渡した。
「私達もね。正直困ってるんですよ。いくらマシになったとはいえ、元負傷レベル5の重傷者にこう自由に動き回られると、細菌感染の危険だってまだあるのに……」
「……」
負傷レベル5。その重傷度をマリーカは知っている。かつて、自分と最も親しかった者が同じレベルの負傷を置い、歩くのもままならなくなったのを見たことがある。
「すみません。ご迷惑をおかけして」
反射的に、マリーカは頭を下げてしまった。
「いえ、まぁ、ごめんなさい。あなたに謝られる事でもないのだけれど、もしお知り合いなら大人しく怪我を治すように説得してくださいね」
「看護婦さん!」
控えめだが、良く通る声が聞こえた。振り返ると、その先には患者と思われる白衣を着た長身の男が、こちらに早足で歩いてくる所だった。
見覚えのある人物だった。元エリア11でコーネリアの従者をしていた時に、常にその傍にいた騎士。
「これはギルフォード卿。彼は見つかりまして?」
看護婦に問いかけられたギルフォードは、申し訳なさそうに瞳を緩めた
「はい、院外でランニングしているのを手の者が見つけました」
ランニングと聞いて看護婦の表情が引きつった。すでに峠を過ぎたとは言え、まだ安静にしなくてはいけない患者がランニングと聞けば、看護婦として頭が痛くなるのは想像できる。
しかし、彼女はすぐにその笑顔を多数の患者に向ける緩やかなものに戻した。というか、こういう事はもう何度もあって、彼女も慣れているのかもしれない。
「では、すぐに戻ってきていただけるのですね」
「それが、その……申し訳ありません。これ以上体を鈍らせる訳にはいかないとか訳の分からない事を言って逃げているそうです」
「逃げ……」
再度、看護婦の表情が引きつった。
「ど、どうもあの方は、シュナイゼル殿下が来院された時から、少し元気が出過ぎているようですね。皇族の方にお見舞いに来ていただいてはしゃぐ気持ちは分かりますが、子供ではないんですから、他の患者の手前もありますし、少し謹んで頂きたいですわ」
言葉の刺をマリーカは感じ取った。当然、ギルフォードもそれを察知しているのだろう、応じるように頭を深く下げた。
「ごもっともです。私の部下がご迷惑をおかけして誠に申し訳ありません。すぐに連れ戻しますので」
「分かりました。お任せ致します。戻られたら必ず私まで伝えてくださいね」
「はい、必ず」
「では」
そして、看護婦は通常の業務に戻っていった。
頭をあげ、女性の背後を見送りながら、ギルフォードは弱った表情でため息をついた。
「あの、ギルフォード卿」
事の成り行きを見守っていたマリーカは、元上官に気付かれていないと知りつつも、声をかけた。
「んっ、君は……」
眼鏡の奥の瞳が細くなった。
「ご無沙汰しております。一年前まで姫様の従者をさせていただいていたマリーカ・ソレイシィです」
ギルフォードの中で、欠片が塞がったようだった。
「ああ、ソレイシィ君か! 久し振りだね」
「覚えてて下さいましたか」
「少し大人びたので、見ただけではすぐに分からなかったよ」
口元を緩めたギルフォードだったが、彼はすぐに表情を不思議そうなものに戻した。
「ところで、今日はなぜここに? 聞けば君はグリンダ騎士団を経て、今はヴァルキリエ隊に所属しているそうだが。見たところ、同僚の見舞いか何かかい?」
「その通りです。配属地の移動中に本国で自由時間があったものですから、お見舞いに……」
ギルフォードは、マリーカの持っている花束に目をやったあと、再び視線を少女に戻した。
「誰の? 私が知っている方かな?」
同じく入院しているギルフォードでも、この病院は大きいので患者全員を把握できてはいないのだろう。興味深そうに聞いてきた。
マリーカは、不意に頬を染めた。
「いえ、あの、どうやら、今日はお会い出来なさそうで……」
と、ここでギルフォードは当人以外のグラストンナイツのメンバー内で囁かれていた噂を思い出した。
「ああ、あいつのか。すまない、すぐに連れ戻すからもう少し待っていてくれたまえ」
「いえ、顔だけ合わすつもりで、もう出立の時間ですので私はこれで」
「そうか……わざわざ来てくれたのに、本当にすまなかった。あいつには君が来てくれたことは伝えておくよ」
「いえ、大丈夫です」
マリーカは、笑顔で言った。
「あの人も、お忙しいでしょうから。では、失礼いたします」
「ああ、君も任務を頑張ってくれたまえ。武運を」
その言葉にお礼を言って、マリーカはその場を後にした。
ああは言ったが、心の中では落胆の色が広がり始めていた。時間と機会が無い上に、今回は一世一代の大勝負の気構えでやってきていたのだ。
「ご武運を。お体を大事に……」
せめて、彼の過ごす場所でそう呟いて、心を慰める。
彼女が目当ての人物と再会することになるのは、もう少し先の話になりそうだった。
②へと続く