コードギアス 反逆のルルーシュ LOST COLORS R2~蒼失の騎士~ 作:宙孫 左千夫
『私、忙しいのでキュイ』
「へ?」
目の前の着ぐるみが予想外の行動を起こしたため、ロイは思わずうわずった声をあげた。
『クレープはありがたくいただきますキュイ! それじゃ!』
と、クレープを強引に受け取り、ラッコはそのまま土煙が上がるような勢いで走り去ってしまった。
残されたロイは、
「……キュイ?」
疑問符を浮かべた。
おそらくキュイ、というのはラッコの鳴き声のつもりなのだろう。
ラッコの去っていった方を見ながら、ロイが何もできないでいると、同じ様子で窓枠に手をかけながら成り行きを見守っていたジノは、
『あのラッコ、走るのが趣味なのか?』
『さぁ?』
隣のアーニャが首をかしげた。ジノは、二階からロイを見下ろす。
『なぁ、ロイ。お前ら何してたんだ?』
「え、いや。ラッコさんがクレープを物欲しそうに眺めてたから、さっきのスザクのお詫びも兼ねて奢ったんだ」
『ふ~ん』
ジノが無機質に答える。そして彼は、視線をロイの手元に向けた。
『ところでロイ、それは何を持ってるんだ?』
「ん? ああ、これ? だからクレープだよ」
『おいしそう』
「アーニャも食べる? チョコバナナでいい?」
『イチゴクリームがいい』
「ジノは?」
『俺は奢ってくれるならクレープより、ブリタニアロールの方がいいな』
「はいはい、了解」
再度クレープ屋に行こうと踵を返す。しかし、ここでロイはとあることに気が付いた。
ロイは、いまだに同じ窓からこちらを見下ろしている同僚の二人を見上げ、
「……ってジノ。そこって男子トイレだよね」
先程、ロイが用を足したトイレは、ジノ達がいる場所の真下。ならば、建物の構造上その真上――ジノ達がいる二階もまたトイレのはずだった。
『? ああ、そうだよ。俺がここで用を足してる時に、お前を見つけたんだ』
それが何? と言った感じでジノが聞き返してくる。どうやら彼は、この摩訶不思議に気付いていないらしい。
「……なんでアーニャがそこにいるんだ」
『へ?』
ジノは素っ頓狂な声を上げ、ゆっくりと隣の――当たり前だが女の子の――アーニャを見る。
アーニャは、なにやら淡々と携帯を弄っていた。
『……ってそうだよ! なんでお前がここにいるんだアーニャ!?』
『?』
アーニャは、騒ぐ同僚を心の底から不思議がっている様子だった。
○
コスプレ衣装のレンタル時間が終わって、ようやく元の服を返してもらったロイは、
「いいかいアーニャ!」
と、しつこいようだが本日何度目かになる兄貴分としての自覚と責任を抱きながら、強い口調で言った。
「これからは勝手に男子トイレに入っちゃ駄目だ!」
レンタル時間を延長して、いまだにウェイトレスの格好をしているアーニャは、小動物の食事を思わせるしぐさでクレープを頬張りながら首をかしげた。
「なぜ?」
「………………はっ?」
アーニャは、口に含んだクレープをゆっくりと咀嚼した後、
「なぜ私が男子トイレに入っちゃいけないの? 男子トイレは男子が用を足す所であっても、女子が入っていけないという道理はない」
言い切った。
(コノコ、ホンキデショウカ、カミサマ……)
ロイは、天を仰いだ。
当然の事ながら、この問題は道理はなくても道徳はある。しかし、そんなものをどう説明すればいいのだろうか。
「いや、あのねアーニャ……」
「それを言うなら」
アーニャは、ロイの言葉を遮ると、振り返って運動場の隅にあるトイレを視線で示した。
女子トイレの入口の前には長蛇の列ができていた。こういうイベントでは良くあることだが、女子トイレというのはよく混む。
しかし、それだけなら、遊園地とかでもよく見るただの日常的な風景だが、その女子トイレの隣にある男子トイレからは、今まさに、中年の“おばさん”が満たされた顔で手をハンカチで拭きながら出てきた。
ロイは愕然とし、ジノはそれを見てプッと噴き出した。
「あ~確かに。それならあのおばさんも注意しなきゃいけなくなるな」
「あれはその、何ていうか、少々お年を召した方だけが行える特別な行動というか……。いや、そもそも、あれは正しい事ではなくて……」
と、ロイは頑張って理論を説明しようとするが、だんだんとゴニョゴニョとした言葉になり、最終的には、
「…………ジノ」
ロイは助けを求めるように、同じく服装を元に戻したジノを見た。ジノは肩をすくめて、
「頑張りたまえキャンベル卿。私ではなくて兄貴分である君の仕事だと思うよ」
と押し殺した笑みを浮かべただけだった。
同僚が役に立たない以上、自分がやるしかない。
観念して、ロイは言葉を選びながらアーニャに説明した。
「……じゃあ、ちょっと下品な話になるけど。アーニャが用を足している時に僕が女子トイレに入っていったら君はどう思う?」
「ロイが?」
アーニャはそれを聞いて眉をひそめ、顔を俯かせて考え込んだ。
そのまましばらく悩み続けた後、おそらく手に持ったクレープが原因と思われる、生クリームを付けた小さな口から出た答えが、
「分からない。だって、ロイがそんな事をする所を想像できない」
「成程、一理あるね」
ロイは頷き、さらに言った。
「じゃあ、仮定を変えよう。もし君が用を足している時にジノが女子トイレに入っていったら君はどう思う?」
「ジノが……?」
アーニャは、心底嫌そうな顔をして即答した。
「どう思う以前に“トリスタン”の角に括り付けて、シュタルケハドロンで吹っ飛ばす」
その返答に、ロイは学生から正解を聞いた教師のように満足げに頷いた。
「だろう。だから次からはやっちゃ駄目だよアーニャ。君のやった事は人に多大な不快感と嫌悪を与えかねない行為なんだ」
「……分かった。良く理解した。次から気をつける」
「分かってくれてうれしいよアーニャ。ほら、口にクリームが付いてる」
「ありがとう、ロイ」
「落ち着いて食べればいいから」
アーニャの口元を、ロイはハンカチを取り出して拭い。アーニャも淡々ながらも頬を朱色に染めながらお礼を言う。
そんな仲むつまじい兄妹のような二人が、穏やかで和やかな空間を生み出す中。ジノだけが輝くような笑顔にくっきりと青筋を浮かべて、
「 な ぁ 、 お 前 ら 。 実 は 私 の 事 嫌 い だ ろ ? 」
左腕に右手を添える決闘申し込み寸前の姿勢を取り、背後から暗い空気を醸し出していた。
ロイは何食わぬ顔でハンカチをしまい、それからゆったりと周囲を見渡した。
「とまぁ、ジノいじめはこれぐらいにしておいて……ここにはもう何もないね」
この付近に出店はなかった。あるのは校舎とその周りで生い茂る木々だけ。どうやら、いつの間にか学園の隅の方にまで来てしまったらしい。
「もどる?」
アーニャの言葉に、ロイは頷く。
「そうだね。一般人があまりこういう場所に来ても、学校側は迷惑だろうし」
ジノも「いじめ、駄目、絶対……」と呟いた後、少々ふて腐れた態度で同意した。
「……面白そうなもんはここにはなさそうだしな。って、んっ?」
「どうしたのジノ?」
ロイが聞くと、ジノは前方を指差した。
「なぁ、あれKMFじゃないか?」
ロイがその方向に顔を向けると……確かにあった。KMFだ。
三人は早足でそのKMFが置いてある場所まで移動した。
「これは……基本フレームのみだね。MR1か」
「そうだな。外装も外されてるし。コンパクトに折りたたまれてる」
ロイとジノは身を屈めながら、そのKMFをしげしげと眺めた。
「? 何これ?」
その時、男二人から少し離れた場所でKMFを観察していたアーニャが、何かを見つけて拾い上げる。
「ん? どうした」
ロイとジノは、KMFを見るのを止めてアーニャに近寄り、それを横から覗き込んだ。
「これは……計画書みたいだね」
さらに、ロイは言葉を続ける
「どうやらこのKMFを使って、この計画書に印が付けてある場所までトマトを運ぶみたいだ。へぇ~すごいな。巨大ピザを焼くんだね」
「校庭にあったでっかいかまどはそのためのやつか。しかしトマト? そんなのどこにもないぞ?」
ジノがあたりを見渡すと、アーニャがそのジノの裾を引っ張って言った。
「ここじゃない。多分ここ」
アーニャが計画書の中にある地図に指を当てる。そこには“トマト置き場”と書かれていた。
「運ぶのはスザク」
「そうか。じゃあ、関係者じゃない僕たちはここから離れた方がいいだろうね。アーニャ。その計画書を元あった場所に戻しておいて」
「分かった」
と、ロイの言葉に従ってアーニャが再びその計画書を地面に置こうとすると、その横からひょいっと長い腕が伸びてきて、計画書をアーニャから取り上げてしまった。
ジノだった。
「ジノ?」
「まぁ、待てよ二人共。要はそのトマトをKMFで会場に届ければいいんだろ?」
ジノは計画書をもてあそびながら不敵に笑った。
○
スザクは驚いていた。
ユフィの羽ペンを銜えたアーサーを追いかけてきて、トマト置き場でシャーリーとルルーシュと着ぐるみという不思議な組み合わせに出会ったと思ったら、なぜか自分が乗るはずだったKMFが現れて、トマトの入った大きなコンテナを力強い動作で抱えたからだ。
『これを会場まで運べばいいんだろ?』
KMFからのスピーカー越しに、聞き慣れた声が場に響いた。
「まさか……ジノ!?」
そうスザクが言い終わらない内に、KMFのランドスピナーが砂煙を撒き散らし、唸りをあげた。
『はは、面白いな。庶民の学校は~』
そこはナイトオブスリーの名を持つ一流の騎士。機体以上に重いトマトのコンテナを持っているにも関わらず軽快にKMFを操り、校舎を軽やかに曲がると、一目散にピザを焼く会場に向かっていった。
「ピザ女が!」
ルルーシュが副会長の責任感からなのか、慌てた様子でその後を追い、さらにシャーリー、着ぐるみと続く。
スザクは、動き出せないでいた。
(一体何がどうなっている?)
「スザク!」
その時、ルルーシュ達が走っていったのとは逆の方角から声。私服に戻ったロイと、相変わらずウェイトレス姿のアーニャが駆け足でやってきていた。
「ロイ、それにアーニャ。これは一体……」
ロイは肩をゆらし、大きく一息つくと歯噛みしながら告げた。
「すまない。ジノを止められなかった……」
「えっ、どういう……」
「悪ふざけだよ! ジノの性質の悪い病気だ!」
その言葉に、スザクは「ああ、成程……」と納得した。
「まぁ、KMFに乗っちゃった以上仕方が無いよ。それより僕はアーサーを――」
その時、スザクの隣にいたこの学園の会長。ミレイ・アッシュフォードは、こちらの肩を軽くたたいて言った。
「スザク君。あれ、アーサーじゃない?」
「へっ?」
スザクは反射的にミレイが指で示した方角を見る。そこにはジノのKMFに追いかけられているアーサーがいた。もちろん羽ペンを銜えている。
「ああっ! 本当だ!!」
スザクも慌てて駆け出した。
○
スザクまで走っていったのを見送って、ロイは深々とため息をついた。
「全く。ジノは本当に……」
どうしようもないやつである。
ロイとて、ジノと付き合い始めて一年になるが、いまだに彼の行動の不規則さは予想もできない。
「あ~あ。予定変えなきゃ」
その時、ロイの隣から静かに現れた女性がいた。残念そうに、でもどこか楽しそうなニュアンスを感じさせる口調でボヤく。
少しウェーブのかかった金髪、いたずら好きな猫を連想させる瞳、抜群に良いからだのスタイル。
「? あなたは……」
ロイが眼鏡を指でかけ直しながら聞くと、その女性はニコッと笑って答えた。
「私? 私はミレイ。この学校の生徒会長です」
それを聞いてロイは少し驚いた。妙に大人びた外見なので、若い教師辺りだと思っていたからだ。
(いや、まて。生徒会長という事は……)
ロイは背筋を伸ばした。
「となると、あなたはこの場の責任者ですね。今回は私の連れが大変迷惑な事をしてしまい、なんとお詫びすればよいのか……」
丁寧に頭を下げると、ミレイと名乗った女性は今度は上品にほほ笑んだ。
「あ、いえ、気になさらないでください。面白くなってきたし」
「はっ、面白く?」
ロイが聞き返すと、ミレイはスカートの裾を広げて一礼した。
「では、私もそろそろ会場に向かわねばなりませんので失礼いたします。ごきげんよう。キャンベル卿」
貴族らしいそのしぐさは、ロイが一瞬頬見惚れてしまうほど優雅なものだった。
余談だが、そのミレイのしぐさに見とれているロイの隣で、アーニャがムッとした表情を浮かべたのを、ロイは気付かなかった。
「ご丁寧にどうも」
ロイがそれだけを何とか返答すると、ミレイはまたほほ笑んで、
「では……よっしゃ~。待て待てスザクにルルーシュ~!」
ドレスのスカートを翻しながら大またで走り出した。
ロイがその変わり身の早さに小さく驚いていると、隣のアーニャが不機嫌そうに訊いてきた。
「知り合い?」
「いや知らないよ。初めて会った人だ。何で?」
「ロイの事、キャンベル卿って言ってた」
「ああ、そういえば」
確かにそうだった。ロイはこの学園で誰にも一度も名乗ってないのに、ミレイは「ごきげんよう。キャンベル卿」と言った。
ロイは首をかしげる。
「あの人、なんで僕の事知ってたんだろう。どこかで会ったっけ?」
ミレイという名前を、脳の中で検索にかけた。
該当。一件。
ロイは、ポンと手をたたいた。
「思い出した。あの人、アッシュフォード家のご令嬢だ」
隣でクレープを頬張るアーニャもロイの言葉を聞いて「ああ、そういえば」とうなずく。
アッシュフォード家のご令嬢といえば、ロイ・キャンベル専用KMF“クラブ”の開発者であるロイドの婚約者である。彼女が夫になるかもしれない人の担当の騎士ぐらい、知っていても不思議ではない。
「しまったな。ロイドさんに世話になってる手前、もっとちゃんとあいさつしておけばよかった……」
ロイドさんの奥方になるのなら、自分にとってもあのミレイさんとは一生の付き合いになるかもしれない。人との関係というのは第一印象が大切である。
「あの人は婚約済み……」
その時、後悔するロイの隣で、アーニャが何かを考え込み……そして、
「ノープロブレム」と頷き、食べかけのクレープをパクっと頬張った。
ちなみに一体何が“問題無し”なのかは、彼女自身にしか分からない。
「ん? 何か言ったアーニャ?」
「何でもない。それよりロイ。スザク達、走っていったけど、面白い事になる?」
「面白い、ねぇ……」
ロイは面白いという表現はえらく不謹慎のような気がしたが、もうここまできたら別段怒る気も沸かなかった、
「ああ、多分そうなる……」
ロイは力無く言った。
間違い無くジノの悪ふざけによって、アーニャの言う意味での面白い事態にはなるだろう。
ロイにとっては、ただ頭が痛いだけの話だが……。
「じゃあ記録してくる」
アーニャはクレープの最後の一口を頬張って、包み紙をポケットにしまうと、身を屈め、そして次の瞬間、優れた身体能力を生かしてスザク達を追いかけた。
あっと言う間に離れていくウェイトレス――アーニャ・アールストレイム。それを見送って、ロイはまた苦笑した。
「好きだな、アーニャも……」
面白いものがあると分かれば、いつも、
『アーニャ・アールストレイム……発艦!』
と言わんばかりの勢いで走っていく。その様子は本当に、アヴァロンから発進するランスロットのようだ。
ロイは自分の想像のおかしさに吹き出しながら、ゆっくり歩いて皆の後を追い掛けようとした。
その時、
「!」
ロイはとんでもない事に気付き、驚きおののいた。
だんだんと離れていくアーニャ。もちろん彼女はまだ、あのウェイトレスの格好である。
あの服のスカートは短い。それこそいかがわしいお店の店員並に。
そして、アーニャの体力は一般のそれを大きく上回る。イコール。アーニャは足が速い。イコール、足が速いと受ける風の影響が大きい。イコール、その風の影響でスカートがめくれ、後ろから見ると思いっきり白いのが……。
「ちょっ!? アーニャ待て! それを着て走るな!」
ロイは顔を真っ赤にして駆け出した。しかし、アーニャは小柄なのもあって素早い。すぐに追いつけない。
「アーニャ! 止まれ!」
何度か校舎の角を曲がり、途中。汗を垂らしながらバテている学生の横を通りすぎる。しかし、二人の距離は縮まらない。
「アーニャぁぁぁ!」
呼びかけても、絶叫しても、アーニャは止まらない。どうやら、走るのに夢中で聞こえてないらしい。
(ああ、くそ!)
ロイは心の中で毒付いて、走る速度を速めた。
どうやら、あのオテンバを止めるためには、じかに追いつくしかないらしい。
『中の人。違いま~す。それでも僕は! 焼きたいピザがあるんだぁぁぁ! なんちゃって♪』
その時、またまたジノの悪ふざけの声がスピーカー越しに学園に響いた。