コードギアス 反逆のルルーシュ LOST COLORS R2~蒼失の騎士~ 作:宙孫 左千夫
ユーフェミアの日本人虐殺命令に端を発した、黒の騎士団による大決起事件ブラックリベリオン。
後にそう呼ばれたこの戦闘は、すでに終焉へと向かっていた。
ライがベッドの上で目を覚ますと、最初に視界に入ったのは白い天井だった。
「……ここ、は?」
周りを見渡す。白いカーテン、大きな棚に積まれる様々な薬品、用途が分からない計器、どうやらここは医務室のようだ。
「っ!」
身体を動かした拍子に、腹部に激痛が走る。
自分の服を震える手でめくってみる。そこには何重にも巻かれた白い包帯が見えた。
それはユーフェミアによって撃たれたのは、夢ではなく真実である事を証明していた。
「目を覚ましたか作戦補佐!」
その時、一人の団員が医務室に入ってきた。
「ここは、……ぐっ」
激痛に顔を歪める。
団員はライに駆け寄った。
「おとなしくしていてください! あなたは重傷なんですよ!」
「し、しかし……」
「駄目です! くれぐれも安静にさせるように、とゼロと紅月隊長からの厳命を受けています!」
ゼロとカレン。二つの名が並んで告げられたことで、ライは若干ながら思考を取り戻した。
「状況は?」
「えっ?」
首を傾げる団員に、ライは珍しく声を荒げた。
「黒の騎士団の状況だよ! 行政特区は!?」
団員はライの言葉を聞いて押し黙り、やがて、重そうに唇を動かした。
「行政特区は卑劣なるユーフェミアの罠でした。何万人もの同胞が犠牲に……」
憎しみを込めた表情だった。ライには驚く以外の選択肢は無かった。
「死んだ? 何万人も? ユーフェミア様は?」
「奴にはゼロが天誅を下しました! 未確認ですが死んだという情報もあります!」
「ゼロが殺した?」
そして、ライは団員からユーフェミアの暴挙の全てを聞いた。
あの時見た地獄の光景。それらは全てユーフェミア自身の命令によって行われたものだと言うのだ。
普通ならば、なぜあのユーフェミアが!? と驚くところだ。だが今のライには一つの予測があった。
ギアス。
ライが持つ絶対遵守の力。そしてそれはあのゼロ――ルルーシュも持っているもの。
最後にライがユーフェミアと会った時、そのユーフェミアの瞳に鈍く、そして赤く灯る光が見えた。
あれは間違いなくギアスの光だ。ならばゼロ――ルルーシュがユーフェミアにギアスをかけ、あのような惨劇を起こさせ、さらにはその罪をユーフェミアに押し付け、自らの手で殺害したということになる。
「馬鹿な……。そんな馬鹿な」
頭を大きく振って、ライはその恐ろしい推測を否定した。
ゼロが、ルルーシュが、友が、そんなことをするはずがないではないか。
彼は非情ではあるが、非道は酷く嫌う。なによりそれが事実なのだとしたら非道どころか鬼畜同然ではないか。
<その言葉で充分だ。お前にギアスは必要ない……>
自分にどんなことがあってもゼロに従うようにギアスをかけてくれと頼んだあの日、ルルーシュはそう言って拒否した。
その時、自分達は初めて友達を超えて親友になれた気がした。
「……そうだ、僕たちは友達以上の」
ならば聞かねばならない。あの狂気の原因を、ギアスを持つ者として、作戦補佐として、なにより……友として。
「ゼロの居場所は?」
「分かりません」
「? どういうことだ?」
「詳しくは聞いておりませんが、実はゼロと連絡が途絶えたという話もあります……」
ライは聞いた。黒の騎士団。いや、日本の一斉決起を。
そしてその経過の話を聞いていく内に、ライの中では一つの結論が導き出された。
負ける。黒の騎士団は敗北する。
理由として、まず時間がかかりすぎていた。黒の騎士団の戦闘は時間が全てだ。そもそも戦闘力でいえば黒の騎士団は決して強大ではない。主力KMFがブリタニアはサザーランド、騎士団はそのサザーランドの一世代古いグラスゴーを改造した無頼。ここから見ても分かる。
いままでは奇襲等の策を用いてその差を埋めてきたが、策とは時間が経てば経つほど意味が無くなっていくもの。
そうなれば後は地力の勝負になり黒の騎士団にその地力は無い、悲しいほど無いのだ。
だからこその奇策。だからこその奇襲。だからこその短期決戦。それなのに、それを生かすにはもうあまりにも時間が経ちすぎている。
そして、もう一つの問題。理由は分からないがゼロ不在という現状。
致命的なのはゼロ不在という事実ではない。ゼロ不在ということが、こんなライの監視兵にまで知れ渡っていることがまずい。
ゼロの不在が騎士団のほとんどに、いや全体に広がったとすれば、まずゼロを慕って集まった民兵から崩れる。
そこを見逃すブリタニアではない。そして、先程も言ったが今の黒の騎士団にはその動揺した民兵を突いてくるブリタニアを押し返す地力は無いのだ。
「行かなければ……」
前線にはカレンがいるはず。彼女は自分から逃げ出すような性格はしていない。
おそらく敗色が濃くなればなるほど己の体を盾として味方を守るだろう。ライが愛した女性はそういう人だ。
そして、そういう人間ほど、戦場では真っ先とは言わないまでも確実に死ぬのだ。
痛みなど無視して、ライはベッドから立ち上がる。
「駄目ですよ作戦補佐! ベッドに戻って下さい! 安静に――」
「安静なんて、後でいくらでもできる!」
「そうはいきません! ゼロの厳命なのです!」
埒があかない。ライは迷わずあの力を解放した。
「ライが命ずる。黙って僕を見逃せ!」
程なくして、団員の瞳に鈍い光が宿った。
「……はい、分かりました」
返答も聞き終わらず、ライは腹部の激痛に耐えながら医務室を後にした。
○
神根島。
ここではすでに一つの終焉を迎えようとしていた。
「スザクッ!」
「ルルーシュぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
怒りに囚われた二つの銃声が響き、直後、断罪の白騎士が宙を舞う。
ゼロ――ルルーシュは押し倒され、あっという間に拘束された。
「ゼロ!?」
カレンは反射的に飛び出そうとした。しかし、
「ルルーシュだ! 日本人を! 君を騙した男だ! そんな男を助けたいのか君は!」
スザクがゼロ、いや、ルルーシュ・ランペルージに馬乗りになりながら彼を片手で押さえつけ、カレンに怒鳴る。
スザクの手には銃が握られており、銃口はしっかりとカレンに向けられていた。
カレンは思わず立ち止まってしまった。自分の気持ちが整理できていなかった。
ゼロの正体がルルーシュ。正直そんなことはどうでもいい。しかし、彼は自分を、自分達を騙していた。
黒の騎士団は日本解放のためではなく、全く違う目的のために命を賭けさせられていた。
いや、そんなこともまだいい。
嘘でもその違う目的と同じぐらい日本解放も大切だと言ってくれれば、カレンは迷わずスザクの敵に回れた。
しかし、ゼロは言った。
通過点だと、結果的に日本が解放されれば満足しろと。それは、現在日本解放に命をかけている仲間達や、本気で日本のためだけを考えて散っていった兄を大きく裏切る思想だ。
カレンは後ずさる。逃げようと思った。もう分からない。なにがなんだか、なにを信じればいいのか分からない。
逃げれば、ゼロはスザクに捕らえられるだろう。スザクの強さは良く理解している。
貧弱なルルーシュが一人で逃げられる可能性なんて無い。しかし、それでも構わない。ゼロは兄とは違うのだから。守る必要はどこにもないではないか。
逃げたい。こんな現実は嫌だ。逃げたい。逃げたい。逃げたい。
――カレン
彼の声が心によぎったのは、そんな時だった。
「ゼ、ゼロから離れて!」
カレンはスザクに銃を向けた。しかし、涙は流れ続けている。手は震えて、それに連動して銃がカタカタと動く。
「ゼロは日本解放に必要よ……必要なの!」
カレンは、怯え、虚勢を張る子供のように叫んだ。
スザクは、こちらに顔だけを向ける。ルルーシュは抵抗していたが、悲しいかな、その抵抗はスザクの腕一本で抑えられていた。
スザクの瞳が冷たく細められる。
「そうか、君もゼロと同じく日本解放が第一目的じゃないんだね」
カレンの唇がかすかに震えた。
なにを言っているのか分からなかった。自分は紅月カレン。兄の意思を継ぎ、日本の解放に身を捧げた女。
「だから。ゼロに裏切られても、そんなに気丈でいられる」
「そんなことは……」
「違うだろ。君がゼロを必要とするのは日本解放のためじゃない。“彼”と過ごすためにゼロが必要なんだろ」
「っ……!」
そんなことは無い、とは言えなかった。
事実、カレンはどこかでその行政特区日本の中で彼と過ごす日常を想像していた。
二人で学校に通い、授業に出て、彼は顔が良いからすごくモテて、それにちょっと嫉妬して、怒って。それを皆が冷やかす。
そして二人で困った顔で俯く。
学校もたまにはサボッて二人で遊びにいくのもいい。
自分は朝早く起きて二人分の弁当を作り、彼からプレゼントでもらった大き目のバッグに入れて、ちょっとだけおしゃれして、待ち合わせ場所に向かう。
駅前での待ち合わせ。その後はどこでもいい。夏なら海。冬なら映画館でもいい。
ただ会って、カフェでずっと他愛無い話をし続ける。そんなことでもいい。
もちろん日本解放を目指す以上、黒の騎士団としての活動は続ける。しかし、それは今のように血なまぐさい活動ではない。
普通に学校に通いながら、普通に幸せを噛み締めながらできる、誰も死なない戦い。
そんな日々も良いかもしれないと思った。
日本解放後の日本ではなくて、行政特区日本でそんな生活が送れるならそれも良いかもしれないと思ってしまった。
それは本当に一瞬にも満たない間の思考。しかし、カレンは一瞬とはいえ日本解放を妥協し、彼と過ごす日々に幸せを見た。
「君は前に言ったね。兄のために戦っていると。よく言う、本当は自分が幸せになりたいだけだろ。だからそうなるためにゼロが必要だった」
スザクの言うことは事実だ。だが、カレンが日本解放を目指す気持ちにだって嘘は無い。
順序の問題。優先度の問題。ただ、それは気付いてはいけなかったのかもしれない。
「違う、私はお兄ちゃんの意志を継いで、日本解放を――」
カレンは言葉を止めた、そして己に問う。
日本解放を望むのか? 私は本当に“何より”望むのか?
例えるなら、ライの命と日本解放がはかりにかけられたとして、自分は日本解放を選べるだろうか?
答えはノーだ。選べるわけが無い。
「私は……」
兄は違った。兄は本当に何より日本解放を望んでいた。なのに、それなのに……、
「あ、ああ……。私は……」
お兄ちゃんの意志を継いでないの?
自問がカレンの体の全身の力を奪う。しかし、仕方がないとも言える。
その事実は、今まで兄の背中だけを見てきたカレンにとって易々と許容できるものではなかった。
カレンにとって、兄以上の男の存在を易々と自認できるものではない。
それほど本気でカレンは兄を愛していたし、兄の背中を追いかけてきた。
「それのなにがいけないスザク」
と、ここでカレンの思考をかき消すようにルルーシュが口を開く。
スザクは視線だけをルルーシュに向ける。
「いけなくはないさ。間違ってもいない。ただ、その過程であんな風に他人を踏み躙って。弄んで。それは絶対に許されない」
ルルーシュはその言葉に対して、あざ笑うように息を吐く。
「理想だよ。お前はそうやって理想を生きていく。それは良い。だが、その理想を誰が支持した?」
「……」
「世界は認められたものが理想となって動く。スザクお前はさっき俺に世界にはじき出されたと言ったな。逆だよ、お前の理想は誰も支持しない。共感しない。真に世界にはじき出されたのは“お前達”だよスザク」
おそらく、スザクにとってもっとも神経を逆なでするその言葉を聞いても彼は眉一つ動かさなかった。
「君の挑発には、乗らない……」
スザクは懐から小さな箱を取り出すと、それをルルーシュに押し当てた。
直後、電気がはぜる音。
「ぐあ!?」
ルルーシュの体が小刻みに震えた。
「ゼロ!」
カレンは走り出す。
「お前は来るな!」
パン! と、スザクの怒声と共に響く乾いた銃声。
放たれた弾丸は、高速で空間を飛来し、カレンに向かう。
カレンは動けなかった。
「カレン!」
唐突に、カレンは後ろから横に突き飛ばされた。
倒れる過程で見えたのは綺麗な銀髪。
「ぐぁぁあっ!」
男の悲鳴が洞窟内に響く。
「ライ!」
ライは、足の腿を撃ち抜かれて地面に倒れ込んだ。
○
ライは医務室から抜け出した後、自分の月下に飛び乗り紅蓮弐式を追跡した。
月下のレーダーを使えば、味方の紅蓮弐式の居場所が分かるからだ。
ギアスを使って輸送機を調達し、この島で紅蓮を見つけ、洞窟に入る。この洞窟は前に来たことがあるので迷わずに進めた。
そして組み伏せられるルルーシュ、銃を向け合うカレンとスザクが見えた。ライは三人に向かって歩くスピードを速めた。
言いたいことは色々あった。聞きたいことはいろいろあった。カレンに、ルルーシュに、スザクに、山ほどあった。
しかし、カレンに近づいた時、スザクは彼女に対して引き金を引いた。
だからライは、当然の行動を起こした。
「ぐぁぁあっ!」
足に焼きごてを押し付けられたかのような激痛に、ライはたまらず地面を転がる。
「ライ! なんで!?」
カレンが急いで駆け寄ってきて、ライを助け起こした。
「だ、大丈夫だカレン」
そうは言っても、油汗が止まらない。
下手な強がりなのは明白。しかし、それを通すのが男だ。特にカレンの前では、意地でも通す。
ライは心配そうな顔をするカレンを手で制し、ニッコリと笑って見せた。
スザクはそんな二人の様子を祭壇の上から見下ろした。
「……」
スザクがルルーシュから身を離し、ゆっくりと立ち上がる。
祭壇の上のルルーシュはもはやピクリとも動かない。どうやら気絶しているようだ。
「ライ、ちょうどいい。君もここで……」
スザクの瞳が、尖る。
ライの背筋に悪寒が走る。
それは、自分を完全に敵と見なしている瞳だった。
いままでスザクは黒の騎士団とブリタニアという所属の違いはあれ、こうも完全に敵意を向けて来ることは無かった。
ライだって同様だ。スザクは友達。大切な友達。だから、完全に殺し合いを演じるにはお互い覚悟が足らなかった。
でも、いまのスザクにはその覚悟がある。
<それでも僕は期待している、僕とライの道が交わることを……>
行政特区式典会場。あの惨劇の前、スザクは笑顔でそう言っていた。ライもどこかでそれを望んでいた。
でも、それは……。
ライはキッ、とスザクを睨み返した。
(そうだねスザク。僕たちは交わらなかった、いままでも、そして、これからはもう二度と……)
お互いの道を繋ぐ導(しるべ)――ユーフェミアはもういない。もはや対なる道を進むのみ。
――そうなったら、お互い容赦はしない。
それは、まだ二人が敵対する組織に身をおきながらも、大切な友人同士であった時に交わした最後の約定だった。
「スザクっ! お前ぇ!」
カレンの瞳が燃え上がる炎のように激しさを増す。そして彼女はライを守るように前に出た。
ライはそんなカレンの腕をとっさに掴む。
「逃げろ。カレン……」
目の前にいる男は、もうアッシュフォード学園で共に笑いあった学友じゃない。
枢木スザク少佐。完全なブリタニア軍人だ。
「……歩ける?」
カレンがスザクを睨みながら小さく聞いてくる。ライは首を横に振り、
「無理だ。だから君一人で……」
「できるわけ無いじゃない」
そう言うと思っていた。
「カレン。状況を見てくれ」
「……」
「僕の言っていることが分かるね?」
「……あなたは私の上司じゃないでしょ。命令は聞かない」
カレンは、足のスタンスを広く取った。
「私がスザクを抑える――いえ、殺すわ。だからあなたはその内に逃げて」
カレンは右手に銃。左手にナイフを持ち、腰を落とした。いつでも目の前の敵――スザクに飛びかかれる姿勢だ。
スザクは祭壇からゆっくりとこちらに向かって歩き出した。
来るなら来い。スザクの目がそう言っていた
ライは心の中で舌打ちした。
カレンは確かに強い。武術に関しては天才と言ってもいい。しかし、同じ天才なら男のほうが強い。
「駄目だカレン。逃げ――」
その時、咳き込むと同時に真っ赤な血がライの口から溢れた。ライは思わず手で口を押さえ、さらに何度か咳き込む。
ライの体が小さく揺れる度に、口を押さえている手の指の隙間から血がこぼれ、地面に雫となって落ちた。
遅れて、腹部からの激痛。
(ぐっ、腹の傷が完全に開いたか!?)
無理もない。ライは腹を撃たれている。本来なら絶対安静で、こんな風に歩き回るなどもってのほかなのだ。
「あなたは、私が守る!」
無茶な行動が、自分を心配してのものだと分かってるからなのだろう。カレンはそんなライの様子を見て、今度は迷い無くスザクに銃を向けた。その美しい顔には決死の覚悟が見えた。
「カレ、ン……」
カレンは刺し違えるつもりだ。
しかし、分かっているはず。カレン自身、そのような覚悟で挑んでもスザクには敵わないと分かっているはずなのだ。
「駄目だカレン」
スザクは本気だ。このままでは三人とも捕まる。捕まったテロリストの末路は決まりきっている。ブリタニアは支配の国なのだ。そして、その支配に従わない者への仕打ちは自分が一番良く知っている。
ならば、
ギアス。ライが持ついかなる相手にでも命令できる絶対遵守の力。
これだけは使いたくなかったが、仕方がない。
「スザク!」
スザクの顔がゆっくりとだか、確実にこちらに向いた。
「ライが命じる。スザク! 僕たちを見逃せ!」
ライはギアスを開放した。しかし、いつも感じられる手ごたえがない。
それどころか、スザクは迷いなくライに対して銃を向けた。
動揺するライの様子を見下ろし、スザクは言った。
「気は済んだかい?」
瞳は正気を保っていた。
「ば、馬鹿な。効いていないのか?」
「ギアスっていうんだろ」
スザクの言葉に、ライは驚かずにはいられなかった。
「対策は知ってる。聴覚に働きかける力なんだってね。それなら、単純に耳が聞こえないようにすればいい」
「聞こえないように、って……」
スザクの耳に注目する。そこには耳栓があった。
ライは、空いた口が塞がらなかった。
(馬鹿な、だってついさっきまで会話を――)
「さっきまで会話をしていたのになぜ? っていう顔だね。簡単さ、日本の古武術には口の動きだけで相手の言葉を理解する術があるんだ。それを使っている」
思い当たるものがあった。読心術という相手の口の動きだけでなにを話しているか分かるというものだ。
「僕にはもうギアスは効かない」
「なぜ君がギアスを、この力の存在を……」
「答える必要は無い」
そしてスザクは、狼狽えるライに迷いなく告げた。
「ライ。残念だよ。色々と……」
「くっ!」
絶対絶命とはこのこと。
ギアスは使えない。戦術は敵わない。増援は期待できない。
だが……と、体はボロボロでありながらも、ライの明晰な頭脳はあらゆる可能性を提示する。
この三人の中でカレンだけが無傷。そして彼女がその優れた体力を全力で逃げることに費やせば、あるいは、
ライは決断しなければいけなかった。自分の希望など無視した思考で。
「カレン」
ライは、痛みに耐えながら言った。
カレンはその呼びかけに応じて、スザクに目を向けたまま悲しそうに笑う。
「ライ。ごめんね、こんなことに巻き込んで……」
見ているこちらも辛くなるような本当に悲しい笑顔だった。
だからライはあえて、優しく微笑んだ。
「心外だね。僕は君に巻き込まれたなんて思ったことは無いよ」
喋る度に腹の包帯が湿っていく。意識が朦朧としてきた。急がなければ、最後の機会さえ失ってしまう。
その前に、これだけはしっかりと言わなければいけない。
「君と共に進むと決めたのは、僕だ……」
ライはカレンをジッと見つめた。
愛した女性の姿。最後になると覚悟した。だからしっかりとその姿を記憶に刻む。
「カレン、君が好きだ」
正直な言葉。その言葉で充分伝わった。
黒の騎士団に誘われて良かった。みんなに会えて良かった。カレンと過ごせて幸せだった。全てがその一言で伝わった。
カレンは驚いた顔でこちらに振り向いた。でもすぐに、
「嬉しい……」
本当に嬉しそうに微笑んでくれた。
スザクの足音が近づいてくる。別れの時間は近づいていた。
「ありがとうライ。いまだから言うけど、私もあなたのことをずっと前から――」
カレンが涙をこぼしながら。それでも、気丈に笑顔を作って言う。
しかし、それを最後まで聞くわけにはいかない。
聞いてしまえば、離れないで欲しいと思ってしまう。この先、暗い未来しかないとしても一緒にいたいと思ってしまう。
死ぬまで共にいて欲しいと我侭を言ってしまいたくなる。しかし、それらは口に出してはいけない。出すわけにはいかない。
もう、愛する人を失いたくはないから。
(すまない、カレン。僕は)
だから、ライは、
(一度だけ)
カレンの言葉を遮るように、
(君を裏切る……)
“命令”した。
「ライが命ずる!」
力が体に収束する感覚。そしてライはそれを迷い無く解放する。
「カレン! 今は全力で僕を見捨てろ!」
ギアスの力がカレンに浴びせられ、そして心を陵辱する。
「!」
手ごたえあり。ギアスはしっかりとカレンに植え付けられた。
絶対遵守に例外は無い。
だからカレンはすぐに走り出すはずだった。
「嫌……」
ライは目を見開いた。
なんとカレンは、命令を拒絶するように身を揺らしながら、しゃがみこんだ。
「嫌、駄目。駄目……それは」
(馬鹿な! 抵抗しているのか!?)
信じられないことに。カレンは絶対遵守の力に逆らおうとしていた。
「くっ、行けぇ! カレン!」
ライが怒鳴ると、カレンは怒られた子供のように小さくビクッと反応する。
絶対遵守に例外は無い。
カレンはやがて、全力で走り出してライの横を通り過ぎていった。
ライはそれを見送りながら、他人には分からないぐらい小さく笑う。
後悔がないと言えば嘘になる。悲しくないと言えば嘘になる。
それでも、最後の最後でライは様々なものを失ってきたこの力で一人の女性を守ることができた。
それだけは満足で、そこに嘘は無い。
(さよならカレン。多分、初恋だった)
ライは目を閉じてもう一度だけ満足そうに笑うと、今度はしっかりと“敵”を見据えた。
覚悟は済んだ。
「逃がさない。犯罪者は!」
スザクはカレンの後を追おうとする。しかし、
「させるかぁぁぁ!」
そこに身体を起こしたライが渾身の力を込めて体当たりを食らわす。
腹が、足が、まるで火炎放射器を浴びせられたかのような激痛に見舞われる。しかし、ライはそれらを精神力で無視した。
きりもみする二人。ライはなんとか、スザクを押さえつけようとしたが、ハンデは大きかった。
「ぐぁ!」
ライはスザクにうつ伏せに倒され、そして押さえつけられた。
「……無駄だよ。いつもの君ならともかく、今の状態じゃ僕には勝てない」
「くっ、スザクッ!」
顔をガシッと地面に押さえつけられた。口の中に冷たい土の味が広がる。
「スザク、なぜカレンを撃った」
「……体に穴が二つも空いてるんだ。それ以上喋るとさすがに死ぬよ」
「君の気持ちは分からなくもないが、こんな……」
「分かるものか」
スザクは静かに、しかし怒気が含まれる声で言った。
「大切な女(ひと)を大切な友に奪われた“俺”の気持ちなど」
そして、
「……ライ。君を逮捕する。容疑は国家反逆罪だ」
ライはスザクを振りほどこうと体を動かす。だが無駄だった。
先ほどの体当たりが最後の力だったようで、身体はもうピクリとも動かない。
「ゼロに作戦補佐……この二人さえいれば、俺は……」
「くっ……スザ――」
ライの頭部に重い衝撃が襲った。おそらく、スザクが手刀で首筋を打ったのだろう。
視界がぼやける。景色が、色を失っていく……。
「ルルー、シュ……。カ、レン……」
初めて出来た友達。初めて出来た家族以外で死んでも守りたいと思った女性。
それぞれの顔を思い浮かべながら、ライの思考は暗い闇の中に沈んでいく。
『おやすみ』
そして、
『……おやすみ』
あの声が聞こえた気がした。