コードギアス 反逆のルルーシュ LOST COLORS R2~蒼失の騎士~ 作:宙孫 左千夫
夜風が通る。
ここは政庁の庭園。すでに辺りは暗くなっているため、咲いている花は少ない。それでも一面から甘い香りが漂ってくる。
女性とは、花の香りというのに得てして弱いものであり、それはこのナイトオブシックス――アーニャ・アールストレイムにとっても例外ではなかった。
アーニャは、その庭園の一角にあるお気に入りの場所に座りながら携帯をいじっていた。
三日前の、自分の日記を振り返る。
今日。ロイがローマイヤとシズオカに視察に出て三日がたつ。
ロイは私との約束である、二時間に一回のメール、をしっかり守っている。しかし、そのメールにローマイヤとのツーショット写真が添付されているのはいかがなものだろうか。
いや、ただのツーショット写真ならまだいい。問題は、その写真に写る「ローマイヤさん。一緒に撮りましょうよ」「キャンベル卿。私たちは任務でここに来ているわけであって、遊びに来たわけではないのですよ」「いいじゃありませんか、記念にもう一枚だけ」
「仕方ありませんね……。もう一枚だけですよ」なんて会話をした後で、困ったような、でもちょっとうれしいようなローマイヤの表情はいただけない。というか近い。体の距離が近い。肩を抱いているのもある。これはどうするべきだろうか。これは、一体全体ど、ど、ど、どううううするううううううう。
(中略)
昼食後、スザクから話しかけられた。内容は支援要請だった。黒の騎士団を見つけたからそれを捕縛する手伝いをしてほしい、と。
私はそれをスザクがやっていいものかどうか疑問に思った。どう考えても、今の時期、スザクが黒の騎士団の捕獲作戦なんてやったら政治的に見てもマズイし、ナナリー総督が悲しむのは容易に想像できた。
スザクの後ろにいるジノは、やる気マンマンのようで「紅蓮にこの前の借りを~」とか言っている。
ジノは、優秀と言っても、出は名家の貴族。こういう人間の恨みつらみが関わる問題には疎いらしく、この行動がどういう意味を持つかに気づいてないらしい。
私は、ロイにこの事を知らせようか迷った。彼が、自分の名誉が傷つくのを承知で、ナナリー総督の理想実現のために裏でコソコソと黒の騎士団を捕らえるために動いているのは知っている。
今回のスザクの行動は、そのロイの謀略めいたものを完全に無にするものだ。私は、胃になにかどんよりとした重みが発生していくのを感じ、結局昼食を残した。
(中略)
やはりロイには伝えるべきだろうか、と私は“モルドレッド”のコックピットに乗り込んだ今でも迷っている。
だが、私はやはりロイにはこの事を伝えたくないと思う。知らせればロイはスザクの行動をなんらかの方法で止め、それが無理ならば、先回りして単身部隊を率い黒の騎士団を捕らえるために予定を前倒ししてでも行動を起こすだろう。
ロイは自分の部隊を持ってないが、私はロイに部隊を貸してほしいと言われたら断る自信が無い。
ロイが黒の騎士団を捕縛すれば、彼はさらに不名誉な事を言われるだろう。
イレブンからは恨まれ、ブリタニアからは、これだから育ちの悪い貧乏人騎士は、とののしられるだろう。
特に、あのロイにくだらない恨みを抱く情報部のドクトリン将軍などは手をたたいて喜び、その過失を――皇族であるナナリー総督に従わなかった不忠の騎士として言いふらし、信頼の失墜を図る事は簡単に想像できる。そうなれば、ロイは軍での立場をますます失う。
ロイはナナリーの理想のためならば、もともと無いに等しい自分の名誉なんて、と言うだろうが、私にはそれが耐えられない。
ロイは優秀なのに、なぜブリタニアからも、ナンバーズからも嫌われなくてはいけないのか。
好かれるべき人物なのに、彼はいつも普通の人が嫌がるような汚れた道を笑って進み、それが報われる事は無い。
それが納得できない。だから、私はこの事をロイに伝えずに出撃した。
私は、ロイが誰かに好かれる事にあまり良い感情を抱かない。でも、私はロイがみんなに嫌われるのはもっと嫌だ。
気付いているのにも関わらず言われるがままに出撃する事を、ロイは怒るだろうか。
それが不安と言えば不安。
視線を携帯から外して、アーニャは夜空を仰いだ。
「……ふぅ」
それは、何に対してのため息なのかアーニャには分からなかった。
結局、ロイはスザクの言に従って出撃したジノとアーニャを責める事は無かった。
ただ一言「僕達たちはナナリー総督を助けるためにここにいるんだ。分かるね」と、告げただけ。
しかし、アーニャは、ロイの言う事も的ハズレなのでは無いかと思う。ロイは総督が目指しているものをそのまま実現させるのが自分たちラウンズの今回の任務だと思っている節がある。
だが、そもそもラウンズとは皇帝陛下に仕えるものであり、その行動はブリタニアの国益につながるかどうかに判断の比重を置くべきだ。
その点を考えれば、今回のスザクの行動は正しかったといえる。
黒の騎士団は信用に値する組織ではない。殲滅すべき対象だ。それがブリタニアにとって、最も良い国益につながるはずである。その視点から見るとナナリー総督の考えやそれを完全に擁護するロイは、国益に反している存在と言える。
「結局。スザクもロイもどっちも甘い」
呟いて、その言葉を携帯の日記に残す。
(でも、そんなナナリー総督の意志を実現させてあげたいとどこかで考えている私も甘い……。そしてそう考えているのに、そのために最も良い方法を選択しようとしていたロイを見捨てられず、スザクの言う事に従った私は……)
甘い中でもさらに甘いという事か……。と、少女は、今度は自分に対して呆れるしかない。
そう考えると、このエリアにいるラウンズは、ラウンズの中でも特に甘い人間が集まっているようだ。
なにせ、スザクのように一見は総督に逆らった行動をしている人でも、その行動の根源はナナリー総督の意志の実現のためである。ロイは言うまでも無く、ジノもナナリー総督のために行動している。
他のラウンズならば、ナナリーの政策をそのまま実行させるような事はしないだろう。ここまで共感を示す事も、協力する事もないだろう。
思い起こせば、ラウンズの人選を決めたのはシュナイゼル殿下だが、その点も考慮しているのかもしれない。
だが、そうなると一つの疑問が浮上する。
(そもそも、シュナイゼル殿下は何を思ってナナリー総督を、手助けしているのか……)
一見すると、シュナイゼル殿下とナナリー総督は融和路線という方針の上での共通点はある。しかし、シュナイゼル殿下の融和路線はあくまでブリタニアの利益につながる帝政上での融和路線であり、ナナリー総督は極端に言えばブリタニアの国是を是としない、共和的な融和路線である。
同じようで全く違う。
ただ……何の力を持たない友人、ナナリーを手助けしてくれるシュナイゼルを、アーニャはありがたくは思っている。しかし、本心がつかめない救いの手は、本来であればあてにするべきではなく、でも、いまはそれに頼るしかないという現実は、アーニャに微かな不安を抱かせる。
「にゃぁ~」
黙考にふけっていたアーニャの耳に何かが触れた。
「はぅぁ……」
アーニャは、何かが自分の底から駆け上がるものを感じて、体を震わし、暖かい息を吐き出しながら、嬌声にも似た声を上げた。
弱いのだ。特に耳は。
「な、なに?」
驚いて振り返ると、背もたれに使っていた石の囲いの上に黒い猫がいた。
「お前、スザクの……」
飼い猫、ではなかった気がするが、とにかくスザクと一緒にいる猫である。
とりあえず猫に出会ったときの礼儀として、その喉元に細い指を伸ばした。
「気に入ったみたいだね。アーニャの事」
アーニャが、アーサーの首を下から撫でていると、いつの間にか袴姿のスザクが近くに立っていた。そして、そのスザクは何かを肩に抱えていた。
「?」
良く目を凝らして見てみると、それは人だった。スザクと同じ袴姿。見覚えにある長い銀髪と手足が、重力にしたがって下にダランと垂れている。
「って、それまさかロイ?」
アーニャが尋ねると、スザクは困った顔をして答えた。
「ああ、ロイだよ」
「一体全体、なんでスザクがロイを抱えてるの?」
「僕たちが定期的に武術のトレーニングしてるのは知ってるだろ? で、今日は僕が日本の武術を教えたんだけど、ロイは物覚えがいいから、ついつい本気になっちゃって」
「一緒にトレーニング?」
あんな激しい言い合いをしてから三日もたってないのにもう仲直り? と、アーニャは首をかしげたくなった。
アーニャの記憶によれば、昨日まで二人は必要最低限な事以外、口もきいてなかった。ナナリーなんか「あのお二人。何かあったんですか?」と、本気で心配してアーニャに聞いてきた程だ。
だが、今のスザクのロイを見る表情には、そんな昨日までの様子など微塵も感じられない。
(それが男のケンカというものなのだろうか……)
と、アーニャは少し肩透かしをくらった気分になる。
よくよく考えれば、ロイもスザクも結局のところ、その行動原理はナナリーのため。これ一点だ。
だからいくらお互い嫌悪感を抱いても、その根底が同じわけだから、この二人の日課であるトレーニングという名の殴り合いでもすれば、そこで仲直りできてしまうものなのかもしれない。
(単純。二人とも……)
ただ、アーニャは、ケンカが後を引かないという付き合い方ができるこの二人の関係を、ちょっと好感を持って見ているのも事実だった。
「スザクが一方的に勝ったの?」
アーニャが立ち上がって、スザクに近づく。
アーサーは「にゃ~ん」と鳴いてその後に付いて来た。
「あ、いや、ロイは僕が教えた流儀に合わせて戦ってたから」
アーニャは、うなだれているロイの顔を覗き込んだ。眼鏡はしておらず、彼のめったに見られない端正な顔立ちがよくうかがえた。
見事にノビているようだった。これが漫画ならば、ロイの瞳はおそらくグルグルの渦で表現されている事だろう。
アーニャは眉をひそめた。
「大丈夫なの?」
顔を上げてアーニャが訊くと、スザクはこんなの日常茶飯事じゃないか、とでも言いたげな様子で笑った。
「大丈夫。気を失ってるだけだよ。ここは、風が通って気持ちが良いから。ロイを休ませるには良いだろうと思って」
「枢木卿。こちらでしたか」
その時、男が二人――気を失っているのもあわせれば三人――に声を掛けた。グラストンナイツのクラウディオだった。
アーニャは少しだけ、と言っても相手に気付かれない程度にだが嫌な顔をした。グラストンナイツのメンバーは“一人を除いて”ナイトオブゼロであるロイを見下している感があるため、アーニャはこの人たちにあまり良い感情を持っていなかった。
「すまないアーニャ。ロイを」
「分かった」
スザクは、ロイを持ち上げてアーニャに手渡す。アーニャは自分より二回りほど大きいロイを、ふらつきもせず受け取った。だてに鍛えてないのでそのまま軽々とお姫様抱っこで担ぐ。
小柄――あくまで、他のラウンズメンバーと比べてだが――なアーニャが、身長180近いロイをお姫様抱っこしている姿は異様と言えば異様だった。
(なるべくなら、次は逆がいいかも……)
そんな希望を抱いた後、アーニャはある事を思いついた。
アーニャは、先ほどまで座っていた石の背もたれまで戻り、ロイをゆっくりと寝かせ、自分もそこに座ると、そのスラリとした膝にロイの頭を寝かせた。
膝枕だ。ロイは意識があったら絶対にやらせてくれないので、この際やってみた。
その様子を見て、スザクは一度軽く笑うと、表情をナイトオブセブンに戻して、クラウディオに向き直った。
「待たせてすまない。何か?」
クラウディオは「いえ」と断った後、脇に抱えていた書類をスザクに手渡した。
「枢木卿を襲ったイレブンの死刑執行命令です。ラウンズ以上の方の承認をもって刑は執行されます……」
「……」
そんなことがあったのか、とアーニャは内心少し驚きながら、スザクを見やった。
スザクは、渡された書類に視線を落としたままピクリとも動かない。
「枢木卿?」
クラウディオが不審に思ったのか、眉を上げてスザクに声をかける。
スザクはそれでも動かなかった。
アーニャは小さく息を吐いた。
「クラウディオ卿」
「はい。何でしょうかアールストレイム卿」
「その書類をこちらに」
「……はっ?」
クラウディオは驚いたのか、すぐに動かなかった。しかし、アーニャが「早く」と急かすと、彼はハッとしてスザクに「失礼します」と断ってから書類を返してもらい、膝枕をしていて動けないアーニャのところまで早足で持ってきた。
アーニャはそれを受け取ると、素早く自分のサインを書いて、こちらを見下ろしているクラウディオに突き出した。
目を丸くしているクラウディオにアーニャは告げた。
「私も、ラウンズ」
「あっ、はい。問題ありません。では、失礼いたします」
クラウディオは簡単な敬礼をして、踵を返し、スザクの前で頭を下げてから立ち去った。
アーニャは呆気に取られているスザクに視線だけを向けた。
「ねぇスザク。あなたって、マゾ?」
彼から驚きの混じった声が返ってくる。アーニャはいつもと相変わらず、淡々と言葉を続けた。
「ここは、あなたにとって決していい場所じゃない。ここはあなたへの禍根が渦巻く土地。それなのにあなたはここにいる。自ら望んでここにいる……」
アーニャは、スザクの答えを待った。
スザクは、アーニャから顔を背けて思案顔をした後、
「誰かに分かってもらいたいとか、そういうのはもういいんだ。昔……分かってくれた人がいたから」
(ユーフェミア皇女殿下か……)
そして、アーニャは思った。
このスザクの原動力はナナリーではなく、実はそのユーフェミアの理想にあるのかもしれない、と。
それにしても、スザクのユーフェミアへの忠義とも言うべきものはここまでくると、少々度を超しているようにも見える。
なにせ祖国を裏切り、死んだ主君のために、命を狙われてもこのエリアに留まり、そして亡きユーフェミアの理想を身を粉にしてでも実現しようとしている。
(スザクは、ユーフェミア皇女殿下と知り合ってからそんなに日数がたっていないはずだが、そんな相手にここまでできるものだろうか)
騎士としての忠義に動かされて、と言ってしまえばそれまでだが、スザクの行動はそんな崇高なものではなく、もっと根本的な感情に近いものに突き動かされてユーフェミアの理想を追っているように見えた。
(本当に、付き合っていたのか)
一年前、このスザクがユーフェミア皇女殿下の騎士になるという情報が世界を駆け巡ると、このスザクとユーフェミア皇女殿下の情事的なデマやウワサや記事が往来した。
当時のアーニャなど、同年代の少女たちがその話題に盛り上がるのを冷めた視線で見ていたものだ。
と、ここでアーニャは今現在、その冷めた視線で見つめていた話題。つまり、他人の男と女の関係に、興味を持っていることに気付いた。
一年前までそんな問題など気にも留めなかったというのに。自分の事ながら、人間変われば変わるものだと、アーニャは困った時のロイみたいに頬を指でポリポリとかきたい心境になった。
「どんなにみんなに嫌われても、その一人に分かってもらえばいいって事?」
そんな心境を悟られまいと、アーニャは返答が分かっていながらも、そんな問いをスザクに投げかけた。
「そういう事だ」
スザクは、ためらいなく言った。
これで、ユーフェミアが生きていればスザクのこの発言はただのノロケ話なのだが、不幸にも彼女はすでにこの世におらず、その発言には心臓をチクチクと刺される様ないたたまれなさと、哀しさしか感じる事はできなかった。
「ふ~ん。まぁ、分からなくもないけど……」
全てを敵に回しても、一人にさえ分かってもらえばいい。確かにそういう気持ちは存在する。それをアーニャは知っている。
視線を下げてみる。自分の膝の上では銀髪の少年が気持ちよさそうに吐息をこぼしていた。アーニャはロイの前髪をそっと撫でてみた。それに伴って、ロイが「う~ん」と呻く。それを見てアーニャは柔らかく口元を緩めた。
(私だって、多分そうだから)
それがロイだ。と、アーニャはまだ少女のような純粋な気持ちでそう思えるのだった。
アーニャは、言ってみればいつも一人になる恐怖と戦っていた。
自分に記憶の障害があることを知っていた。今のところ、それは幼少の頃の記憶の矛盾のみなのだが、その矛盾がまた明日にも起きないという保障は無い。
だから、もしかしたら自分は明日になればみんなのことを忘れているのではないか? という恐怖と戦いながら幼少から過ごしてきた。
その恐怖をやわらげるために記録をこまめにつけてはいるが、根本的な事が解決されない以上、それに大した意味は無い。
いくら記録をしていても、それを自分が認識できなければ意味が無いのだ。でも、それが分かっていながらも記録をしなければ不安でしかたなかった。
やがて、アーニャは自然と寡黙になり、周囲から孤立していった。
アーニャにとって、だれか仲間・友達ができるという事は、同時にその仲間・友達を不条理な記憶の障害で失う恐怖が生まれるという事だった。
その恐怖からアーニャは目を背け続けた。背けなければ自分がその重さで潰されてしまいそうだった。そして、アーニャは自分を守るために一人である事を自ら望むようになった。
しかし、そんなアーニャにこう言ってくれた人がいた。
『だったら、僕は何度もアーニャと友達になろう。たとえ君が明日、全ての人を忘れても、僕は君が友達である事を忘れない。忘れない限り、僕たちはまた友達になれる。何度でも友達になれる。いや、無理やりにでも友達になってもらう。ほら、もう安心だろう?』
それは誰にでも思いつくような何の捻りも無い提案だった。でも、そんな提案を堂々とアーニャに言ってくれた人物はこの時まで誰もいなかったのも事実だった。
それから、アーニャは少しだけ前に進めた。新たにナナリーという友達ができた。ジノとも、一年前まで仕事の事以外は干渉し合わない間柄だったのに、今は友達といえば友達である。
勇気が出た。自分は何をしても一人にならない。そう安心できる事の何と素晴らしいことか。それをアーニャはこの一年で実感させられた。
「あんた、昔に比べて携帯をいじる時間が減ったんじゃない?」いつだったか、そうメールで言ってきたのは、どう考えても友達ではないが、メル友――いや、メル知り合いのカリーヌだった。
アーニャにとって、携帯での記録は、そもそも記憶を失う事への不安を打ち消すための行為だったので、その不安が減った以上、携帯に触れる時間が減るのも自然な流れなのかもしれない。
と言っても、ジノに言わせれば「タバコを一日一カートン吸う人が、半分になった所で中毒なのは変わらん」らしいが、それでもその後、「ま、進歩ではあるよな」と、アーニャの頭を優しく撫でた。もちろん、その時アーニャは「子供扱いしないで」と、ジノを睨んだが。
アーニャはそっと目を閉じ、小さく笑った。
だんだん足がしびれてきた。ドラマとかマンガとか小説で、ヒロインは何食わぬ顔で男を膝で寝かせているが、長時間だと結構つらい。しかし、アーニャは膝枕をやめようとは思わない。痺れより大きな充足感があって、もう少しだけそれを味わっていたかった。
「お~い二人とも。お待ちかねの連絡だ」
その時、クラウディオの去っていった方向から、ジノが長身を揺らして歩いてきた。
スザクはジノの言葉に反応して顔を上げ、アーニャもそれに続いた。
ジノはそんな同僚二人の顔を交互に見やって、足をそろえて立つと告げた。
「ゼロからだ」
スザクの瞳に鋭い光が宿る。
少し残念そうにアーニャは表情を曇らせる。この時間も、どうやら終わりらしい。
アーニャは、自分の膝で眠る男を軽くゆすった。
「……ロイ。起きて」
アーニャのその言葉で、ジノは初めてロイに気付き「おっ」と呟いて、上からロイを覗き込んだ。
「なんだ、三人だったのか。探す手間が省けた。にしても、幸せそうに寝ちゃってまぁ」
「私が膝枕してるんだから、幸せに決まってる」
「それは失礼した」
ジノは苦笑しながら丁寧な動作で謝罪すると、「一枚撮ってやろうか?」と気の利いた事を提案した。
アーニャは迷わずに、自分の携帯を長身の同僚に差し出した。