コードギアス 反逆のルルーシュ LOST COLORS R2~蒼失の騎士~   作:宙孫 左千夫

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③巻12話『特区 日本』

 二度目の行政特区日本。野外の会場。

 式典の進行は静寂をもって執り行われた。

『各部隊、気を抜くなよ。なにが起こるか分からないからな』

 通信機からのジノの声。それは“クラブ”のコックピットにいるロイにも届く。

 ロイは“クラブ”を空中で旋回させながら、地上にいる百万人の日本人たちをモニター越しに見つめていた。

 ゼロは約束を果たした。それは、会場が隙間なく人に染まっている光景が証明していた。しかし……。

(だれも笑っていない)

 ロイは、モニターに拡大した日本人たちの表情を見て小さく息を吐いた。

 分かっていたことだ。ここに集まっている日本人はナナリーではなく、ゼロの呼びかけに応じて集まった人々。もっと言えばゼロに信頼を寄せていてブリタニアに反感を抱いている人々だ。彼らは決しては自らの希望でこの場に来たわけではない。

 以前、ローマイヤに頼んで、すでに極秘情報扱いになっていた一年前の行政特区の映像を見せてもらったことがある。

 後半は見るに耐えないものだったが、前半は違った。

 日本人は、嬉々としており、

「ユーフェミア万歳! 特区日本万歳!」

 口々にユーフェミアをたたえ、その行政特区への参加を心から希望し、湧き上がる気力に満ち溢れていた。

 しかし、いまロイの眼下の日本人たちは静寂を保っている。

(まるで嵐の前のなんとやらだ……)

 それは不吉な予測だった。

 万が一、この会場で嵐が巻き起きれば、ロイ達はその暴風がナナリー総督を傷つける前に、対処しなければいけない。

 会場の各所にはKMFが睨みをきかせ、日本人たちを監視するかのように頭部のメインカメラをせわしなく振っている。

 地上のKMF各機は“実弾”と、ロイ、ジノ、アーニャの強い要望で暴徒鎮圧用の対人ゴム弾銃の二種類の銃を装備しており、その銃を足元の日本人に見せ付けるかのように誇示している機体もある。

「んっ?」

 と、ここでロイは、モニターの中の一騎の“サザーランド”を見て、分厚いレンズの奥で眉を微細に動かした。

 機体の高度を下げて通信機のスイッチを入れる。

「B-2地区担当の“サザーランド”応答せよ」

 返答はすぐだった。

『こちらB-2地区担当の“サザーランド”。ナイトオブゼロ様、なにか?』

「なにかではない。なぜ貴公はゴム弾銃ではなく、実弾入りのライフルを装備している。命令違反である。速やかに装備を変更せよ」

 行政特区開始前。ロイ達ラウンズはKMFで警備にあたる者――警備兵、騎士問わず全員に、許可無く実弾入りのアサルトライフルを装備する事を禁じた。

 よって周囲の兵やKMFは全て、腰のハードポイントにはアサルトライフル。手にはゴム弾銃という格好なのだが、この“サザーランド”はそれが逆だった。

『しかし、ナイトオブゼロ様』

「私は、貴公に意見を求めていない」

 通信機の向こうでは“サザーランド”の騎士がまだなにか言いたそうに息を飲んだ。しかし、それをロイは「返答は?」と言葉で制した。

『イエス・マイ・ロード』

 その言葉に、“サザーランド”の騎士の納得は感じられない。しかし、ラウンズの命令には逆らえないと考えたのだろう即座に装備を交換した。

 それを確認して、ロイは辺りの警戒を続けた。

(結局、ブリタニア人も日本人を信用していないわけか……)

 ここに集まっている日本人はナナリーを――ブリタニアを信用して集まったわけではない。

 かたやブリタニア人のほうも日本人は絶対に何かやらかす、とそう信じて疑っていない。

 さきほどの“サザーランド”だけではない。おそらく、この場にいるどの騎士も、命令には従ってKMFの手にはゴム銃を持っているが、内心では、

 どうせ、実弾を使うことになる。

 と、大なり小なり思っているに違いなかった。

(一度すれ違った者同士というのは、ここまで信用できなくなるものなのか……)

 ロイはそれを十分に理解しているつもりだった。しかし、それをこうも間の当たりにさせられてしまうと、口の中になにか苦いものが広がっていく。

(ナナリー総督。もしかしてあなたは、ユーフェミア皇女殿下より、困難な道を選んだのかもしれない……)

 すくなくともユーフェミアには日本人の支持があった。しかし、ナナリーにはどちらの支持も無いのである。

 その時、控えめなファンファーレが会場に響く。

 補佐のローマイヤ。護衛のスザク。そしてアーニャの手を借りて、エリア11の総督ナナリー・ヴィ・ブリタニアが舞台の袖から姿を現した。

 もちろん、日本人たちからの歓声など起こらない。

『始まるぞ。各自、警戒を』

 空を旋回している“トリスタン”のジノが全員に注意を促す。

 ロイもその言葉に従い、行政特区の式典会場に注意を巡らせた。

 ナナリーの演説が始まった。

 ナナリーは訴えた。自分がとてもうれしいこと、人とは手を取り合えること、過去の確執を捨て、皆で新たな歴史を歩んでいこう、と。

 言葉にされた内容は実に美しく、誰もが素晴らしいと思えるものだ。

 だが、それによって感動を覚えたものは、おそらく皆無だ。

 やがて、ナナリーに代わり、その傍に立っていたローマイヤが前に出た。

 ブリタニア軍の中で糸を張り詰めたような緊張が走るのを感じた。

 ここだ。

 この静けさが破れるタイミングがあるとすればここなのだ。

 ローマイヤは今から語るのだ。ゼロはお前ら日本人を裏切った、と。

『では、特区日本に参加する者たちに対して、われわれからの処置を発表します――』

 ローマイヤの実務的な話は続く。

 ロイは、いつの間にか心臓が強く脈打っていた。おそらく、それは警備にあたるどのブリタニア軍人も一緒だった。

 これからどうなるのか予想が付かない。ここにいる日本人はゼロを慕って集まった人々。その人々にゼロはお前らを裏切った、という事実を放り投げることによって、一体どのような化学反応を招くのか。

(もし暴動が起きたとしても、それが警備隊で押さえつけられる程度のものならば問題はない……)

 しかし、それが警備隊の守備容量を超え、舞台にいるナナリーに被害が及およぶような域に達すれば、ロイは、ブリタニアのナイトオブゼロとして実弾の引き金を引かなくてはいけない。

 そうなれば会場は再び行政特区と言う名の棺桶に早変わりだ。世間からはユーフェミアだけではなく、ナナリーも虐殺皇女として後ろ指を向けられることになるだろう。

 やがて、ローマイヤの演説がとうとうゼロの進退について触れた。

『しかしながら、カラレス前総督の殺害など指導者の責任は許し難い。エリア特法12条第8項に従い、ゼロだけは国外追放処分とする』

 言ってしまった。

 この中継を見ている世界中の人々の「はぁ?」という呟きが聞こえてきそうだった。

 ロイは額に浮かぶ汗を気にも留めず、あたりを警戒する。

(どうなる!?)

 暴動は起きない。

 いや、起きかけているのか? 起きるのか? 起きないのか?

 その思考は一瞬だったが、とても長い時間に感じられた。

『ありがとう。ブリタニアの諸君!』

 元の時間に引き戻したのは、ロイとは違うゼロの名を持つ男。黒の騎士団のリーダーの声だった。

 ロイは呆気にとられた。気が付けば会場に設置してあったモニターには全てゼロが映し出されていた。

『寛大なるご処置。いたみいる』

 ロイを含めてほぼ全員のブリタニア関係者が、目の前のあまりの出来事に戸惑っている中。軍の任務を忠実に果たした男がいた。

 スザクだった。

 彼ははナナリーをモニターのゼロから庇うように立ち。頭上のモニターに映るゼロに言葉をぶつけた。

『姿を現せゼロ!』

 ロイは、そのスザクの声でようやく思考を再開させる事ができた。

(くそ、電波ジャックか。一体どこから……)

 ロイは“クラブ”のレーダーとファクトスフィアを最大に活用して、会場のモニターへ送られてくる電波を計算し、ゼロの場所を割り出そうとした。

 電子キーボードの上を、ロイは滑るような指の動きで往来させる。電波の種類、強さ、距離を判別し、逆探知の指示を素早く行う。

 この間にも、会場ではスザクとゼロの討論が繰り広げられている。しかし、ロイにはそんな会話をじっくりと聞く余裕は無かった。

(ナナリー総督を守るのは、スザク。君の役目だ。僕は……)

 やがて、“クラブ”に取り付けられたロイド特製解析コンピューターが逆探知に成功した。

「よし!」

 “クラブ”内のモニター表示が切り替わり、地図が表示される。

 地図には一つの光点があった。電波の発信源だ。

 それは海の真ん中で、しかも、ここからそう遠くない場所で点滅していた。

 ロイは、地図に光点が指し示す方角に顔を向けた。

「? なんだ、あれは?」

 目線の先には、大きな白い山があった。

(あんなところに山なんてあっただろうか? いや、まて、違う。あれは)

『うわああ。ガスだ!?』

 警備隊の一人の声で、ロイは弾けるようにその視線を海から下の会場に戻した。なんと、会場から火事のような白い煙が立ち上がり、会場全体を覆っていた。

『ど、毒ガスか?』

『落ち着け! ただのスモークだ!』

『マスクを! だれか俺にマスクを!』

『ええい。落ち着けと言うのに!』

 通信には錯乱した声が行き交っている。

「総督は!?」

 ハッとして、ロイは壇上の様子をコックピット内のモニターに拡大させる。アーニャが、ナナリーの車椅子を引いて舞台の隅に逃げ込んだ。

(よかった。なんとも無いようだ)

 しかし、ロイが安心したのもつかの間だった。

『暴徒殲滅準備!』

 鎮圧ではなくて、殲滅。

 それは、実弾装備の許可を与える命令だった。

 発言したのは、空中から会場を警戒していたKMF“ヴィンセント”に騎乗しているギルフォードだった。

『イエス・マイ・ロード』

 何機かのKMFが、命令を受けて、飛び出すのが“ゴム弾では無い銃口”を煙に向けた。

 ロイは間髪入れずに声を張り上げた。

「まて! 相手はまだ手を出していない!」

『まて! 相手はまだ手を出していない!』

 声を出したのはロイだけではなく、スザクもだった。二人のそのとっさの命令により、銃口から虐殺の弾丸が飛び出ることは無かった。

『各機。自制せよ』

 続けてジノも言葉を発し、さらにそれを徹底するよう命じた。

 やがて、スモークは海の風に晒されて、薄れ、消えていく。そして、

「――!」

 “クラブ”のコックピットの中でロイは驚きの声も出せず、かすれた呼吸だけを搾り出す。

 会場にはゼロがいた。

 ゼロが、ゼロが、ゼロが、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロゼロゼロゼロゼロ……。

 会場を埋め尽くした魔人ゼロ。一人ではなく、百万人がゼロ。

『全てのゼロよ!』

 モニターの、おそらく本物であると思われるゼロが、会場のゼロに呼びかけた。

『ナナリー新総督のご命令だ! 速やかに、国外追放処分を受け入れよ! どこであろうと、 心さえあれば、我らは日本人だ! さぁ、新天地を目指せ!』

 そして、ナナリーとの支持の差を表すかのように、日本人たちから地を震わすような歓喜の声が巻き起こった。

 

   ○

 

 会場を抜けて、ナナリーは廊下を進み、護衛車に向かっていた

「一体、どうなったのですか?」

 盲目のため、状況が理解できないナナリーが問いかけると、周りを囲むSPの一人が返答した。

「ただいま、ミス・ローマイヤが対応中です」

「任せろと言うのですか!」

「総督」

 感情が昂ぶり始めたナナリーに、アーニャは冷や水をぶっ掛けるような冷静な声で呼びかけた。

 ナナリーは声を頼りに、友人に顔を向けた。

「アーニャさん……」

「会場にはスザクがいる。ロイもいる。頼りないようで頼りになるジノもいる」

「……」

「信じて。ラウンズに任せて」

 ナナリーには、返す言葉が見つからなかった。

 

   ○

 

 ロイが先ほど発見した白い山は、島ほどもある巨大な海氷船だった。それは中華連邦の用意したものだが、真っすぐにこの行政特区日本の会場に向かっている。

 ここまでくると、ブリタニアの一部の人間は、ゼロのやろうとしていることを理解した。

 ――海氷船で、ゼロは黒の騎士団とその支持者たちごとエリア11を離れ、再起を図るつもりか!?

 当然のように、通信機には怒気を交じえた声が往来した。いや、それは通信機だけに留まらず外部スピーカーで会場中にも響いた。

『枢木卿! これは反乱だろ!』

 ギルフォードの言葉に、すかさずロイが反論した。

「反乱? 待って下さいギルフォード卿! これのどこが反乱ですか!」

 コクピット内のモニターに身を乗り出して言うと、ギルフォードがやや憮然とした様子で、

『これは奇妙な事をおっしゃられますなキャンベル卿! ブリタニアへの反心は見るに明らかではありませんか!』

「かといって、別に彼らは何かを訴えているわけでも! 私たちに危害を加えようとしているわけでもありません!」

『だからと言って! このままみすみすゼロを見逃して国の威光が示せるとお思いですか!?』

「威光が示せれば百万の死体の山を作ってもよいとおっしゃるか!」

『そもそも、約束を違えたのは黒の騎士団です!』

「そうであっても罰せられるべきは黒の騎士団だ! ここにいる約九割以上の人間はただブリタニアの支配を是としないだけの一般人なのですよ!」

『一般人であってもゼロの支持者です!』

「道理に沿っても人道に外れると言っているのです! それこそ国の威光の失墜につながると思いますが!」

『止めろ二人とも!』

 ロイとギルフォードのやりとりを止めたのは、珍しく怒声を発したジノだった。

 ジノは、“トリスタン”で空中の“クラブ”と“ヴィンセント”の間に割るように入ると、声のトーンは幾分か下げて、威嚇を込めた口調で言った。

『二人の意見はもっともだ。だが、全部隊に通信が開いている状態で平静さを欠いた応酬はナイトオブスリーとして認められない』

「……」

『……』

 二人が黙ったのを見て、ジノは“トリスタン”を壇上のスザクに向けた。

『どうするスザク。責任者はお前だ。お前が決めろ』

 スザクが苦虫を噛み潰したような顔をした。

(スザク……)

 ロイには理解できた。スザクの心の中は今、ゼロに対する怒りで一杯だろう。

 ゼロの今回の作戦はなんのことはない、一般人を人質に取った脅しだ。

 つまり、ゼロはこう言っているのだ。

 一般市民を虐殺するわけにはいかないよな? ならば、その一般市民と共に私と黒の騎士団を見逃せ、と。

 スザクのその怒りは、ロイとて同じだ。

 何が正義の味方だ! ただのペテン師じゃないか! 日本人を騙す詐欺師じゃないか!

 ゼロの衣装に扮した者たちは、おそらく自覚が無いまま人質として銃口に晒されているのだ。

 忌むべき実に汚い、卑劣な手口。

 だが、それだけにナナリーの日本人との融和政策を支持しているロイ達には有効なものでもあった。

 それに多くを犠牲にして一人を生かすというものは、政略上れっきとした策であり、それを知るロイにとっては、実行について多少なりの共感を抱くものでもある。

 繰り返すが、それがロイにとって忌むべき策であるというのは変わらない。しかし、詐欺でもこれは立派な策であり、成った時点でそれを防げなかったロイ達は負けを認めるしかないのである。

 黒の騎士団の力を大アヴァロン襲撃で削ぎ、スザクの出撃で一時はゼロの生死与奪の権利まで握ったにも関わらず、みすみすこのような形で見逃すのは悔しいが、一般人を巻き添えにしてまで黒の騎士団を殲滅するわけにはいかない。

 いや、殲滅がブリタニアのやり方として正当なものだとしても、ナナリーは、あの心優しき皇女は絶対に……。

『いかがなさいますか。枢木卿』

 今まで事の成り行きを黙って見守っていたローマイヤが、スザクに鋭利な瞳を向けて問いかけた。

『このままみすみすと百万の労働力を失うぐらいならば、いっそ――』

 それを聞いたとき、ロイの頭の中で熱いものが迸った。

「ローマイヤ!」

 いつもとは違い、ロイは呼び捨てでその名を呼んだ。

 その意味を、ローマイヤは正確に感じ取った。

 だが、ローマイヤは別段驚いた様子はない。どちらかと言えば「まぁ、あなたならこう言えば当然怒るでしょうね」と、予想していたようでもあった。

 ローマイヤは眼鏡を指でかけ直すと、空中の“クラブ”を一瞥し、改めてスザクに向き直った。

『いっそ、見せしめとする。という手段もやもえないかと。しかし、暴徒の対応において、われわれ文官は専門家である武官の判断を尊重いたします。見たところ“見せしめ”についてキャンベル卿は断固反対。ギルフォード卿は賛成。ヴァインベルグ卿は中立の姿勢をとっておりますが……』

 そして、ローマイヤは視線の鋭度を増して言った。

『この場の武官の責任者であるあなたの判断は? ちなみに時間はございません。このままあなたの判断が付かぬようでしたら、私の権限を使った範囲内においてだけでも“見せしめ”を実行いたします』

 そして、ローマイヤはその言葉の本気を証明するかのように、懐から銃を取り出して見せた。

 皆がそれぞれの感情を抱きながら見守る中、スザクは拳を握りしめ、目をつむり、考え込んだ後、悔しそうに……。

『全軍。ゼロを見逃せ……』

 絞り出すような声で、命令を下した。

 スザクの隣のローマイヤが、不快そうな、でもちょっと安心したような複雑な顔をしながら、大きく息を吐いた。

『……全員聞きましたね。ナイトオブセブン様のご命令です。ゼロを見逃しなさい』

 ローマイヤは素直に通信機でスザクの命令を部下に伝えた。彼女の行動は意外と言えば意外だったが、今はそれよりも、ロイはスザクがナナリーの意志に沿った命令をしてくれた事がとてもうれしかった。

「スザク……」

 ロイは胸を撫で下ろした。ロイのかけがえのない友人は見事にナナリーの信頼に応えたのだ。

 ロイは命令を復唱した。

「全軍に告げる。ゼロを見逃せ。繰り返す。ゼロを見逃せ……」

 

   ○

 

 誰もいなくなった行政特区日本の会場。

 ラウンズの白い軍服に着替え、同僚から譲り受けた紫のマントを翻しながら、ロイは壇上の中心に立つ男に近づき、その左肩に手を置いた。

 肩をたたかれた男。枢木スザクは無言で応え、そして、だれもいなくなった会場を見つめ続けている。

「スザク。胸を張っていい。君は何も間違ったことをしていない」

 スザクは、すでに去ったゼロの方角を睨んだまま呟いた。

「これが、ゼロの本質なんだ」

 唐突なスザクの言葉にロイは返答を迷った。しかし、スザクはロイの返答など必要としていなかったようで、そのまま言葉を続けた。

「人の盾に隠れて、自身は表に出てこない。人を操り、騙し、自分の目的を達成することしか考えていないんだ……結果しかみていないんだ」

 最後は、スザクの心からの怒りから発せられた声だった。

 しかし、ロイは怒るスザクに共感を抱きつつも、ゼロの策の内容に心を高まらせている自分がいるのを感じていた。

 多数を犠牲にして少数を生かす。組織のトップとは時にそれを是とし、良心を非として実行する必要がある。それをロイは知っていた。

 だから、ロイはスザクの言葉に戸惑った。

 もっとも、ゼロがただの臆病者の指導者であり、この指導者が多数の犠牲をただの盾とし、安全な場所から高みを決め込むようなやつなら話は別だが、ゼロは「上が動かなければ下はついて来ない」と公言している通り、常に前線に出て行く指導者である。

 これは、ゼロが自分の部下や支持者達を、単なる盾や切り捨ての対象と見ていないことの証明でもあった。

 その上での今回の策。

 多少、敵の心理に頼りすぎな面もあるが、逆にその心理を計算に入れて実行したのだとすれば、ゼロの策は見事でもある。

 つまり、ロイは今回のゼロの策に一定の好感を持っていた。しかし、スザクのように、一般人を盾にしたその行為自体には反感も持った。

 だから、ロイがスザクに向ける表情は複雑なものになった。複雑すぎて、最終的にそれは無表情にも見えた。

 スザクは単純にゼロの策を非としているが、ロイにはその判別が付かないのだ。

 もちろん、ロイはブリタニア軍人としてはゼロの策を“非”以外の何物としても見てはいない。

 ただ、ロイ・キャンベル個人で今回の策を見ると“非”である。という感情の他に“是”としても仕方がない、とする感情もあるのだ。

 返答を迷っていると、スザクは踵を返し、ロイの傍を通って壇上の隅へ歩いていった。しかし、彼はその途中で足を止めた。

「……ロイ」

 スザクは背を向けたまま言った。

「君は、そうはならないでくれ」

 それは願いというより、

 ――君がゼロと同じになったとき、僕はそれを許さない。

 という警告のように感じられたのは、気のせいだろうか。

「スザク?」

 そのままスザクはマントを翻して、壇上の隅に姿を消した。

 ロイはスザクを見送り、そして迷いのある瞳で会場に視線を戻した。

 大きな広場に、カバンや帽子がいたるところに置き忘れられ、それが沈みゆく夕日に照らされて細長い影を作っている。

 それは、なんだかとても寂しい光景だとロイは思った。


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