カンピオーネ!~智慧の王~   作:土ノ子

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たぶんもう二度とない短い間隔で投稿。
イチャイチャってなんだったっけ? 書いててそんな風に思ったお話です。




蛇と鋼 ③

神います地、出雲。

 

神話において幾つもの伝説の舞台となった現代でも日本屈指の霊地である。その清浄なる大気と肥沃な大地の精気が常ならぬほど満ち満ちている。例えるなら台風が来る前、重く力ある風がうねるさまに似ていた。

 

ただそこに在るだけ、それだけで莫大なまでに溜めこまれた天と地に満ちる呪力は天変地異に等しい災厄の到来を告げていた。呪力はゆるりとその場に揺蕩(たゆた)い、循環していくが決して散ることは無い。

 

水が高きから低きへ流れるように、あるいは熱が拡散し最終的に平均化されるように。

 

本来なら一時的に呪力が(こご)ってもそれを纏める核が無ければ霧散していくだけのはず。明らかな異常、自然現象ではありえない人為を感じさせた。

 

あるいは呪力を読み取る目、それと天空から俯瞰する視点を持つものがいれば気付いたかもしれない。遠い昔この地に敷かれた、常人には視認不可能な淡い光を発する大規模な魔法陣の存在に。

 

それはまつろわぬ神、それもこの出雲に伝わる伝説にまつわる《鋼》を限定して招来する儀式の術式が超の付くほど精密に書き込まれた方陣―――その失敗作であった。人の身で為したとするなら規格外と言っていいほどの完成度を誇るが、必要な要素を決定的なまでに欠いている。神の招来を狂的なまでに強く願う巫女の不在。加えてクリアすべき幾つもの技術的欠陥。これではどれだけ莫大な呪力が流れ込もうと成功どころか発動することすらありえない。

 

その確信があったからこそ陣は解体されることなく放置されたのだ。

 

だがまつろわぬ《鋼》の英雄が生まれる呼び水としては及第点を超えていた。加えて相次いで日本国に誕生した二人の魔王の存在が劇的なまでに霊脈の流れを乱し、加えて不倶戴天の仇敵たる《蛇》の最高峰までがこの島国にやって来た。

 

《鋼》が―――まつろわす剣神が生まれるのにこれ以上の環境は無い。

 

故に《蛇》が気まぐれに神力を振るい、東京を闇夜に落としたその瞬間をきっかけに結界寸前のダムのように溜めこまれた呪力は渦巻く螺旋となり、魔法陣を中心に怒涛のように流れ込み始める。

 

轟、と不気味な唸りを上げ一点に収縮していく呪力の渦。

 

呪力は渦巻き、凝縮し、遂には出雲の地に語り継がれる神話を中心に一個の《神》の形に押し込められる。そして誕生の余波とでも言うべき呪力の波が風を起こして木々を揺らし、微かにだが確かに大地を鳴動させた。

 

―――出雲の地に満ちる精気を糧に、ここに武蔵坊弁慶が顕現した。

 

僧服の上から重厚な鎧を着込み、服から覗く肌はどこも浅黒い。体躯は七尺を超えて肩幅は広く、見ているだけで内に秘められた圧力を想像できるほどに逞しい。巌から削り出したようないかめしい顔つきで親の仇のように虚空を睨みつけ、自身の身長を優に超える大薙刀―――其の名も高き岩融(いわとおし)―――を握り締めている。その立ち姿はまさしく伝説に伝わる怪力無双の荒法師そのままであった。

 

神話の頸木から外れ、地上を彷徨い歩く肉体を得た英雄は一先ずゆらりと視線を周囲に巡らせた。山深き霊峰、弁慶が生誕したこの山は時の流れにその痕跡のほとんどを呑みこまれながら、かつて盛んに製鉄が行われた地であった。

 

《鋼》たる己が生まれるには十分な土地だ。一つ頷いて納得すると、視線を東の方角へ向ける。神としての超感覚が距離を隔てた其処に残響のように伝わってくる力がぶつかり合った余波、そこから察せられる己の天敵の存在を感じ取っていた。

 

弁慶は自問する。己がなすべき事はなにか? と。

 

自答するまでもなく決まっていた。今すぐにでも東に向かい、人間達の都で狼藉を振るう《蛇》を討つ。その後はこの国に蔓延る魔王に取り組むとしよう。それも終わったのならば……戯れに各地を漂泊し、当代の腕自慢どもと武勇を競うのも良いだろう。

 

かつては場所も人数も構わず帯刀する武者に単身襲いかかり、刀を強奪して回った彼だ。荒武者、智慧者、霊能者、時に産婆の役を務めたことすらある。数多の逸話、数多の相を持つ神であるがやはり《鋼》としての役割を期待され誕生した以上己の武勇を示すことが本懐であろう。

 

現状把握に満足すると彼は目的を果たすべく東の方向へ足を向けようと”した”。

 

足を踏み出そうとする前に歩み寄ってくる気配を感じた。東の地にある二つの力と同格のソレ。ピリピリと粟立つ肌と否応なく湧きあがってくる敵愾心。頬が吊り上がり、獰猛な形の笑みが浮かんでくる。

 

なんとまあ、腕の振るい甲斐のある舞台に呼ばれたものだ。《蛇》と魔王、それこそ己が誕生するはるか前より逆縁で繋がれた旧敵が三人も! なんという戦場、なんという至福か!

 

背負っていた大薙刀を引き抜くと豪と振るい、敵のいる方向へと切っ先を向けたのである。疑う余地などなかった、神と神殺しの両者にのみ感じられる敵意と高揚感の交錯であった。

 

来た、己が武勇を示すべき敵が―――神殺しが来た。

 

本来ならば真っ先に《蛇》を討つところだが神殺しもまた特別な仇敵である。向こうからやってきたというのなら是非も無し、死力を尽くし戦うのみである。

 

傍らに女を一人伴い、悠然と進む姿が目に入ると溢れでる高揚のまま口上を述べた。

 

「―――遠くば音に聞き給え! 今は近し、眼に御覧ぜよ! われ天児屋根(あまのこやね)御苗裔(ごびょうえい)…熊野別当弁正が嫡子、西塔武蔵坊弁慶なり!」

 

型稽古でもこなすようにその手に握った大薙刀を軽々と振り回し、切っ先を仇敵へと向ける。

 

さながら檜舞台に立った大役者のように大仰かつ大胆不敵な名乗り。一合も交わさぬままこいつは絶対に派手好きだと将悟に確信させるに十分なほど天地に朗々と響く鮮やかな口上であった。

 

「天地よ、御照覧あれ! 末法の世に君臨する悪鬼羅刹を、この弁慶が見事討ち取って見せようぞ!」

 

その手に握った岩融しの石突きを大地に突き立て、歓喜と高揚に武者震いに震わせる。しかし戦意に満ち満ちた弁慶の気迫に対し、将悟の視線は冷めたものだった。

 

「生憎だがこっちにも都合があってな、付き合ってられん。実は大馬鹿と疫病神が俺の懐で喧嘩の真っ最中なんだ」

 

深々とため息を吐く。

 

「この上《鋼》まで来られたら厄介なんてもんじゃない。ここでお前をボコリ倒しても東京に帰ってからは馬鹿二人の後始末をするお仕事まで残っているときた」

 

うんざりだな、と言葉でもジェスチャーでも遺憾の意を表す将悟。

 

スサノオの神託から半時間も経っていないというのに将悟は出雲の地にしっかりと立っている。噂に聞く羅濠教主と同等の腕前を持たない限り『縮地法』や『転移』、『神速通』と呼ばれる魔術でも不可能なはずの業だ。そして将悟の魔術師としての腕前はまだその域に達していない。

 

「要するに、だ。可及的速やかにくたばってくれると嬉しいぞ?」

 

浮かべている表情は笑顔だが目が一切笑っていない、そして敵意だけは吹き付ける焰のように熱い。天敵からの飄然たる殺害宣言であった。

 

ぶるり、と弁慶の背に震えが走る。無論怯えではなくこの上ない強敵を前にしたが故の武者震いであった。この後繰り広げられる激烈たる死闘をむしろ歓迎する心持ちで弁慶は得物を構え直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スサノオの大蛇退治、因幡の白兎、大国主の国造り。

 

日本に伝わる数多の神話の舞台となった地、出雲。神秘と魔術の地位が低下した現代においても些かもその価値は衰えない、日本屈指の霊的要地である。

 

そしてかの地には極めて高い知名度を誇るある英雄の出生譚、”その一つ”が存在する。

 

容貌の醜さゆえに縁談に恵まれなかった女が出雲の神の縁結びにより引き合わされた山伏とほんのひと時情を交わし、とある赤子を身籠る。

 

女はつわりのため鉄が食いたくなり、村人の鍬を盗んで食べ続ける。食べた鍬の数が十本を数えようとした時村の子供に見つかり、半分ほど食べ残してしまった。

 

その後誕生した赤子は生まれながらに髪と歯が生え揃った全身が鉄のように黒い異形の姿であったという。母となった女は自らの手で井戸を掘って水を汲み、それを産湯に使った。

 

英雄に付き物の異常出生譚を経て生まれた赤子はすくすくと成長し、各地を流浪する内に力を付け、やがて西塔武蔵坊弁慶を名乗りかの九郎判官義経…その一の家来として名を馳せていく―――。

 

「分かりやすいくらいに明白な鉄との関わり、産湯のくだりは多くの《鋼》に見られる女神から与えられる恩寵の隠喩。この逸話こそが武蔵坊弁慶に《鋼》の英雄神たる相を与える最大の要因なんだ」

 

とは弁慶と《鋼》の結びつきを知らない将悟に対し、説明を試みた恵那の言である。

思わず呈した疑問に答えた短くも適切な解説も聞き、そんなものかと納得すると己の腹心の電話番号をコールした。恵那が授かった神託によると武蔵坊弁慶の顕現までの時間的余裕はほとんど無い。

 

デマだと無視するには情報源が大物すぎる。下手に放置して最悪のタイミングで東京の決戦に横殴りを入れられてはたまったものではない。可能であれば顕現した直後に叩きたい。

 

が、大前提として将悟が出雲の地に赴くのは愚策である。

 

神託で伝えたスサノオの口ぶりでは武蔵坊弁慶が顕現するまでの猶予はどんなに長く見積もっても数時間。まず将悟が出雲に赴くだけで少なからぬ時間を消費する。加えて一口に出雲と言っても広い、まつろわぬ神の顕現ともなれば遠方からでもはっきりと観測できる規模の現象だが、厳密にどこに顕現するかまで特定するには人員も時間も足りなさすぎる。仮に東京に向かう弁慶が将悟と入れ違いにでもなれば事実上フリーハンドを弁慶に与えることになる。

 

その点については甘粕にしっかりと指摘された。その上で東京にて迎え撃つのが次善の策であるとうんざりした声で語った。特大規模の厄介事が降ってきた東京に更なる爆弾が投下されると聞かされれば当然の反応だろう。連鎖反応で何が起こるか分かったものではない。

 

一々甘粕の指摘に頷きつつ話を最後まで聞いた将悟はそれでも、と続けた。

 

「出雲に向かう。まあ、なんとかするさ」

 

その王命で千言万語の反論をすべて捨て去り、深々と溜息を吐きながら了承の意を伝える。将悟がなんとかすると言ったのなら大抵のことはなんとかなるのだ、神さま関連を除けばだが。

 

「……お帰りは出来るだけ早めにお願いします。正直に申し上げて私どもには打てる手がほとんどありませんから」

 

最早甘粕にできるのは疲れた声で王に尽力を願うことだけだった。最後に御武運をとかなり投げ遣りな雰囲気で甘粕は電話を切った。

 

草薙が暴れ始めてから甘粕さんの苦労も倍ドンだな、と他人事のように考えながらも隣で黙って会話を聞いていた恵那と何を言うでもなく視線を交わす。

 

その瞳には疑惑の光、互いの脳裏に共通の知り合い(ただし人間ではない)が浮かんでいると無言のままに悟り合う。

 

「それにしても…」

「うん、引っかかるね」

 

声を合わせることでより一層疑惑を深める。

 

「「絶対にあのジジイ/おじいちゃまが怪しい」」

 

相性は良いのだが時たまズレのある二人の心が絶妙なまでにシンクロした瞬間であった。

 

「まず第一に親切心からの忠告とかは絶対に無い」

「あり得ないね。結局地上で起きる騒動の大半はおじいちゃま達にとって他所事だし」

 

気心の知れた者同士テンポよく会話を進めていく。

 

「間違いなくどこかで一枚噛んでるな」

「うん、怪しいね。李の木の下で冠を正してるくらいには怪しい」

 

ちなみに本来のことわざは(すもも)の木の下で冠を被り直そうとするのは実を盗もうとしているのではないかと疑われるから、そのような疑わしい行動は避けるべきという意味である。

 

まつろわぬ神顕現の予知、という露骨な干渉は基本スタンスとして不干渉を貫いているはずのスサノオ達を疑わしく思うには十分だ。

 

とはいえこれ以上は思考を進めるのは推測ではなく憶測の類になるし建設的でもない。あとで直接会いに行ってでも問い詰めてやろう、と意見を一致させた後は問題を棚上げする。

 

そしてひょいと腰を浮かせた将悟へ同じく立ち上がりながら微かに堅い表情を浮かべた恵那が相対する。その気配を感じてああ、と頷き。

 

「―――じゃ、行くか」

 

そう言って無造作に恵那に向かって手を差し伸べた。

 

てっきり今回も置いていかれると思い、どう説得したものか頭を悩ませていた恵那は目を白黒とさせる。まあ、当然の反応だよなァと頬を掻く将悟。恵那の反応が己の自業自得だという自覚くらいはある。

 

ここは弁解の一つもするべきだろう、と恵那に向き合う。

 

「分かってるだろうけど今の状況、かなりヤバい。神さまとカンピオーネが合計四人。何が起こってもおかしくない」

 

これで戦場が余所様の庭なら将悟も適度に力を抜いて臨んだのだろうが生憎と戦場は“将悟の街”だ。そして生憎弁慶の顕現までに出雲に間に合わせることが出来るのは将悟のみ。放っておいてもやがてはこちらにやってくる。苦い二択だがそれでもマシな方を選ぶしかない。

 

「困ったことに勝てばいい、なんて甘いことは言ってられない。勝たなきゃならない。最速で、余力を残して」

 

見通しが甘いにも程がある言葉を紡ぎ出す。神とカンピオーネは対等、互いが互いの死足りうる災害同士がぶつかり合おうというのだから余力を残して勝つというのは願望を通り越して妄言ですらある。

 

だが首尾よく行ってもまだ神が一柱、護堂が敵に回れば最悪三つ巴の戦いになるかもしれない。もちろん護堂が首尾よく女神を倒し、一件落着となる可能性も十分あるが将悟は基本的に神様絡みの事件で最悪の事態を想定することにしている。そしてその斜め上をぶっ飛んでいくのが神様とカンピオーネなのだ。

 

できるだけ余裕を以て勝ちたいというのは本心である、実現の見込みがとても低いと心底理解しているだけで。

 

「だからあるものは全部使うし、命も賭ける。たぶん、お前のことも守ってやれない」

 

端的に言えば余裕が無い―――だが絶対にそれだけではない。静かに瞑目し、神話的とすら言える闘争に明け暮れたこの一年が脳裏で鮮やかに思い返される。

 

数多の神を打ち倒した。

数多の魔獣を蹂躙した。

 

その過程で何度生死の境を彷徨ったことか。

 

全てとは言わない、だが恵那の(たす)けが無ければ将悟の首は今頃首と繋がっていない。そんな激戦、死闘が幾度となくあった。

 

嗚呼(ああ)、己一人で十分と(うそぶ)くなど何と甘ったれた未熟な自負であったことか。意地を支えに威勢よく吼えようと、現実としてどうしようもなく己は弱いのだ。幾ら常識外れの異能を有していようが、一人の少女に過ぎない恵那の助力が無ければ命も繋げないほどに。

 

だがせめてこれからは覚悟を決めようと。

そう、思ったのだ。

 

「―――それでも(・・・・)俺に付いてこい(・・・・・・・)

 

かつての誓いを今ここで。

呆然とした顔で自身に向けられた王の言葉を反芻する少女に恥ずかしげな、照れくさそうな笑みを向ける。

 

「頼りにしてるぜ、”相棒”」

 

さながら誓約のように、求愛のように恵那に向けて手を伸ばす。

 

将悟は認めた、清秋院恵那を。否、もうずっと前から認めていたけれど遂に覚悟を決めた。致命的なまでに恵那の人生を歪める覚悟を。

 

俺のために生き、俺のために死ね。只人ではいられない地獄のような生を歩み続けろ。

 

そんな呪いのような生を押し付ける。他の誰でも無い、赤坂将悟の意思によって。不思議と後ろめたさは感じない、代わりに腹の奥底に重く定まっていくものがあった。

 

それはなんら特別なものではない。全ての人がその人生の中で何度となく経験し、その度に強くなっていく―――責任と覚悟と呼ばれるものだ。

 

愛する人と結ばれ未来を築いていく始まりの時、あるいはその形として一つの小さな生命を授かった時。人生の転機に感じるそれを将悟もこの瞬間強く感じていた。

 

「うん…うん!」

 

一瞬茫然とし、数瞬かけて将悟の求めが腑に落ちた刹那一切躊躇を見せず頷き、差し伸べられた手に手を重ね合わせる。百万の言葉よりも雄弁に瞳の光が語っていた―――幾久しくあなたの傍に、と。

 

迷わずに己の全てを委ねてくれるこの少女がなんて愛おしいことか。今さらながら将悟は恵那がとんでもないレベルの美少女なのだと再認識する。いまこの瞬間清秋院恵那は将悟にとって誰よりも魅力的な少女であった。

 

「連れてって、ずっと一緒に……王様の傍で!!」

 

求められたことが嬉しくて、想いと願いが報われたような気がして。泣き笑いのような表情で短い言葉の中にありったけの思いを込めて告白する恵那。将悟はそれを受け止めて不意に胸中に湧き上がってきたモノをそのまま素直に言葉に変える。

 

「我ながらロクでもなさすぎる人生だけど、なんだ―――」

 

客観的に見て荒事続きで波乱万丈の人生。特に苦痛に思ったこともないが逆に言えば胸躍るような喜びも感じることは無かった。将悟にとって神殺しであることは少々特殊性こそあれ日常の延長線上に在り、ありがたみも忌々しさも感じない程度の出来事だ。

 

だが今日このとき、例外事項が一つ出来たようだった。

 

「”お前と出会えた”。そこだけは神様を殺して良かったと思えるよ」

 

神殺しにならなければ彼女と出会うことなど無かっただろう。ましてや生死を、人生を共にする相棒となることなど夢でも起きるはずのない出来事だ。一瞬も迷わず己の運命を預けてくれる女に出会える男がこの世に何人いる? “神を殺す程度”、その恩恵を考えれば安い代償だろう。

 

一欠けらの偽りも、羞恥心も感じることなく心底そんなことを思える辺り将悟も大概恵那にイカレていた。

 

何のことはない。とうの昔に互いの気持ちは通じ合っていて、当人たちだけが気づいていなかったという喜劇があっただけのことだ。

 

互いが互いの瞳を見つめるとその中にある感情が己のものと同じと悟る。ごく自然に笑みを浮かべ合い、握る手の力を強めた。

 

その瞬間あらゆる喜悦を凌駕する全能感が将悟の全身を包み込む。

 

何でも出来る、何だって乗り越えられる。己と―――恵那が揃っていれば。そんな幻想じみた余韻が胸中を満たす。

 

視認できないほど微かな黄金の燐光が漏れ出すと二人の間に光の橋を作り……消滅した。一切の余韻を残さず、誰にもその存在を認識されないまま。将悟すら知らぬ間に己の権能の掌握が進んだことに気付かなかった。

 

だがその代償とでも言うように魂と魂を繋ぎ合わせるような一体感があった。この時両者は文字通り死が二人を分かつまで断ちきれない絆を―――祝福であり、呪いでもある繋がりで以て結ばれたのである。

 

「行くぞ」

「うん!」

 

そんなことなど知らぬ、知っていたとしてきっと気にも留めないだろう二人は互いに手を握り締めたまま阿吽の呼吸で頷き合う。同時にカルナより簒奪した太陽の恩寵が二人の身体を包み、輝き始める。

 

将悟は人類史を通してもなお破格の魔術的才能の持ち主だが、所詮は魔術に触れて一年の若輩。幾ら全力で『転移』の魔術を行使しようと呪力ではなく技量的な限界が先に来る。今のままでは精々転移できる限界距離は十数キロメートルほどに過ぎない…。これは呪力の量の問題ではなく、規模が広がるにつれ煩雑化していく術式の処理が間に合わないのだ。

 

だが無類の応用性と破格の強化性能を誇る第二の権能を併せれば―――権能に準じる程に呪術の性能を引き上げることが出来るのだ、しかも煩雑化する術式の処理を無視して。呪術が効果を発揮するための最低限の術式に聖なる陽光を宿すと思考一つで効果、規模、速度など様々な要素に絡めて自由自在に極大化できる。

 

神より簒奪した権能に相応しい極めて柔軟(フレキシブル)な、あるいは適当(ファジー)なインチキ性能であった。

 

今回の例でいえば『転移』の魔術に聖なる陽光で以て移動距離の限界を底上げすることで一瞬もかからずに東京から出雲の地を踏むことすら可能とする。

 

出雲に到着してから武蔵坊弁慶が顕現する場所を探るのも同様の手段を用いればいい。太陽の権能を以て『霊脈探査』の魔術を極大化して出雲全域で生じている異変を探り、目星がつき次第そこへ『転移』で跳べばいい。この万能極まりない権能の存在こそが甘粕の諫言を退けた将悟の強気の源である。

 

首を洗って待っていろ、と、

 

将悟は待ち受ける闘争に揺り動かされた喜悦と狂気を笑みに覗かせ。

恵那はそうした将悟の人から逸脱した感性を見て一層恋慕を募らせた。

 

割れ鍋に綴じ蓋。

 

これほどこの二人に似つかわしい例えも無いとため息交じりに甘粕が愚痴るほど、このコンビは世界を舞台に長く、長く暴れ回ることになる。

 

いまこれより繰り広げられる闘争はその序幕である。

 

そして黄金の光輝の残滓を後に残し、将悟と恵那は東京から消えた。

 

 




弁慶を東京に殴りこませて地獄的な四つ巴戦やらせることも検討しましたがゴドーさんと裕理のフラグ立てとか再構成するのがキツイので東京と出雲で一対一×2やらせることに。まあアテナ戦は原作通りだから描写する予定はないですが。

よかったね、甘粕さん。知らないところで胃潰瘍必至の危機を免れたよ!
まあ現状でも十分彼の胃袋にダメージは来ていますが。

それにしても…。

〉「”お前と出会えた”。そこだけは神様を殺して良かったと思えるよ」

自分で書いておきながらなんて物騒な告白だろう。でもこれが筆者の書けるイチャイチャの限界です。

言い訳させてもらうならこの二人の恋愛描写書く過程で普通っぽいやり取りを試しに書いてみたらもう拒否反応が半端じゃない。あなた誰なのってレベルにまで変容したので、今日投降した文の言霊が降りるまで苦戦していました。

もし皆様の需要に沿っていたのなら幸いです。でも今度はもうちょっと普通のイチャコラっぷりを書きたいなぁ…。

ああ、自分で書いてて無理があるな、この二人じゃ。つまりこれ以降も二人のイチャイチャはずっとこんな調子になります。悪しからずご了承ください。

もしこういう恵那さんでもかわいいと思っていただければ感想に一言いただければ幸いです。


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