カンピオーネ!~智慧の王~   作:土ノ子

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お待たせしました。

皆様のリクエストに応え、静花IF短編です。
なんだろう、お菓子を作っていたはずなのに茶漬けが出来上がった感が…。

ともあれお楽しみいただければ幸いです。

以下注意事項。

設定上本編において将悟、静花、護堂が一堂に会することは最低でも静花が社会人になってからでないとありません。
ありませんが思いついたネタを形にするためIFという形で短編にしました。楊枝でつつかなくても拾えるくらいに重箱の隅が汚れだらけですが、細かいことは良いんだよのノリでお楽しみください。

時系列的には知り合ってからたぶん半年経ったくらい



IF短編『ある日の兄妹+1』

 

 

ある何でもない日の朝、草薙家にて。

祖父と妹、己の三人で朝食を摂り終え、学院に出ようとしていた草薙護堂はキッチンにいる妹の姿に気づいた。そろそろ家を出なければ始業時間に間に合わない。一言注意しようとして近づくと、ふと何をしているのかと好奇心が刺激された。

 

朝食の後片付けをしている風ではない。

 

気になって思わず手元をのぞき込むと女子らしからぬ立派なサイズの弁当箱に料理を詰め込んでいるところだった(細身に比して意外なほど静花はよく食べるのだ)。そのことに密かに驚く護堂。妹、草薙静花がこのように弁当を用意するのはかなり珍しい。彼女の料理スキルは正直なところ護堂と同レベル。倹約のために弁当を用意することはあるがけして好んではいなかったはずだ。

 

それに近頃は祭りの出店に出資者兼従業員として一口噛むことで妹の懐は暖かかったはずだが…。

 

「珍しいな。最近はそれなりに稼いでたたよな、祭りで」

 

わざわざ弁当を用意する理由が思い当たらない。気になって思わず後ろから声をかけると、静花は一瞬肩をビクリとさせ、やがてゆっくりと呆れた顔で振り向いた。

 

「ちょっと、お兄ちゃん。急に話しかけてこないでよ、びっくりしたじゃない」

「ああ、すまん。気付かなかった」

 

気の強い妹らしい言い草に朴訥な兄は素直に謝る。驚かせたのは事実だし、先ほど投げた質問の答えが気になったからだ。

 

「わざわざ弁当を作ってたのが少し意外だったからさ。気に障ったらすまん」

「別に大したことじゃないよ。ちょっと……“友達”とお弁当を用意する約束をしただけ」

 

“友達”の辺りで口ごもる静花に違和感を覚える護堂。基本的に静花は怒りっぽいのが玉に瑕だが、竹を割ったように明朗闊達な性格である。この反応、隠し事があると言っているようなものだ。

 

お世辞にも察しがいいとは言えない護堂の脳裏にもしや…、という思考が走る。“こうしたこと”の機微に関して護堂は己がとことん当てにならないことを知っている。恐らく的外れな当て推量だろうと思いつつ、慎重に問いを投げかける。

 

「その“友達”って、女子か?」

「……男子だけど。それが、どうかした?」

「いや……何でもない」

 

一拍口ごもってから遠回しに“異性と一緒に昼食を摂る約束をした”と告白する妹に護堂は少なくない衝撃と感慨を抱く。昔は何をするのも兄妹一緒だった、やがて反抗期を迎えて突っかかって来る回数が増えた。それでも兄妹仲は悪くないと思う。

 

だがそろそろ妹が兄離れの時期を迎えようとしているらしい。

若干の寂しさと妹の成長を喜ぶ兄心が複雑に混じりあい、思わず感傷に浸るのをやめることが出来ない。

 

「……お兄ちゃん、絶対誤解してる。言っとくけどお兄ちゃんが思ってるようなことは全然ないから」

「そうか。いや、それならそれでいいんだ。別に」

 

不本意そうな静花に独り勝手に納得した風の護堂。

噛み合っているようで噛み合っていない会話だった。

 

兄の口振りに絶対に自分の言うことを聞いていないと気付いた静花がその後護堂に何度も認識の修正を要求する。だが護堂は相変わらず一人納得したまま頷くだけ。

 

ある意味兄妹仲睦まじいやり取りはその後、学院に着き中等部と高等部へ別れるまで続く。

 

これが意識無意識にかかわらず周囲を振り回すカンピオーネ・草薙護堂が、珍しく彼の妹と“もう一人”に振り回される一幕の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同日、昼休み。

 

ここ数日ほど、昼休みは教室で食事を摂っていたのだが何故か日が経つごとに周囲の視線に籠る殺気が増してきていたため、たまには屋上でもどうかと提案したところ満場一致で受け入れられた。

 

護堂はエリカやリリアナ、裕理といったこの数か月ですっかり親しくなった少女たちともに校舎の屋上へ足を運んでいた。いつものように裕理とリリアナが丹精込めて手作りしたお弁当に加え、清秋院恵那から裕理に差し入れられた上等な和菓子まであるという。

 

恵那さんからたくさん頂いたのでおすそ分けです、と可憐な仕草で御菓子を示す。同時に昨日頂きましたがとても美味しかったですよ、と珍しく自信たっぷりに太鼓判を押す。若干差出人…と親しい少年を思い出して微妙な顔になるが、御菓子にも差し入れてくれた清秋院恵那にも罪はない。感謝とともにありがたく喫することにする。

 

少女たちと肩を並べて談笑しながら、屋上へ向かうルートを辿る…その途中で。

 

「うん…?」

 

視界の端、屋上へ続く階段への曲がり角を今しがた見覚えのある“誰か”が曲がったような…。

 

「護堂、どうしたの? ボーっとして」

「ああ、すまん。いま行く」

 

しかしその“誰か”は今頃中等部で異性の友人と昼食を共にしているはずだ。わざわざこちらに来る理由がない。姿を見かけたのが一瞬だったせいもあり、気のせいだろうと判断した護堂は精神的な耐ショック体勢をとる機会を逸してしまう。

 

そのままガラッと屋上に出る扉をスライドし―――心構えを取れないまま自身の視界に映しだされた光景にたっぷり5秒はフリーズした。

 

そこにいたのは護堂の“同格”、赤坂将悟。だが彼だけならば驚きはしても放心するほどの衝撃は受けなかっただろう。護堂が驚いたのは将悟の隣に座り、お弁当を広げようとしている自身の妹、草薙静花。

 

もっと言えばこの二人が当たり前のように同席している光景に眩暈を覚えていたのだ。

 

「…お兄ちゃん? なんで屋上にいるの?」

「おかしいな。最近は教室でいちゃつきながら食っていると聞いていたんだが」

 

将悟の言葉にギンッと視線を鋭くした静花が兄を睨む。

が、数秒後同じ視線が将悟へと向けられ、不機嫌な声音でクレームを付けた。

 

「……先輩。だから中等部で食べようって言ったんですよ。お兄ちゃんが屋上で食べないなんて適当言って」

「悪い。まあ良いだろ、知られて困ることなんてそんなにないし」

 

メンゴメンゴとどうしようもないレベルで誠意のない謝罪を繰り返す将悟にブリザードの如き冷徹な視線を向ける己の妹の姿に護堂が思うのは唯一つだけだ。

 

なんだ、この状況は。

 

極めてシンプルな疑問はそのまま護堂の胸中を表していた。加えて護堂を取り巻く三人の少女たちも口々に、

 

「これは…ちょっと、予想外ね。どう応じたものかしら」

「草薙護堂の妹御があの方と…? なんだ…衝撃的過ぎて何と言えばいいのか」

「お二人の仲が宜しいのは喜ばしいのですが…」

 

と、三者三様に困惑の声を漏らす。

その声から滲み出る不審と疑問に、この状況に違和感を持っているのが己だけでないと励まされた護堂は正気を取り戻した。

 

「な…なんで、赤坂と静花が一緒に?」

 

あまりに予想外の組み合わせに微かに震える声で二人に問いかけると、

 

「なんでって、なあ?」

「別に、昼に一緒に食べようって約束しただけよ」

 

至極なんでもないことのように返された答えに、疑問と困惑を感じている自分の方がおかしいのかと錯覚を覚えてしまう。いやいや騙されるなと胸の内で唱えながら、より深く核心に向けて切り込んでいく。

 

「そうなのか……いや、俺が驚いたのは二人が知り合いだったってことなんだが」

 

更に疑問を呈すると、将悟がクツクツと人の悪い笑みを浮かべ。

 

「五月ごろ、お前の不行状に関して相談されてな? 兄の所業を更生しようとする草薙妹の心意気に打たれた俺は涙を呑んであることあること散々に吹き込んだってわけだ。流石に本気で話しちゃマズイことは言ってないけどな」

「静花がやけに詳しい話を知ってると思ったらお前の仕業か!? 本当に余計なことしかしないなカンピ―――お前って奴は!」

 

根も葉もある話を伝えるだけだから簡単だった、今後も続けていくからよろしく―――などと余計すぎるお世話を焼く将悟を思わず怒鳴りつける護堂。周囲の女性陣に関わる騒動が起きるたびに嫌に事情に通じた態度で問い詰め、詰め寄ってくる静花に手を焼いていたのだ。

 

「失礼な。事実に基づいて大袈裟に脚色した話しかしていないぞ俺は」

「つまり限りなく嘘に近い話ってことだろ!」

「すまん。実は大袈裟に脚色したとか嘘だ。そのまま話すだけでお前がロクデナシってことは十分理解できるからな」

 

流れるような切り返しにぬがっ…、と言葉に詰まる護堂。言いがかりだ、と断言するには心当たりが多すぎた。しかし決して自分から積極的に平和主義を返上するようなことはなかったはずだ、たぶん、きっと。周囲の状況が己に平和的な解決手段をとることを許さなかっただけで…。

 

「別に俺はやましい覚えなんてない!」

「この場合重要なのはお前の主観じゃなくて周囲からどう評価されているかの客観だろ。少なくとも城楠学院高等部一年の間でお前の評価は“学院を代表する美人を何人も侍らせてる好色大魔王”だぞ。評判の割に悪感情を持たれてないようだが」

 

そこらへんはまあ、人徳と言っていいかもしれん、と将悟。

フォローされているのか微妙な発言に護堂も思わずどう返していいのか迷う。意識してか無意識かはともかく相変わらずの人を煙に巻く言動だった。

 

「まあ、これだけ綺麗所に囲まれてるんだ。有名税と思って諦めることをお勧めする」

 

意識している風もなくナチュラルに口に出した褒め言葉に女性陣は「あら…」「む…」「そ、そんなことは…」と三者三様の反応を見せつつ、まんざらではなさそうな表情だ。尤も約一名若干面白くなさそうな顔をしていたが。

 

そんな静花を見て途端におちょくってくる性悪魔王が約一名。

 

「もちろん草薙妹も中に入っているぞ? 良かったな」

「何がですかっ!?」

「そりゃお前、負けてないってことさ」

 

暗に目の前の(おもむき)異なる美少女3人と同じくらい可愛い、と異性の先輩から認められた静花はぬぐっ…と悔しそうな声を上げながらも羞恥と喜びで頬を真っ赤に染めている。なんだかんだ親しい年上の男性から褒め言葉を貰えば悪い気はしないのだろう。

 

将悟は100%からかっているつもりだろうが、端から見ていればカップルがイチャついているようにも見える。

 

その様子を見た護堂はくそ、コイツの方がよっぽど女たらしだろと憤慨する。しかし敢えて言うなら緊急時においてもっと過激な行為と言動を繰り返している彼に弾劾する権利はないと衆目の一致するところだろう。

 

「ついでに言っておくと妹に関してはもっと積極的に構ってやれば大体解決するぞ。聞くのは愚痴より楽しい話の方が俺も楽だからこちらは是非改善するよう要請する」

「ちょっ…、何言ってるんですか!? 本人を無視して勝手なこと言わないでください!」

 

頬を赤く染め、対面の将悟に食ってかかる静花。割と本気で焦った声を上げながらもチラチラと横目で兄の顔を見ているのがなんとも可愛らしく、いじらしい。まあ後輩をイジるのは先輩の特権である、ここは精々揶揄(からか)わせてもらおうとスルーする将悟。

 

「許せ。ちょっとからかってみたくなってな」

 

なお揶揄の対象を誰と言わないあたりが実に性質が悪い。下手に突っ込めば自爆するだけと悟った草薙兄妹は揃って形相を歪めて将悟を睨んだ。神殺しとその妹、中々強烈な眼光の十字砲火に晒された将悟だが大して痛くも痒くもなさそうな顔だ。相変わらずの面の皮を千枚張りしている厚顔さであった。

 

そうして二人をひとしきりからかい倒した将悟は、

 

「ま、そういう訳だ。分かったらとっとと他所へ行け。顔つきあわせて楽しくお喋りできるほど親しくもないだろう」

「……前から思ってたんですけど、実は先輩ってお兄ちゃんと仲悪いんですか?」

「外野で眺めている分には面白いだろうが、深く付き合おうとは思わないな。ついでに言えば俺のダチと、草薙のダチが仲悪くてな。それに引きずられている部分も多少はある」

 

サッと目立たない程度の目配せが護堂に送られる。今のは二人の魔王を巡って日本呪術界が真っ二つに割れている現況を遠回しに言っているのだろう。そういうことで通すぞ―――そんな意思表示であった。

 

護堂としても異議はない。無いが、このまま別れて他所で食事をとる前に聞いておかなければならないことがあった。

 

「あー……その、ちょっと、聞きたいことがあるんだが、いいか?」

「なんだ? 昼はゆっくり取りたいから手短に頼む」

 

対して返される言葉は非常に軽い。これから少なからず尋ねるのに心の準備が必要だったが、遂に意を決して昼食に手を付けようとしていた二人に声をかける。

 

「二人は…………なんだ、付き合ってたり、してるのか?」

 

あるいはこのクエスチョンに対する回答で己は極めて苦しい立場に立たされるのかもしれない。しかし心を鬼にして反対票を投じるにせよ、交際を認め義弟に迎える心構えを固めていくにせよ、二人の心の内を確かめなければならない。個人的には将悟を苦手とする護堂だったが、妹の幸せを考えれば二人の仲を認めるのもやぶさかではない。

 

正直に言えば将来兄も凌ぎそうな大物っぷりを発揮する静花の隣に立てそうな相手など他にいないということもある。女王様と下僕という関係性なら放っておいても量産出来そうだが対等なパートナーを静花が得られるかとなると途端に不安になるのが護堂の正直な胸のうちであった。

 

そんな一大決心とともに投げかけられた質問に、当の二人はというと…

 

「「…………」」

 

こいついまなんて言った―――さあ私も意味不明で―――だよな聞き返すか―――そうしましょう―――。

 

「いきなり何を言ってるんだ、お前は」

「とつぜん何言ってんの、お兄ちゃん」

 

二呼吸程沈黙する間、流れるようにアイコンタクトを交わすと息をぴったりと合わせた答えを返す二人にたじろぐ護堂。返ってきた言葉こそ否定的なニュアンスを含んでいたが、行動自体はまさに肝胆相照らす仲のソレだった。男女交際にまで至っているのかはともかく、ナチュラルに仲睦まじい姿を見せつけられた護堂は言葉にし難い衝撃を覚える。

 

「……」

 

言葉をなくし思わず沈黙した護堂の背後で様子を伺っていた三人娘がひそひそと会話を交わしていた。

 

「……どうする? 草薙護堂が随分と劣勢だが。私たちもあの場に参じるべきか」

「ご家族の会話ですし、ましてや“王”であらせられる赤坂さんがいる中に割って入るのは…」

「案外この会話次第で赤坂様と護堂との関係が大きく変わるかもしれないわよ。私も様子を見ることを勧めるわ」

 

と、成り行きを見ている。救援は期待できそうにない、と脳内の冷静な部分が告げる。

 

「あー……結局二人は付き合ってないってことでいいんだよな?」

 

念押しのように繰り出される確認にふたりは、顔を見合わせ。

 

「付き合ってるか、付き合ってないかで言えば」

「ないですよね。全く。その気配もない」

「だな。アレだ、男女の友情って奴だよ。多分」

「友情というにはもう少し生暖かい気がしますけど。どちらかと言えば、腐れ縁が近いような」

「否定はしないが、俺たちまともに話すようになったのってこの半年くらいじゃなかったっけか」

「変なところで妙にウマが合うんですよね。この間も好みの銘柄で……あっ」

 

一部グレーどころかブラックゾーンをオーバーした静花の問題発言にジト目を向ける将悟。どうでもいいが静花は将悟の好みの日本酒の名前…さらにその味まで知っている、その逆もまた然りだが。

 

「お前さ、家族の前で今の失言は俺の社会的信用がマズイんだが」

「大丈夫です。お兄ちゃん…というかウチの家なら普通なので」

「マジかよ。流石だな、草薙家。常識的な我が家とは一味違うわ」

「実家が元山師の豪農で、母親が凄腕のトレーダーだか金融商社員っていう先輩の家も大概ですよ」

「……かなぁ」

「ええ、まあ」

 

遠い目をした将悟にそっと慰めの視線を向けて優しい沈黙で応える静花に、余人には立ち入りづらい空間が形成される。放っておけば延々と続きそうな会話に、頭を痛めているような、あるいは対応に迷っているような声音で割り込む護堂。

 

「なあ…本当に、二人は付き合ってないんだよな?」

 

隙あらば以心伝心とばかりにテンポのいい会話を繰り広げる妹と将悟に疑念と切願の念を込めた問いを発する。

 

「だから違うよ。私と先輩はただの先輩後輩ってだけで、それ以上でもなんでもないし。確かに知り合いの男子の中じゃ一番親しいけど」

「…そう、なのか? 知り合って半年って割に随分気心が知れてるんだな。同級生の男子には仲のいい奴はいないのか?」

 

かなり遠回しにもうちょっと友達は選べよ、との慨嘆を乗せて問いかける。

 

思うに、体育会系の護堂が知る先輩と後輩という間柄は主に同性同士の上下関係だ。上は下を導き、引っ張り上げる。下は上を支え、助ける。護堂が知るそれに当てはめるには二人の距離は近すぎる。どちらかと言えばピッチャーと捕手のような相棒とでも言うべき関係が近いが、これも適切な表現かと言われれば首をかしげる。

 

とにかく、男女の間のソレは感じないものの二人を流れる空気は随分と気安い。

 

そんな護堂が抱いた印象を知ってか知らずか、ケロッとした顔で静花は続けた。

 

「仕方ないじゃない。正直先輩に比べたらクラスの男子って印象薄いし。たまにしか会わないけどその分色々と話し込むことも多いんだよね、話していて面白いっていうのもあるけど」

 

そりゃ赤坂将悟(カンピオーネ)と比べたら大概の中学生は没個性的だろう、と密かに妹へ呆れた視線を向ける護堂。なお更に呆れた視線を将悟から向けられていることには気付いていない。

 

曰く、お前のせいだよと。

 

とはいえ、胸の内をそのまま口に出したりはせず、護堂もまたもやもやとしたものを抱えつつもそれ以上追及する言葉を持たず、口をつぐむ。

何とも言えない空気のまま、唐突に始まった兄妹+1の会話は妹の発言を最後に、終わりを迎えることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

筆舌し難い気持ちを込めた視線をこちらにやりながら、護堂は周りの少女たちを伴い、去っていた。

 

ひと時の嵐の如き集団が去り、ようやくゆっくりと昼食を摂ることが出来るようになると、将悟と静花はどちらからともなく視線を合わせ、苦笑した。ほんの思い付き、たまには一緒に昼食でも食べるかという提案が、思いもよらず騒ぎになったものだと。

 

「ようやく行ったな」

「ですね。お昼も落ち着いてとれなくなるところでしたよ」

 

やれやれ、とでも続きそうな若干疲れたような相槌。それにしても、と静花は続けた。

話題は当然、先ほどまでこの場にいた護堂達のことだ。

 

「なんか、変な風に食いつかれちゃいましたね。この分だと帰っても聞き出しに来るかなー」

「ご愁傷さま。俺に面倒が降りかからない範囲で適当に言っておいてくれ」

「他人事みたいに! 元はと言えば先輩が適当なことをいうからじゃないですか!」

 

全力で我関せずをアピールする将悟に頬を怒りで真っ赤に染めながら怒る静花。しかし将悟はどこ吹く風とばかりに持参した弁当を開け、早くも料理をつまみ始めている。

 

「……ッ」

 

ぞんざいな対応に再び怒りが燃え上がる。とはいえ短い付き合いながらこの先輩が超のつくマイペースであることは散々に知っている。相手にするだけ無駄と早々に見切りをつけ、心の内で逆襲を誓いながら静花も弁当に手を付け始める。

 

「それにしても、お兄ちゃんも何を誤解しているんだか。自分の回りにいるのが恋仲の女の子ばかりだからって、私たちまでそれに当て嵌めないで欲しいですよね」

 

淡々と…否、恋仲の辺りで護堂への怒りを覗かせながらも、言葉自体に羞恥や照れといった感情の熱量が宿っていない。照れ隠しなどという可愛らしい行為ではなく完全に本音の言葉だった。

 

「だよなー。まあ、可愛い妹に悪い虫がくっついてたんだ。警戒するくらいは許してやれよ」

 

相槌を打つ将悟の言葉にも熱がない。精々護堂へのフォローを込めるくらいだ。身内にカンピオーネという危険人物が接している護堂の心境を慮ってのことだった。だからといって静花との付き合いを断とうなどとは露ほども思わないのだが。

 

「せめてお付き合いする女の子を一人に絞ってくれれば、多少は素直に聞けるんですけどね」

 

せめてものフォローを鼻で笑いながら静花は冷淡に言い切った。確かに派手な女性関係で鳴らす兄から異性との付き合いをどうこう言われても耳を傾ける程の重みなど皆無であろう。

 

将悟も自業自得だな、と苦笑で済ませ、それ以上言葉を発することはなかった。

 

それからしばらくの間、持参した弁当をつつき、茶を喫するだけの静かな時間が流れる。こうした時、将悟は無理になにか喋って間を持たせようとは思わない。それは静花も同様らしく、沈黙が続くが少しも不快ではない空間だった。

 

知り合って半年と思えない、長く同じ時間を共有した幼馴染同士のようなまったりとした空気が過ぎていく。

 

のんびりとご飯を咀嚼し、茶を啜りながら将悟が考えるのは目の前の少女、そして先ほど護堂と交わしたやり取りのことだった。

 

どうにも身内の目から見ても草薙静花は赤坂将悟の距離は大分近いように見えるらしい。とはいえ、将悟に言わせれば静花との距離感がこうなったのも無理からぬというかほとんど時間の問題だったと主張したい。

 

意外と人を見る目がある将悟は、静花の気質と彼女自身が語った草薙家の家庭環境から概ね二人の距離が縮まった要因を察していた。

 

「…………」

「? なんですか? 急にこっちを見て…」

「いや…無理もないわなー、と」

「だから何ですか? 先輩って割と頻繁に電波を受信しますよね」

 

そういうお前も相変わらず年上だろうが遠慮がないな、とは口には出さず。

 

「アレが兄貴じゃなぁ…。本人の気質もあるだろうが異性の基準が草薙護堂(カンピオーネ)とか、ハードル高すぎだろう」

 

と、対面に座る少女に聞こえないようひっそりと呟いた。

 

草薙静花はブラコンである。これは本人とその兄が否定しようとも、将悟の中ではほぼ決定事項となっていた。これまで交わした会話から事実を拾っていくと、草薙静花は幼少期において概ね兄の後ろをくっついて回っていたらしい。

 

つまり、最も身近な異性が草薙護堂なのである。当然同年代の異性と接する時、草薙護堂が比較対象となる。

 

栴檀は双葉より芳し、あるいは三つ子の魂百までとも言うが、やはり草薙護堂は昔から“ああ”だったらしい。涼しい顔でとんでもない行動力を発揮しては、周囲を振り回していたという。でもって今ではカンピオーネ、世界の常識と平和に真っ向から喧嘩を売る神殺しにジョブチェンジして、そのキチガイっぷりを証明したわけだ。

 

そんな規格適応外の色物が静花にとっての“普通の男子”なのだ。そりゃまあ男を見る目が厳しくなるのも納得である。せめて草薙護堂と比較になる程度のインパクトが無ければ、彼女の認識はモブキャラAで終わるだろう。

 

で、そこに赤坂将悟という同格(カンピオーネ)の登場である。

 

護堂とはベクトルは違うものの癖のある性格という点で一致している。そして気になる兄の動向をよく知っており、愚痴を吐く相手にうってつけ。学生の身でアルコールを嗜むという不謹慎な趣味にして秘密も共有している。

 

逆に将悟から見ても草薙静花のような一風変わった癖のあるキャラは大好物である。自然対応も好意的なものになるし、好意を向けられれば好意を返したくなるのは人間の性。静花が将悟と会話する糸口になる護堂の不祥事も事欠かない。ひと月と経たずトラブルメーカーっぷりを発揮して事件に関わっては周囲の女性陣と仲を深めるのだから。

 

これだけ条件が揃えば、あとは放っておいても二人の交流は自然と深まるというものだろう。

 

概ねこのような過程を経て将悟と静花は互いに懐を開き合い、打ち解けていったのである。

尤も、とこの後に但し書きがつく。

 

(たぶんずっとこのままの気がするけど)

 

双方向的な意味で。

将悟には恵那がいるし、静花の方も恋や愛に現を抜かすタイプではなさそうだ。もっと言えばハーレムやら男の甲斐性やらに理解を持っているはずがない。関係は仲のいい先輩後輩、または飲み友達辺りで固定されそうな気がした。

 

そんなことを思いながら、将悟は昼食を詰めた弁当箱から最後の一口をさらい、口に運んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 




一緒にお昼の約束を交わした理由は各自脳内補完で。多分静花の料理の腕前をからかったことがキッカケでとかそんなん。

ともかく私がイメージする二人の関係は大体こういう感じ。
原作組のようなラブコメじみた関係じゃなくて、生ぬるいくせにやたらと距離の近い関係で固定されて延々と続いていくような…。互いのキャラクターを深いところまで理解してしまったから相手に恋という幻想を抱けないというか。飲み友達、あるいは腐れ縁と言えばいいのか。

ただし何らかのキッカケ次第で関係性に変化が起こる可能性はあり。ワンチャンあるやもしれぬ。


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