カンピオーネ!~智慧の王~   作:土ノ子

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今回は正史編纂委員会の日常風景を切り取りました(真顔)



幕間 沙耶宮馨 ②

千代田区番町界隈、沙耶宮家別邸にて…。

少しばかり年の離れた二人組が沙耶宮家当主のために用意された居室で怪しげな密談を繰り広げていた。

 

「やらかしたねー」

「やらかしちゃいましたねー」

 

と、些か以上に語気が軽く、中身のない会話をしている二人はもちろん沙耶宮馨とその懐刀、甘粕冬馬である。重厚な造りの椅子に腰かけた馨と机を挟んで向かい合う甘粕が軽い口調で話をしていたが、その内容はヘビーなどというものではなかった。尤も当人たちとしては現実逃避の側面が半分程度あったのかもしれない。

 

話題は勿論、先日『智慧の王』赤坂将悟とヴォバン侯爵が繰り広げた死闘、その被害についてである。

 

「物理的な被害範囲はホテルを中心に少なく見積もって平方キロ単位。正確な数値は不明だけど東京23区総面積の数パーセントが瓦礫しかない更地に一夜で早変わりだ。いっそ奥多摩あたりの山奥ならこれほど面倒くさいことにはならなかったんだけどねー」

「数パーセントと聞くと大したことが無いように聞こえますが、よりにもよって大都市東京のど真ん中ですからねー。救いと言えば人的被害が皆無ということぐらいですか」

「大規模な催眠魔術をかけて避難誘導を手伝ってくれた将悟さんさまさまだね。尤も一番の戦犯でもあるけど」

「今回の被害の大半がその場の勢いに任せた悪ノリの結果ですからね。そろそろ委員会一同を代表して抗議の一つもしますか、鉄砲玉付きで」

「それは抗議じゃなくて報復か暗殺というんじゃないかな?」

「何を言っているんですか。この程度でカンピオーネを殺せるわけがないんだから抗議の範疇に収まりますよ」

 

心の底から真面目に言っている風の甘粕にこれはヤバイなーと馨は直感する。上辺は平静に見えるが、どうもかなりの程度キレているらしい。今回の一件で、とうとう甘粕の堪忍袋の緒が豪快に切れたようだ。普段冷静な人間が起こると怖いと言うが、どうも今の甘粕は何をやらかすかわからないおっかなさがあった。せめて被害が大戦犯である少年一人にいきますように、と身勝手だが至極妥当な祈りをささげる。

 

「控えめに言って戦後史上最悪の大火災…原因やらなにやらのでっち上げにも苦労しそうだし、被害跡の復興にも苦労しそうだ。リアリティのあるカバーストーリが即座に思いつかないくらいには状況は最悪で最大規模と言っていいだろう」

「まあ戦隊を組んだ爆撃機による空爆を余裕でぶっちぎる被害範囲ですからね。いっそ東京の地下に密かに建設された原発施設が暴走したとでも噂を流しますか」

「悪くないね。陰謀論者が食いつきそうだ」

 

都市伝説の類を持ち出して揶揄する甘粕に軽妙な相槌を打つ。舌鋒が鈍っていた彼も多少は調子が戻って来たらしい。

 

「被害は甚大、動かせる人員は足りず、放っておいても揉め事を拾ってくる魔王様は二人とも健在。ああ、一人は病院で療養中だけど」

「最悪ですね。何が最悪かと言えば後始末に従事する私の休暇がまた遠のくことが」

 

控えめに言って修羅場を通り越した労働地獄を前になおも肩をすくめて韜晦する甘粕に、いっそ不敵な笑みを浮かべる馨。この最悪な状況下でどこか面白がっている風の主人にやれやれと溜息を零すが、この場に客観的な第三者がいればどっちもどっちだとツッコミを入れただろう。

 

()()()()()()()()()()()()。規模が普段の数倍増しと言うだけで」

「不本意ながらこの一年散々将悟さんの後始末に駆り出されてきた身としては、困難だが不可能ではない…とでもコメントしておきましょう」

 

どうもこの二人、鉄火場慣れしすぎて正常な感覚を失っているようだった。潜った修羅場の濃さを感じさせる、泥沼にどっぷり肩まで浸かった感のある発言。事実として日本に神殺しが誕生してから一年、似たような事件を度々起こされてはその後処理に苦労してきた経験は伊達ではないのだ。

 

そして不本意ながらの成長を遂げたのは彼ら二人だけではない。関東方面の支部は過酷極まる労働環境によって淘汰され、無能な者は生き残れない、精鋭揃いの魔境へと変貌していたのだ。

 

「それに経済的被害を言うならアテナの時の方が酷いしねー」

「あの女神さま、容赦なく文明の利器を奪っていきましたからね。強制的に“夜”を呼び込まれた東京で一体どれだけの損害が出たことか」

 

あの時も大概修羅場などというレベルを振り切った酷い有り様だったが、人員を最大効率で振り回すことで何とかやり切ったのだ。ならば今回も何とかなるだろう、と楽観できる材料が一つもない癖に鉄火場慣れした図太さのおかげで彼らは現状を悲観してはいなかった。物理的な被害規模では今回の方が数十倍は酷かったが、総合的に判断するとどちらの件も最悪を突き抜けた最悪なのは変わりがないのだ。

 

それよりも話すべきことがあった。ある意味極大規模だが一過性の被害に過ぎない今回の一件よりもよほど重要なことが。

 

「被害には目を瞑るとして今回、裕理を通じて草薙さんと縁を結べたのはかなり大きいよ。あの人の扱い、一歩間違えれば後々まで禍根を残す火種になりかねないからね」

「火種どころかメガトン級原爆並の爆発力ですけどね。あまり気付いている人はいませんけど、現在進行形で日本の平和は大ピンチの最中ですし」

 

一世代に一人いれば僥倖と言う神殺しが二人、しかも関係性は友好的と言うには遠く挙句の果てに生活範囲が極端に被っている。怪物二人が住処とする今の東京は実のところヴォバン侯爵が居を構えていたころのロンドンをはるかに凌ぐ危険地帯なのである。

 

「全くもって笑えないけど本当に裕理の存在が日本の命綱になるかもしれないね。今のところカンピオーネお二人に対して直接・間接問わず強い影響力を与えられるのは彼女だけだ」

「草薙さんには十代青春真っただ中の異性として、将悟さんには恵那さんを通じて…ですね。ハハハ、裕理さんに傾国の美女の資質があるとは見抜けませんでしたよ」

「おまけで言うなら甘粕さんにも期待しているよ。なんだかんだ今回の件で草薙さんともそれなりに親しい間柄になれたようだし、人柄に関する情報だけでも貴重だ。ああ、そういえばエリカさんから引き抜きをかけられたりもしたんだっけ?」

 

しれっと更なる仕事を押し付けてきそうな上司にうんざりした表情を隠さず、答えを返す。

 

「どちらかと言えば遠回りに取引を持ち掛けられたと言った風が正確ですかね。あちらとしても日本に草薙護堂一党の地盤を築く腹積もりのようですから、正史編纂委員会とのパイプは欲しいのでしょう―――それとこれ以上の過重労働は御免こうむりますので悪しからず」

「うん。やっぱり向こうとしては日本に居座るつもりか。こちらとしてはイタリア辺りに移住してくれたらもろ手を挙げて歓迎できるんだけどなァ…。なんなら必要な資金を一括で提供したっていいくらいだ―――すまないね、日本の平和のため犠牲になってくれ」

 

他所に言ってくれればこっちの面倒が大分減る、と限りなく本音に近い戯言を呟く馨。部下の方も内心だけで転職の可能性を検討しつつ、発言自体には尤もだと頷きを返した。

 

「ウチの王様と草薙さん、どうも聞く限り相性が良くなさそうだからね。普段はどちらも大人しい方だけど、一度トラブルが持ち込まれれば連鎖誘爆してもおかしくないよ。場合によっては山を一つ二つ崩す規模の喧嘩になって相討ちもあり得るんじゃないかな」

「全く否定できないあたりカンピオーネの人格のアレっぷりが改めて思い知らされますねェ…」

 

しみじみと呟く甘粕。普段から散々将悟に迷惑をかけられてきた人間なので発言にも重みが宿っていた。

 

「…遺憾ながらそこらへんを完全にどうにかする方法は無さそうなのがなんともね。それこそどっちかが日本から離れるとかいう奇跡が起きない限り無理じゃないかな」

 

馨も達観した目付きで悲観的な発言をするが、上司の有能さといささか毒のある茶目っ気を知る甘粕は少し違う捉え方をする。

 

「完全ではないがいまよりもマシな状況に改善できる、そういう風にも聞こえますが?」

「流石は我が懐刀だ。勘が良い」

 

普段は飄々としているくせに肝心なところは抜け目のない部下に苦笑を向け、今日の本題を告げる。

 

「ま、今回忙しい中わざわざ呼んだのは甘粕さんの意見を聞きたかったのさ。この国の呪術界、その未来についてね」

 

意味ありげに視線を飛ばしてくる上司にまたぞろ厄介ごとの一つも抱え込まされそうな予感を感じ、甘粕は思わず顔を顰めた。そんな部下の憂鬱な心情を華麗にスルーすると馨は座ったまま視線を机に落とし、思慮深げな表情を浮かべながらゆっくりと話し出す。

 

「状況を整理しよう。いま現在日本国首都東京都にはカンピオーネが二人住んでいる。住んでいる場所も日本地図で見ればごく近所だ」

「ええ、仰る通りです」

「ではこの状況の果たしてどこが問題なのか? 究極的には彼らが敵対すること。この一点に尽きる」

 

騒動についてはこの際一人でも二人でも変わらないし、と遠くを眺めるながら諦観の籠った口調で馨は淡々と呟く。

 

「この場合二つのケースが考えられる。本人同士が直接ぶつかり合う場合と、傘下組織同士の抗争にまで発展してしまう場合だ」

「将来的な可能性まで考えればどちらも十分にあり得る話です。お互いの仲は決して良好とは言えず、その影響力は自身に仕える結社を立ち上げて余りある」

 

消極的な同意を示すと馨はうん、と自信を深めたように頷く。

 

「前者…二人のカンピオーネが全力で殺し合う、となると周辺の被害が尋常じゃないことになる。ただ、こっちの方は言ってしまえば“それだけ”とも“どうしようもない”とも―――極論“いつものこと”だとも言えるんだよね。人間が本気で意思を固めたカンピオーネを翻意させるなんて不可能なんだし、彼らがトラブルに巻き込まれないようするのは人間が呼吸するのを止めるのと同じレベルで解決不可能な問題だ。早めに割り切って被害の軽減に努める次善策しかないと思う」

 

それにカンピオーネは良かれ悪しかれものすごく図太いから揉め事が起こっても一回ケリがつくと意外なほどあっさり元の鞘に納まっちゃいそうだし、とも付け加える。

 

ポンポンと飛び出す些か以上に王に向ける敬意の薄い発言は中々身も蓋もない。ただし内容自体に異論は全くない、彼らに平穏無事な生き方をしろと言うのは魚に空を飛べと言っているのに等しいのだから。彼らは只人と生きる世界からして異なる“王”、神殺しの魔王なのだ。

 

「この次善策に関しては追々考えていこう。幸いなことに二人とも喧嘩っ早い方じゃない。御自身が持つ力のはた迷惑さは自覚しているみたいだから、絶海の無人島でも決闘場として提供すれば場所を変えることくらいは飲んでもらえると思う」

「お二人が冷静さを維持しているという条件付きなら、概ね異論はありません。ただ、カンピオーネの方々は知らず知らずのうちに地雷を踏みぬく名人ですからね」

「ありがとう。日本で最もカンピオーネを知る甘粕さんからそう言ってもらえて心強いよ」

 

一部条件を付けつつも消極的な同意を示す部下にからかうように言葉を放ると嬉しくない称号ですねー、と当の本人は言葉通りに嫌そうな顔を隠そうともしない。クスクスと軽い笑いを挟みながら、飄々とそのまま話を続ける。

 

「対して後者の傘下組織を巻き込んだ抗争だけど…直接的な被害規模こそ前者程大きくない代わりに、後始末が面倒臭くなる気配がプンプンする。ただ、幸か不幸か俗世にまつわる部分が大きくなるから、こっちでコントロールできる目も出てくる。僕らが本腰を入れて対処するべきはこっちだ―――洒落抜きで言うけど対処を誤ると正史編纂委員会どころか日本呪術界という枠組みそのものが崩壊しかねない」

「それほどですか…。いえ、懸念は理解できます。半日目を離せば地球の裏側で神様と戦っていてもおかしくない御仁らですからね。何年も居座るであろう東京にその影響が出ないわけがない」

 

ぼやきの混じった甘粕の嘆き節に苦笑しながら「付け加えると」…と馨が話を継ぐ。

 

「お二方の性格や権能について考えると、それぞれ組織を率いることになる可能性は大分高いしね。特に草薙さんの方は将悟さんのお墨付きだ」

「…将悟さんの? 何時の間にそんなお話をされたので?」

 

確か将悟が入院してから絶対安静、そうでなくても多忙を極めている沙耶宮馨が将悟を訪ねる暇などなかったはずだが。首を傾げる甘粕になんでもないことのようにつげる。

 

「アテナ・弁慶との一件の後でね。類稀なる眼力の持ち主であるあの方に聞いてみたのさ、『果たして草薙護堂氏とは如何なる人格の持ち主なるや?』とね」

 

つまり馨はかなり初期から魔王二人が君臨する日本呪術界、その将来について考えていたのだろう。まだまだ若年とは言え馨は正史編纂委員会次期頭領にして現関東地方の責任者も兼ねる。むしろ誰よりも深くこの問題に取り組む動機があるのだ。

 

「…なるほど。それで将悟さんはなんと?」

「曰く、『やくざの大親分』―――らしいよ。当時は半信半疑だったけれど、人柄についてある程度掴めた今では納得だ」

「やくざ…というか任侠ですかね、本来の意味での」

 

任侠…中国春秋時代に発祥した、仁義を重んじ、困っていたり苦しんでいたりする人を見ると放っておけず、彼らを助けるために体を張る自己犠牲的精神を指す言葉だ。なるほど、確かに草薙護堂を一語で表すならば的を射ていると言えるかもしれない。

 

甘粕も思案気に宙を見つめながら、草薙護堂の人格を構成するパーツについて一つ一つ言及していく。

 

「上っ面の言動はともかく、実際に接してみると確かに頷ける部分はありますね。弱きを助け、強きを挫く義侠心。目の前の悲劇を正義感から見過ごせず、首を突っ込んでは手段を選ばず大暴れ。おまけに意外なほどアッサリと清濁併せ呑むアウトロー気質…関羽や劉備のようなお行儀のいい英雄よりも張飛や曹操辺りの無法の星に生まれた輩を思わせます」

「ついでに言えば妙に人を惹きつける気質の持ち主でもある。自称・愛人のエリカさんも間違いなく傑物だし、まさか裕理が一月足らずであれほど心を許すとは僕は考えもしなかったよ。本人は意図していないだろうけど周囲の陣容が充実しつつある。このままエリカさんが積極的に動いていけば十分に一勢力として立ち上げられるだろうし、ひょっとするといずれは正史編纂委員会と伍する勢力を築くかもしれない」

 

かも、とは言っているが確率は決して低くない。正史編纂委員会を率いる沙耶宮家、その家格・権勢と伍する一族があと三つはあるのだから。その内の一つでも草薙護堂の勢力下に入れば、決して無視できないだけの影響力を持つだろう。

 

「草薙さんは気質が組織向けとして……よくよく考えれば将悟さんも大概ヤバイ権能の持ち主ですからねぇ」

「太陽の権能…ああ、プリンセス曰く《聖なる陽光》だったかな。初めて聞かされたときは驚いたよ、まさかアンチエイジング効果のある権能なんて代物があるとはねー」

 

魔王の片割れの話が出たことをきっかけに、もう一方へも会話が発展する。

 

「まあ持ち主曰く、恵那さんのように加護の契約を結ばなければ半永久的な不老などというデタラメは起きないらしいですが…」

「それでも定期的に加護を享ければある程度肉体年齢が全盛時に向かうし、健康状態は劇的に改善するだろうとのことだからね。旧家の老人あたりが聞けばよだれを垂らして飛びつきそうな話だ。連中、暇と金は腐るほどあるし若さと健康に目が無い」

「それだけなら全然話が小規模で収まるんですけどね。金や物で釣れる人じゃありませんから、本人が拒否すればそこでおしまいですし。ただねェ…予想外の方向から意外と実現できそうなのがなんとも」

 

ああ、と馨も甘粕の意を汲んで頷く。

 

「“あの”賢人議会との共同研究。まるっきり今の話に応用できそうだよね」

「目標も寝たきりのプリンセスの快復と近い分野ですから。実現の見込みは相当あるでしょう。そうなるとただでさえ無駄に口うるさく長生きな彼らの寿命が余計に伸びるわけです」

 

慨嘆調の口調の甘粕だったが、一方の馨といえば笑みすら浮かべていた。

 

「いいことじゃないか。逆に言えば太陽の神力を供給できる将悟さんが、彼らの首根っこを摑まえたってことだ。ひいては僕らの発言力も上がるということでもある」

 

それも腹黒さと爽やかさが均等に混じった、それでこそ沙耶宮馨と言いたくなるような笑みだ。やはりこの上司は曲者過ぎると、溜息を吐く甘粕だが彼は知らなかった。周囲の同僚や委員会の上役から、甘粕自身も似た評価を受けていることを。類は友を呼ぶ、赤坂将悟はこのことわざを地でいく人間なのだ。

 

ここまで両者の気質や相違点を議論していた二人だが、話が脱線したと本筋に戻る。

 

「ともあれ、草薙さんが結社を立ち上げる可能性はかなり高い。本人はともかく腹心のエリカさんはそう動くと僕は見ている」

「そうなると委員会としても対抗するために将悟さんとの縁を深めるしかなくなるでしょう…ああ、どんどん嫌な予感がしてきました」

「安心してくれ、僕もだよ。で、その状態でトップ同士が先陣切ってドンパチし始めると…」

「周囲が流されるかも、と。カンピオーネが率いる勢力が小規模で収まるとも思えませんし…組織同士の抗争がなし崩しで始まり、そのまま日本呪術界は血で血を洗う世紀末の様相を呈する。中々不吉な未来予想図ですが意外と否定できる材料が見つかりませんね」

 

無理矢理例えていうなら恐ろしく仲の悪い隣国の指導者同士の争いに引かれ、国同士の戦争につながるようなものか。日本のような常識的で理性的な国家ならありえない話だが、生憎カンピオーネたる彼らが率いる組織はその権威の絶対性ゆえに独裁的かつ武断的な気風を帯びる可能性が高い。

 

そして何より神殺しという連中は大体の場合最悪の予想の少し斜め上を行く名人なのだ。馨らが言うような事態がそのまま起こらないにしても、より悪いかより予想外な方向にかっとんでいくに決まっている。

 

「うん、なるほど」

 

ここまで妄想スレスレの…だが始末の悪いことに意外と低くない確率で訪れそうな将来の懸念について考察を進めた馨は尤もらしい顔で頷いた。

 

「流石はカンピオーネだ。少し動けば厄介ごとに突き当たるし、何もしていなくとも厄介ごとの火種になっている。世界に騒乱を齎すことに人生を懸けて取り組んでいるようにしか思えない」

 

驚くべきことにそこに皮肉の気配は無かった。むしろ感嘆と賛美の念が若干だが含まれてすらいた。沙耶宮馨、有能さにかけては同世代で並ぶことない“彼”。だが、治よりも乱を好み、仕事であっても粋と洒落を挟まずにいられない曲者でもある。有能さよりもやや行き過ぎた快楽主義的な気性を将悟に見出され、全権代理人に任じられるだけのことはある若者なのだ。

 

「まあ杞憂で終わる可能性もないではないけどねー。僕らもそんな最悪に陥らないために色々動く予定だし」

 

それでも、と続ける。

 

「この先絶対であるはずの“王”が同時に二人君臨する状態が続く限り間違いなくこの国の裏側は混沌とした情勢が続くよ。自分の望みを果たすためにそうした情勢とカンピオーネを利用しようとする真性の愚者が出ないとも限らない」

「まさか、と言いたいところですがありえそうな話です。人間なんて一〇〇〇〇人もいれば一人か二人は常識のない輩が出てきますからね。それに我が国は昨年まで羅刹王との関わりなんてほとんどありませんでした。欧州の魔術結社あたりと違って彼ら神殺しとの付き合い方を熟知しているとは言い難い」

「ましてや一人だけでも十分に厄介な魔王が二人に増えた。それこそ欧州の結社でもこんな状況を上手く乗り切れる方法を知っているとは思えないね」

 

いやだいやだと珍しく本気で力なく呟く上司にこればかりは心からの同意を示す。よりにもよって自分たちの住む国にピンポイントで神殺しが二名も相次いで誕生しなくてもいいだろうにと。

 

「この先日本呪術界の勢力図は相当な変動を強いられる。今まで日の目を見られなかった人間が王に見出されて表舞台に立つかもしれないし、あるいは勘気を被って左遷されるかもしれない。それだけカンピオーネの有する影響力は絶大だ」

「今回の一件でこれまで以上に畏敬の念が膨れ上がること間違いなしでしょう。その力に逆らう愚かさもまた、刻み込まれたでしょうしね」

 

東京都の一画を灰燼に帰した暴力の前に立てる人間などいまい。いるとすれば自殺志願者か人間離れしたレベルのドMだけだ。

 

「これでどちらか一人だけなら話は早かったんですけどねー」

「既存の勢力図のまま絶対の王として玉座に座って頂ければいいだけだからね。まあ誕生したものは仕方がない。天災と思って受け入れよう」

 

本人たちがいないからとは言え相当な言い様だった。その危険性を十分に認識しつつ不敬すれすれの発言がポンポンと飛び出す辺り、馨も大概神経の図太さが他の人材と比べて頭一つ抜けている。あるいはだからこそ将悟に見出されたと言うべきか。魔都と化した東京を上手く転がすにはただ優秀なだけでは足りない、必要ならカンピオーネすら駒と見做し盤面に配置する程度のクソ度胸はむしろ必須なのだから。

 

そんな有能な上司が暗示する未来予想図は暗雲に満ちていると言わざるを得ないものだったが。

 

(とはいえまぁ…なんとか“する”でしょう)

 

うちの上司と王様なら、と胸の内で確信に満ちた呟きを漏らす。

 

甘粕の心中はそこまで不安はなかった。危機感はそれなりにある。だが一方でなんとかなるだろうとも感じていた。その一因には不本意ながらも不敵な笑みを零している上司の存在があるのだろう。沙耶宮馨は性格、行動ともに問題が多い要注意人物だがその有能さもまた比類ない。彼(?)の手腕を以てすればならばこの地獄の釜底と化した魔都・東京すらも上手く転がすことが叶うかもしれない。

 

多分に混じった野次馬根性と一抹の期待を込めて問いかける。

 

「で、どうするんです?」

「うん? なにがだい」

 

と、疑問符をつけて返しながらもどこか悪戯っぽい光で目を輝かせる上司に改めて水を向けた。

 

「散々悲観的な未来予測が続きましたが、なんだかんだ腹案をお持ちなんでしょう?」

「まあね。尤も秘策と言えるほどのものじゃない。むしろ日本人の得意技、お家芸ですらある」

「ほほう。傾聴しましょう」

 

言葉の上では謙遜しながらもその実、得意げですらある響きを伴って馨は口を開き、

 

「―――根回しと談合さ。いや、格調高く秘密協定と言った方が良いかな?」

 

現役高校生の口からひどく爽やかな口調で生臭さの過ぎる単語が飛び出す。甘粕はふと日本の教育制度の問題について思いをはせたくなった。こんな問題人物が自分の上司であると言う現実から目を背けるためにも。

 

「まず、日本呪術界…というか『公』の四家を敢えて二つに割る。沙耶宮と清秋院は赤坂さん側、連城と九法塚は草薙さん側だね。元々互いに権勢を争ったり、張り合ったりする間柄だ。自然な形で緩やかな対立関係に持っていけるだろう」

 

いっそあっけらかんと。

 

「その上で裏では手を結んである程度の共同歩調を取ろう。身も蓋もなく言えばプロレスの台本かな。そこから不文律と言う名のルールを作って組織という重しを彼らに括りつける。緊急時にはあっさり振り捨てられる重しだろうけど、逆に言えば普段ならそこそこ有効な筈だ。非常時に振り回される分平時は彼らの権威を遠慮なく利用させてもらっても罰は当たらないはずさ」

 

朗らかな笑顔すら浮かべて馨は腹黒い企みを開陳していく。政治的茶番を語る馨はやけに生き生きとしており、流石は赤坂将悟(アクマ)に目を付けられるだけのことはあると誰しも納得する悪辣さだった。

 

「カンピオーネ二人がぶつかり合うにしても、それは組織を巻き込んだ大抗争ではなく、彼ら二人の私闘という形に抑え込む。誰だって自分たちが滅ぼされるのを良しとはしないさ。裏で通じてお二人の争いに本気で介入しない、()()()()な空気を作る。そこまで持ち込めれば僕らの勝ちだ」

 

そうすれば後は決闘場の一つも提供すればいいだけだからね、と。

 

「表側ではやり合いながらも裏では協定を組んで、神殺しの羅刹王が有する権威を四家が独占する。これならば既存の勢力図を大きく壊さずに、絶対の権威が二つと言う歪な状態による悪影響を抑え込める。あとは血なまぐさい手段を排した政争でケリをつければいい」

 

ニヤ、と犬歯を覗かせて笑う馨は最早悪の結社の幹部としか言いようのない邪悪さすら振りまいている。

 

「幸いなことに将悟さんから全権委任状を貰った僕の立場は正史編纂委員会の次期頭領、なんて不安定でささやかなものじゃない。『智慧の王』、赤坂将悟の”宰相”だ。話を拒否するようなら横っ面を張ってでもうんと言わせてやるさ」

 

それはそれは腹黒い笑みを浮かべ、馨は話を締めた。

 

「…………」

 

ある種期待通りだが色々と期待を裏切る、予想以上に悪辣かつ不道徳だがこれ以上なく有効な一手に甘粕は最早言葉もない。たっぷり二呼吸分は沈黙を挟み、呆れとも、感心とも、諦めともつかない、あるいはそれら全てが混沌と混ざった形容しがたい空気が流れる。

 

「いやなんかもう言葉が見つからないと言うか、無理に言葉にすると上手く表現できる気がしないので一言だけコメントを」

「ははぁ、傾聴させてもらうよ」

 

と、先ほど部下が見せた応答を真似てからかうように返す馨に向けて甘粕はあくまで率直に感想を告げる。

 

「流石は馨さんです。腹の底までコールタールで真っ黒ですね」

「甘粕さん、ボーナスカットだ。ただし本人を前に堂々と言える度胸を買って危険手当については増額しておくよ」

 

つまるところこれからも遠慮なく厄介ごとがあったらその爆心地に放り込まれると言うことだ。これについては最早今更ですらあったので甘粕は特に言葉を返さず肩をすくめることでその返答とした。

 

 

 

 




一行まとめ:こんな正史編纂委員会は嫌だ(ブラック的な意味で)


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