カンピオーネ!~智慧の王~   作:土ノ子

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書きあがってすぐだけど投稿。

最近新人だからとかいう容赦が無くなってきた職場がキツイ。のは許容できるけれど休みが不定期すぎ+モヤシが肉体労働というダブルパンチで執筆意欲が消火されかかっています。

自分に喝を入れる意味で投稿しますが改めて本気で亀更新になると宣言させていただきます。


幕間 草薙護堂

ローマ古来の闘技場コロッセオが魔王、草薙護堂の手によって豪快に粉砕されたある日の夜。

とあるホテルの一室にて草薙護堂は相棒たるエリカ・ブランデッリからある人物にまつわる話を聞かされていた。

 

「赤坂将悟?」

 

目の前に佇む少女が口にした、聞き覚えのない名前を護堂は鸚鵡返しに問い返した。

この人物には気をつけろと静かに畏怖と警戒を覗かせる少女の口調に僅かに驚く。この誰よりも才気と美貌に溢れ、自信に満ちた態度を取り続ける少女には甚だ似合わない感情の動きだったからだ。

 

「どんな奴なんだ?」

 

気をつけろなどと言われてもどうすればいいのだ、というのが正直な気分だったのだがあまりにも彼女らしくない口調に思わず問いかけてしまった。

 

「カンピオーネよ。それもあなたと同じ日本に住んでいる、ね」

 

さらりと言い放たれた台詞に一瞬思考を停止させ、次の一瞬で湧き上がった疑問が爆発する。

 

「ちょっと待て、日本にもカンピオーネがいるのかよ! 世界中でもそんなに多くいないんじゃなかったのか!?」

「付け加えると住んでいる家はあなたの実家のごく近く、あなたと同じハイスクールに在籍しているらしいわ。ちなみに二人以上カンピオーネが住んでいる国なんて日本以外に存在しないから。多分歴史上で考えてもなお希少でしょうね」

 

あまりに信じ難い情報の数々に頭痛を覚える。護堂は自分以外のカンピオーネをサルバトーレ・ドニ以外知らないが、エリカから伝え聞いた他のカンピオーネにまつわる逸話の大半は護堂が“カンピオーネには関わりたくない”と思うには十分すぎるほどろくでもない話が大半だった。

 

尤も魔術業界からは護堂もまたそんな生きた災厄達の一員であると認識されているのだが……彼の心にある棚はとても広くて出し入れが容易な逸品なのだ。ごく自然にカンピオーネの中でも自分だけは例外であると信じ込む。

 

「というかなんで今まで教えてくれなかったんだよ。知ってたらその人と喧嘩にならないよう気を付けられたのに」

「護堂が彼のことを下手に警戒したらそれをキッカケに何がしか騒動が起こるかもしれなかったもの。基本的に放っておけば無害な人らしいわ、揉め事の種があったら自然とそっちの方に向かって行くらしいけど」

 

一部実にカンピオーネらしい評価にやはり同国在住の神殺しもアレな性格なのか、と護堂は自分を棚に上げた思考を胸の内に漏らした。またエリカの意図的な情報封鎖も自身を気遣った結果であるというのは理解できたのでそれ以上追及はしない。

 

ともあれそんな危険人物の一人が自身のごく近くで生活している、というのは護堂にとっても衝撃だった。自然と警戒心が湧きあがり出来るだけ関わらないために、または万が一遭遇しても穏便に済ませるためと自分の心を納得させ、エリカから情報を引き出し始める。

 

「一体どんな奴なんだ?」

「名前はさっきも言ったけど赤坂将悟。あなたと同じ年齢だけど一年前に日本のどこかでエジプトの月神トートを殺め、カンピオーネになったらしいわ」

「トート? 聞き覚えのない神様だな」

「古代エジプトで広く信仰されたビッグネームよ。太陽神ラーを頂点とし、編纂された神話においても宰相の地位を用意し迎え入れざるを得なかったほどに強大な智慧の神―――万が一お互いの権能をぶつけ合うことになった時に備えて、もっと聞いておく?」

 

クスリ、と妖艶な笑みを浮かべ、顔を近づけてくるエリカに急速に顔が熱くなるのを自覚しながらも護堂は頬に宿る恥ずかしくも心地よい熱に没頭しきれなかった。

 

智慧の神、というフレーズを聞いて微かに警戒心が湧きあがる。無視してはいけないという直感が心を不安にさせる。なんとなく己の裡に宿る黄金の剣がまぶたの裏にちらついてしまう。しかし神様絡みの騒動に巻き込まれないため、神話関連のうんちくにはできるだけ耳にしたくない護堂は話を打ち切ってしまった。

 

「…いや、別にいきなりケンカすると決まったわけじゃないんだ。俺はおかしな力をもってるだけの一般人。荒事を前提に行動するのは平和的じゃない」

「いま半呼吸くらい迷ってから言葉を出したわよね? やっぱりあなたも五割五分くらいは彼と戦うことになるって感じてたんじゃない?」

 

どうやら自分の主張を全く聞いてくれない相棒の言葉に憤りを感じる護堂。いや、胸の奥底では既に荒事になった状況に備えて件の人物の人柄について分析が始まろうとしていたのだが…。

 

「ともかく! 赤坂将悟だっけ? そいつについてもうちょっと知りたい。性格とか行動とか」

「来たるべき魔王同士の闘争に備えて?」

「ケンカになるのを防ぐために、だ。エリカ、いい加減にしないと怒るぞ」

 

護堂の剣幕にクスリと笑って答えた後に仰せのままに致します、ととびきり優雅な仕草で騎士の礼をとるエリカ。すべてお見通しよと言わんばかりの仕草が腹立たしくも思え、愛らしくも思える。

 

「実を言うと私もかのカンピオーネに関する情報は大半が伝聞なのだけれど……でも、情報ソースは彼と交流を持ち、共闘したこともある人よ。信頼性で言えば7割くらいは保証出来ると思うわ」

「そんな人が知り合いにいるのか?」

「隠す必要もないから言ってしまうけど別に私の手柄じゃないわ。だって叔父様のことだもの」

 

さすがは社交術の達人エリカ・ブランデッリ。築いた人脈もさぞ凄まじかろう、と感心していた護堂だがエリカの口から飛び出してきたのは全く予想外の人物の名前だった。

 

パオロ・ブランデッリ。

 

護堂も何度か会ったことがあるがまさに“騎士”を体現したかのような威風を身に纏うエリカの叔父。イタリアに住む彼と日本在住らしいカンピオーネとの間に一体どのような縁があって交流が生まれたのだろうか?

 

「英国魔王争乱、昨年にイギリスで起こった三人のカンピオーネによる抗争。その争いに叔父様も参戦していたのよ。その過程で当時無名だった赤坂将悟と共闘するに至ったらしいわ。経緯についてはあまり語ってくださらないのだけど…」

 

首を傾げる護堂の内心を察し、テンポよく説明を加えるエリカ。ちなみにエリカに対し経緯について語らなかったのは可愛い姪にカンピオーネと言う埒外の生命体と関わる可能性を僅かでも減らすためだったのだが、結果として姪っ子はパオロの親心を見事に裏切っている。

 

ともあれ話を本筋に戻し、エリカは赤坂将悟の人品について語りだす。

 

「性格は一言で言うと護堂以上に適当で、後先考えない人らしいわ。その場の気分で行動を決める上に良くも悪くも誰も予想の出来ない結果を叩きだす現代のトリックスター。加えて異常なまでの的中率を誇る勘の持ち主で、騒動の種を見つけ出すのが大得意。そう叔父様がため息交じりにこぼしていたわ」

「別に俺は適当でも後先考えない人間でもない、一言余計だ…。それにしてもなんでそんな奴がカンピオーネになったんだ、一番こんなデタラメな力を持たせちゃダメな人間じゃないか!」

 

そんな護堂の呟きに対するエリカの返答は若干以上の間を空けて行われた。

 

「…………そうね、きっとカンピオーネを知る誰もが同じことを考えてると思うわ」

 

答えるまで二呼吸ほどおいてどこか生温かい目で自身を見詰めるエリカに言い知れない居心地の悪さを覚えながら護堂は話の軌道を修正する。

 

「気まぐれな人っていうのは分かったけどもっと他に何かないのか? 趣味とか」

「趣味…ええ、あるわよ。カンピオーネらしいエピソード付きのものが山ほどね」

 

人の不幸は蜜の味、という言葉を何故か(・・・)思い起こさせるエリカの妖艶でありながら毒花のような笑顔に戦慄する護堂。

 

「好奇心がとても強い方なのよ。そして権能と魔術に強い関心を以て研究を進めている…でも室内に籠もってデスクに向かうよりもフィールドワークを好む性分ね。世界各地の魔術体系を学んだり、未発掘の古代の神殿を探索に行ったりと言う風に」

「それだけ聞くと別に問題ないように聞こえるけどな」

 

首をひねる護堂。

 

「その過程で好奇心の赴くままに行動したせいで幾つもの貴重な遺跡が破壊されたり力ある魔術結社が壊滅したりするのよね」

 

さらりと言い放たれたエリカの不穏すぎる発言に一瞬思考が停止する。

 

「ちょっと待ってくれ、好奇心の赴くままってなにがどうなったらそんなことになるんだよ!?」

「知らないわ。あくまで叔父様の評価だけど目の前にボタンがあったらつい誘惑に負けて押してしまうタイプだそうよ」

 

遺跡を破壊したというのは要するに件の遺跡に眠っていた禁断の上位魔術とやらを後先考えず起動した結果らしい。あくまで噂なのだが。

 

「魔術結社に関してはどうにも怪しい点が多いのよね。カンピオーネの力を利用しようとして彼を侮った報いを受けた、なんて顛末でも驚かないわ」

 

カンピオーネを“殺す”のはともかく“利用”するだけならたぶんなんとかなりそうだし、と呟くエリカ。かの王の方が一枚上手だったようだけど、と付け加えもしたが。

 

「でも同時に遺跡に眠ってた危険極まりない太古の秘術とか封印された神獣とか時限爆弾じみた代物を解決したりしてもいるから一慨に否定し辛いのよね…」

「……なあ、それってそいつが下手に掘り起こしたりしなかったら何も起こらなかったんじゃないか?」

「そうね、私も同意見。でも彼がいなければ誰も知らないまま将来に不発弾を残すような事態になってた可能性が高いわよ?」

 

要するに元々存在した厄介事に“たまたま”赤坂将悟が突き当たった、ということだろう。もっともその“たまたま”が何度となく連続で続く辺りが成功率1%以下のハードルを易々と潜り抜けるカンピオーネの真骨頂だったが。

 

「もう一つ付け加えておくと魔術に関する天賦の才の持ち主でもあるわ。多分100年後に21世紀最高の魔術師は誰か、なんて質問がされたら確実に候補の筆頭に挙げられるでしょうね」

 

ご本人もなかなか探究心旺盛であらせられるしね、と皮肉と諧謔を乗せた口調で付け加えるエリカ。

 

「へえ…。正直俺は魔術に関してはさっぱり分からないけど凄いんだな」

「あなたが想像しているよりもずっと、ね。エリカ・ブランデッリは天に愛された才能の持ち主だけどそれでもまるで対抗できる気がしないもの」

「そんなにかよ!?」

 

このプライドが人の三倍は高い少女が悔しげな様子もなく兜を脱ぐ。つまりそれほどの、比べるのが馬鹿らしくなるほどの才能の差があるということだ。

 

「カンピオーネになるまで魔術のいろはも知らなかった少年が一年間で『転移』の魔術を自由自在に操る……少しでも魔術をかじった人間なら発狂する話よ。さもなければ悪い冗談だと一蹴するか」

「……すまん。俺にはそれがどれくらい凄いことなのかわからないんだが」

「音楽でも舞踏でも何でもいいけれど感性と才能が幅を利かせる世界で一年間片手間に学んだだけで最高峰《ハイエンド》の麓に足を踏み入れている、と言えば分かりやすいかしらね。今はまだ探せばそれなりに見つかる上級魔術師に過ぎないけれど、きっともう一年後には世界でも屈指の術者に成長していても驚かないわ」

 

と、さらに説明してもピンと来ていない様子の護堂に苦笑しながら付け加える。とはいえ些かならず理解しがたい、難解な話であったのだが。

 

「魔術を行使する際に“理解”は要諦の一つよ。でも魔術とは深遠で理解しがたい学問……知性と論理はこの道を歩む上で重要な武器だけど必須ではないし、それだけあれば極められるというものではないわ。どんなに優れた頭脳の持ち主でも言語化できない魔術的センスが無ければ高等魔術の習得は不可能よ」

「そうなのか?」

「あのね、護堂。そもそも魔術なんて非科学的(・・・・)な技術体系をまっとうな(・・・・・)理屈だけで説明できると思う? そうした説明できないギャップを埋めるのが私の言うセンスなの」

 

そう言われてしまうと大して魔術に対して造詣の深くない護堂としてはそんなものかと納得するしかないのだが。

 

「そしてかの王が優れているのはそのセンス、アナログで野性的な霊的感性なの。通常魔術を理解するにはその土台となる予備知識が必要になるのだけれど、そんな常識を直感一つで無視して見ただけで習得してしまうらしいのだからもう呆れる言葉も出ないわ」

「予備知識…?」

「そうね。例えば私たち騎士が扱う騎士魔術の根幹は騎士道の教えと深く関わり合っているわ。だから高位の騎士魔術を読み解くには騎士道の理解は必須よ。そのために私たちテンプル騎士の末裔は幼い頃から騎士道を学び、体現することを求められるの」

 

ある種の隠喩、暗号として騎士道が機能しているのよとエリカ。

正直なところ半分以上がチンプンカンプンな護堂であったが、なんとなく直感的にある種神の来歴を学ぶ作業と似ているのかもしれないと悟る。神格が成立し、発展していった歴史的背景を知らなければ真にその神格を理解したとは言えない。魔術の理解にはそれと似たステップが必要ということなのだろう。

 

しかしどこにでも例外と言うのはあるもので、ある種の天才たちにはそうした予備知識は必ずしも必須ではないという。魔術を目にし、触れるだけで特有の超感覚によってその本質をたちまち理解する、そんな常識を覆す天才と言うのは極めて稀少だが前例がないわけではないらしい。

 

「赤坂さまは多分そうした魔術に対する感性が頭抜けているのでしょうね。霊的な第六感で魔術の正体を把握したら天性の魔導力で再現する。智慧の神から魔術の権能を奪った方だもの。先天的か後天的かはともかく魔術的なセンスは正しく怪物(フェノメノ)の域に達しているはずよ」

 

怪物(フェノメノ)

エリカがそう評した人物のことを護堂はこれまでに一人しか知らない。

 

「それってつまり、才能の絶対量ならサルバトーレ・ドニの野郎と張り合えるってことか!?」

「正直あの方たちのレベルになると私程度じゃ量りきれないわ、悔しいけど。ただあの方に比肩する才能の持ち主、現れるなら百年に一度かはたまた千年に一度か。そういうレベルよ」

 

その断言に込められた感情は畏怖、己程度ではけして届かぬ高みへ散歩をするような気軽さで無造作に至ろうとする理解不可能な怪物を仰ぎ見る一介の人間が発露する畏れと敬意の表れだ。

 

「いずれ地上に生きるあらゆる魔術師を凌駕することが約束された魔道の怪物―――『智慧の王』。あなたがこれから否応なく隣り合い、関わり合っていかざるを得ないカンピオーネよ」

 

力を込めて不穏ならざる未来を宣告された護堂は思わずやれやれと肩を落としたくなった。

どうにもこれから自分が相対するであろうカンピオーネは一筋縄ではいかないようだ。だが思い返してみればサルバトーレ・ドニも超弩級の大馬鹿でありながら油断のならない曲者だった。であればまあ成るようにしか成らないだろうし、多分何とかなるだろうと行き当たりばったりな結論に達するあたりやはり草薙護堂は正しくカンピオーネだった。

 

ともかくここまで怒涛のように流し込まれた情報の渦に溺れそうになった護堂は頭の中で一度ゆっくりと聞いた情報を整理する。

 

説明不可能な直感でイレギュラーな結末に導く智慧の神の弑逆者。騒動を起こしながら揉め事も解決しているトリックスター。考えるな、感じろを地で行く魔術の天才。

 

そして赤坂将悟をしみじみとした口調でこう評した。

 

「……何ていうか、天才と何とかは紙一重って言葉を思い出したよ。行き当たりばったりに動いているはずなのに良いことも悪いことも凄い規模で同じくらい起こっているっていうか」

 

護堂の発言にエリカがまさしくと相槌を打つ。

 

「叔父様が彼をトリックスターと評した所以よ。同時にゴルゴネイオンを託さなかった理由でもあるわ。護堂に任しても最悪でも都市一つが壊滅するくらいかと予想できるけど」

「―――おい」

 

失礼な評価に護堂は抗議の意を込めて低い声を出すが、

 

「赤坂さまに渡せば、それこそ護堂以上に予想がつかない(・・・・・・・)。無難なところに落ち着けばいいけど私達の想定する“最悪”を更に下回る事態になってしまう可能性……そこそこ低くはないと思うのよね」

 

エリカに華麗にスルーされた。

 

「だからって俺に怪しげな代物を持たせても結局同じ日本にいるんだから結果は変わらない気がするんだけど…」

「主導権を護堂が持つのが大事なのよ。貴方、居丈高にゴルゴネイオンの譲渡を迫られてはいどうぞと渡せる?」

「渡せるわけないだろ、こんな危ないモノ。第一預かり物ってことになってるんだからエリカ達の了承も得ずに俺の好きにしていいものじゃない」

「護堂、あなたって本当に変なところだけ常識的だわ。そこは世のため人のためにもっと融通を利かせた方が良い場面よ。まあそんなところに期待している私が言っていいセリフじゃないけれど」

 

呆れるような、愛おしむようなニュアンスを込めたエリカのコメントであった。

 

「赤坂様も女神との連戦を避けて護堂との激突は出来るだけ避けるよう動くと思うわ。最悪でもこの問題が収束したタイミングで仕掛けてくる筈…それまでの猶予期間中に交渉で済ませられれば最良ね」

 

平穏無事に済む可能性もあると説くエリカ。だが護堂としてはその意見に懐疑的にならざるを得ない。カンピオーネと言う生き物がどれだけデタラメで計算通りに動かず、好戦的であるかを肌で知っているが故に。

 

「……なあ、エリカ。一度頷いておいて悪いけどやっぱりゴルゴネイオンを日本に持ち帰るのは止めにしないか。どう考えてもこいつを日本に持ち込む方が迷惑を被る人が増える気がするぞ」

「護堂、それで苦しむのは庇護する王が不在のこの国に住む無辜の民草よ。もちろんあなたの国に棲む人たちに迷惑をかけてしまう可能性が高いけど……言葉を濁さずはっきり言うわ、たぶん私が推す護堂に解決を任せる案が一番マシよ」

 

微かに苦々しげなものを表情の隅に覗かせるエリカ。

 

「どの王にゴルゴネイオンを託しても多かれ少なかれ絶対に問題が生じるわ。でも護堂に頼めばかなり融通が利くし、少なくともサルバトーレ卿が不在のイタリアよりも効果的に対処できる」

 

サルバトーレ卿がサボタージュを決め込むのは予想外だったわ、と酷く不可解で理解できないものを見た表情を浮かべるエリカ。同意する護堂だがひとまず目の問題に対するエリカの考えを聞いておきたかったため視線で促す。

 

「もちろんかの王はお怒りになるでしょうね。最悪の事態にならないと踏んではいるけどなにもかもを度外視して私やローマの結社を罰しに来る可能性も無いではないわ」

 

察したエリカが何事もなかったように続けた。

 

「―――その可能性を呑んだ上で私達イタリアの魔術師は護堂に託すことを選んだの。もちろん打算と自己保身なんかも大いに含まれているけれどもね」

 

どういうことだ、と問いかける護堂に簡単なことだと返す。

 

「ローマの結社は問い詰められれば私が主導したと弁解できる。そして私は護堂の庇護を当てに出来るってこと」

 

……は? と考えてもいなかったという風な呆然とした表情で聞き返す護堂。

 

「既に叔父様の口から赤坂様には今回の顛末について包み隠さず伝えてもらっているわ。噂に聞くかの王の性格なら結社というグループではなく個人と言う明快に問いただせる目標に目を向けるでしょう。私が日本に赴けばまず間違いなくこちらにやってくる……と、思うわ」

「言いきらないのかよ…っていうかお前日本に来るつもりか!」

「あら? 私以外に貴方をサポートできる人材に心当たりがあるなんて……護堂、貴方ったら何時の間にそんな人脈を築いたのかしら。油断ならない人ね」

 

もちろんエリカの言う人材など心当たりはない。どちらにせよ問題が間近に迫っているならエリカの助力は必須だ。交渉という未知の分野ならなおのことである。つまるところエリカの申し出を拒否する理由などどこにもないのである。

そんな護堂の諦めの悪さをクスリと笑って流し、

 

「真面目な話をすると赤坂様と交渉するためにはやはり私が日本に赴くのが手っ取り早いし、厄介事を押し付けた当人が無視を決め込むなんて私の趣味じゃないわ。私は私の責任と裁量を持ってこの一件を上手く収める義務がある」

 

珍しく悪魔的かつ優美な微笑ではなく義務感と怜悧さを表情に込めた真剣なエリカ。普段から気易く口を交わしていてもやはりエリカは超一級品の美少女。普段目にしない一面を前に思わず赤面してしまう。

 

「だから例の王様や女神様と事を構えることになった時はお願いね、護堂。頼りにしているわ♪」

 

だがそれも一瞬で崩れ茶目っけに溢れた笑顔を浮かべる。可愛らしく片目を瞑り、立てた人差し指を口元に持っていくポーズのおまけつきで。

 

「お前な……分かったよ。ヤバくなったら俺が何とかする。でも頼むから上手くやってくれ。これからお隣さんになる相手と最初から喧嘩なんてしたくない」

「ええ、分かっているわ。この状況で衝突を前提に動くのは下策よ。その程度の事実を私が心得ていないと思う?」

 

やっとエリカらしさが出てきたか、と高慢さと自信を等量で漲らせた女獅子の微笑に護堂は苦笑してまさかと返す。エリカ・ブランデッリは騎士道に殉じる騎士の高潔さと子悪魔じみた頭の回転の速さに加え、意外なほど抜け目のなさも併せ持つ。

 

今回の一件に関するエリカのアクションにむしろこうでなくてはとすら思う。

 

「それと貴方が不心得な勘違いをしていたらいけないから宣言しておくけれど私の命を懸けるのだから相応のリターンも当然狙っているわ。なにせ私はエリカ・ブランデッリなのだから! 護堂、貴方はそんなことも忘れてしまったのかしら?」

 

だとしたら貴方は本当にお馬鹿さんね、と舌を出した悪戯っぽく小憎らしい笑顔。その様はいっそ見事と言えるほど図々しくも愛らしい。クソっ、この流れでこの笑顔は反則だろうと胸の中で呟く護堂。

 

こんなことを言っているがエリカはエリカなりに最善を求め、行動していることに護堂は一片の疑問を抱いていない。その過程で己の身を危険に晒すことにいささかの躊躇も覚えないだろうこともだ

 

なんだかんだいいながらもエリカが持ち込んでくる厄介事に否と言えない護堂の思考はどこまでも単純であった。

 

―――友達が困っているのなら助けたい。

 

カンピオーネだろうがなんだろうが結局のところ草薙護堂はお人好しである。性格的、行動的問題は多々抱えているがその一点に関しては恐らく否定しきれる人間はいないだろう。

 

そしてその後もぽつぽつと話し合いが続いたが重要性が薄れていくにつれ目に見えてエリカの誘惑が強まっていく。そこから逃げようと悪戦苦闘する護堂と全て把握したうえで手玉に取るエリカという本人達以外の誰も関与したくないラブコメ時空(ほのぼの要素薄め)が展開される。

 

多大な代償を払った上でベッドの上で一人で寝る権利を譲渡された護堂はそれにしても、とこの数時間で怒涛のように脳裏に刻み込まれた情報の奔流を反芻して思わずため息を吐く。

 

エリカ達から曲者の評を受けるカンピオーネ。そんな人物が待つ日本へこれから自分はゴルゴネイオンなる怪しげな器物を持って帰国せねばならないのだ。

 

エリカと出会ってから自分の人生は狂いっぱなしだと自身の言動を棚に上げて護堂はため息をつきながらも不思議と後悔の無い胸中を心地よく思うのだった。

 

こうした一幕を挟みながらも概ね平穏にローマの夜は更けていったのだった…。

 

 




第一巻と第二巻を読み直してアテナ事件の諸悪の根源はサルバトーレ・ドニであると思う今日この頃。こいつさえ真面目に仕事してればこんなややこしくならなかった気がします。普段は頼まれなくても首を突っ込んでくる癖に。それに乗っかって日本に厄介事持ち込んだ共犯はエリカですが。

基本的にローマの結社は詰んでます。ドニが不在で他の王も頼れないので。

だからこの件に関してはたった一つの冴えたやり方とかマジで思いつきません。ローマの魔術師たちを責めるより彼らにとって優先するべきものを考えこんなリスキーな対処法になった、という風に理解していただけると幸いです。

だから筆者の描写不足を責めないでください(本音)

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