八月一日。
いよいよ九校戦へ出発する日になった。
一高は九校戦の会場から近いため、例年前々日に宿舎入りすることになっている。
いよいよ出発だ!と言いたいところなのだが、一高の生徒を乗せたバスは出発時間を過ぎても出発していなかった。
なぜなら生徒会長七草真由美がいまだ到着していないからだ。
その件についてバスの中で不満を抱えてる生徒が二人存在した。
一人は深雪。
兄である達也が炎天下にわざわざ外で立たされていたからだ。
隣に座っているほのかは何度も何とかしようとしているのだが、すべて失敗に終わっていた。
そしてもう一人は翔人。
翔人が不満を抱いている理由は真由美が遅れているから、それだけだ。
待たされる分には別にいいのだがその相手が真由美だということで不満を抱いていた。
そのため不満を思いっきり顔に出し、ずっと窓の外を見ていた。
しかし、隣に座っている雫はほのかみたいに説得するわけでもなく、一人九校戦についての情報を見ていたが…。
待つこと一時間半。
ようやく真由美が到着したことでバスが出発した。
しかしバスが出発しても両者の不満が晴れることはなかった。
まずは深雪。
「……ええと、深雪?お茶でもどう……?」
そう深雪に話しかけるほのかであったが、
「ありがとう、ほのか。でもごめんなさい。まだそんなに喉は乾いてないの。私はお兄様のように、この炎天下にわざわざ、外に立たされていたわけじゃないから」
そんな静かで柔らかな口調にひんやりとさせられるほのか。
「あ、うん、そうね」
相槌を打つことしかできなかったほのかは、通路の向こうから脇腹を軽くつつかれた。
(達也さんのこと思い出させてどうする)
(今のは不可抗力よっ。それに雫も翔人君のこと何とかしてよ)
(無理。というか面倒くさい)
(…雫)
そう目と目で会話する二人。
そんな中深雪は次第にブツブツと愚痴り始めた。
ほのかは逃げ出したかった。
せめて雫に席を変わってほしかった。
…しかし雫の隣にも不満を抱えてる人物が座っていることを思い出し、うなだれる。
そんな怯えてるほのかを見て、雫は溜息をついた。
そして意を決して深雪に話しかける。
「でも、深雪、そこが達也さんの立派なところだと思うよ」
話しかける次いでに、乗り出すようにしてほのかと席を変わり、さらに畳みかける。
「出席確認なんてどうでもいい、つまんない仕事でも、手を抜かず、当たり前のようにやり遂げるなんて、中々できることじゃないよ。達也さんって、本当に素敵な人だね」
雫のその言葉に絶句した深雪であったが辛うじて照れ隠しで応じる。
「……そうね、本当にお兄様ったら変なところでお人好しなんだから」
そんな威圧感の消えた深雪を見てほのかはガッツポーズする。
しかし雫に目で、
(翔人の隣、居心地悪いから変わって)
と訴えかけられ溜息をついた。
翔人の隣に座ること十分。
ほのかは一言も話しかけられないでいた。
深雪に比べれば威圧感はないのだが、隣に座れてドキドキしていることと、不満顔な翔人に何を話せばいいのかということを考えていると、一言も話すことができなかったのだ。
「危ない!」
そんなことを思っていると、急に誰かが叫ぶ。
彼女の声につられ、バスの中のほぼ全員が窓へと目を向けた。
今まで逆の窓を見つめていた翔人を含めて。
最初は大型車のパンクだ、と危機感のない声で話していたがそれは一瞬だった。
なんといきなりスピンし始めて、ガード壁に激突した大型車が、どんな偶然か宙返りをしながら自分たちの方へ飛んできた。
急ブレーキがかかり、全員が一斉につんのめる。
バスは止まっているが、進路上へ落ちた車は、炎を上げながらこのバスへと向かって滑ってくる。
「吹っ飛べ!」
「消えろ!」
「止まって!」
パニックを起こさなかったことは褒められるべきことかもしれないが、この場合は事態をかえって悪化させた。
「バカっ、やめろ!」
摩利がそう叫ぶが時はすでに遅い。
すでに魔法式が重ね掛けされた空間は、キャストジャミングの影響下と類似した状態になっている。
そんな緊迫した空気の中、翔人がだるそうに告げる。
「チッ…ここは自分がなんとかするんで、渡辺先輩たちは何もしないでください」
そう告げると翔人は窓を蹴り破って外に出るとCADを操作する。
しかし、翔人が魔法を使おうとした瞬間、無秩序に発動していた魔法式が、一瞬ですべてかき消された。
その光景に一瞬驚く翔人であったが、すぐに車へと向き直すと魔法を発動する。
翔人の指定した空間に存在するモノをすべて消失させる魔法。
その魔法が発動するとまるで何もなかったかのような空間が存在していた。
「みんな、大丈夫?危なかったけど、もう心配いらないわ。翔人君の活躍で大惨事は免れたみたい。怪我をしたい人は、シートベルトの大切さをかみしめて、次の機会に役立ててね?」
次の機会なんてない方がいいけどね、とおどけてウインクしてみせる真由美にあちこちで笑い声が生じた。
全員が緊張と恐怖から解放され、ほっとした表情を浮かべていると、翔人がバスの中に戻ってきた。
「あっ、翔人君!ありがとう、あなたのおかげで助かったわ」
そう笑顔で告げる真由美だったが、
「どうも…まぁこんな時に寝ていたどこかの誰かさんとは違いますから」
そう嫌味ったらしく翔人が告げると、翔人は自分の席に帰っていった。
席へと戻ってきた翔人に何か話しかけようとするほのかであったが、再び窓の外を見て不満気…いや考え事を始めたので話しかけることは踏みとどまった。
翔人の真由美へと接し方が優しくなってきてる…だと?