こおんこおんと音が響く。
緑を残す木の葉は光を透かし、木漏れ日は森の中を明るく染める。
少し冷たい風は木の葉を揺らし、地面を覆う乾いた落ち葉をかさかさと鳴らす。
川があるのだろう。流れる水が石をたたく静かな音が聞こえる。
まばらに見える切株からは、ひこばえが空を求め競うように伸びている。
こおんこおんと音が響く。
小さく息を吐きだし切株に斧をおろす。かるく振られた斧は、刃先を年輪に食い込ませ動きを止めた。太陽はすでに直上。光は葉の上を滑り、透かし、林冠から林床へとこぼれ落ちる。呼吸を落ちつけながら背筋を伸ばし肩を回すと自然に声が漏れた。いつもは少し肌寒く感じる風も火照った体には心地良い。
そろそろいい時間だろう。近くの木にかけた革の水袋を持ち上げ、栓を抜きながら同僚の姿を探す。同僚は、少し離れたところで手斧を振るっていた。
短く固い音を立て、振るわれた手斧は幹から枝を落としていく。慣れた手つきは打楽器奏者のように一定のリズムを刻んでいた。数か月前に幹を断たれ横倒しにされた木は自身の持つ水を体外に放出し、青々としていた葉は茶色く渇いている。それでもまだ、木は根を張っていたころの固さと強さを保ち、断たれた枝の断面には美しい年輪をのぞかせていた。
「そろそろ休憩にしませんか?」
枝を落とす音にかき消されないよう声を張る。正解に至る間を悟られぬよう、水袋の水を一口飲み込んで。
「――カイジャリさん」
牙をむき出しにした顔がこちらに向けられた。見慣れていなければ以前の自分のように後ずさりしていただろう。勇気があれば斧を引き抜いて覚悟を決めていたかもしれない。
少しこもった、しかし明るい声が応える。
「ええ。ベイカーさん」
片頬が少し引き上げられた。その表情が笑顔であり、その声に嫌みのない皮肉と悪戯心が含まれていることに気づいてしまう。
どうやら今回は正解のようだ。少しほっとしながら水袋を差し出す。自然に漏れてしまった苦笑い。革の匂いのついた水のせいでは無い。
「さきに行っといてください。これだけやっつけたら向かいますんで」
カイジャリの応えに同意を示し、不要になった道具を受け取る。
「おいで、アッシュ」
愛犬は落ち葉の上で日向ぼっこを楽しんでいたようだ。ぴんと上を向いた片耳だけをこちらに向けると、ゆっくりと顔を持ち上げ大きなあくびをした。丹念に毛づくろいをしたであろう短い黒い毛はつやつやと光を反射させている。足の先と口の周りは、まるで灰の中に顔をうずめたような白だ。ゆるく巻かれた尻尾は少し長い毛をふわふわと揺らしている。
カイジャリ達と森に入るようになって気を抜いているな――。入念な前足のストレッチを終え、後足のストレッチに移る様子を眺めていると呆れる気持ちと同時に少しの安堵感が生まれてきた。
午後は何をしようか。頭の中で作業の優先順位と手順を整理しながら歩き出す。
後ろからは枝を断つ音が響く。
やっと追いついてきたのだろう。軽やかに落ち葉を叩く音が近づく。
風が木の葉を揺らす中に小さな鳥の声。
騒々しくはない。しかし静寂ではない。
静かで明るい森の中を、落ち葉を踏みながらゆっくりと、歩く。
内容は書籍1巻から9巻をもとにしています。
ー読み飛ばし推奨ー
この駄文を投稿する際、タグにどんな言葉を入れるか小一時間ほど悩みました。悩みに悩んだ結果、先人の素晴らしいお言葉「独自解釈」「独自設定」をそのまま使わせていただきました。すいません。
この「独自設定」のおかげで『夜になるとカルネ村の麦は処女の血を求めて動き回る』とか『夏になるとライトブルーの巨大昆虫が樹液をすすりにトブの森に現れる』なんて設定を自由に作れると思うと胸がときめきます。自由っていいですね。
問題になるのは「独自解釈」です。原作はファンタジーですし「内容は好きなように『解釈』すべきだ!」と思うのです。思うのですが、一応その根拠くらいは示した方がいいのかな、なんて弱気になったのです。
今後、そのあたりの話題をちょこちょこと書き下していきたいと思います。
次回あとがきからは『時間と季節と小麦のはなし』を予定しています。
今後ともよろしくお願いします。