肩にかけた荷物の重みに気づきベイカーは歩みを止めた。恐怖と緊張が動かし続けた足に、やっと疲れが生まれる。厚手の帆布で作られた袋を地面に降ろし、歩いてきた方角を振り返ると見えるものは暗く緩やかな草原と空だけだった。
風が吹くと草原の草は一斉に頭を垂れる。それはまるで黒いなにかが自分を追ってくるかのようで、疲れ切った心を一層不安にさせた。生まれたばかりの月は、その縁だけをなぞられたような、細く頼りない光を見せている。月が弱々しいからだろう。数と輝きを増した星は、青黒い天空いっぱいに広がり、その輝きの濃淡が夜空に光の河を作っていた。
暖かくなってきたとはいえ夜はまだ寒い。体に巻いた焦げ臭い匂いのする布をぎゅっと引き寄せる。少し動きにくくなるが、寒さに震えるよりはましだ。
月と星の明かりを頼りに遠くを見ようとしても、もう村は見えない。
村は城塞都市エ・ランテルの南西、エ・ベスベルの南東の小さな森と山に包まれるようにあった。その傾斜の多い土地では大きな畑を広げることは難しく、そのため村では土地の傾斜に合わせて階段のように畑を切り開いていた。
一方で、山の斜面には針葉樹が植えられ、斜面ごとに高さのそろった木が規則正しく並んでいる。村から山へ続く道は木材の運搬用に整えられ、山の斜面にはトロッコ道が斜面を切るように走っていた。森の奥まで敷かれた林道はまるで網の目のように森に広がり、家具や樽に使われる木を運び出すのに人が行き交っている。人の手が入った森は明るく、広々とした心地いい空間を作っていた。
山と森を貫き流れる川は人々の生活を潤すだけでなく、木材の運搬や加工にも利用され、川のそばには多くの水車小屋が作られている。
この林業で成り立つ山間の村でベイカーは生まれた。
ベイカーには父親がいない。彼がまだ幼かったころ、父は戦場に連れていかれ帰らぬ人になってしまった。覚えているのは肩に斧を担いだ後ろ姿と、頭をなでるごつごつとした手。声も姿もうすぼんやりとした記憶しかない。
父がいなくなってからの生活は悲惨とは言わないまでも楽なものではなかったことを覚えている。国からはほんのちょっぴりの給料と見舞い金が送られただけ。母は毎日畑の作業に駆り出され、日が沈むまで働いていた。それだけでは冬に食べるものにも困り、家の近くに小さな畑を開く。自分たちで作れるものはなんでも作った。ベイカー自身も幼いころから森に入り、マキ作りや加工場の手伝いをして、少しでも母が楽になるよう手伝っていた。
背丈も伸び、ひょろりとした少年の体が厚みのある青年の体に変わるころ、村の加工場の雇われ者となった。今では、その重さに振り回され使えなかった父の残した斧を自由に振れる。ただ苦いだけだった酒を旨いと感じ、つらい仕事の苦労を仲間たちと分かち合えるようにもなった。
これからは母の苦労を減らしていける。運が良ければ、自分を思ってくれる女性を迎えて3人で暮らしていけるかもしれない。そうなったら家を少し改築して広くしよう。大丈夫、木の切り出しも加工も自分でこなせば、案外安くできるかもしれないぞ。
そんな根拠のない、しかし平凡で幸せな未来を思い描きながら眠りについたころ、奴らは村にやってきた。
頭に入ってるものを文章にするって難しいですね…。これを商売にしてる人は本当にすごい!
ー時間と季節と小麦のはなしー
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皆さんはオーバーロードのどんな場面が好きなんでしょう?
天才アインズ様の奇策を看破するデミ様の雄姿。ちょっと残酷なワーカーへの制裁。深読みしすぎるジル。などなど、魅力的な場面が盛りだくさんかと思います。
個人的にはダークウォーリアー様が夜空から見下ろした世界の美しさを「宝石箱」と形容した場面はなかなか好きなんです。アニメでも曲と相まって綺麗なシーンでした。無造作に脱ぎ捨てた兜が空に溶けるとこなんてアニメならではですよね。
さて、この「宝石箱」を形作る美しい「自然」に密接にかかわってくるものが、あとがきの主題になる『時間』です。もう少し大きく見れば時間の経過で移り替わる季節が美しい自然を作り出すといってもよいのではないでしょうか。
というわけで、これから書籍版の時間と季節の流れを整理してみようかと思います。
前提としてナザリックのある世界でも1年は12か月、1月は約30日という現在の地球と同じ時間経過であるとします。これは書籍の文中での時間経過を「日,月,年」といった表現で表していることから、読者の一般常識と作中の時間経過に大きな差異がないと考えられるからです。