やはり俺が恋愛に積極的になるのはまちがっていない。 作:部屋長
ある日の放課後。川崎の席へ向かうと俺が来たことを不思議に思ったのか川崎が首を傾げる。
まぁ普段なら部活へ行く前に軽く挨拶をするくらいだからな。俺にしか見えないように小さく手を振ってくる川崎が本当に可愛くてなぁ……。
うん、話が逸れた。ていうか逸れすぎてる。
「ん? どうしたの?」
「えっと、あのな。その、この後俺と遊……デート行かねぇか?」
「え……?」
羞恥を煽るために敢えてデートと言ったら川崎の動きがぴたりと止まった。本当に面白いくらいにぴたりと止まってる。瞬きをすることさえ忘れちゃってるよこの子。
「は、はぁぁぁぁ!?」
「いや、ちょっと声のボリューム大きいから」
ほら、周りの視線が全部こっちに……。
「いや、だ、だってあんたから、デデデ、デートなんて……」
顔を真っ赤にした川崎がわちゃわちゃと慌てながらしどろもどろに言う。そのたびにポニーテールがせわしなく揺れていて、思わず撫でたいなぁと思ってしまった。
まぁ流石にここで撫でるわけにはいかないけど。TPOって大切!
「なんでそんなに慌てるんだよ。この前の休みも行ったじゃねーか」
「そ、それはあたしから誘ったやつだし……」
「はぁ……行かねぇなら部活の方行くけど?」
今日は休むって言ってあるからそんなつもりは一切ないけど。
「い、行くから! 絶対行く!」
そう言い、川崎はバタバタと荷物を整理し始めた。
ふぇぇ、周りがザワザワしてるよぉ……。こんなことになるなら昼休みに言っときゃよかったな。
「じゃ、行こうぜ」
「う、うん」
周りからの好奇の視線に晒されながら教室を後にした。
はぁ……明日学校行きたくねぇなぁ……。
××××××
自転車を押しながら川崎とのんびりと歩く。もちろん俺が車道側だ。ジェントルマンとして当然の所作だよな。ただ小町に仕込まれてるだけですねはい。
今のこの時間は俺からしたらとても心地よい時間だ。特に会話はないけど安心するというか心がぽかぽかするというか。
隣で歩く川崎に視線を向けるとパチリと目が合い優しく微笑んでくる。
心地よい時間とか言ったけどあれ嘘だわ。心臓が痛い。なに今の可愛すぎでしょ……。
「部活はよかったの?」
「ん? あぁ、昨日のうちに休み取っといたからな」
雪ノ下と由比ヶ浜に言ったら少し不機嫌になってたけど。あと、何故かいた一色もぷりぷりしてた。
俺のが先に恋人持ちになったのがそんなに不満だったのかしら……。
「そっか。それでどこ行くの?」
「どうすっかな……」
「なんで誘ってきたのに決めてないのさ……」
呆れるようにため息を吐かれる。ご、ごめんなサキサキ? 誘うことだけで頭いっぱいだったんだ。
「じゃあ無難にカラオケとかゲーセンにするか?」
「……あたしとあんたでカラオケって想像できる?」
「……ゲーセンにすっか」
「うん、そうだね」
想像することさえ放棄した。俺と川崎でカラオケは流石に無理があるわ。
適当に話をしているうちにムー大に着いた。結構前に戸塚と一緒に来た場所だ。
材木座? あいつは最初からそこにいたから一緒に来たわけじゃない。
駐輪場に自転車を止めてから川崎に手を差し出す。
「ほれ、行こうぜ」
言うと、川崎はきょとんと首を傾げて何してんのお前? みたいな視線を向けてくる。この鈍感さんめ……。
「……手」
「え? ……い、いいの?」
「今さら何を遠慮することがあんだよ」
「ふふっ、そうだよね」
柔らかい表情で微笑みながら手を握ってくる。そのまましゅるしゅると細い指を動かして気づいたら恋人つなぎってやつになってしまった。
これはちょっと予想外です。手汗かかないようにしなきゃ……。
ゲーセンの中に足を進めと川崎は店内をキョロキョロと見回す。繋がれてある手は自然と強く握られていた。
「あたし、こういうところ来るの初めてだから……」
「……お前って見た目の割にビビりだよな」
言うと、川崎にじとっとした目で見られる。というかちょっと睨まれてますね。怖い。
「……なんか文句ある?」
「別にねーよ。そういう所も可愛らしくて素敵ですからね」
冗談半分のふざけた感じで言ったが、川崎は頬を真っ赤に染めてしまった。
「そ、そっか……」
「……ん、そうだ」
……なんだろ。唐突に死にたくなったわ。
ピンク色の雰囲気をぶっ壊すためにけぷこんけぷこんとわざとらしく咳払いをする。技を借りるぜ、材木座!
案の定川崎には白い目で見られた。くっそ、材木座絶対許さねぇわ。
「クレーンゲームやるか?」
「どうせあれ取れないでしょ? お金もったいないじゃん」
「おいおい、夢のないことを言うなよ。取れない時は店員に言うんだ。そうすれば取ってもらえるぞ」
「あんたのほうが夢のないこと言ってるじゃん……」
そして互いにふっと笑い合う。ただの下らないやり取り、でもそれがすごく楽しいと思えた。
「じゃあ何にすっか。プリクラでも撮るか?」
格ゲーやらシューティングゲームなんて川崎は興味ないだろうしな。
「へ? でもあたし撮ったことないし……」
あぁ、分かるぞその気持ち。誰かと何かをやる時にそれが初めてのことだとなんかやりたくないって思う時とかあるよな。あるよね? 俺だけかな?
「俺も一回しかないから大丈夫だ。行こうぜ」
「それの何が大丈夫なんだか……」
呆れるように川崎が笑った。言った俺も何が大丈夫なんだろうと疑問に思っちゃったからな。
ビデオゲームコーナーはガン無視してプリクラコーナーへ向かう。なんか途中で材木座っぽいのがいたけど気にしない。
プリクラコーナー前のカウンターに差しかかると店員さんに声をかけられる。
え、俺らカップルに見えなかった? 川崎の彼氏が俺だと役不足だって? 泣くぞ。
「あ、お兄さん久しぶりっすねー」
ん……? どこか見覚えがあるなこの人。
あ、あの時の店員さんか。ていうか何で俺のこと覚えてんだよ。
とりあえず軽く会釈をするとくいくいと手招きをされる。
「前の彼女さんとは別れちゃったんっすか?」
「は? 彼女?」
「ほら、あの天使みたいに可愛かった子っすよ」
ほう。戸塚を天使と理解してるとはやるな。俺のことを覚えてたのって戸塚の印象が強かったからってことか。ついでに言えば材木座さんが暴走したから尚更印象深いのだろう。
でもこの人ヒソヒソ声で言ったつもりなんだろうけど川崎の表情からして絶対聞こえてるんだよなぁ……。
「あっ、時間取らせちゃいましたね。通っていいっすよ」
店員さんはグッとサムズアップをしてきた。あんたは戸部かよ。
「……さっきのは?」
「あれは戸塚のこと言ってたんだよ。前に一緒に撮ったことがあってな」
「でもここって男子だけじゃだめなんじゃ……あぁ、うん」
どうやら言っているうちに気づいたようだ。うん、戸塚の性別は戸塚だからしょうがない。
「んじゃ、前撮ったやつでいいよな?」
「うん。こんなにいっぱいあると正直違いなんて分からないよね」
「だな。逆に把握してる奴がいたら怖いわ」
適当に話しつつ筐体の中へ入る。説明書きを読んでいると、川崎に声をかけられる。
「ねぇ」
「なんだ?」
「キ、キスプリってやつ、と、撮ってみたい……」
川崎は頬を朱に染めながら恥ずかしそうにぽしょりと呟いた。
「へ? ま、まじで?」
「……だめ?」
その上目遣いは反則だと思うんですけど……。
「いいぞ。じゃあラスト一枚はそれでいくか」
もう一度説明書きを読んで適当に準備をする。
「多分すぐ始まるぞ」
「え、も、もう? ひゃっ!」
うん、初見だとびっくりするよな。でも「ひゃっ!」は可愛いすぎてヤバいからやめて欲しいわ。心臓がバクバクしちゃってる。
『もういっかいいくよ〜』
間の抜けた合成音声の後、フラッシュが数回焚かれる。ポーズとかは取ってはいないが手はしっかり繋いでいる。
正直、これだけでも恥ずかしすぎるのにキスプリとか死んじゃうかもしれん。
『次でラストだよ〜』
合成音声ちゃん(多分可愛い)が教えてくれたので川崎に声をかける。
「ほれ、川崎こっち向け」
「う、うん」
時間がないから急いでぐいっと背中に両腕を回して抱き寄せると川崎から甘い吐息が漏れる。な、なんかエロい……。
「……ん」
頬を桜色に染めた川崎が目を閉じて唇を差し出してくる。その表情に見惚れながらゆっくりと唇を重ねると同時に、眩しいフラッシュが焚かれた。
カーテンをめくって落書き用のブースへ移動する。画面を開いて写真を確認すると隣にいる川崎が顔を真っ赤にした。
「何でそんなに顔真っ赤にしてんだよ……」
「な、なんかこうやって見ると恥ずかしいじゃん……」
うん、確かにその気持ちは分かるわ。キスしてる自分の写真を見るとか超ヤバい。何がヤバいかって意外と様になってるから尚更気持ち悪い。
「……それに、あんただって顔真っ赤だよ?」
「うっせ。ていうか早く書かなきゃ時間なくなるぞ?」
「あ、そうだね」
時間がそんなにないので川崎は急ぎ目で色々と書き始めた。意外とノリノリだなお前……。まぁそんな所も女の子っぽくて可愛いんだけど。
数分してからプリントされたプリクラを見て二人揃って唖然とする。
「相変わらずすげぇな……」
「うん……これは人には見せられないね」
キスしてある一枚には「はちまん さき」と書かれていた。
川崎がこれ書いたって思うだけで悶えられるわ。ほんと川崎って乙女だよなぁ……。
「はい、あんたのぶん」
「おう」
これは小町には見られないようにしないとな……。こんなん見られたら恥ずかしくて顔合わせられなくなるぞ。
「じゃあそろそろ帰ろっか」
「だな」
気がついたらそれなりの時間になっていたので、俺たちはゲーセンを後にした。
××××××
ゲーセンを後にしてから川崎を家まで送る。学区こそ違えど川崎の家は俺の家からそんなに遠くはない。自転車なら20分くらいで着くような距離だ。
だからデートする時は毎回家まで送っている。川崎は最初の頃は遠慮してたけど「お前と少しでも一緒にいたい」ってめっちゃくさいセリフを言ったら顔を真っ赤にして了承してくれた。
「送ってくれてありがとね」
「おう」
「……あ、あと、その……今日も楽しかったよ」
川崎は目線を下に向けながらぽしょりと呟いた。そんなにしおらしい態度をとられたらこっちまで恥ずかしいんですけど……。
「……ならよかった」
んじゃ、そろそろ帰りますかね……と思うと川崎に制服の袖を掴まれる。
見ると、川崎はくぅんと鳴きそうなくらい眉をくにゃっと曲げて、俺のことをじっと見てきた。何この子、超可愛いんですけど。
「はぁ……」
少し呆れつつも、川崎をぎゅっと抱きしめる。
「なんでそんな顔してんだよ……」
「だ、だって……」
「はぁ……一回だけだからな?」
「……うん」
川崎は嬉しそうに呟き、目を閉じた。ゆっくりと唇を重ねようとしたその時、
「あらあら」
横から声が聞こえてくる。そういやここ外だったな……。
ていうかどちら様でしょうか?
「お、お母さん!?」
顔を真っ赤にしてバッと俺から離れる。え、この人川崎のお母さんなの?
じゃあ心の中では川崎ママと呼ぶことにしよう。うん、超適当だわ。
「えっーと、あなたが沙希の彼氏の……はーちゃん?」
「あ、はい。比企谷八幡です」
ぺこりと会釈すると川崎ママは柔らかく微笑んでくる。
……ていうか、何で俺ははーちゃんって呼ばれてるのん?
川崎はキスしようとしてたのを見られたからかさっきから動きが固まってる。顔なんてリンゴみたいに真っ赤になってるし。
そんな川崎のことを見て川崎ママは「悪いことをしたわね」と呟いた。いや、道の真ん中でキスしようとしてた俺らのがどう考えても悪いんで気にしなくていいですよ。
「今度うちに遊びにおいで。けーちゃんもあなたに会いたいって言ってたから」
「あ、はい。じゃあ今度行かせてもらいます」
「ええ、待ってるわ」
穏やかに微笑みながら川崎ママは家の中へ入って行った。うーん……俺相手に最初からあんなにいい反応してくれるとは……。こんなことは今までで初めてかもしれない。
「じゃあ、俺はもう帰るな」
隣にいる川崎に告げるとさっきと同様、制服の袖をぐいっと引っ張られる。
「キス……」
川崎がいじけたような声振りで呟く。
「……分かったよ」
涙目で見てくる川崎をぎゅっと抱きしめて、ゆっくりと唇を重ねた。
「んっ……」
唇が離れると、川崎は嬉しそうに微笑んだ。満足してもらえたようで何よりだ。
「……じゃあまた明日な」
「うん、また明日ね」
可愛らしく胸の前で手を振る川崎に俺も軽く手を振ってから自転車を漕ぎだした。
うん、まぁあれだ。キスしてた時に玄関でこっそりと川崎ママが見てたってことは内緒にしておこう。
サキサキSSの少なさに錯乱した部屋長は自分で自給自足をし始めたのであった(自己完結)。
川崎ママを出したのは今後のアフターでサキサキの家と交流を持たせるような話を書きたいなーと思ったからです。
ちょっと私用がありまして新ヒロイン書くのは遅れそうです。なので次回もアフターかもしれません。いろはすとかサキサキとかいろはすとかサキサキとか。
ではでは今回もお読みいただきありがとうございました!