訓練場の中心で対峙するアリシアとシグナム。やる気に満ち溢れたアリシアとは対極に、シグナムの表情は困った様なものだった。
シグナムはアリシアから詳しく説明を受け、フェイトから聞いた内容が誤解だったと言う事を知った。アリシアの適性表を見て、ヴァイスが全力で止める程シグナムとアリシアの力には差があった。だからこそ今彼女は悩んでいる……自分がどう戦うべきかを……
手加減を知らないとは、はやてやフェイトの弁であるが、実際その通りとも言える。そう、数年前まで……はやて達を出会う前のシグナムなら、確かに手加減など一切しなかった。しかしはやてと出会い、管理局に所属し、現在は部下を持つ立場になり、彼女も戦いにも指導と言うものが加わった事により、彼女は確実に変化している。
シグナムはアリシアの説明を受けるまでは、なのはやフェイトに匹敵する強者との戦いだと思っており、当然全力で戦おうと思っていた。魔導師歴2年と言う部分で少し疑問に感じた部分があったが、実際に魔力適性を見せてもらった結果……アリシアの実力はDランク下位程度と推測した。本来なら、加減して指導する相手と言える。
「……本当に、本気で戦って構わないのか?」
だからこそ確認する。本当に本気で戦ってもいいのかと……現状の実力差を推測すれば、何か切り札でもない限り、それこそ一瞬で終わってしまうのではないかと思う。
心配そうに話すシグナムに対し、アリシアは不敵な笑みを浮かべる。
「……別に、勝ってしまっても構わんのだろう?」
「ッ!?」
その一言、たった一言で、シグナムはアリシアに対する認識を改めた。手加減をするべきだと考えていたのは、無礼な考えだった。目の前の少女は本気で自分に勝つつもりなのだと……
「……(この目は、戦士のものだ。手加減を等と考えるのは、無礼極まりない考えだった)」
シグナムは気持ちを切り替え、戦場に向かう時の様に鋭い目つきになる。もはや手加減等と言う言葉は、彼女の頭には無い。
アリシアとシグナム。二人がバリアジャケットを展開し、距離を取って向い合う。訓練場の設定は、オーソドックスなビルの立ち並ぶ廃墟群。それぞれ大通りを挟んだビルの屋上に立つ。
「ほぅ……マルチデバイスとは珍しい」
「皆知ってるんだね~私は知らなかったのに」
アリシアの持つ瓶の中にデバイスコアが複数内蔵されている待機形態を見て、流石に多くの魔導師を見てきたシグナムはそれがマルチデバイスだとすぐに気が付く。しかし使い手は本当に少なく、当のシグナムも実際に目にするのは初めてだった。
「私のデバイスは、七つの形態を持つマルチデバイス……行くよ! フォーチュンドロップ№1!」
「むっ!?」
アリシアの声をトリガーに、瓶から一つのデバイスコアが射出され彼女の手に武器が現れる。波打つ様に連なった細長い板に、持ち手をリボンで飾った剣に似た形態。それを見たシグナムは、信じられないと言いたげに目を見開く。
「……なんだ、それは?」
「あれ? 知らないの? あ、そっか……シグナムって古代ベルカの騎士だったね。古代ベルカには無かったのかな? これは『ハリセン』って言って……」
「いや、知っている。知っているからこそ……別の何かだと思いたかった」
そう、アリシアの手に握られているのは……紛う事無きハリセンだった。そんなものを武器にするなど、聞いた事がない。流石のシグナムも戸惑った様に頭を抱える。
「これぞ、フォーチュンドロップの№1『スマッシュハリセン!』。ふふふ、驚いて声も出ないみたいだね」
「……いや、まぁ……確かに、驚いた……」
正直本当にコイツはやる気があるのかとも思ったシグナムだが、アリシアの目は真剣そのもので、今もギラギラとシグナムを見据えている。
形がどうであれ、アレはデバイス。きっと何か凄まじい機能がある筈だ。そう結論付けたシグナムは、剣を構えて空中にスフィアを浮かべる。戦闘開始用のスフィアは色を赤から黄色に変え、それが緑色になった瞬間、両者同時に戦いに飛び立つ。
「……(遅い。飛行速度は並以下、その上隙だらけだ)」
一直線に迫ってくるアリシアの動きは、フェイトと比べれば止まっているかのように遅く、大振りの構えでハリセンを持つ姿は、あまりにも隙だらけだった。
もしや誘っているのかとも一瞬が考えたが、シグナムはアレコレと策を弄するタイプでは無い。戦士と認めた相手が刃を構え向かってくるのなら、全霊で切り返すだけ……手の内の探り合い等しない。一撃必殺の気持ちを持って臨む。
シグナムは一気に加速し、構えたデバイス……レヴァンティンに炎を灯す。
「うぇっ!? は、早っ!?」
「全力で行くぞ……紫電、一閃!」
「ぎゃあぁぁぁぁ!?」
常人なら反応はおろか視認すら出来ないであろう高速の斬撃。シグナムの技量に炎の魔力変換資質を乗せた正しく必殺の名に相応しい一撃。その一撃は吸いこまれる様にアリシアの脇腹に迫り、アリシアの体はまるでピンボールの様に吹き飛び、ビルに突っ込む。
観戦していたヴァイスは、その光景を見てやっぱりこうなったかと額に手を当てた。しかし攻撃したシグナムは、自分の剣を見つめ硬直している。
「……(なんだ、今のは? この目で見ていなかったら、信じられん。私の剣が届くより早く、脇腹にシールドを集中展開、更に自ら飛ぶ事でダメージを最小限に抑えた?)」
「あいたた、すっごい威力だよ。マジ怖い」
シグナムにとっては必殺の一撃だった。そしてそれはシグナムの思い描いた通りの軌道でアリシアに向かい、アリシアはそれを避けられなかった筈だ。一撃で決着、そんな言葉がシグナムの頭にはよぎったが、それはあまりにも完璧に対応されてしまった。事実アリシアに殆どダメージは無く、苦笑しながらビルの中から姿を現していた。
「……(偶然か? 確かめてみるか……)」
「うぉっ!? めっちゃ向かって来た!?」
今度はアリシアでなくシグナムが一気に攻め込み、アリシアに向かい刃を振るう。初撃はハリセンで受け流されたが、アリシアとシグナムの技量には大きな差があり、シグナムはすぐさま刃を返して無防備なアリシアに刃を振るう。そしてアリシアは、再び吹き飛ばされる……いや、自ら吹き飛び距離を取る。
それは完璧なタイミングだった。素早い連撃で次の動作まで僅かに起こるタイムラグ、その間に剣の射程外に逃げられてしまった。
「うへぇ……超強い。やっぱこの形態じゃ厳しいかな?」
「次の形態を見せてくれると言う訳か……面白い」
「じゃ、行っくよ~。フォーチュンドロップ№3『インパクトフィスト!』」
「……手甲か、あくまで近接戦と言う訳か」
ハリセンが消え、次にアリシアが展開したのは、その小さな体にはあまりに大きい手甲型のデバイス。どう見ても近接戦闘型のデバイスであり、剣の達人であるシグナムと交えるには不利なように感じられる。
しかし、アリシアは不敵な笑みを浮かべながら、手甲の付いた両手をくるぐるを回す。子供が喧嘩しているかのような手を回す行動に、シグナムは意図が掴めない。
「……うっし! いっくぞ~!」
「……(やはり、遅い。しかも軌道がバレバレだ。あの対応力は見事だったが……アレは、反撃の際にも有効なのか? 確かめるには、ここは受けて反撃が最善か……)」
アリシアの動きは遅く、拳も分かりやすい程の大振り。それを見たシグナムは、剣を右手に持ち、左手の手甲を拳の軌道に合わせる。
受けてからの反撃により、アリシアが先程見せた見事な対応力を切り崩そうとし、アリシアの拳が狙い通りシグナムの手甲に当った瞬間……シグナムの体は、対面のビルに叩きつけられる。
「ぐぅっ!?」
それは思いがけない威力。アリシアの拳が触れた瞬間、抗う事が出来ない程の強烈な衝撃がシグナムを襲い、そのままシグナムは吹き飛ばされ、ロクに防御していなかった背中を叩きつけられる。それほど大きくは無いにしても、明確なダメージ……一体何が起こったのかと視線を上げたシグナムの目には、アリシアの手甲の一部が開き煙を出しているのが見えた。
「……先程の奇妙な動き。今の凄まじい衝撃……成程、その手甲は空気を取り込み、接触した瞬間に衝撃波としてそれを放出するのか……」
「うわ、一発で見破られたよ。その通り、インパクトフィストは貯め込んだ空気に魔力を乗せて、衝撃波を放つデバイスだよ」
「成程、よく考えられている。それなら、少ない魔力で大きな火力が出せるな」
「ふふふ、まだまだ!」
空気を貯め込み衝撃波として放つデバイス。確かに強力ではあるが、対応策は簡単に思いつく。先程のアリシアの奇妙な動き、空気を貯める動きをさせなければいい上、避けてしまえば問題無い。
すぐに空中に上がったシグナムに対し、アリシアは大きく右手を引いて構え、瞬間複数のカートリッジがロードされる音が響く。
「カートリッジ!?」
「必殺! エア・ハンマー!!」
突き出したアリシアの右手から、凄まじい衝撃波が放たれビルの一部を破壊する。シグナムは即座に回避行動を取ったため当ってはいないが、今の凄まじい一撃を受ければタダでは済まない。
しかし先程の一撃には、音から推測して三本のカートリッジが使われている。となれば、そう何度も撃てないとは明白。
「凄まじい一撃だが……それだけの威力、何度も撃てまい」
「何度もってか、もう撃てないけどね!!」
「なにっ!?」
胸を張って告げられた言葉に、シグナムは思わず空中で体勢を崩す。
「これカートリッジ全部使うから、装填し直さないと使えないけど……これカートリッジ装填口まで開くの時間かかるから、ぶっちゃけもう撃てない。最初の衝撃波はまだ撃てるけどね」
「成程、一撃限りの切り札と言う訳か……だが、もう先程の衝撃波も、撃たせん!」
「うひゃっ!?」
言葉が終わるや否や、シグナムは高速でアリシアに接近する。アリシアのデバイスは確かに強力な火力を持っているが、張り付いてしまえば空気を貯める隙は与えない上、接触しなければ発動しないのなら、避ける術はいくらでもある。
一直線に迫ってくるシグナムに対し、アリシアは速攻で背を向けて逃げ出すが、シグナムとアリシアの速度ではあまりに差があり、わずか数秒でシグナムはアリシアの背中に追いつく。そしてシグナムが切りかかろうとした時、アリシアの顔に浮かんだのは……笑みだった。
アリシアは即座に体を反転させ、シグナムに向かって『左手』を振りかぶる。
「もう撃てないよ……右手はね!」
「しまっ!?」
「エア・ハンマー!」
「紫電一閃!」
アリシアが放った必殺の衝撃波。しかしシグナムとて歴戦の魔導師であり、一度見た攻撃の対処法を考えない程愚かでは無い。迫る衝撃波を魔力を込めた斬撃で迎え撃つ。広範囲に広がる衝撃波と、一点に集中された魔力刃……その軍配はシグナムに上がった。
「えぇぇぇ!? 切っちゃった!?」
「そう何度も引っかかってやれん……手甲が無い?」
アリシアの衝撃波を見事に切り裂いたシグナムに、アリシアは驚愕した様な声を上げたが……その手には先程まであった手甲では無く、デバイスコアの入った瓶が握られていた。
アリシアはシグナムが斬撃を放った瞬間、それが切られると理解し即座に次のデバイスに切り替える準備を行っていた。
「フォーチュンドロップ№2『アリアドネ!』」
「……今度は、手袋か……」
次に展開されたデバイスは、手の甲にデバイスコアの付いた黒い手袋。シグナムはそれを見た瞬間一度空中に止まり、油断なくアリシアを見つめる。ここまでの戦局は、アリシアに見事コントロールされてしまっている。ここで迂闊に飛び込めば、先程の二の舞。ならばここは出方を見るのが得策と考えた。
空中で止まるシグナムと同時に、アリシアは周囲を素早く確認する。周囲には建物が複数あり、アリシアが先程地面を走って逃げたお陰で、シグナムはかなり低い位置まで降りてきている。となればこの建物のお陰で、シグナムの高速機動をいくらか制限出来る。本音を言えば、建物の中がベストではあったが……悪くは無い。
アリシアが手を交差させ、それを強く振るうと五本の指の先からアリシアの魔力光に染まった糸が飛び出す。
「魔力糸か!?」
「その通り、止まったのは失敗だったね」
アリシアが数度手を振るう中、シグナムは己の失敗を自覚した。出方を見ようと立ち止まったのは、この場においては悪手だった。アリシアが展開したアリアドネは明らかに直接攻撃型では無く特殊型。そして魔力糸を飛ばし、ビル群に張り付けている点から考えると……設置型。みすみす準備を整える時間を与えてしまった。その証拠に、動きだそうとしたシグナムの前には、アリシアを守る様に無数の魔力糸が展開されてしまっている。
シグナムは自分の失敗を反省し、すぐさま切り替え、近くに会った糸に剣を当てる。すると糸はまるでゴムの様に少し伸び、離そうとすると微かに剣が引っ張られる様な感覚があった。
「……粘着性のある糸か……成程、私の動きを鈍らせる狙いか、だが強度が甘い」
「……」
魔力糸の性質を理解し、更にそれに込められている魔力を考え、剣で切る事が出来る事を理解すると、シグナムの行動は早かった。このままの状態にあれば、ふとしたタイミングで魔力糸に触れてしまい、速度を低下させられてしまうかもしれない。ならば魔力刃で切り開いてしまうのが得策。
近場にある魔力糸を真っ二つに切る。すると切られた糸は一瞬で丸まり球体状になる。
「弾けろ、クレイジーアップル!」
「くっ!?」
球体状になった魔力糸が爆発を引き起こす。どうやらこの魔力糸は切った地点で球体となり爆発する仕組みらしい。しかし爆発の威力は低く、一発程度ではダメージに放ていなかった。
しかし爆発が起きた事でシグナムの動きは一瞬止まり、アリシアはそれを見逃さない。
「ハーヴェスト・クレイジーアップル!」
「ッ!?」
アリシアの掛け声をトリガーに、周囲の魔力糸が一斉に球体に変わり、連鎖的に爆発を引き起こす。全ての爆発を受ければさすがのシグナムとてダメージになる……そう、防御をしなければ……
「……何かしてくるだろうとは思っていた」
そう、シグナムはアリシアの作戦を読んでいた。アリシアが声を上げた瞬間、シグナムは強固な防御……パンツァーガストを張りダメージを防いだ。一つ一つの爆発は大したことがない為、結果としてノーダメージに抑えられてしまった。
「……(気持ちを切り替えろ。ハッキリと認めろ、奴は戦局のコントロールに秀でている。戦術では私の方が劣る。実際ここまで、上手く掌の上で転がされている)」
シグナムは上昇し、静かに自身の認識を切り替える。アリシアは単純な能力は低いが、戦い方が非常に巧い。ここまでの展開は、見事にシグナムがアリシアに翻弄されてしまっている。
戦い方も巧く、対応力も見事であると言わざるおえない。しかし、単純な戦闘力……地力では、シグナムの方が遥かに上なのもまた事実。ならば相手の土俵に乗る必要はない。シグナムの方が強者なのだ。思考は冷静で、攻撃は激しく行えば後れを取る事は無い。
地面に立つアリシアを警戒したまま、シグナムは剣を鞘に納める。消耗戦には付き合わない。手札の数ではアリシアが勝るが、手札の強さはシグナムが勝る。ならばシグナムは、ただ強いカードを切ればいいだけ……アリシアの策を粉々にする程強力な一撃を……
レヴァンティンにカートリッジがロードされ、シグナムは静かに必殺の構えを取る。
「……飛竜……一閃!」
掛け声と共に放たれる砲撃魔法に匹敵する威力を持つ、シグナムの必殺の一撃。炎を纏った連結刃が渦巻きながらアリシアに向かう。アリシアの速度でその攻撃を避けられる事も無く、ましてやその威力を防御する事も出来ない。
アリシアは飛竜一閃に飲み込まれ……消える。
「なっ!?」
そうアリシアの体は、ダメージを受けて吹き飛んだとかではなく文字通り……消えた。
そして直後、シグナムの背中に銃が押し当てられる。
「……上級魔導師が油断するタイミングって知ってる? それは……自分が相手より上だって思った瞬間なんだよ」
「ぐあっ!?」
アリシアの構えたデバイス……フォーチュンドロップ№4『スターダストシューター』の引き金が引かれる。いかに上級魔導師と言えども、ゼロ距離で魔力弾の直撃を受けてダメージを受けないわけがなく、シグナムは吹き飛び、数度回転した後体勢を立て直す。
「……ぐぅ……幻術魔法か……」
「そう、私はへっぽこだから一体しか出せないし、精密な動きは出来ないけどね」
今度はアリシアがシグナムを見下ろす形になり、アリシアは双銃型のデバイスを構えながら静かに告げる。
「舐めないでよ……貴女が強くて、私が弱いって事は……私が貴女に勝てない事と、イコールじゃないんだよ?」
「……成程、強いな。油断したつもりは無かったが……私にも驕りがあった様だ」
心の隙を完璧に突かれ、油断した所に攻撃を当てられた。もはや、疑う余地も無かった。シグナムが今、相対しているのは、才能ない弱者等では無い。相手の心の隙間で狙い澄ましてくる……まぎれも無い強者なのだと……
「お前を見くびった無礼を詫びよう……改めて、烈火の将・シグナム! 全身全霊で相手をさせてもらう!」
「望む所……負けないよ」
シグナムはアリシアを強者と認め、己の全てを使って戦う事を決意した。
そう、戦いは……ここからが本番だ。
アリシアのデバイス「フォーチュンドロップ」
№1『スマッシュハリセン』
№2『アリアドネ』
№3『インパクトフィスト』
№4『スターダストシューター』
№5『ガンホエール』
№6『ミラードール』
№7『セブンスカード』
フルドライブ(現在は未搭載)
七天連結・ラストナンバー『再臨する雷鳴の大魔導師(コード・プレシア)』