割と空いているレールウェイに乗り、私は訓練校へ向かっていた。今日は記念すべき入学初日。まぁ、短縮プログラムなんで通常入学とは違う時期だけどね。
私の通う第四陸士訓練校は、私達の……フェイトの家からレールウェイと徒歩で1時間ちょっとの距離。余談ではあるけど、フェイトはつい最近借りてた部屋を出て分譲マンションの部屋を購入した。次の試験で執務官になれたとしたら、やっぱり拠点はミッドチルダにあった方が良いって事で購入して、今は私と二人で住んでる感じだ。
うん、間違いなくそれが理由だ。そう、その筈だ……あくまで偶然。陸士訓練校に私が入学するにあたって、前の部屋じゃ通えなくて寮に入ろうとしていたとか、そう言うのは全く関係ない。たった三ヶ月寮に入るだけなのに嫌だと泣きじゃくって、翌日クロノくんとリンディさんからお金を借りて、訓練校に通える位置に部屋を買ったとかそう言うのは本当に偶然の筈だ。でも、フェイトって地球の学校に通ってるんでしょ? まさか、ここから通うとか、私も同じ学校にとか言わないよね? 勉強嫌だぁ……
まぁ、アレだね……甘えるフェイトは凄い可愛かった。ハードル滅茶苦茶上げてきたり、時々暴走したりするけど、最愛の妹と胸を張って言える。やっぱり妹は可愛いもんだね……フェイトだけじゃなく、私も寮生活は嫌かもしれない。
そう言えば私が入学する短縮プログラムだと、通常の授業形態とは違い専属の講師がマンツーマンで指導を行ってくれるらしい。大体は手の空いてる講師が付くみたいなんだけど、私の専属は第四陸士訓練校の学長だと連絡を受けた。正直不安しかない。
その学長はフェイトとなのはを担当したらしいから、フェイトの姉って事で私を担当してくれたのか……それとも推薦状が多すぎて、王様の言った様に私自らハードルを上げてしまったのかのどちらかだろうね。いや、流石に私もアレは多すぎるって思ったけど、折角皆が書いてくれたものを出さない訳にもいかなかったし……はぁ、先行き不安になってきたよ。
今日は大事な用事があるから、早く帰りたいんだけどなぁ……
「ようこそ第四陸士訓練校へ。学長のファーン・コラードです。よろしくね、アリシアさん」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
訓練校に辿り着いた私は、受付の案内で学長室に辿り着き、ファーン学長と挨拶を交わす。大きな机と応接用ソファーのある綺麗な部屋。私服で来てる私の場違い感が半端ではないね。まぁ、ファーン学長が私服で良いって言ったから、私服……薄緑のワンピースと白の上着で来たんだけどね。
何と言うかパッと見はミゼットおばあちゃん……よりは若いと思うけど、お孫さんがいる優しいおばあちゃんのような感じだ。でもこの人は元AAランクの魔導師で、あくまで聞いた話だけどなのはとフェイトが二人がかりでも敵わなかった程強い。
「貴女の様な、優秀な才能を持った子を迎えられて光栄よ」
「……あ、あぁ……えと、優秀?」
初対面で失礼だけど、何言ってんのこの人? 優秀ってどういう事? 私が提出した適性表とか見た上で、どうしてそんな言葉が出てくるの?
「ええ、ここ最近まで貴女の名前すら知らなかったのは、恥ずかしい限りね」
まぁ、ほんの二年ちょっと前まで死んでたからね私。フェイトに姉がいる事すら知らない人は沢山いると思う。それは良いんだ別に、それは全く問題ないからね。問題なのはそこじゃなくて、その一つ前の説明だ。はよ説明!
「何でも、魔法を覚えてたった二年で、烈火の将と名高いシグナムさんに『圧勝』したらしいわね」
「……」
ごめん、もう一回言わせて、何言ってんのこの人? シグナムに圧勝って、それどこの世界線のアリシアさん? 私じゃないよね……だって私ボロボロだったよね! ギリギリだったよね!
あ、あぁ……そっか! そうなんだ……きっとアレだよ。私以外にも、アリシアさんって才能あふれる別人が居て、その人がシグナムを倒したんだよ。やだな~同じ名前だから間違っちゃったんだね。
「ふふふ、驚いたでしょ。入学が決まった後、フェイトさんに電話をして聞いてみたのよ」
「フェイトォォォォォ!!」
やっぱりそこかぁぁぁぁ! 通りでふざけた情報だと思ったよ! やっぱりフェイトか、何やってんのあの子!? なんでこんな所でまで私のハードル上げてくるの!?
「そ、そんなに驚かなくても……大丈夫?」
「……はぁ……はい。続けて下さい」
最悪だ。この学長、最悪な所に聞いてるよ。フェイト私を悪く言う訳ない……と言うか、絶対身内の贔屓目とかそんなレベルじゃない過剰な持ち上げしてるよ。てか、実際シグナムに圧勝とか言ってるし……どこをどう見たらそうなるのか、小一時間問い詰めたい。
「え、ええ……彼女はこう言っていたわ。私の姉を適性や魔導師ランク等、小さな物差しで測るのは愚かな行為です。姉はそれらを隔絶した、高いステージに居る……」
「……」
何が小さな物差しだって? 足りるよ、余裕で足りるよ。てか滅茶苦茶余るからねその物差し! 何なら、半分にへし折っても測りきれるよ!
もうホント……どんだけ盛ってるんだよあの子は……風邪薬にだって、定められた量を守りなさいって書いてるでしょ? もう私はハードルの過剰摂取だよ。オーバーキルだよ!
「魔法を覚えて早々に、あの闇統べる王ディアーチェ・K・クローディアを『従え』……」
「……」
フェイトは可愛い妹で、心から愛してるけど……一言いいかな? 目、腐ってるんじゃないの? どんなふざけたフィルターかけて見れば、そういう答えを導き出せるようになるの? フェイトの見てる世界は、たぶん私と大分違うと思う。
どうも、その世界の私は圧倒的な才能を持ったカリスマ溢れる人物らしい。そろそろ、夢と現実の区別を付けようか……いや、マジで……そのお姉ちゃんは、パラレルワールドのお姉ちゃんだからね。
「魔法を覚えて二年足らずで、烈火の将シグナムに『反撃の隙を与えず圧勝』……」
「……」
拝啓、母さん……もうお家帰りたいです。なんか、いつの間にか私が化け物じみた経歴を持つ超天才に仕立て上げられてます。フェイトの事一発、助走つけて殴って良いかな? 良いよね!
「自分やなのはさんを超える……歴史に名を残す逸材だと、とても嬉しそうに語ってくれたわ」
「……もう、それで良いです」
お手軽三ヶ月コースで入学したと思ったら、ド鬼畜ベリーハードモードだった。何を言ってるか分からないと思うけど、私も何をされたか分かってない。これから先が凄まじく不安だよ。
ホント……どうしてこうなった。
そのまま魂が抜けるような気分で説明を聞いた後、短縮プログラムの説明も受け終わると、ファーン学長は穏やかな笑みを浮かべる。
「さて、早速今日の授業なんだけど……まず貴方の実力を見てみたいから、私と一戦交えてみましょうか」
「あ~そう言えば、フェイトも初日に模擬戦してボコボコにされたって言ってましたね」
「あらあら、それは誤解よ。ギリギリ、本当に少しだけ、私の運が良かっただけよ」
「……成程」
運……ね。嘘が上手いなぁ、ファーン学長。少し運が良かっただけじゃ、なのはとフェイトのタッグには勝てないだろうし、それは明確に……何か、ファーン学長が二人を上回るものを持ってたんだろうね。
今も口調は謙虚だけど、目は自身に満ち溢れている。才能に胡坐かいてきた子に、少し世の中の厳しさを教えてやろうって感じだね。まぁ、実際私には胡坐かく才能なんてないけどね!
はぁ、やれやれ……お姉ちゃんってのは大変だね。シグナム相手にしたみたいに否定しちゃうのは簡単だけど……相手は親しい友人じゃなく、フェイトが昔お世話になった人。あの子を、嘘つきにしちゃうわけにはいかないか……まぁ、妹の期待に答えてあげるのが、お姉ちゃんの甲斐性ってやつだね。いっちょやりますかね。
ぐつぐつと煮える鍋をゆっくりとかき回す。やれやれ疲れてるのに料理ってのも大変だけど、今日はフェイトの帰りも遅し、今日は特別な日だから仕方ないね。
以前は壊滅的な料理を作った私だけど、王様にスパルタ指導され人並み程度には作れるようになってきた。だから今日は丁度いい機会だし、前から作ってみたかったものを作ることにした。
私が大好きだったママ……母さんのシチュー。暖かくて美味しくて、食べたいって何度もおねだりしたなぁ~あの味を、私の大好きな思い出の味を……フェイトにも食べさせてあげたいって思って、こうして作っている。
実は結構前から王様の家で練習させてもらってたんだけど、正直言って苦労した。普通にシチューを作る事は出来ても、記憶にあるシチューとは味が違った。王様が作ってくれたシチューも本当に美味しかったけど、母さんのはもっとこう……甘くて優しい感じだった。
その答えを見つけてくれたのは王様で、コンデンスミルクと生クリームを隠し味に加えていたみたいだ。それだけなら王様が作ったシチューにも入ってたらしいんだけど、それ以外にもいくつか隠し味を入れていたので別の味になっていたらしい。そしてそのコンデンスミルクも手作りだったみたいで、市販のものと少し味を変えていたらしい。
何度も試してみて、ようやく母さんのシチューを再現する事が出来て、こうして今作ってる訳だ。
うん……美味しい。母さんの……テスタロッサ家の味だ。
「ただいま……あれ? 良い匂い……お姉ちゃんが作ってくれたの?」
「おかえり、フェイト。うん、丁度出来たところだよ」
ナイスタイミングでフェイトが帰ってきて、軽く言葉を交わした後で、シチューを皿に入れてデーブルに並べる。向かい合わせでは無く隣り合わせて……いつも、ママ……母さんとは、こうやって並んで食べてた。
フェイトが部屋着に着替えて戻ってきて、並んで座ってシチューを口に運ぶ。
「……美味しい」
「そっか、良かった」
「でも、あれ……何だろう? この味って……」
ああ、そう言えばそうだった。フェイトは不完全だけど、私の記憶を受け継いでるんだったね。だったら、この味にも覚えがあるのかもしれない。
記憶を探る様な表情を浮かべているフェイトの肩に手を置き、穏やかに微笑む。
「これはね。私が大好きだった……母さんのシチューなんだ」
「……母さんの……」
「うん。私の……ううん、私達の『家族の味』……それをフェイトにも食べさせてあげたくて、ちょっと頑張っちゃったよ」
「お姉……ちゃん」
肩を微かに震わせ、感極まった様に涙を浮かべるフェイトをそっと抱きしめる。フェイトは私の家族なんだよ、本当に大切な家族なんだよって伝える為に……
「……お姉ちゃん、美味しい。本当に……今まで食べたどんな料理より美味しいよ……」
「そっか、良かった……誕生日、おめでとう。フェイト」
「ッ!? なん……で……」
「お姉ちゃんは、フェイトの事なら何でも知ってるんだよ……って感じだね」
そう、今日はフェイトの誕生日。公的書類に記載されている……なのはとリボンを交換し、本当の自分を始めた日でもない。アルフと一緒に祝っている二人が出会った日でもない。
アリシア・テスタロッサのクローンとして……ううん。私の妹として、フェイトが生まれた日が今日なんだ。私はそれを夢で見て知っている。ちゃんと覚えている。この子はこんな性格だから、本当の誕生日は告げず、5月29日……本当の自分を始めた日を誕生日にしていた。でも、やっぱりこの言葉は、この日じゃないとね。
「……お姉ちゃん……」
「生まれてきてくれて、ありがとう。貴女が居てくれて、私は幸せだよ」
「~~!?」
これだけは伝えておきたかった。フェイトは大切な家族なんだよって、この思い出のシチューを食べながら、この子が生まれた日を祝福してあげたかった。シチューが作れる様になるまで、時間はかかっちゃったけどね。
私とフェイトだけが知ってる。大切な記念日として……愛しいこの子に、心からの祝福を……
第四陸士訓練校の学長室では、ファーン・コラードが夜空に浮かぶ二つの月を見つめていた。
「……初めてだったわね。私が初日の模擬戦で『負けた』のは……」
才能とは眩しいもので、それを生まれながらに持っている者達は……慢心していないつもりでも、微かに心の隙があるものだ。それは稀代の天才と称されるなのはやフェイトも同じ。
ファーンはかつてなのはとフェイトを指導した際、一人で二人のタッグを破った。物心ついた頃から強かった彼女達……魔力量も運用技術も一級品で、だからこそどうしても忘れかけてしまうもの……強さの意味とは何なのか、力とは何の為にある物なのか……
ファーンはなのはとフェイトに対し……いや、彼女が教えてきた生徒達に、等しくある問題を出していた。
『自分より強い相手に勝つためには、自分の方が相手より強くないといけない。この言葉の矛盾と意味を、よく考えて答えなさい』と……正解した者も居たし、答えが分からず彼女が教えた者もいた。
なのはとフェイトは、三ヶ月をかけ最後の授業で答えを告げた。
『自分より総合力で強い相手に勝つためには、自分が持っている。相手より強い部分で戦う。その為に自分の力を理解し、信じて……自分の一番強い部分を磨き、確かな自信と気概を持って戦いに望む。故に、問題の言葉は正しくもあり、間違ってもいる』と……それはファーンにとって満足のいく正解だった。
そして、今日のアリシアとの模擬戦。彼女は攻めやすい隙を明確に見せた。なのはやフェイトにした様に『ここに攻めれば勝てますよ』と、相手の一番ではない部分を見極め、巧みに誘いをかけた。何十年と魔導師を続けてきたファーンの狡猾な誘いを初見で見破れる者は、今まで見てきた天才達には居なかった。
しかし、アリシアはその言葉に笑い……静かに告げた。その会話を、ファーンは思いだしていた。
――その戦い方はしませんよ?
――え?
――私の戦いは『そこじゃない』
そしてファーンはアリシアに敗北した。最初から最後まで、戦いの流れはアリシアが握っていた。
「……あの子はあの若さで、自分自身を理解し、己の強さと言う難問に確かな答えを持っている。だから揺るがない。崩せない。あの子の目には、確かな信念が宿っていた……本当に大したものね。人間は自分の事が一番分からない筈なのに……あそこまで己を知り、生かしている子を見たのは、初めてかもしれないわね」
独り言のように呟いた後、ファーンは月を見つめたまま楽しそうに微笑む。
「半信半疑だったけど……フェイトさん。貴女の言葉に偽りは無かったようね。確かに彼女の強さの底は、適性やランクで測れるほど、浅くは無い」
こうして、アリシアがなんだかんだで最終的には甘やかすので、シスコンが凄まじい勢いで加速していく。
お姉ちゃんはシリアスもできる子なんです。