第四陸士訓練校の特別講義室。今日も今日とて、私は局員を目指して頑張っていた。まぁ、今日も今日とてとか言ったけど……まだ一週間ぐらいしか通ってないんだけどね。そこはほら、アレだ。気持ちの問題ってやつだね。
「……素晴らしいわ、アリシアさん。初の定期テストは、見事に全て満点よ」
「あはは、ありがとうございます」
短縮プログラムには、当り前だけど座学の授業もある。そんでもって、毎週末に必ず一度テストを行い理解度を確認する形式になっているらしい。そして、私はその初テストを無事全教科満点と言う成績で切り抜け、明日から二連休となる。
いや~自分の才能が恐ろしいね。小学校にすら通った事無いのに満点とは、これが私の力……だったら良いんだけどなぁ……すげぇよ王様。テストの問題、全部王様が作ってくれた練習問題の通りだったよ。実はあの人未来予知とか出来るんじゃない? マジ半端無いよ。
「未来予知など出来るか、戯言を言う暇があったら手を動かせ」
「りょ、了解」
一夜明けての休日。私は王様の家のテーブルに座り、左右に出来あがっている本の塔を見ながら手を動かしていた。そう、実は……一週間とはいえ、私が座学でも優秀な成績を残せているのは、一重に王様のお陰だった。
毎日訓練校が終わってから数時間、そして今日の休み……付きっきりで勉強を教えてくれている。
「でも、凄いよね王様って……テストの問題、本当にドンピシャだったよ」
「訓練校で学ぶ範囲など、容易に想像がつく。かつ三ヶ月の短縮プログラム。学ぶべき内容の要点と、講義内容から推測される訓練校側の傾向……どんなテストが出てくるか、そんなもの我でなくとも正確に把握できる」
通った事の無い学校のテストを、私から聞いた話を元に完全に読み切るとか……殆どチートみたいな頭してるよね王様。要点も分かりやすく教えてくれるし、先生とかに向いてそうな感じだね。このまま今日もしっかり勉強しておけば、来週は楽になりそうだ。
そんな事を考えつつ、解き終わった問題集を王様に手渡した後で、左右に積まれている本の山を見る。
「……で、王様。今日は、どれとどれをやればいいの?」
「……どれとどれ? 馬鹿か貴様は、我は不要な物など用意はせん。貴様の目の前にあるもの全て……今日中に叩きこむぞ」
「ふぁっ!?」
いやいや、そんな馬鹿な。これ雰囲気出す為に積んでたんじゃないの? 全部? 50冊位ありそうなんだけど……全部、今日勉強するの!? 参考書ばかりとは言え、50冊!?
「……王様、知ってる? 一日って24時間しかないんだよ?」
「ああ、10時間で叩きこんでやるから、覚悟しておけ」
「……ちなみに、休憩とか、そういうのあるの?」
「……食事を除き、10分ぐらいなら休ませてやる」
「10分!? 10時間で10分!?」
鬼だ。鬼が居る。スパルタ教育とかスピードラーニングってレベルじゃないよ!? こ、殺される……教え殺される。
「鬼、悪魔、貧乳!」
「最後のは関係無かろうが! 大体、普通に訓練校の授業だけなら半分以下で終わる。それを貴様が、態々別の勉強をしたいと言うから用意してやったんだぞ」
「うぐっ……それは、まぁ……その通りだけど……」
「ゼロからスタートで、三ヶ月で訓練校と並行で試験勉強もするのだ。多少の地獄は覚悟しろ……それとも、手伝わなくても良いのか?」
「手伝って下さい。お願いします」
そう、王様の言う通り訓練校の勉強だけならここまで酷くはならない。問題は並行して別の勉強を行っているからで……しかもこれが、非常に難しい。
うぅ……勉強辛い、勉強辛い、勉強辛い……これも、フェイトの為だ! 頑張れ、頑張れ私! フェイトの笑顔を思い浮かべて、この地獄を越えて見せる!
「違う、そのケースには特例が適応される。つまり……」
「ええ、そんなのズルッこじゃん!」
「ズルなどあるか、たわけ! まだ三例、同内容でも変化する故全て覚えよ」
「うへぇ……」
「……そも、歴史を語る上で大規模時空震の……」
「過去の事は良いじゃんか、私は未来だけを見つめて生きていきたい」
「貴様の心構えの問題では無いわ!!」
「ぶぅ~」
「つまり、この公式を代入する事で変換効率の状の変動が……」
「……すぅ……すぅ……」
「デモンズゲイト!」
「ぎにゃあぁぁぁぁ!?」
「ディアーチェ、アリシアさん。少し休憩しては?」
「やった! ありがとうユーリ!」
「心遣いはありがたいが、却下だ。さあ、さっさと問題と解け!」
「うぇぇぇ!? もうやめて! 私の脳細胞のライフはゼロだよ!」
「DAMARE!」
「……よし、今日はここまでにしておこう」
「お、終わった~」
王様の言葉を受けて、私は机に顔を沈める。本当に10時間キッチリやりやがった。もう頭はマジでパンクする5秒前状態だけど、何とかやり切った。
ユーリが淹れてくれたお茶を飲みつつ、軽く王様と雑談する。まぁ大変ではあったけど、これで来週の授業も楽になったなぁ……愛しい妹の、異次元のフィルターによって天才に仕立て上げられてる私としては、何とか妹の言葉を嘘にしない様に頑張っている。
「……しかし、貴様。勉強は嫌いだ嫌いだと言う割には……飲み込みも覚えも悪くないな。いや、むしろ常人よりかなりできる部類であろう」
「……まぁ、これでも研究者の娘だからね」
私の母さんは、よく勘違いされてるけど本職は研究者だ。魔導師としても天才的な才能を持っていたせいで、そっちの方が本職だと思われる事も多かったらしいね。
そのおかげか、私もどうやら頭の出来は悪くない様だ。何かこう言う所で、母さんの娘なんだって実感できるのは嬉しいね。ぶっちゃけ私よりフェイトの方がよっぽど母さんと似てるとこ多いし……
「しかし、勉強は嫌いなのか」
「嫌いって言うか……」
「うん?」
「母さんが仕事に行ってる時、私はリニス……ああ、猫飼ってたんだけど、その猫と一緒に勉強してたんだ。まぁ勉強って言っても、簡単な本を読んでるぐらいだったけどね。いつか母さんの仕事を手伝ってあげるんだって……研究者になるのが夢だったけど、やっぱり母さんがいない家って凄く寂しくてね……どうしても勉強って、私にとっては『母さんと会えない時間』ってイメージが強くて、あんまし好きになれないんだ」
そう言えば、フェイトを育てたのは母さんと使い魔契約したリニスだったんだよね。私と一緒に死んだ筈だけど、使い魔の契約を結ぶ事で蘇生する事が出来たらしい。もしかしたら、そんな風にリニスを生き返らせたから……母さんは私も生き返らせられるって考えたのかな。
まぁ魂の云々ってのは哲学的すぎてアレだけど、実際死んでから何年も経って生き返った私に当時の記憶がある様に、リニスが使い魔として生き返った時……私の事も覚えててくれたのかな? 覚えててくれたんなら……嬉しいな。
「……」
「……チビひよこ。夕食はここで食べていけ」
「いいの?」
「……ああ」
凄く簡潔な言葉で告げた後、王様は私に背を向けて台所の方へ向かう。ありゃ、気を使わせちゃったかな? 確かにちょっとリニスの事思い出して沈んでたけど……顔に出ちゃったか……
リニスは……家族だった。凄く、凄く大切な家族。本来はあまり人の懐く様な猫じゃないって母さんは言ってたけど、私と母さんには凄くなついてくれて……特に私はいつもリニスと一緒だった。母さんが仕事に行ってる時もずっと一緒に居て、勉強する私の膝に寝転んでたり、一緒にお昼寝をしたりした。
凄く頭の良い子で、私の勉強の邪魔はしなかったし……寂しいって思った時は、そっと近くに寄ってきてくれた。お昼寝する私の上で丸くなるのが好きで、小さかった私にとっては結構重たかったけど、その温もりが……嬉しかったなぁ……
って駄目だ駄目だ。またナイーブになっちゃってる。あんまし王様に心配かけない様にしなきゃね。
「何か食べたい物はあるか?」
「魚、食べたいな……塩で味付けしたやつ」
「よかろう」
「……ありがと、ディアーチェ」
「……」
薄暗い部屋に微かに灯る光。苦悶する様な表情で頭を抑える母さんの姿。うん。いつもの夢の続きだ。もう二年くらい見続けてるのかな? お陰で母さんが私を生き返らせる為にどれだけ苦しんでたかよく分かったよ。
それは失敗の連続だった。寝る間も惜しんで私を生き返らせる方法を探し、それが失敗して再び寝る間を惜しんで考える。自分の体がどんどん悪くなっていく事も構わず、母さんはただ私の事だけを考えて苦しんでいく。
そしてついにその心は重圧に耐えきれず、壊れてしまう。私を生き返らせるのではなく『私の記憶を持った全く同じ別人』を作り出そうとすらした。
そうして生まれたのがフェイト……だけど、フェイトは私とはまるで正反対の存在だった。ううん。本当は母さんだって分かってた筈だよ。たとえフェイトが私と全く同じだったとしても……それは私じゃないんだって……それ位、追い込まれてたんだよね。
夢は私の思考を待たずに進んでいく。置いていた書類を破り捨て、頭を抱える母さん。見ているこっちの心が痛くなりそうな姿が、急に豹変する。
母さんは『こちらを見て』涙を流しながら何かを叫び、そしてこちらに向けて手をかざす。
見ている景色が光と共に崩れ、白く塗り潰されていく。ああ、そっか……この夢はここで終わりなんだ。そんな言葉が頭によぎる中で、光が晴れ……景色が変わった。
目に映るのは青い空と緑の木々。緑あふれる小高い丘。微かに頬を撫でる様に吹く風は、とても夢だとは思えないほどリアルで、なんだか不思議な感じ。そう、夢と言う一言では片付けられない何か、まるで誰かの作った空間に居る様な……だけど、私の心は穏やかだった。だって、私はこの場所を知っている。この景色を見た事がある。
私の心の想いを肯定する様に、丘の先に小さな人影が現れる。背中を向けていて顔は見えないけど、小柄な少女に見える。
濃い茶のセミショートの髪が風に揺れ、どこかコートを連想させる白く長い服が揺れる。頭には服と同じ白い帽子が乗せられている。
その姿は、私がフェイトの夢で見た姿より随分と小さく、私と同じ位の身長しかない様に見えるけど……誰だかはすぐに分かった。
「……疑問には、思ってたんだ。フェイトの夢を見るってのはまだ分かるんだよね。私とフェイトは、クローンって言う繋がりがあって、それが影響してフェイトが体験した事を夢に見たんだって理解出来た。でも母さんの夢の方は、何で見えるのか分からなかった……」
「……」
「実際フェイトの夢と母さんの夢の見え方は違っていた。フェイトの夢を見た時、私はフェイトだった。フェイトとして、あの子の記憶を追体験していた。でも、母さんの夢は違った。私が母さんの視点で見てるんじゃ無く、まるで映画みたいに母さんの様子を第三者の視点で見ていた」
「……」
少女は何も言わない。こちらを振り返りもしない。ただ静かに、私の言葉に耳を傾ける。
「……そしてそれを見ていく内に、気が付いたんだ。これは、私が見ている夢は『母さんと一緒に居た誰か』の記憶なんじゃないかって……そして今、それを確信した。貴女が……私に見せてくれてたんだね。母さんの姿を」
「……ええ、生憎と殆ど力が残っていませんので、夢と言う形でしか干渉が出来ず、全て伝えるまで時間がかかってしまいました。夢を見せて終わりでも良かったんですが……ほら、私と貴女の間に……隠し事は無しの約束ですからね」
やはりこちらは振り返らないまま、まるで鈴が鳴る様に穏やかで優しい声が帰ってくる。丘に優しく風が吹き、私と少女の髪を揺らす。
「……この場所、覚えていますか?」
「……うん。私が母さんとピクニックに着た場所。そして、貴女と初めて出会った場所だね」
「……ええ、怪我を負い、倒れていた私を貴女が見つけてくれた……私を家族に加えてくれた……私にとって、一番大切な思い出が眠る場所です」
その優しい声は、私の心に直接響いてくるみたいで……自然と、目が熱くなっていくのを感じた。もう、会えないと思っていた。二度と、その姿を見る事は出来ないんだって……
「私は……私と言う存在が消える少し前、魔力を……使い魔となり、魔法生物へ変わった私の命の大半を、貴女の遺体に宿しました。もし、本当に奇跡が起きて貴女が生き返った時、私の見てきた全てを伝える為に……」
その言葉と共に、少女は被っていた帽子を取る。隠れていた小さな耳が髪の隙間から現れ、それを微かに揺らしながら振り返る。
母さん、フェイト……そして残る私の最後の家族が、今、再び私の前に現れた。
「……お久しぶりです。アリシア。私の……一番大切なご主人様」
「……久しぶりだね『リニス』……私の……大好きな家族」
STSのアルフと同じように、魔力節約のために小さくなっている……ロリニス登場。