アリシアお姉ちゃん奮闘記   作:燐禰

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拝啓:母さん、クロノとエイミィが結婚しました

 クロノ、エイミィの結婚式は順調に進行していた。教会での式を終え、ブーケトスを終え、教会前での記念撮影も終わり、次は多くの人が集まる披露宴。ここで少し待機時間が派生し、来賓の者達は控室にて待機を行う。

 

 フェイトはハラオウン家の家族でもある為、何かと忙しく動きまわっており、控室からもすぐに出ていった。しかしそれとは対極に、アリシアは窓際の椅子に座って暇そうにしている。その理由は単純で、アリシアはフェイトの姉ではあるが、ハラオウン家の親族にはカウントされない。その為フェイトが親族側で忙しくしていたとしても、来賓側のアリシアが手伝う訳にもいかず、結果として暇を持て余しながら誰かと通信を行っていた。

 

「うん。じゃあ、訓練を手伝えばいいんだね。気にしなくていいって、それ位いつでも手伝うよ……うん。じゃあ来週末にね~」

 

 通信を終えたのを見計らい、アリシアの元にシグナムが近付いていく。その様子にはやてとシャマルが気付き、自然と視線をそちらに向ける。シグナムの表情は非常に強張っており、どこか緊迫した様子さえ感じる。

 

「……アリシア。私は今日仕事の関係で遅く着いたのでな、ここまで話す機会が無かったが……」

 

「うん。あの件……だね?」

 

「やはり、貴様も掴んでいたか……流石だ」

 

「……何の話してるん?」

 

 シグナムだけでは無く、アシリアも真面目な顔になって言葉を交わしており、それに頷き席に着くシグナムの姿を見ながら、はやては恐る恐る問いかけその後ろに居るシャマルも緊張した顔を浮かべる。

 

「……主はやて……実はですね」

 

「本局、第一訓練場のシミュレーターが最新型に変わるんだよ!」

 

「……は?」

 

「……え?」

 

 しかし返ってきた答えは、何一つ、欠片も重大な内容では無かった。

 

「いや~待ってたんだよね。何と前のやつより、破損した建物とかの収束速度が倍位早いらしいんだよ!」

 

「ああ、本当にありがたい話だ。これで、あの煩わしい修復待ちの時間が短縮されるな」

 

「これは、いけるか? 夢の一日で100模擬戦!」

 

「試してみる価値はあるな」

 

「……いや、そんな価値は、ないやろ」

 

 興奮した様子で話すアリシアとシグナム……もとい、二人のバトルマニア。実はこの二人は以前戦ってから暇を見つけては集合し、他人が見たら目眩がしそうな程の数の模擬戦を行う仲だった。

 少なくとも、はやてとシャマルに理解出来る嗜好では無かったが……

 

(ねぇ、はやてちゃん……この二人、どっかおかしいんじゃない?)

 

(一日100戦とか馬鹿やろホンマに……心配して損したわ)

 

(紅茶でも、飲みに行きましょうか)

 

(そうしよ……)

 

 何か緊急事態かとでも思って近くに来た二人は、呆れ半分諦め半分の表情を浮かべ、未だ興奮した様子で新型シミュレーターについて熱く語る二人に背を向け、その場を立ち去……ろうとして、聞こえてきた別の声に足を止める。

 

「しかし、新型導入となれば競争率も高くなるのでは?」

 

「大丈夫、テストって事で使わせてもらえる様に話しつけといたから!」

 

「流石ですアリシア。これは、心が躍りますね」

 

「でも、本当に早かったよね導入。まだ数ヶ月はかかるって思ってたけど」

 

「……何しれっと混ざっとんねん、砲撃コンビ」

 

 いつの間にかアリシアとシグナムが居るテーブルには、なのはとシュテルの姿があり、当り前の様に二人共会話に参加していた。

 

「え? なんでって……」

 

「我々もアリシアを長とする『都合が合えば、倒れるまで、鍛錬をする会』通称TTT(トリプルティー)に所属していますので」

 

「……何その、聞いてるだけで目眩がしそうな集まり……」

 

「説明しよう! TTTとは!」

 

「いや、ええ、知りとうない」

 

 三人のバトルマニアと他一人……シュテルに誘われて、深くも考えずに所属したなのはの計四人からなる模擬戦集団。TTTとアリシアが命名し結成した……はやてにとっては頭の痛くなる様な集まりだった。

 助けを求める様にディアーチェに視線を送るが、ディアーチェは既にその集まりの存在を知っているのか無言で首を横に振る。

 

「さあ、はやても一緒に楽しもうじゃないか!」

 

「ええ、ハヤテ。我々はいつでも、強者を歓迎します」

 

「絶対嫌や!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして多くの来賓を迎え入れ、結婚披露宴が始まる。

 流石に席は配慮されている様で、ある程度知人で円状のテーブルを囲み、豪華な食事と共に歓談に花が咲いていく。

 

「……良い味だ。ここの料理人は良い腕をしている」

 

「ええ、洗練された味です……おや? レヴィは?」

 

「……おかわりが欲しいと、ギネス馬鹿と貰いに行きおった。あの恥さらし共は……」

 

 ディアーチェ、シュテル、レヴィ、ユーリ、なのは、アリシアの六名が同じテーブルになっている。そしてテーブルマナーをしっかりと身に付け、落ち着いている四人と……ファミレスと同感覚の二人。

 もはや完全に保護者の様な役回りとなったディアーチェは、大きな溜息と共に頭を抑える。

 

 少ししてアリシアの手腕で見事おかわりを獲得した二人が戻り、他のテーブルよりやや騒がしく話が進んでいく。

 

「エイミィさん、綺麗だね」

 

「ええ、ウェディングドレスって何だか輝いて見えますね」

 

 なのはの言葉にユーリが同意の言葉を返す。クロノと並び上座に座るエイミィの姿は、幸せに満ち溢れており、特に女性陣の羨望の視線を引き付ける。

 

 そこでふとディアーチェが周囲を見渡し、アリシアの姿が無い事に気が付く。今度はおかわりを取りに言った様子は無い。騒がしいアリシアにしては珍しく、スッといつの間にか居なくなっていた。

 

「……チビひよこはどこへ行ったのだ?」

 

「アリシアちゃん? 多分、そろそろ準備に行ったんだと思うけど……」

 

「準備?」

 

 ディアーチェの疑問になのはは心当たりがある様で、首を傾げる同席の面々に説明をしようと口を開きかけた所で、司会の声がそれを遮る。

 

『それでは、ここで新郎新婦の友人を代表致しまして、アリシア・テスタロッサ様より、お祝いのお言葉を頂きます』

 

 そしてその言葉と共に、ディアーチェはテーブルに頭を打ち付け、なのは以外の面々も唖然とした表情を浮かべる。

 それも当然の事だろう。何故ならアリシアは、クロノ、エイミィとの付き合いと言う意味でならこの席に居る誰よりも期間が短く浅い。まだ知り合って2年ちょっとしか経っていない。それが、他を押しのけて友人代表のスピーチを行うとなれば驚くのも無理は無い。

 

「だから、あやつはいつから友人代表になった……」

 

「あ、いや、違うの……初めはユーノくんがスピーチする予定だったんだよ」

 

「む? そう言えば、姿を見ておらんな……」

 

 唖然としながら呟くディアーチェの言葉に、唯一フェイトから聞いて事情を知っているなのはが説明を入れていく。確かにユーノ・スクライアであれば、クロノの友人でもありPT事件、闇の書事件を共に戦った……正しく友人代表と言って過言ではないだろう。

 

「それが、昨日の夜に高熱出して寝込んじゃってね。それで急遽代役をって話になって、すぐに連絡がついて、なおかつ社交的な人って事で、アリシアちゃんに話が回ったんだよ」

 

「……成程。そう言う事情であるのなら、確かにあやつは適任やもしれんな」

 

 実はこの話は最初はなのはに回ってきたのだが、流石に前夜にいきなりスピーチを行ってくれと言われても、上手く喋る自信が無く尻込みしてしまった。その際にフェイトがアリシアを推薦し、リンディの賛成もあって急遽アリシアが友人代表としてスピーチを行う事になった。

 

「でも、アリシアちゃんは凄いよ。急な話なのに、今日はあんなに余裕そうで……」

 

「いや、何も考えておらんぞあやつは……恐らくスピーチ文なぞ用意しておらん」

 

「え、えぇぇ!?」

 

「どうせ急ごしらえではロクな文なぞ作れん、それならいっそぶっつけ本番で……とまぁ、これがあの馬鹿の思考だ」

 

 そう、ディアーチェの読み通り、アリシアが急なスピーチ役に抜擢されたにもかかわらずいつも通りだったのは、初めから行き当たりばったりで行くと決めていたからであり、当然スピーチ用の文章なんて考えていなかった。

 

 ディアーチェの言葉になのはは急に不安になりアリシアの方を向くが、アリシアは真剣な表情で会場を歩いていき、静かにマイクの前に立つ。

 そして一度視線を周囲に動かしてから、クロノとエイミィの方を向く。

 

『クロノさん、エイミィさん、ご結婚おめでとうございます。ただいまご紹介に預かりましたアリシア・テスタロッサと申します。僭越ではございますが、一言ご挨拶を述べさせていただきます』

 

 始まりは、そんな当り障りの無い言葉と共に始まった。

 

『ほんの数年。私と新郎新婦のお付き合いはその一言で表せてしまうほど簡潔でありながら、言葉だけでは伝え切れないほどの想いに満ちたものです。私にはクロノさんのご家族にお世話になっている妹がいます。私と妹は少々事情もあり、長く離れ、特に妹は非常に辛い境遇にありました』

 

「……」

 

『そんな妹に、クロノさんとエイミィさんは優しく手を差し伸べてくれた。クロノさんは力強く妹の背を押し、エイミィさんは暖かく妹の心を包んでくれました。それであの子がどれだけ救われたでしょう、どれ程の支えになったでしょう……その場に居られなかった私には、ただ感謝の言葉しかありません。お二人は妹にとっての恩人であり、等しく私にとってもかけがえの無い恩人です。そんなお二人が今日の良き日に、夫婦として共に人生を歩んでいく誓いをたてました。これ程喜ばしい事はありません』

 

 静かな沈黙の中、アリシアの声は響く様に広がっていく。

 

『私は人の一生は一冊の本の様なものだと思います。その人が生まれて物語が始まり、最後に死によって本を閉じて物語が終わる。始まりと終わりは皆一緒、だけどその中に描かれている物はそれぞれ違います。クロノさんが生まれ、クロノさんの物語が始まり……エイミィさんが生まれて、エイミィさんの物語が始まり……そして今日から、二人の物語が綴られていく』

 

「……」

 

『それはきっと平坦なものではないでしょう。苦難も悲しみも、喜びも楽しみも……色々なものが混ざり合った。そんな退屈しない物語……でも、その物語の登場人物には貴方達だけでは無く、私達もいます。ここに集まった一人一人が、それぞれの物語の主人公であり、同時に貴方達の未来を応援し、祝福する脇役でもあります』

 

 会場はアリシアの声以外ない、本当に静かな状態だった。声の抑揚、紡ぐ言葉……真っ直ぐにクロノとエイミィを見つめるアリシアの姿。それは今、この場の全てだった。

 

『だからもし、これから先の未来。何かに躓きそうになってしまったら、思い出して下さい。私達の事を、今日の日の事を……未来なんて誰にも分かりません。いいえ、分かったとしてもそれはいくらでも変わります。でも、きっと大丈夫。これだけ沢山の絆を紡げる貴方達の物語が、駄作で終わってしまう筈なんて無い』

 

「……」

 

『どうか、今日の日を忘れないで下さい。そしてこれから先支え合い、笑顔で前を見て、書き直しの出来ない物語を楽しんでください。起承転結じゃなくて良いんです。この物語に決まり事なんて無い……でも、一つだけ、友人として私が願うのは、お二人がいつか、その物語を思い返した時……笑顔になれる様な、そんな素敵な未来を作っていって下さい』

 

「……」

 

『簡潔ではありますが、最後に祝いの言葉を重ねて締めくくりとさせていただきます。改めて、ご結婚おめでとうございます。どうか、末永く、お幸せに……』

 

 締めの言葉と共にアリシアは深く頭を下げ、少しの沈黙の後で大きな拍手が巻き起こる。新郎であるクロノも深く頭を下げ、新婦であるエイミィの目からは涙が零れていた。

 

「……やっぱり、アリシアさんって、持ってますよね」

 

「……ああ、やつは別に良い事を言おうともしておらんし、事前に綺麗な文章を用意した訳でも無い。ただ自分の心にある想いを、そのまま言葉にして伝えただけ……そしてそれが、偽りの無い真っ直ぐな本心が、美しく響き、人を惹きつける」

 

 アリシアのスピーチは、とても即興とは思えないほど立派なものだった。新郎新婦に向かって、偽りの無い感謝と祝福を述べる姿は、見る者の胸を打ち心に響いた。

 

 計算の無い言葉で人を惹きつける力を、カリスマと呼ぶのであれば……アリシア・テスタロッサは、正しくそれを持った人間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が生き返ってから、二年と少し……本当に何もかも上手く回り、苦労はあれど楽しい日々を過ごせている。でも、私は神様でも無ければ超人でもない。何もかも想い通り、私の都合の良い様に流れていくなんてそんな事はありえない。

 

「今日は気合入ってるね。やっぱり試験が近くなってきたからかな?」

 

「ええ、もう何度も落ちてしまってますが……執務官は、俺の夢ですからね」

 

 訓練場に声が響く。まるでそれは、何かが起こる前みたいにあまりにも穏やかに……

 

 人の見る夢は儚いものだって言うけど、実際間違いでは無いんだろうね。この世にはどうしようもない事がいっぱいあって、どうにもならない気持ちを抱えながら人は生きていく。

 

「ってことは、うちの妹とはライバルになるのかな? って、別に定員制じゃなかったね」

 

「あはは、それは何とも手ごわいライバルで、ごめんこうむりたいですね」

 

 私はリニスの未来を変える事が出来たのかもしれない。でも、繰り返しになるけど、私は神様でも超人でも無い。未来の事なんて分からなくて、変えられない結末なんて山ほどある。

 

 そして人は鈍感な生き物だ。それを頭では理解していても、実際に体験するまで分からない。だからこそ、人は後悔する生き物であり、いつだってそれに気付くのは後からになる。

 

「どっちも合格出来れば良いね。応援してるよ、『ティーダ』くん」

 

「ありがとうございます」

 

 そう、その存在の本当の重さに気が付くのは……いつだって……そう、いつだって……

 

「よっし、じゃあもう一戦いこっか!」

 

「ええ、よろしくお願いします!」

 

 それが……失われてからだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




レヴィ・ユーノ「解せぬ」

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