アリシアお姉ちゃん奮闘記   作:燐禰

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拝啓:アリシアさん、俺は貴女の事が……

 その人に出会ったのは、ほんの一年半前だった。合同訓練で訪れた時空管理局本局。陸の部隊所属の魔導師が普段は使用する事は無い訓練場に、忘れ物をしてしまった時の事だ。訓練場で一人訓練を行っている少女の姿を見つけた。

 

 うちの妹……ティアと同じ位の年齢だろうか? それより驚いたのは顔……今や管理局内で知らない者は無い二人の天才魔導師の内の一人、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンにそっくりだ。もしかしたら妹かもしれない。お姉さんに憧れて魔法の練習をしてるとか、そんな感じかもしれない。

 

「……あ、こんばんわ。使います?」

 

「こんばんわ……いや、忘れ物を取りに来ただけだよ」

 

 そんな事を考えていると少女はこちらに気付き、花が咲く様な笑顔で挨拶をしてきた。俺は訓練を行う為に来たわけじゃない事を伝え、一先ず目的のものを回収してから再び少女に声をかける。

 

「一人で訓練をしてるのかい?」

 

「ええ、普段は教わってる人が居るんですけど……今日は都合悪いみたいで」

 

 さっきちらっと見た少女の技量は、ハッキリ言って低い。まだ魔法を覚えて日が浅い事は明白だ。そう思って尋ねると、やはり普段は教わってるらしい。

 そこで再び先程考えた疑問が頭に浮かび、少女の人懐っこい……何と言うのか、どこか話しやすい雰囲気に釣られて尋ねてみる。

 

「違ってたらごめん。もしかして君って、フェイトさんの……」

 

「あ、やっぱ、分かりますか? ええ」

 

「いもう……」

 

「姉のアリシア・テスタロッサと言います」

 

「……え?」

 

 あれ? 可笑しいな……どうやらこの少女の名前はアリシア・テスタロッサと言うらしく、予想通りフェイトさんの縁者……でも、今、姉って聞こえた様な……妹の間違いだよね?

 

「えと……失礼な質問をごめん。君、いくつ?」

 

「14歳ですよ(本当は7歳なんだけど……戸籍ID上は、フェイトの三つ上になってるからねぇ……)」

 

「14歳!?」

 

 俺と5つしか違わないのこの子!? どう見ても、10歳に届くかどうか位に見えるんだけど……

 

 そう、始まりは……アリシアさんとの出会いは、こんな些細なきっかけからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出会いが印象的だった事もあり、それからアリシアさんとは度々あって話をしたり、一緒に訓練をしたりする関係になった。

 

 両親が死に、年の離れた妹の兄兼親代わりの様な立場になってから、俺は人一倍の努力をしてきたつもりだった。俺の魔導師としての才能は良いとこ中の上、実力が即ち出世のスピードになる武装局員と言う立場では、人より努力をしなければ妹を養う事なんて出来なかった。

 

 それでも自分より才能のある人物が、あっという間に駆けあがっていくのを見ていると、どこかやるせない気持ちにもなる事もあった……そう、俺は、人一倍の努力をしてきた……つもりだった。

 

 アリシアさんと出会ってから、半年間の付き合いで自分がいかに甘かったのかを実感した。人一倍の努力をしてきた? 馬鹿馬鹿しい……俺なんかとは比べ物にならない程の努力を、当り前の様に行うアリシアさんの姿を見ていたら、そんな甘えた台詞を吐く事なんて出来ない。俺の努力なんて、彼女の足元にも及ばないだろうと……

 

 俺よりずっと恵まれていない才能。天才の妹と比較される、俺以上に重圧ある立場。それなのに、おどけて笑うアリシアさんの姿は眩しくて、心から尊敬出来て……いつの間にか、タメ口で話す事が出来なくなった。

 

「……って感じに、ハードル上げられちゃってさぁ~大変なんだよね」

 

「ああ、分かりますね。俺も妹の前だと、あんまりカッコ悪い所なんて見せられないで、つい見栄張っちゃう経験がありますよ」

 

「だよね」

 

 たまたま地上本部に来ていたアリシアさんと会って、流される感じで喫茶店で雑談をしている。とはいえ、無理やり連れてこられたと言う訳では無く、正直俺としてはアリシアさんと偶然遭遇できたのは嬉しかったりもした。

 

 アリシアさんは不思議な人だ。雰囲気と言うか、纏う空気と言うのか……物凄く話がしやすい。ころころと表情を変えながら、凄く楽しそうに笑うのが印象的で、するっと心に入ってくる様な話しやすさは一種の才能だと思う程。正直、少し羨ましい……俺にこの人程、人間的な魅力とでも言うのだろうか? それがあれば、もっと色々上手くいくんじゃないかとも思う。

 

「そう言えば、ティーダくん。今回は残念だったね。何回目だったっけ?」

 

「3回目ですね。いや、やっぱり難しいものですよ」

 

「……フェイトも目標にしてるけどさ、執務官ってやっぱ良いものなのかな?」

 

 話は変わり、俺が先日落ちた執務官試験の話題へと移る。アリシアさんに聞いた話だと、フェイトさんも落ちたらしく、彼女ほどの天才魔導師でも合格できないとは……やはり最難関の試験と言われるだけの事はある。

 

「待遇は凄く良いでしょうし、俺にとっては……執務官は、昔からの夢みたいなものですからね」

 

「へぇ……ちょっと、聞いてみたいな」

 

「そんな大した理由は無いですよ。俺が魔導師を目指したのは、元々戦う力の無い人達を守ってあげたかったから……俺は沢山の人を助けたいんです。でも、武装隊はそれぞれに担当する区画が決まってて、自由が利かない場面も本当に多い……だから、執務官になって助けを求める人の所に飛んでいけるようになりたいんですよ」

 

「……そっか」

 

 正直口にすると気恥かしい志望動機ではあるが、心からの本心でもある。アリシアさんと出会い、この人の真っ直ぐな努力を見ていて、恥ずかしかったこの夢も胸を張って語れる様になった。もう、本当に俺は、アリシアさんには頭が上がりそうにないなぁ……

 

「後は、まぁ……妹が、ティアが自慢できるような……カッコイイ兄貴で居たいんですよ。それだけです」

 

「成程ね。やっぱり立派だね。ティーダくんもフェイトも、私には真似できないよ」

 

「そうですか? アリシアさんも、結構執務官に向いてるって感じますが……」

 

「……そうでもないよ。私これで結構ドライなとこがあるからさ、ティーダくんやフェイトみたいに考えられない。見ず知らずの人間が傷ついたり死んだりしても、可哀想だな~以上の感想なんて出てこないし、それを自分がどうにかしてやろうなんて思った事も無いしね」

 

 淡々と語るアリシアさんの瞳には少しの曇りも無く、その姿はまるで俺より年上なんじゃないかと思うほどしっかりしたものだった。

 

「見ず知らずの人を救うのが英雄って言うなら、私はそれにはなれないと思うし、なりたいとも思わない。でも、その代わり……私は一度関わった相手を見捨てない。誰にでも手を差し伸べない代わりに、一生関わり続ける責任を持つ。命をかける覚悟をする……それと、フェイトやティーダくんが英雄になるとしたら、私は……英雄には成れないけど、英雄を支えてあげる人には……なりたいかもね」

 

「……俺は、そう言う。アリシアさんみたいな、守りたいものをハッキリと見定めて、その為に全力を尽くせる人が……なんだかんだで、英雄って呼ばれる人なんじゃないかって思いますけどね」

 

「あはは、成程。私って英雄なんだね。えっへんって感じだね」

 

「ええ、アリシアさんは凄い人ですよ。少なくとも俺は、心から尊敬してます」

 

「え? あ、ありがと……」

 

 アリシアさんは良くも悪くも、自分の事を完璧に理解している。だから自慢げに己を語る事も無ければ、必要以上に卑下する事も無い。ただ、褒められるのは苦手みたいで……そう言う流れになりそうな時は、良くふざけた様に自分を高く語る事がある。そのタイミングでストレートに褒めると、すぐ顔を真っ赤にして俯く所は何と言うか、普段の大人びた姿からは想像も出来ないほど可愛らしい。それも、きっと、アリシアさんも魅力なんだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、兄さん」

 

「うん? どうした? ティア」

 

 夕食を食べ終えた後、半年後に控える四度目の執務官試験に向けて勉強をしていると、食器を洗いながら妹のティアナ……ティアが話しかけてくる。

 兄妹二人暮らしで、俺が仕事に勉強と忙しい事も起因して、いつの間にか我が家の家事はティアが一手に担う様になってしまった。

 

 兄としては少々情けない話ではあるが、もう家事に関しては全く敵わない。今だってティアが淹れてくれたコーヒーを口に含みながら……

 

「兄さん、って恋人とか作らないの?」

 

「ごふっ!?」

 

 思いっきりむせた。

 

「な、何を急に……」

 

「いや、兄さんってもう20歳になるし、結構かっこいいのに……そう言う話全然聞かないから」

 

 全く、一体どこでそんな話に興味を持ってくるのか……年頃ってやつだろうか? う、う~ん。どう答えるべきか……

 

 実際10代中盤の頃は、両親の急死してティアを守らなくっちゃってそればかりで、そう言う事を考える余裕なんてなかった。最近はそこそこ生活にも余裕が出来てきたとはいえ、急にそんな事言われてもなぁ……

 

「ちなみに、兄さんの好みのタイプって、どんな人? 年上? 年下?」

 

「う、う~ん。そう言うのは、あまり考えたことないけど……年上でも年下でもどっちでもいいかな? 外見とかもそこまで拘りないし……ただ、うん。人間的に尊敬できるような、そんな女性が良いかな?」

 

「……ふ~ん。よく話題に出してるアリシアさんって人の事?」

 

「ぶっ!? なな、何言ってるんだお前は!! そもそも、別にそんな話題になんてしてないだろ」

 

 なんてここで、急にアリシアさんの名前が出てくるんだ! いや、確かにそりゃ、あの人の事は尊敬してるが……あくまでそれは、いや、一魔導師としての尊敬であって、そう言う関連のアレでは無い。そう、メキメキ実力を付けて、いつの間にか俺の方が負け越してるし、そう言うひたむきな努力を尊敬してるのであって……

 

「いや、兄さんいっつもアリシアさんの話ばっかりしてるって。アリシアさんが凄い、立派な人だ、あんな風に俺もなりたいって……」

 

「……も、もう遅い時間だから、お前は寝ろ! 俺も、部屋に戻って勉強するから!」

 

「……まだ8時よ?」

 

 俺は逃げるように話を切り上げ、自分の部屋に入って……どこかやけくそ気味に参考書をめくったが、結局その日の勉強は何も頭には入ってくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここが、こうで……これは……」

 

 休憩室の机の上、手元には作り方の簡易デバイスがあり、俺は端末の画面を何度も見ながらそれを組み立てていく。

 

「……ティーダくんってさ、凄い精密な射撃魔法使うのに……手先、超不器用だよね」

 

「うぐっ!?」

 

 向かいの席に座って、ココアを飲んでいたアリシアさんの呆れた様な声が突き刺さる。そう、今俺はティアの練習用デバイスを組み立てているんだが、分かりやすい程に難航していた。

 簡易デバイスとは練習用に使われる非常にシンプルなもので、最低限の機能のみを搭載したデバイス。それこそ小さな子供でも、出来る子には作れてしまうレベルのものなんだけど……

 

「ティアナちゃんのデバイスだっけ? ティーダくんが魔法を教えてあげてるんだよね」

 

「ええ、ティアは凄いですよ。俺なんかよりずっと才能がある。かなり魔法に慣れて、難しい事も出来るようになってきたので、今度の誕生日に新しい簡易デバイスをプレゼントする約束をしましてね」

 

「へぇ……なんだろ、凄い才能がある妹とか、物凄い親近感だよ」

 

「あはは」

 

 なにせ、貴女の妹は先日50対1の戦局を覆すって言う伝説を作った超天才ですもんね。もう地上本部の武装隊でも、その話題で持ちっきり。姉の方が凄いって噂も、どこからか流れてきてるし、相変わらずアリシアさんは苦労してるんだなぁ……

 

「って、ああ、だめだって! そこそんなに乱暴に繋いじゃ……ほら、ちょっと貸して」

 

「ッ!?!?」

 

「うん? どしたの?」

 

「な、なんでもないです! すみません!」

 

 顔! 顔近い! アリシアさんはちょっと、そう言う関係がガード緩すぎない!? この前も俺が飲んでたドリンク美味しそうだとか言って、普通に飲むし、もうちょっと自分の外見が非常に可愛らしい事を自覚してください! 

 

 俺の心中など知る由も無く、アリシアさんは俺から奪い取ったデバイスを正確な手つきで組み立てていく。アリシアさんの手先は器用だ。と言っても、勿論デバイスマイスターとかそういう専門の人には負けるけど、俺より器用である事は疑うよりも無い。

 

「よっし、こんな感じかな?」

 

「ありがとうございます。助かりました」

 

「いいって、これ位……けど、そっか、ティアナちゃん魔法覚えてるんだね。私も会ってみたいな~」

 

 アリシアさんとティアはまだ互いに会った事は無い。まぁ単純にアリシアさんが忙しくしていたので、そう言った機会が無かっただけで、ティアの方も良くアリシアさんに会ってみたいと口にしている。

 

「じゃあ、是非今度うちに遊びに来て下さいよ。ティアもきっと喜びます」

 

「おぉ、やった! 今から楽しみだね」

 

 満面の笑顔を浮かべるアリシアさんを見て、自然と俺の口元にも笑みが浮かぶ。何となく、ほんの少しだけ……この時間がいつまでも続けば良いのにって、柄にもない事を考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 茜色にの空を分厚い雲が覆いつつある。遠くない内に雨が降るだろう。これは急がなくちゃならない。

 

「くっ、待て!」

 

 飛んできた牽制射撃をかわしながら、飛行速度を上げる。視線の先には背を向けて逃げる違法魔導師。

 

 事が起きたのは本の数十分前の事、訓練を終えた俺が所属する部隊の元に緊急の出動要請が入った。広域指名手配されている違法魔導師グループの発見。現地に一番近かったうちの部隊が急行し、激しい戦闘になった。

 

 戦局はうちの部隊が押しており、この後援軍が到着すれば更に不利になるとみたのか、リーダー格の違法魔導師が仲間を見捨てて逃走。しかし、未だ戦闘は継続中であり、なおかつこちらの部隊にも怪我人が複数出ていたため、部隊内で最も魔導師ランクの高い俺が単独での追跡を行う事になり、現在追跡戦を行っている。

 

 ハッキリ言ってこの違法魔導師は強い。魔導師ランクで言えばAランク相当……俺と同じランク相当の力を持っており、実際追跡の最中二度ほど撃ち合ったが、どちらも決定打は入れられていない。

 

 幸いなことに……ほぼ互角ではあるものの、客観的に見て違法魔導師より俺の力の方が若干だが上。事実違法魔導師は数度撃ち合った後、恐らく同じ結論に達して逃走を第一に考えている。

 しかし、その幸いとは裏腹に場所が悪い。ここはまだ市街地上空であり、追跡戦である以上住民の避難は行えていない為、周囲の被害を考えると俺の方も攻めに移る事が出来ない。だが、このまま森林地帯に逃げ込まれたら、逃走を許してしまう恐れがある。

 

 っとそんな事を考えていた俺の視界に、開けた自然公園が映る。夕暮れ時に雨の降りそうな空模様……ここから見た限りで、人影は無い……あそこなら!

 全力で戦える場所を見つけた俺は、瞬時に魔力弾を放って違法魔導師の進路を誘導する。俺が得意とするのは誘導弾による精密射撃であり、進路誘導は得意中の得意。行ける!

 

 俺の思惑通り違法魔導師は公園に誘導され、俺は一気に攻勢にでる。奇しくも相手も俺と同じ中衛射撃型魔導師であり、公園上空に多数の魔力弾が飛び交う。誘導追尾と精密射撃を重視した俺の射撃と、火力と弾速に優れた違法魔導師の射撃。

 

「……ぐっ……」

 

 一進一退、互角の攻防とも言える戦いだが……当初の見立て通り、微かに俺の実力が上回っているらしく、徐々に違法魔導師にダメージが蓄積していく。

 そしてついに俺の放った魔力弾がクリーンヒットし、違法魔導師が大きく体勢を崩す。ここだ!

 

「クロス・ファイア……ッ!?」

 

 俺の撃てる最強の射撃魔法で一気に決着をつけようとした瞬間……それが視界の端に映った。体勢を崩した違法魔導師の視線の先……公園の遊具の影で震えている子供。逃げ遅れたのか!? いや、最初にエリアサーチ出確認している、戦闘に突入した時点でこの公園に人はいなかった筈だ。なのにどうして、こんな激しい戦闘音のする場所に……

 

「そこの子供! 早くここから逃げるんだ!!」

 

 ありったけの声で叫ぶが、子供はピクリとも動かすこちらに背を向けたまま震えている。聞こえない距離じゃない筈だが……まさか、耳が聞こえないのか!? だから戦闘中と気付かずこんな所まで!?

 

 そして俺が叫んだ言葉は、痛恨の失態でもあった。体勢を立て直した違法魔導師は、俺の声で子供に気が付き……躊躇うことなくそちらに銃口を向ける。

 

「くそっ!」

 

 銃口から放たれる魔力の凶弾。先に述べた通り、俺と違法魔導師の実力はほぼ互角……その魔力弾を瞬時に弾き飛ばす事も、子供の前に一瞬で回り込んで防御魔法を展開出来する事も出来ない。

 

「がっ!? ぐっあぁぁ!?」

 

 俺に出来たのは……子供の体を突き飛ばす事だけだった。

 

 体に抗う事のできない程の衝撃を受け、そのままの勢いで地面に叩きつけられる。それでも俺は必死に手を動かし、子供にここから離れる様ジェスチャーを送る。それが通じ走って逃げていく子供から視線を外し、違法魔導師の方を見ると……既に背を向けて逃走始めている。当然だ。逃走が目的のアイツにとって、俺にトドメをさす事も子供を再び襲う事もメリットにはなりえない。大丈夫だ。まともに魔力弾を受けたにしては痛みも少ない、この距離なら追いつける。

 

 そう思いながら落ちたデバイスを拾い上げ、逃げる違法魔導師に照準を合わせる。が、しかし、手が震え照準が定まらない。

 

「なん……だ……どうなって……」

 

 直後にデバイスは手から零れ落ち、そしてそれを追う様に俺の視線も下へと移る。あれ? なんだこれ? 何でこんなに血がいっぱい……そうか、穴が……空いてるのか……

 

 落した視線の先、俺の腹部には……大きな穴が空いており、血が止まることなく吹きだしていた。

 

 ぐらりと体が仰向けに倒れ、雲に覆われた空が映る。痛みは無い……代わりに、凄く寒い。まるで自分の体から熱が抜けていく様な……

 

 ポツポツと冷たい雫が頬に落ちる。ああ、そうか……俺……死ぬのか……

 

 体から血と一緒に熱が流れだしていく様な感覚と共に、己の死を確信する。消えてしまいそうな意識の中で、初めに浮かんだのは……ティアの姿だった。

 

 ごめん……ティア……ごめんな……お前を一人残してしまう駄目な兄貴で……ごめん……新しいデバイスをプレゼントするって約束……守れなかった……

 

 これが走馬灯なのだろうか……頭には今までティアと過ごした思い出が浮かんでくる。苦しい事もあった、大変な事もあった……でも、ティアが居てくれたから、一人じゃ無かったから俺は頑張れた。なのに、ティアを一人にしてしまう。本当に駄目兄貴だ……

 

――ふふふ、また私の勝ちだね! ティーダくん強いけど、単純で読みやすいね。まぁ、そこが良い所なんだけどね

 

 そして、ティアとの思い出が全て終わった後に浮かんだのは、アリシアさんの姿だった。

 

――なんて言うか、性格まで不器用だよねティーダくんは、もうちょっとずるく立ち回る事も覚えないと

 

 ホント……そうですね……最後の最後まで……考えるより先に……体が動いちゃいました……

 

――でも、私は、不器用だけど真っ直ぐなティーダくんみたいな人は、好きだよ。なんだか、いっぱい元気が貰える気がする

 

 ……俺も……貴女から沢山の元気を……貰いました……

 

――執務官試験頑張って、応援してるよ

 

 貴女の笑顔を見ると……優しく背中を押してもらえるみたいで……暖かかった……ああ、そうか……そうだったんだ……本当に……俺……馬鹿だ……なぁ……

 

 自分の……気持……すら……最後……まで……

 

 ありがとう……ティア……俺の妹に生まれてくれて……俺は……幸せ……だった……

 

 さようなら……アリシアさん……俺……貴女の事が……す……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 窓の外に降る雨とは裏腹に、そこは楽しげな空気に包まれていた。口論から始まったディアーチェとはやての料理勝負と言う名の両家族での食事。ディアーチェの家に来ていたアリシアも混ざり、10人と一匹はワイワイと楽しく食事を終えた。

 

「やれやれ、結局勝負流れしまったか……」

 

「ええやん。楽しかったし……片付け手伝うよ」

 

「ああ、では大皿から……」

 

「……嘘……嘘だ! そんなことある訳ない!!」

 

「「!?」」

 

 穏やかだった空気を切り裂く様な叫び声。はやてとディアーチェだけでなく、その場に居た全員が叫び声をあげた人物……アリシアの方を向く。アリシアは通信端末を展開しており、その顔は蒼白と言っていいもので……普段の彼女からは想像が出来ない程瞳は揺れ、悲痛な表情を浮かべている。

 

「ティーダくんは、凄い魔導師だよ! そこらへんの違法魔導師なんかに後れを取る訳がない!! いや、仮に勝てなくても逃げる位……え? 一般市民を庇った? じゃあ、本当に……ティーダくんが……死んだの?」

 

「……お、王様……」

 

「……確か、奴の……友人の名前だ」

 

 明らかに冷静さを失い狼狽しているアリシアを見て、はやてが隣に居たディアーチェに小声で呟くと、すぐに意味を察しアリシアの口からその名前を聞いた事があるディアーチェが答える。

 

「ッ!?」

 

「アリシアちゃん!?」

 

「くっ!? 小鴉! この場は任せる!」

 

 直後にアリシアは、傘も持たずに雨が降る外へと駆け出す。そして、ディアーチェはいち早くそれに反応し、エプロンを外してはやてに放り投げ、はやての返答を聞かないままアリシアを追って外へ出る。

 

「……主はやて」

 

「うん。王様に任せよ……皆も気になるやろうけど、下手に周りが騒いでも良い方向になんていかん。ここで待機や」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時空管理局地上本部の中でも、最も頑丈な作りであり……尤も人を寄せ付けない場所。そこに辿り着いたアリシアは、目の前に横たわる人物……いや、かつて人物として生きていた遺体を見つめる。

 

「……なに、やってるの? ティーダくん……そんな冗談笑えないよ……君、単純なんだから……ギャグセンスとか無いんだから……寝たふりなんて……面白くないから……」

 

「……」

 

 アリシアとティーダが友人である事は、ここにティーダの遺体を運んだ人物は知っており、家族に連絡を行った後で、アリシアにもその事を伝えた。そして今は幼く自力ではここに来る事が難しいティアナに、何人かの局員を迎えに行かせ……アリシアが到着した事を確認して、扉の外で待機した。

 

「……なにやってんの……執務官になるんじゃなかったの? いっぱいの人を助けてあげるんじゃなかったの? ……ティアナちゃんが自慢できるような……お兄さんになるんじゃなかったの? なんで……勝手に死んでるんだよ……誰かを助けたって、それで自分が死んじゃったら、意味ないじゃんか……」

 

「……」

 

 物言わぬ遺体となったティーダに、アリシアが体を震わせながら呟く姿を、ディアーチェはただ静かに見守っていた。かけられる言葉など……持ち合わせてはいなかった。

 

「……君が居なくなって……ティアナちゃんはどうすればいんだよ……馬鹿野郎……馬鹿野郎……この、大馬鹿野郎!!」

 

「……」

 

 大きな叫び声を上げて、近くの壁に叩きつけようとしていたアリシアの手をディアーチェが掴む。

 

「……王様……」

 

「……すまんな……我には……今のお前に、何も言う事が出来ん……」

 

 そう告げた後、ディアーチェはアリシアの体を強く抱きしめる。慰めも励ましも、何の言葉も今は意味がないと分かっているから……自分の無力さを噛みしめながら、ただ震える体を抱きしめる。

 

 プレシアの時は、アリシア自身すぐにはそれを実感できなかった。プレシアの遺体は無く、自分の境遇も含めて他の要素が過大にあった。しかし今回は……ストレートに付きつけられた。己への言い訳の余地など無い程、明確でシンプルな死……悲しみはすぐに、津波の様に押し寄せてくる。

 

「……王様……なんで……なんで……こんな事に……」

 

「……ああ……腹立たしい程に……ふざけた話だ……」

 

「う、うぅ……あぁぁ……うあぁぁぁぁぁ!?」

 

 アリシアが初めて見せる明確な弱さ、子供の様に泣きじゃくるその姿を……ディアーチェはただ受け止め続けた。それが最善だからでは無い……それしか出来なかったから……

 

 それでもアリシアはきっと、すぐに再び立ち上がるだろう……立ち上がれてしまうだろう。彼女は強い、皮肉な程に強い心を持っている。苦しみを抱えたまま歩けてしまうほどに……ただ幸運だったのは、アリシアの周りには苦しみを受け止めてくれる人物が沢山存在していると言う事……

 

 そう、本当の意味で最大の悲劇に襲われるのは……一人で残されてしまった者……

 

 

 

 

 

 

 


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