アリシアお姉ちゃん奮闘記   作:燐禰

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拝啓:母さん、私は貴女だけの娘です

 風吹く広い荒野。私の目の前には闇の書事件で出会い、何度も刃を交えた正しく好敵手と呼べる存在。古代ベルカの戦場を駆けた烈火の将、シグナムの姿があった。そしてそれを向かい合う様に立つのは、最愛のお姉ちゃん。そして私の前には大きなガラスの壁があり近付けない。

 

 二人は剣を持って睨みあい、お姉ちゃんがこちらを一度振り返り微笑む。

 

――別にアレを倒してしまっても、構わんのだろう?

 

 なんだかもの凄く嫌な予感がして、私は必死にガラスを叩くが、固いガラスは壊れすお姉ちゃんはシグナムに向かっていく。そして、無情な刃が振り下ろされお姉ちゃんの体が真っ二つに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃあぁぁぁぁん!?」

 

 布団を押しのけて飛び起きる……布団? なんだ、夢だったんだ……良かった。

 

 隣を見るとすやすやと眠っているお姉ちゃんの姿があり、私はホッと胸を撫で下ろす。それにしても、あれだけ大声あげても起きないお姉ちゃんって、ある意味凄い。

 

 その後苦労して……本当に苦労してお姉ちゃんを起こし、朝食の用意をして一緒に食卓につく。お姉ちゃんの食べ物の好みは、私にそっくりと言うか全く同じで、性格とかが真逆の私にとってそういう共通点があるのは本当に嬉しい。

 

「でさ、王様との戦いにも慣れてきてね~」

 

「……うん」

 

 でも、本当に夢で良かった。そうだよね、よく考えたらお姉ちゃんとシグナムが戦う事なんてある訳ないよね。お姉ちゃんはディアーチェ達と訓練してるんだから、いつも本局に居るんだし首都航空隊のシグナムと戦う訳が無いよね。私って、心配性だなぁ……

 

「……って、聞いてるのフェイト?」

 

「え、あ、ごめん。お姉ちゃん。聞いてなかった」

 

「もう、しょうがないなぁ~もう一度言うよ。今度シグナムと戦ってくるね」

 

「……え?」

 

 頬を膨らませながら話すお姉ちゃんの言葉を聞き、私は時が止まった様に硬直する。え? お姉ちゃん今なんて言ったの? ちょっと聞き間違えちゃったかもしれない。

 

「え、えと、シグナムってどこのシグナムさんなの? え、えと、訓練校とかの……」

 

「いやいや、何言ってんの。フェイトも良く知ってるシグナムだって、はやてのとこの」

 

「……た、戦うってなんで……」

 

「いや、模擬戦したいな~って言ったら、快く受けてくれたから、一週間後ぐらいに戦ってくるよ」

 

 お姉ちゃんが、シグナムと模擬戦? 無理だ……いくら何でも、今のお姉ちゃんはシグナムとまともに戦えるレベルじゃない。いや、後3年ぐらい経てば、お姉ちゃんならきっとシグナムと互角に渡り合える様になると思うけど、今はまだお姉ちゃんは魔法を覚えて2年足らずしか経ってない。シグナムは膨大な経験値を持つ歴戦の勇士、管理局内でも最強クラスの実力を持つ本物の強者。付け焼刃の戦闘魔法で対峙できる存在では無い。

 

「あ、アレだよねお姉ちゃん。模擬戦って言っても、クリーンヒット制とかダメージ制とか、ポイント制だよね。そうだよね!」

 

「いや、ノックアウト制だけど?」

 

「……」

 

 模擬戦にはいくつかの形式、勝敗を決める方法がある。クリーンヒット制は、言葉通り相手に攻撃を当てた時点で勝利。ダメージ制は予め10%とか20%とかバリアジャケットの損傷率を決めておいて、そこまでダメージを受けたら決着。ポイント制はダメージの有無に関わらず、一定回数バリアジャケットに攻撃を当てたら勝利となる方式。この三つのうちのどれかならダメージも少なく、教導の場でもよく使われる安全な方式だが……ノックダウン制は公開模擬戦等の上級魔導師どうしの戦いで用いられて、相手を魔力ダメージで気絶させるか戦闘続行不可の状態まで追い込めば勝ちと言う、ほぼ実戦と同じ戦い。

 

 最近は安全性も高くなっているけど、怪我をする可能性は十分にある。

 

「お、お姉ちゃん……い、いくら何でもシグナムは……その、もうちょっと経ってからでも……」

 

 例えばこれがなのはとかクロノとかなら私はここまで心配しない。私がこんなに心配しているのは、お姉ちゃんが戦う相手がシグナムだから……だって、絶対、手加減とかする性格じゃないから……

 

 駄目、絶対に駄目! もしお姉ちゃんが怪我とかしたら、かすり傷から細菌とか入って、もっと大変なことになちゃったら……ああ、いや、シグナムの武器は実体剣、デバイスだから刃は魔力で生成するとしても、鈍器みたいなものなんだから、もし当りどころが悪かったら……お姉ちゃんが……私の『世界で一番優しくて素敵な』お姉ちゃんが……

 

 そんな風に血の気が引いていく私を見て、お姉ちゃんは不敵な笑みを浮かべながら恐ろしい言葉を口にする。

 

「……別に勝ってしまっても、構わんのだろう?」

 

「……」

 

 夢で見た光景と完全に重なり、私は手からフォークを落とす。そして、即座に椅子から立ってお姉ちゃんに飛び付く。

 

「だ、駄目えぇぇぇぇ!?」

 

「え!? 駄目なの!?」

 

「死んじゃやだあぁぁぁ!?」

 

「え!? 私死ぬの!?」

 

 お姉ちゃんにもしもの事があったら……もうそれは大事件だ。もしお姉ちゃんが怪我したり、悲しそうにしてたら絶対に許さない……戦争だ。私と八神家の!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひぃ!?」

 

「ど、どうしたのはやてちゃん?」

 

「わ、分からん。何か今、首筋に死神の鎌あてられた様な悪寒が……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いきなりフェイトが飛びついてきて泣きだしたから、何事かと思ったら……私が真っ二つにされる夢を見たらしい。そして私が夢と同じ様な台詞を言ったもんだから、正夢だと思って飛びついて来たらしい。心配性にも程がある。

 

「……っと言う訳で、フェイトなだめてたら遅くなりました」

 

「あの子は本当に貴女に懐いているわね」

 

 あの後私はフェイトを30分位かけてなだめて、今日が午後出勤だからと可愛く甘えてくるフェイトを何とか引き剥がして……2時間位甘やかしてから引き剥がして、会う約束をしていたリンディさんの元に来ていた。

 

 何でも私に大事な話があるとかで、呼び出された形になる。てっか、提督の執務室ってこんな広いの? 流石半端じゃないよ権力者ってのは羨ましいね。

 

「それで、お話って言うのは?」

 

「ええ……その前に聞きたいのだけど、何でお茶をそんな机の端に置くの?」

 

「ああ、もう生涯二度と触れる事は無いと思いますので!」

 

「……最近の子は物事をズバッと言うのね。正直、傷つくわ……」

 

 この部屋に来て初めにリンディさんがお茶を出してくれた。お茶じゃなくて砂糖の塊なんじゃないかって程甘くて、一口飲んだ後「どうかしら?」って聞いてくるリンディさんに「気遣いは嬉しいですけど、死ぬほど不味いです」って言った後で机の端に置いておいた。

 

 ガックリと肩を落とすリンディさんに再び話を促すと、リンディさんはしぶしぶ話し始めてくれた。ハラオウン家の人は皆あんなお茶を飲んでいるんだろうか? フェイトには絶対飲まない様に注意しなくちゃ……

 

 リンディさんはすぐに真面目な表情に変わり、成程確かに大切な話を告げてくれた。

 

「……と言う訳よ」

 

「成程~フェイトと同じ様に、リンディさんが私の保護責任者になって引き取ってくれるって事ですね」

 

 リンディさんの話とは、要約するとそう言う事。フェイトがリンディさんに引き取られハラオウン家に入った様に、私も同じくハラオウン家に入らないかと言う話だった。

 

「ええ、どうかしら?」

 

「いや~ありがたい話ですね。保護責任者が居れば、陸士学校に入る時も面倒な手続きしなくて良いですし、提督の後ろ盾って良いですねぇ……我がまま効くかも」

 

「貴女って、見た目より遥かに打算的ね」

 

「使えるものは、何でも使う主義なんですよ」

 

 リンディさんの提案に笑顔で応える。本当にありがたい話だけど、二年経つまで言い出さなかったのは、私の事を見定めていたのか、それとも私が馴染むまで待っていたのか……どちらにせよ熟考した上での提案だって事は間違いないので、本当にありがたい話だ。

 

「でも、動機はどうあれ、喜んでもらえたのは嬉しいわ。それじゃあ……」

 

「はい。お断りします」

 

「……え?」

 

「ですから、お断りします。これで、話は終わりですかね? ではでは、失礼します」

 

 リンディさんに簡潔に告げ、私はソファーから立ち上がってドアを目指す。いや~ありがたくて、ためになる話だった。いや素晴らしい時間だったね。足を運んだかいがあるってもんだ……受けはしないけどね。

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

「はい? なんですか?」

 

「……理由を聞いて良いかしら?」

 

「……理由ですか?」

 

 部屋を出ようとした所でリンディさんに呼びとめられ、私は振り返って出来るだけ明るい笑顔で笑う。

 

「フェイトの事は本当に感謝しています。あの子の家族になってくれてありがとうございます。今後もあの子と仲良くしてあげて下さい。願わくば、私とも家族の様に付き合ってくれると嬉しいです」

 

「……」

 

「でも、私は貴女の家族にはなりません。私はプレシア・テスタロッサの娘、アリシア・テスタロッサ。それは未来永劫変えるつもりはありません。私の母親は過去、現在、未来……プレシア・テスタロッサただ一人です」

 

「……そう」

 

 これだけは譲れない。他の何を譲ったとしてもこれだけは変える訳にはいかない。私は母さんの娘。私の家族は母さんとフェイトの二人だけ。それはただの言葉であり文字なのかもしれない。でも私はテスタロッサ以外の名を背負うつもりはない。でもその代り、全霊でこの6字に誇りを持つ。母さんが私の母親で良かったと思える様に、フェイトが妹で良かったと思ってくれる様に……私は、アリシア・テスタロッサとして全力で生きていく。

 

 なんてカッコイイこと考えてるけど……ただ単純に、私にはハラオウンの名前は重すぎる。私は二つの名を背負えるほど器用じゃないだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見慣れた訓練スペースの片隅に、私はゆっくりと降下して着地する。ようやく思い通りに飛べるようになってきた。丸一年かかっちゃったな……一発で飛べたって言うなのははとんでもないや。

 

「きゅぅ~」

 

「ゆ、ユーリ。大丈夫?」

 

 着地した私の目の前には、何やら犯罪臭のする色っぽい姿で座りこむユーリの姿があり、遠くからは王様が歩いて近づいてくる。しかしその顔はいつもの澄ました感じじゃなく、信じられない様なものを見る目だった。

 

「よもや、本当にやってのけるとは……確かに本気ではなかったが……ユーリに勝つとは……」

 

「……はい。あたた……まいりました」

 

「ふぅ~何とかなったね」

 

 今日はユーリとの100回目の模擬戦。シグナムと戦う前の最後の一戦。ようやく白星を掴み取る事が出来た。とは言っても、ユーリは全然本気じゃないので手加減状態での勝利ではあるけどね。それでもタイマンが専門じゃない王様より強かった相手を倒したのは事実だ。ちょっとだけ自信付いた。

 

「よし、これで準備はOKかな? まだまだ使いこなせたとは言わないけどさ」

 

「ええ……凄かったです。アリシアさん……私も信じます。貴女はきっと、才能の差を覆す事が出来ると……頑張ってください」

 

「ありがと、ユーリ、王様」

 

「礼なら……勝利の報告と共に告げよ」

 

 私は本当に恵まれてえいる。応援してくれる可愛い妹が居て、いつもいつも任務で疲れた体で訓練に付き合ってくれる……親友が居て。

 

 力は育んでもらい前に進めた。心は紡いで強くなった。勇気は友情を連ね確かなものになった。

 

 後は結果を掴み取り、それを恩返しとする事だ。

 

 勝とう……相手がどんな強者であっても、私は決してあきらめない。力は心に、心は勇気に、そして勇気は力に……挑もう。偉大なる騎士に、己の全てを燃やして……

 

 

 

 

 

 




アリシアはアリシア・テスタロッサ・ハラオウンになる事を拒み、生涯アリシア・テスタロッサである事を誓いました。

そして次回はいよいよシグナムとの……戦い開始直前まで?

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