アリシアお姉ちゃん奮闘記   作:燐禰

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拝啓:母さん、闘う力を掴み取りました

 かなり広い訓練場の中央。広さに対してあまりにも少ない人数が集まり、私はシグナムと向かい合う。ちなみにシグナムと会うのはこれで4回目ぐらい。フェイトに紹介された時と、はやての家でご飯食べた時と、模擬戦を申し込んだ時と今だね。

 

 そうシグナムとは何回かあった事あるんだけど、その後ろに居る男性局員は初めて見た。

 

「今日はありがとうね~模擬戦受けてくれて、あとそれ誰?」

 

「私の部下で、ヴァイスと言う」

 

「ヴァイス・グランセニック一等陸士です……本日は勉強させていただきます」

 

 ……勉強? 何の? チョロチョロ逃げ回る子ネズミみたいな戦法? 私の弩級にピーキーなデバイス?

 

「コイツは狙撃手でな、まだ若輩だが優秀な才を持っている。噂に聞くテスタロッサの姉との模擬戦だ。勉強になるだろうと思ってな」

 

「へ、へぇ……そ、そうなんだ……」

 

 フェイトさんや……何で居ない所でまでハードル上げてくれやがりますかね。確か私をシグナムに紹介したのはフェイトだったと思うんだけど、どんな説明をしたのかな? 仕事でこの場に居ないんじゃ無ければ、小一時間位問い詰めたい。

 

「こうして刃を交えられる日を心待ちにしていた。テスタロッサから『自分よりずっと凄い才能に溢れ、数年の鍛錬でエースに上り詰める力を持った姉』だと聞いている。あまり魔力は大きくないが……まぁ、魔力量が即ち実力では無いし、楽しみだ」

 

「フェイトおぉぉぉぉ!?」

 

 何それ、何なのその凄まじい無茶振り! どうりで……後輩君とやらが期待の眼差しで、局員でも無い私に敬語使って敬礼してたのは、それが原因か!

 

 ハードル高いってレベルじゃねぇ……ちょ、ちょっと、模擬戦の前に誤解を解かなくちゃいけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時空管理局本局の廊下を歩くのは、管理局内でも頭角を現し始めた三人の少女。なのは、フェイト、はやての三人はどこかに向かう様に歩を進めていく。中でもフェイトの様子が普段と違っており、オロオロと落ち着きなく視線を動かしていく。

 

「お姉ちゃん、大丈夫かな……シグナムと模擬戦なんて、やっぱりまだ早いんじゃ……」

 

「今日、アリシアちゃんとシグナムさんが模擬戦だっけ? 私、アリシアちゃんの戦いって見た事無いんだけど、シグナムさんに挑むって事は、かなり強いのかな?」

 

「うん……お姉ちゃんは、後5年も経てば世界最強って呼ばれると思うけど……今はまだ、シグナムの相手は厳しいんじゃ……」

 

「……とりあえず、アリシアちゃんが苦労してるって事だけは分かったわ」

 

 フェイトの鬼の様なハードルを目の当たりにしたなのはとはやては、一瞬顔を見合わせ、アリシアの苦労とプレッシャーを察したのか苦笑いを浮かべる。

 

 現在三人は任務の終了報告を行う為に移動している。廊下は走ってはいけないとはいえ、この報告が終われば姉の観戦に行けるフェイトは本当に落ち着きが無い。そんな空気を感じて、はやては場を和ませようと余計な一言を口にする。

 

「しっかし、シグナムは手加減を知らんからなぁ……もしかして、アリシアちゃんの事泣かせて……て……た……ら?」

 

「……」

 

 はやてにとっては、軽い冗談のつもりだった。口調も軽く言ったし、場を和ませようとしただけだ。しかしはやての言葉を聞いたフェイトの目は……完全にすわっていた。

 

「お姉ちゃんを……泣かす? 私の……世界で一番カッコ良くて優しい……大好きなお姉ちゃんを……泣かす?」

 

「ふぇ、フェイトちゃん?」

 

 呟くフェイトの目から光は消えており、明らかに触れてはいけない部分に触れてしまったと読みとれた。流石のなのはも、少し怯えた様子でフェイトから一歩距離を取り、はやては額に滝の様な汗をかく。

 

「い、いや、冗談やからね! そんな事絶無いから……いや、私がさせんから!!」

 

「……そ、そっか、良かった」

 

 慌てて弁解したお陰で、フェイトは落ち着きを取り戻し、はやても一端胸を撫でおろす。先程見たフェイトの殺気は尋常でなく、正直言って命の危険を感じる程のものだった。

 

「……あの、えと……これはあくまで過程の話やけど、もし……本当にもしもやけど……アリシアちゃんが泣く様な事になったらどうなるん? いや、本当に万が一やで?」

 

「……戦争だよ……私と、八神家の!」

 

「……(め、目がマジや)」

 

 本当に戦争が始まりそうな程真剣に告げる言葉に、はやては滝の様な汗を流す。はやては一年ほど前に一度、アリシアの模擬戦を見た事がある。正直言って、並……いや、平均よりやや下と言った程度の実力に見えた。あれからたった一年でシグナムに匹敵する力を得るなど、天地がひっくり返ってもあり得ない。

 

 並以下の才能しか持たぬ魔導師が二年修練を積んだ所で、シグナムと向かい合う事など出来ないだろう。そして、シグナムは絶対手加減をしない。かつて戦場を駆けたシグナムには、戦闘に置いて手を抜くという発想自体が無い。となると、本当に悲惨なワンサイドゲームが予想出来る。

 

「……で、でも、ほら、いくらフェイトちゃんでも……私らと戦争するのは、少し分が悪うない? もしもの時は、私がちゃんとシグナムに謝らせるから……考えなおそ?」

 

 はやてとしては何とか戦争だけでも回避したい。フェイト一人と八神家全員では、流石に修羅とかしたフェイトでも勝つ事は厳しいだろうが、決して楽な相手では無い。と言うかここまで怒りをあらわにしているフェイトは、或いはSランク魔導師を越えた力を発揮する可能性もある。正直そんな事になったら、はやては即効逃げだしたかった。

 

 はやての言葉を聞いたフェイトは、流石に自分一人で倒しきれない事を悟り……涙を浮かべて、予想外の行動に出た。

 

「……なのは……私、お姉ちゃんが泣くとこなんて見たくないよ……お姉ちゃんの事、守ってあげたい……」

 

「……フェイトちゃん」

 

「……でも、私一人じゃ……」

 

「大丈夫! 私はいつだってフェイトちゃんの味方だよ! もしそんな事になったら、私もフェイトちゃんと一緒に戦う!」

 

「ちょっ!?」

 

 まさかのなのは参戦である。なのはは先程のフェイトは正直少し怖かったが、フェイトがかけがえのない親友である事には変わりない。その親友が涙を流して守りたいと言うのなら、手を貸す事に何の躊躇いも無い。

 

 ……はやてにしてたら、たまったものでは無いが……

 

「……あ、あの、なのはちゃん……フェイトちゃん……ちょ、ちょお、落ち着いて……」

 

「あ、でも、私達二人だけでも厳しいかな……ちょっと待ってて!」

 

 はやての訴えは無視して、なのははどこかに通信を開き、何やら事情を説明している様だった。誰に援護を求めているのか、はやては気になり視線を動かしてモニターを見ると……

 

『事情はよく分かりませんし、さして興味も無いですが……友人の頼みを無碍にする事もありませんね。了解しました。その際は私も戦いましょう』

 

「ぶっ!? しゅ、シュテル!?」

 

「ありがとう。シュテル……その時はよろしくね」

 

『承知しました。では、仕事があるのでこれで……』

 

「……(なんで、援軍おかわりしてんねん!? や、やばい……流石にフェイトちゃんになのはちゃんにシュテルは……殺される!?)」

 

 いつの間にか本当にフェイト対八神家の図式が出来上がっている様で、どんどん戦力が整っていくフェイトを見て、はやての顔は青ざめていく。

 

 そして今度はフェイトが端末を開きどこかに通信を初め、はやては胃が痛くなるのを実感しながら近づいていく。

 

「……っと、言う訳なんだ」

 

「……(フェイトちゃんが援軍を求めてるのは誰やろ? まさか、クロノくんとかやないよね? 流石にこのメンツにクロノくんまで加わったら、勝てん……)」

 

『事情はよく分かりませんが、アリシアさんを泣かせるなど許しがたい事ですね。分かりました。その時は、私もアリシアさんの友人として、『本気』で相手を駆逐します』

 

「……(最強に声かけよった!? ユーリはあかん……本気のユーリはマジで駆逐される……)」

 

 フェイトの通信の相手はユーリであり、アリシアと仲の良いユーリは、すぐに参戦することを了承する。はやてから見れば、シグナムが粗相をすれば……フェイト、なのは、シュテル、ユーリが襲いかかってくるという、地獄の様な構成になってしまった。

 

「……なのはちゃん、フェイトちゃん。私ちょお用事思い出したから、先に行っててくれる?」

 

「うん? わかった」

 

「じゃあ、待ってるねはやてちゃん」

 

 どうにも二人ははやての状況を理解していないようで、はやては顔面蒼白になりながら、なのはとフェイトから離れ、通路の角でシグナムに通信を開くが、もう戦っているのか繋がらない。

 

 即座にはやては操作を切り替え、他の家族達に通信を開く。

 

「……全員、緊急任務や。地上本部第4訓練場に行ける人は、即向かって……シグナムが無茶しそうやったら、全力で止めて! 一歩間違えたら金色の修羅と、白い悪魔と、事情まるで理解してへん殲滅者と、本気の盟主が襲いかかってくるから! マジで命が危ないから!!」

 

『ちょ、ちょっとはやてちゃん!? 何で、そんなとんでもない状況に!?』

 

「私が聞きたいわ!!」

 

『……あ、あたしが近い……すぐ向かう』

 

「頼むわ! ヴィータ! 乱入してでも、止めて!!」

 

 はやての言葉で即座に状況のヤバさを理解した家族達内、ヴィータが現場に向かえると言う事だったので、はやては必死の形相そうでお願いする。他の者達も、仕事の調整が出来次第向かうと言う事になり、はやては通信を閉じて地面に手をつく。

 

「……なんで……なんで、こんな事に……」

 

「……何を地面に項垂れておるのだ? 小鴉」

 

「……なんや、王様か……王様? 王様!! お願い助けて!?」

 

「な、なんだ!? 一体、どうした?」

 

 通路の真ん中で絶望しているはやての元に、たまたま通りかかったディアーチェが声をかける。正しくはやてにとっては、地獄に仏の様なもの。はやては先程の出来事を全てディアーチェに説明した。

 

 話を聞き終えたディアーチェは、こめかみを押さえながらはやてに対しては滅多に向けない、申し訳なさそうな表情を作る。

 

「……アヤツ等は、まったく。我が代わりに詫びておく、家族が迷惑をかけたようだな……すまん」

 

「いや、ええよ。王様は何も悪うない……むしろ、ようやく話の通じる相手に出会えた気分やわ」

 

 先程までは全く話の通じない……何を言っても、はやての都合が悪くなる状態だったが、ディアーチェはちゃんと内容を理解して謝罪した。そもそもディアーチェがはやてに謝罪と言うのは、かなり珍しい状態とも言える。ディアーチェははやてを強くライバル視しており、基本的に険悪とまでいかない物の……会話はキャッチーボールではなく、ドッジボールになりやすい友人関係だ。

 ディアーチェは非を認めない人物ではない為、はやてには出来るだけ弱味を見せぬ様立ち振舞っているので、謝罪する時と言うのは今回の様に家族の暴走だった。

 

「……シュテルとユーリには、我の方でしっかり注意しておくが……小鳥と黒ひよこに関しては、貴様が手を打て」

 

「うぅ、人の情けが身にしみる……ありがとう! 姉やん!」

 

「誰が姉か! おぞましい事を言うな!!」

 

 実際見た目はそっくりなので、姉妹ですと言えば信じる者も多いだろうが……ディアーチェは心底嫌そうな表情を浮かべて距離を取る。

 

「うぅ……王様が冷たい。もっと優しくしてくれてもええのに……」

 

「黙れ。豆狸を愛でる趣味など無い」

 

「ひどない!?」

 

「この件、協力する必要はないと?」

 

「ごめんなさい。助けて下さい」

 

 軽い口調で言葉を交わせるのは、互いに認め合っている証拠。はやてとディアーチェの顔には苦笑が浮かんでおり、はやての気力も大分持ち直してきたようだ。

 そこでふとはやては思い出す。目の前に居るディアーチェは、ずっとアリシアの特訓に付き合っていた人物。詳細は分からないが、ディアーチェが鍛えたのであればそれなりのレベルにはなっているのかもしれない。それでもシグナムと戦えるかは疑問だったが……

 

「なぁ、王様……アリシアちゃんの訓練に付き合ってたんやろ? どうなん……シグナムと勝負になるん?」

 

「そうだな、まだまだ課題は多い……まぁ、精々勝率は『三割』程度だろうな」

 

「……それってつまり、王様は魔法を覚えて二年足らずのアリシアちゃんが、シグナムに勝てる可能性があるて思うとるん?」

 

「可能性はあるな」

 

 それは衝撃的な内容だった。はやての見立ては、フェイトと同じく現時点では全く勝負にならないというもので、しかもはやてはアリシアの適性を見て、シグナムと戦えるには10年はかかると思っていた。しかしディアーチェは30%くらいは勝つ可能性があると語っており、正直その手段が思い付かない。アリシアが奇襲や奇策で立ちまわっても、それでもシグナムには届かない筈だが……ディアーチェはそんな冗談を言う人物では無い。ディアーチェは本気でアリシアが勝つ展開があると思っている。

 

「……王様は、アリシアちゃんと訓練してて、どう思うた?」

 

「……我は、あまりこう言う表現は好きではないが……怪物だな」

 

「本人からは、才能は無いって聞いてたけど?」

 

「ああ、無いな。奴は平均以下の凡才だ。実際今の実力も……Dランクがせいぜいだろう」

 

 はやてには分からなかった。ディアーチェが何を持ってアリシアを怪物と称したのかが……そんなはやての疑問を察し、ディアーチェは静かに口を開く。

 

「大抵の人間は生きていく上で壁に当たる。そして力をためて、それを乗り越える……だが時に絶望的に高い壁と言うものも存在しよう。越える事の出来ない壁もあるだろう、そして立ち止まりその壁を越えられぬと悟った場所が、その人物にとっての限界だ。才能の無いチビひよこにとって、目の前に立ち塞がる壁は天を突くほどに巨大であろう。しかし奴はそんな壁を前にして、唇を噛んで挑むのでも無く、諦めて去るのでも無く……おどけて笑う。まるで才能なんてつまらない基準で自分を測るなと言わんばかりに……」

 

「不屈の精神って感じかな?」

 

「いや、その程度であれば……挑むだけなら、気骨のある人間程度で終わる。しかし奴は……登ってくる。小さくゆっくりであろうが、越えられないと思う筈の壁を登ってくる。段々と、一歩ずつ近づいてくる。そして我はこう思った。越えられるかもしれない……ここまで、辿り着くかもしれないと……圧倒的な力で敗北しながら、当り前の様に『次は勝つ』と言える人間が、弱い訳がない」

 

「……」

 

 アリシア・テスタロッサの歩みは止まらない。巨大な壁を前にし、越えられる訳ないよと苦笑しながら……それでも登ってくる。10倍の努力で才能の壁を越えられないなら、100倍1000倍の努力をすればいいと……それがどれ程の苦行かなど考えず、当り前の様にそれを行う。

 諦めを知らないあまりにも強固な心……それこそが、アリシアに与えられた才能なのかもしれない。

 

「……そして奴は手に入れた。自分だけの武器を……才能の差を覆しうる力を……アイツの戦闘スタイルは――だ」

 

「……い、いや、そんなん口で言うのは簡単やけど……出来る訳……」

 

「それが出来るから、出来る場所まで辿り着いたから……挑んだのだろうさ、巨大な壁にな」

 

「こうしちゃおれん! 王様、ありがとう……見に行ってみるわ!」

 

「ああ」

 

 ディアーチェの言葉を聞いたはやては、慌てた様子で立ち上がり、仕事を終わらせる為に早足で移動する。何故なら、はやても思ってしまったから……ディアーチェの語った事が本当に可能なら、アリシアが才能の差を覆してしまうかもしれないと。

 

「……出来るんか? ホンマに『避けられる攻撃は避け、避けられない攻撃は最小限のダメージにする』。弱者だからこそ持ちうる危機察知能力と、止まらず考え続ける強靭な思考力で対処法を導き出す。直感に近い程の圧倒的なあらゆる状況への瞬間対応力……そんなもの、本当に……」

 

 口にするのはあまりにも簡単な内容。避けられる攻撃は避けて、避けられない攻撃は最小限のダメージにとは、戦いにおける一種の理想の形。そう、実現できないから『理想』の筈。当然だそんな事初見の相手に、見たことない攻撃に対して行えるわけがない。

 しかしもしそれが出来るなら……アリシアに致命打は入らない。クリーンヒットの入らない相手……その相手が自分にダメージを与えられる攻撃手段を持っているなら……それはとてつもなく恐ろしい敵と言えるだろう。ディアーチェの言葉が事実なら、アリシアは数多の攻撃を受けて立ち上がる。最小限に留めた攻撃が、限界まで蓄積しない限り何度でも……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




『次回予告』

やめて! レヴァンティンの第二形態で、フォーチュンドロップを焼き払われたら、デバイスに依存しているアリシアの戦闘力まで燃え尽きちゃう!

お願い、死なないでアリシア! あんたが今ここで倒れたら、フェイトやディアーチェとの約束はどうなっちゃうの? 

バリアジャケットはまだ残ってる。ここを耐えれば、シグナムに勝てるんだから!

次回「アリシア死す」デュエルスタンバイ!







……嘘です。

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