0、 エピローグ
――黙示録との出会い――
事の始まりは瓦礫に埋もれた一冊の本だった。
迷宮都市エメラルズの地下3階層の床に仕掛けられた落とし穴に引っかかり、一心不乱にハンマーを振ったおかげで転がり込めた謎の横穴の、ジメジメした岩肌を這い進んだその先に、俺の運命を大きく変えた本は眠っていた。
周囲の岩とは不釣り合いな大量の細かい砂と、どこか見覚えのあるローブ。
それらの下に大切に隠されていた立派な丁装の本。赤い皮張りのカバーに、金押しで書かれた共通語の文字。ひどく擦れていて読みにくかったものの、肩にとまらせていた煌々蟲の灯りの元で確認してみたところ、何とか解読できた。
『とある召喚術師の手記』
そこでようやく俺も思い出せた。
この本に被せてあったぼろいローブは、大陸中部のサザン領の大学院アカデミアに所属する学生に与えられる品物である。見れば見るほどそうだと思えた。ずっと昔、まだ俺が物心も付いていないガキの頃に、親父が自慢げに見せてきたローブとよく似ている。
親父にとって「栄光の証」だったとか何とか。
今となっては虚しいばかりだ。
まあ、そんなことはどうでもいい。
ここではローブより本の話のほうが重要だった。
最初は俺も貴族の日記帳か何かだと思った。金の取り立てに来ていたデブのガークスが同じような豪勢な本を持ち歩いていたから、俺もそこまで期待せずに、とりあえず、といった感じで本を開いたんだ。
しかし、それは見当はずれの勘違いだった。
『とある召喚術師の手記』は確かに日記の体裁をしていた。ほぼ毎日、その日に起きたことを日記の書き手の視点で詳細に書かれていた。たとえば、差し障りのない1ページを上げると、こんな感じである……
〉AR850年 十月十五日(第二週天曜日)
〉〉今日は第二休日だったから、家でゆっくり過ご……すつもりだった。
しかし、僕のお師匠様はそれを許してくれなかった。お師匠様の都合で事件調査に付き合わされて、イアノーク平原まで一っ飛び。まあ、アーニャの我儘はいつも通りだけど、わざわざ月に二日しかない休日まで潰してくるなんて、ちょっと弟子に厳し過ぎると思う。僕も失踪した円卓魔導師の行方は気になるけど、それはそれ。こういうキナ臭い事件はその筋の専門家に任せたほうが良いと思う。
成果は皆無。
ああいや。違った。
ケンタウロスの友達ができた。以上。
こんな調子だ。
さらっと流し読んだだけでは分かりにくいと思うが、この日記は明らかにおかしな点がある。特異点は腑抜けた文章ではなく、日付の欄にある。
そう。
――AR850年。
これが日記だって?
そんな馬鹿な話があってたまるか!
なぜなら俺がその本を手に取ったときの年代はAR847年の三月だったのだ! 未来の出来事をあたかも見てきたかのように書き記す。しかも、嘘くさい黙示録のように勿体ぶった大仰かつ抽象的な表現ではなく、日記の内容は具体的だ。
アーニャ?
これはたぶん人名だろう。
イアノーク平原は聖都サザンの周囲に広がる肥沃な平原である。
日付と時間と場所。そのすべてが揃っている。
要するに、この日記に書かれた内容の真偽を確かめたければ、その日、その時、その場所で待ち構えていればいい。そうすれば、日記の書き手のほうからやってくる、という寸法である。何も難しいことはない。
しかし、当時の俺はそんな回りくどい確認方法を取らなかった。
とりあえず持ち帰って、中身を詳しく確認したい。ひょっとしたらこの日記に内容などなく、何かしらの特別な暗号が隠されている可能性が一番高い、とすら思っていた。そんなこんなで俺は目を輝かせ、意気揚々とメルラルズの地下三階から這い上がり、地上へ出た。
そして、俺は世界の運命を変える第一歩を踏み出した。