六門再編記 ~俺たちの物語~   作:みょこすけ

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3-1、帰省

「起きてください! アングースト」

 エスメラルダの囁き声に俺はハッと目を覚ました。

 人間の姿に戻ったエスメラルダは俺を背中に隠すようにしながら辺りを警戒していた。

 ヤバい状況なら、不死鳥の姿に戻ればいいのに……と思ったが、周囲の光景を見て俺も考えを改めた。俺はどこかの洞窟で倒れていたらしく、天井も含めて四方が壁で覆われている。それなりの広い大広間のような空間に落とされたようだ。どことなく懐かしい独特な空気の流れを肌に感じる。天井に生えた光苔(ひかりごけ)の幻想的な淡い灯りに映し出された部屋の奥に何か小さな黒い影が潜んでいることに俺は気付いた。

「髑髏の魔術師は?」

「完全に振り切りました。彼の脅威は去りました」

「ここはどこだ?」

 俺は冷え切った右腕を摩りながら尋ねた。

 右腕の感覚は一切なくなっている。触っても何も感じないというのは気持ち悪いが、まあ、魔法の発達した現代であれば、腕の一本や二本ぐらい後でどうとでもなるだろう。再生、複製、義手、移植。金次第で何でもござれだ。

 不死鳥は周囲を警戒したまま答えた。

「分かりません。敵に妨害されて、転移の瞬間に術式が乱れてしまいました」

 エスメラルダはちらりと俺の様子を確認してから、またこちらに背中を向けた。

 石造りの大広間の四方の壁際から黒い影がどんどんどんどん頭数を増やしていった。まるで壁から染み出てくるような勢いである。

 ――こりゃぁ、何かの巣に潜り込んじまったな。

 新人の遺跡荒らしですら犯さないようなタブーを現在進行形で実戦中というわけだ。

 天井の高ささえ許せば、エスメラルダもさっさと不死鳥の姿に戻っていただろう。ヤバい、ヤバいと頭の中で考えながらも、不思議と俺は危機感を抱けなかった。

 むしろ……何というか……こう……懐かしいような……くすぐったいような……?

 小さな影たちがじわじわと距離を詰めてくる。

 相手の姿を確認して、エスメラルダは身体を強張らせたが、逆にこっちは緊張を解いて小さな溜息を吐いた。俺は気分が軽くなったので、まだ気を張っている不死鳥に語りかけた。

「ちなみに本来だったらどこに逃げるつもりだったんだ?」

「私の山。アルフレアです」

「だったらかえって好都合かもな」

 不死鳥が振り返ってこちらを見た。

 ――何故です?

 エスメラルダの眼がそう尋ねてきた。

「んー……」

 口で答える代わりに、俺はエスメラルダから離れて小さな影に近づいて行った。

 相手は警戒するように「シュウゥゥゥ」と音を立てたが、俺が仰向けになって地面に寝っころがると黙ってまじまじとこちらを観察してきた。

 二本の脚で人間のように直立している蜘蛛。

 メルラルズの地下に住まう者――土蜘蛛だ。

 三本目の右手には杖を握っており、毛と目と顎でできた顔をゆっくりと俺に接近させる。上下に四つずつ並んでいる丸い眼に見つめられて、俺は懐かしい気分に浸った。

「よお、蜘蛛爺。久しぶり」

「……お主、なぜワシの名前を知っておる?」

「あー……やっぱりまだ人間の顔は区別がつかないままか?」

 俺の言葉を聞いて、土蜘蛛の代表者は首を傾げた。

 そうだった。

 この勘の悪さのせいもあって、かつての俺は彼らのもとから離れたのだ。俺は気まずさを誤魔化すように頭を掻きながら、できるだけストレートに伝えた。

「俺はアングーストだ」

「アングースト! ああそうか! アングーストか!」

「そうそう。七年前にここから出ていった人間だ」

「やはりあのアングーストじゃな! ワシもそうじゃないかと思ってたんだ! 本当だぞ? ところで、後ろの人間は何者だ?」

 蜘蛛爺が杖でエスメラルダを指し示した。

 まともに説明していると、おそらく一日が終わってしまうだろう。俺はなるべく簡潔で、分かりやすく、また都合の良い言葉で答えた。

「俺の新しい家族だ」

「え、あの、えぇ?」

 エスメラルダが説明を求めて背中の肉を抓ってきたが、俺は笑顔で無視した。

 こうでもしないと話が進まないのだ。

 蜘蛛爺たちは疑問に思ったことを聞き流しちゃくれないうえに、本当に話を聞いていたのか疑いたくなるような勘違いを頻繁に引き起こしてくるから、込み入った事情をまともに説明してやることなど不可能である。

 蜘蛛爺は俺の言葉を聞いて、大きく頷いた。

「なるほど! そりゃ大変けっこう! 皆の衆! 安心してよい! 脅威の襲来は延期されたようじゃ! ワシらの世界はまだ終わらん! そうと分かれば宴じゃ! 男どもはメシの支度に取りかかれ!」

 土蜘蛛たちは文字通り蜘蛛の子を散らすように解散した。

 

 

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